プロフィール
脚本、監督、撮影、編集、音楽を一人でこなす映画作家。モナコ国際映画祭:最優秀撮影監督、脚本、音楽、アートフィルム賞。ロンドンフィルムメーカー国際映画祭:最優秀監督賞。アジア国際映画祭:最優秀監督賞。最新作『千年の糸姫/1000 Year Princess 』はアメリカSMGグループから世界配信中。
※この連載はビデオSALON 2018年5月号に掲載した内容を転載しています。
第2回
登場人物の設定を役者に伝え、コミュニケーションをとる。
ただの手の動きが本当の女性の思いを持った動きになる。
今時、ストーリーボード(登場人物の相関図や大まかな展開)くらい、AIに作らせることくらい簡単にできてしまうかもしれない。視聴者の年齢層や性別等を打ち込むだけで、泣かせる、笑わせる、怒らせる、それこそどんなパターンでも一瞬にしていくつでも出てきそうだし、ひょっとしたら脚本も出てくる時代が間もなく来るかもしれない。そこで大切なのは、ストーリー以前の動機だ。何かを伝えたいから、何かを表現したいからこそのストーリーでなくてはならない。その動機は作品を作る最初に在って、最後まで、そしてスタッフと出演者全員が共有し、貫かれるべきものなのだ。チームがその一つのテーマを柱にする事で、様々な場面の様々な立場で判断基準ができ、一体感が生まれるだろう。いいストーリーや美しい映像なんて、無数にあるもので、その中からどの方向へ進むべきかを、最初の動機が導いてくれるはずだ。
今回は私が役者向けに行なっているワークショップで度々題材にしているエチュードを撮ってみた。あるカップルの別れの時を手の動きだけで表現したとてもシンプルな物だが、私は常に男女の性差というものに大変興味を持っている。中でも女性の母性には、男の私が図り知れないものだけに、いつもなんとか表現したいと思っている。それは親子という関係以外でも度々顔を出す美しくミステリアスな性だからだ。セリフも無く、ト書きにすれば2〜3行で済んでしまうようなストーリーだが、このように強い動機によって作ったものだ。
▲別れ話が終わり、お互い覚悟ができたはずの場面。女は自分が心から愛した男の手につい触れてしまう。男は勘違いし、その手を捕まえようとするが、すんでのところで女は手を離す。そして男の気持ちも自分自身の気持ちも吹っ切るようにポンポンと手を叩き、去ってゆく。【女優:柊 ナツ(マックスフィールド・新山ルーム所属)】
とは言え、たかだか一分半の時間でこの女性の持つ母性を説明するのは不可能だし、そのつもりもない。“何かを感じてくれればいい”という受け手次第の作品だ。
だが、実際演じる人にとってはそういうわけにはいかない。この程度の事なら手の動きを指示するだけで何も考えずにできてしまいそうなもんだが、実は次のような設定がある。
・男が女の部屋に転がり込んで2年半
・男は自分をすごい役者だと言いながらあまり行動を起こしません。
・時々ある小さな仕事もすぐに問題を起こしてやめちゃいます。
・女は初めはそんな彼のとんがったところが大好きでした。
・母性をくすぐられかわいいとすら感じてました。
・男は女を、やっと出会った本当の理解者だと信じ、安住の地に甘えました。
・2年が経ってどんどん甘えてゆく男に対する不安と満たされる母性愛の間で女は悩んでいました。
・完全なヒモ状態。それどころか男が度々起こす問題の後始末までさせられて、女は疲れてしまいました。
・今日、警察からドラッグパーティーの現場で捕まった彼を引き取りに来てほしいとの連絡があり、女は慌てて警察へ迎えにいきました。
・男はその場にいただけで、陰性でしたが、「身元引受人」という書類にハンコを押すとき、女は別れを決意しました。
・男はすぐにも家へ帰り、風呂に入って眠りたい気持ちでしたが、
・女は無理矢理近くのカフェに男を連れて行き別れを告げました。
・男は予想もしていませんでした。
・女は未練と今も残る母性愛に苦しみながらもカフェを後にします。
これを役者に伝え、さらにここに書かれていないことも話し合い、例えば女性の職業とか、なぜその職業に就いたかとか、そういうことを徹底的に明確にしていき、結果としてこのようなダメ男を愛したか、つまり母性にたどり着くのだ。加えて2年半という同棲生活の重み。そのすべてはとてもこの誌面では書ききれないが、この女性が本当に母性に包まれることによって、ただの手の動きが本当の女性の思いを持った動きになるのだ。動きを伝えて指示通りに動かすだけであればモデルさんでもできるだろうが、こういったことは役者にしかできないし、作った者としても、役者と徹底的に向き合うコミュニケーション術が要求される。もちろん、これだけのことをやるためには撮影現場での軽い打ち合わせというわけにはいかない。事前に時間を作って話し合っていく内に、こちらの強い動機と熱意は伝わってゆくのだ。随分大変なことのように思えるかもしれないが、こだわれるところはプロ以上にこだわり、小さな規模だからこそできるメリットを活かし、力を注ぐ。それが一流意識というものだ。