中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

第84回 夜の大捜査線

イラスト●死後くん

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原題:In the Heat of the Night
製作年 :1976年
製作国:アメリカ
上映時間 :109分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:ノーマン・ジュイソン
製作:ウォルター・ミリッシ
撮影 :ハスケル・ウェクスラー
編集:ハル・アシュビー
音楽 :クインシー・ジョーンズ
出演 :シドニー・ポワチエ/ロッド・スタイガー/ウォーレン・オーツ/リー・グラント/スコット・ウィルソン/ジェームズ・パターソン/クエンティン・ディーンほか

アメリカ南部で発生した殺人事件の容疑者として、列車を待っていた黒人ティッブスの身柄が拘束された。しかし取り調べによって、彼はフィラデルフィア市警殺人課の刑事であることが判明。署長のビルと協力し、事件を解決に導いていくが、人種差別が根強い町で捜査には困難がつきまとう…。

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2022の年明け早々に、シドニー・ポワチエの訃報が飛び込んだ。僕が彼を知ったのは『手錠のまゝの脱獄』をテレビ放映で観たのが最初だった。父親の書棚の映画本には、黒人俳優として初めて『野のユリ』でアカデミー主演男優賞を獲ったと書いてあった。『野のユリ』はテレビでなかなかやってくれなかった。

 

駅で始まり、駅で終わる映画

小学5年の時「月曜ロードショー」で『夜の大捜査線』を観ることができた。囚人服姿のポワチエしか知らなかったので、スーツ姿が眩しかった。駅で始まり、駅で終わる映画に僕は大変感銘したことを忘れない。

2011年僕は六本木で初めて映画館で『夜の大捜査線』を観ることができた。オープニングが素晴らしすぎる。フォーカスインから、夜汽車のヘッドライトが迫って来る。レイ・チャールズの歌声が響き渡る。「in the heat of the night」のタイトルに痺れる。約2分15秒のアバンタイトルシーンは目指すべき頂。到着した夜汽車から降り立つ足元をカメラが追って行く。エドワード・ホッパーの絵画「ナイトホークス」を彷彿させる駅舎からの灯りに、男の足元が照らされ、駅舎へと入っていく冒頭に興奮した。

 

反骨のスタッフの集結が名作を創り上げた

撮影は名匠ハスケル・ウェクスラー。監督としても『アメリカを斬る』などでアメリカ国家と喧嘩し続けたカメラマン。2015年93歳で亡くなった年に、エジンバラの映画祭で『アメリカを斬る』上映後に催された彼のトークショーは一生の思い出だ。音楽にクインシー・ジョーンズ。『冷血』『ゲッタウェイ』と共に代表作とも言えるジャズスコアが素晴らしい。編集にハル・アシュビー。本作で編集賞のオスカーをゲット。後に映画監督として『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』『さらば冬のかもめ』『チャンス』『帰郷』など名作を連発する。彼の59歳での夭折をビリー・ワイルダーは嘆き、僕も嘆いた。監督はハル・アシュビーの師匠、名人ノーマン・ジェイソン当時41歳。72歳で監督した『ザ・ハリケーン』も黒人差別の冤罪事件を描いた。ボクサー役のデンゼル・ワシントンが素晴らしい。反骨のスタッフの集結が名作を創り上げた。

ミシシッピー州の田舎町スパルタにやって来た黒人男性ヴァージル・ティッブスがポワチエが扮する主人公だ。うだるような熱帯夜に町の実業家が死体で発見される。死体を発見する青二才のダメ警官サムを僕の大好きな、若き日のウォーレン・オーツが好演しているのが嬉しい。この青二才、夜のパトロール中に双眼鏡を使って好きな女の覗きを日課にしている。その最中に死体を見つけてしまうのだ。

初めての殺人事件に田舎町の警官は戸惑う。犯人探しでイラつく中、駅で列車を待っている黒人を容疑者として捕まえてしまう。怪しいやつを捕まえたと、警察署に戻るサム。故障しているクーラーと格闘している警察署長と対峙するティッブス。この黒人がフィラデルフィアの刑事だということが判明する。警察手帳を見ても信用せず、フィラデルフィアに問い合わせろという署長に呆れて僕は苦笑した。

ビル・ギレスピー署長役にロッド・スタイガー。小5の僕は少し前に水曜ロードショーで観た『ドクトル・ジバゴ』の悪漢コマロフスキー弁護士役で知った顔だった。                           黒人に偏見を持つ田舎町の警察署長を熱演。ロッド・スタイガーは『質屋』という映画でも人間不信に落ちたユダヤ人質屋のオヤジを好演している。

若き日のモーガン・フリーマンがチンピラ役で出ていた。スーツに身を固めスマートで寡黙なシドニー・ポワチエと対照的に、中年太りのガサツな警察署長が対照的だ。

リー・グラントが扮する被害者の妻の面前で黒人への侮蔑的な「boy」と呼ばれたティッブスがアメリカ映画の名セリフベスト100に選ばれた「They Call Me Mr.Tibbs!」(ティッブスさんだ!)を放つ。リー・グラントも反骨の女優。ハル・アシュビー監督作『シャンプー』でぶっ飛んだマダム役でアカデミー助演女優賞は見事だった。

 

ポワチエとロッド・スタイガーの内情的演技が見事だ

偏見の土地で生まれ育った署長は、ティッブスの有能さを認めつつも、なかなか受けいれることができない。ふたりが反目しながら田舎町の殺人事件を捜査する様を眺めていくうちに、住人達の黒人への偏見と差別意識が露わになっていく。

同時に、共に孤独者の黒人刑事と白人署長に奇妙な友情が芽生え始めていく。ポワチエとロッド・スタイガーの内情的演技が見事だ。僕は欠点を抱えた人物に挑み演じ続けたロッド・スタイガーの俳優力に魅せられる。晩年『マーズ・アタック!』でベトナム帰りの鬼将軍役が嬉しかった。怪光線で小さくされて、火星人に踏み潰されたのには笑った。

ロッド・スタイガーは『夜の大捜査線』でアカデミー主演男優賞をゲット。シドニー・ポワチエがノミネートもされず、「本来助演なのに主演賞とは」揶揄されているが、この警察署長ももうひとりの主役であったと僕は考える。

 

小さな変化、機微を大きなスクリーンで魅せることが映画の価値ある意義だ

事件解決後、貴重な休暇が終わり、ティッブスがフィラデルフィアに戻る駅舎のラストシーン。ひとりで降り立った時とは違い、白人警察署長が見送りに来ている。原作の小説にはなかったふたりの握手が尊い。白人車掌が、ティッブスのスーツケースを運びもしない。それを横目に署長が、スーツケースを運んでくれる。この映画唯一のティッブスの笑顔と署長のキュートな笑顔に胸が熱くなった。小さな変化、機微を描き、大きなスクリーンで魅せることが映画の価値ある意義だ。フィルムに名人監督がふたりの貴重なアップショットを刻んでくれた。

2001年にアカデミー名誉賞を贈られたポワチエが主演男優賞をゲットしたデンゼル・ワシントンとふたりではしゃいでいた姿が忘れられない。僕のファム・ファタル『冒険者たち』のレティシア役のジョアンナ・シムカスが奥さんで、その時も側に寄り添っていたのがなんとも羨ましく素敵で、最後に記しておく。

 

 

VIDEO SALON2022年3月号より転載