中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。主な作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2024年10月25日よりアマゾンPrime Videoで『龍が如く〜Beyond the Game〜』が全世界同時配信!

第113回 十三人の刺客

イラスト●死後くん

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製作年 :1963年
製作国:日本
上映時間 :125分
アスペクト比 :シネスコ
監督:工藤栄一
脚本:池上金男
製作:東映京都撮影所
撮影 :鈴木重平
編集 :宮本信太郎
音楽 :伊福部昭  
出演 :片岡千恵蔵  /   内田良平  / 丹波哲郎/ 里見浩太郎 / 山城新伍/ 泉谷しげる/ 嵐  寛寿郎/  水島道太郎 / 汐路  章ほか

弘化元年、将軍家慶の弟で明石藩主・松平斉韶の暴君ぶりに老中・土井利位は斉韶暗殺を決断し、目付の島田新左衛門に斉韶暗殺を命ずる。新左衛門は刺客を集め暗殺計画を立てるが、斉韶の腹心・鬼頭半兵衛が立ちはだかり、13人の刺客は藩の53騎と激しい闘いを繰り広げる。

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『十三人の刺客』を初めて観たのは、僕が中学2年の時だったと記憶している。両親が寝静まって、スケベ番組と当時思い込んでいた『11PM』をヘッドホンをつけて観ていたものの、スケベ場面と出くわせなく落胆し終えた後、予期せぬ深夜映画が始まった。白黒映画で時代劇だった。暴虐な暗君殿様を13人の刺客達が大名行列を要塞化した宿場町に誘い込み、襲撃するラスト30分の激闘に僕は圧倒された。

いったい誰がこんな凄まじいモノを創っているんだろう

いったい誰がこんな凄まじいモノを創っているんだろうと気になった。工藤栄一監督の名前がクレジットされていた。感銘を受けた『傷だらけの天使』『必殺仕置人』の最終回にも同じ名前がクレジットされていた。僕が映画の助監督として初めて師事したのが工藤栄一監督だった。

7代目明石藩主・松平斉韶は実在の人物だが、将軍の異母弟という権威をかさに傍若無人な振る舞いをしていたという事実はない。彼の後継ぎの斉宜は11代将軍・徳川家斉の末っ子で、参勤交代の行列を横切った3歳児を処刑したという史実がある。その史実からインスパイヤーされたシナリオを池上金男が書き上げた。工藤監督が池上さんの小説「四十七人の刺客」をスタッフルームで手にとって読んでいる姿を見て僕は密かに震えたことを覚えている。

明石藩の家老が、江戸筆頭家老の屋敷前で腹を切る。残された直訴状に藩主松平斉韶の暴虐の数々が記されていた。将軍家慶が年内に斉韶を老中に抜擢するとの話に、江戸筆頭家老土井利位(丹波哲郎)が目付、島田新左衛門に秘密暗殺部隊の結成を指示する。

島田新左衛門には片岡千恵蔵。観ていて震えがくるような存在感が凄い。参謀役、倉永佐平太役に嵐 寛寿郎。『男はつらいよ』『オレンジロード急行』でお爺ちゃん役で見たことはあったが、アラカン、の壮年時代は初めて拝見した。アラカンの倉永佐平太の青眼の構えの殺陣は今見ても凄まじさとありがたさで涙が出てくる。

僕にとってこの映画の平山九十郎は永遠だ 

島田家の剣客平山九十郎に西村 晃。僕にとってこの映画の平山九十郎は永遠だ。凄まじい気概と立ち回り、剣捌きの所作が凄い。西村 晃が見事に剣客を生きた。

平山の知人浪人の佐原平蔵は家族の生活のために報酬を求める。金さえもらえば何でもやる使える手だれ平蔵役に水島道太郎。九十郎の弟子や佐平太が連れてきた6人の部下も合流。太平の世の中、侍としての一分を見出して死んでいきたいという強者達だ。その中に汐路 章の顔があり嬉しくなる。『仮面の忍者 赤影』や『仁義なき戦い』で僕が大好きな顔だ。『県警隊組織暴力』の刑事役は特筆すべきものがある。

新左衛門の甥、島田新六郎に若き里見浩太朗。芸者おえんのヒモ生活の素浪人。「放蕩三昧で生きるより侍として死ぬ方が楽だ」という叔父新左衛門の言葉に絆されて三味線を刀に持ち替え出立する。「早ければ1カ月、遅ければ次のお盆までには帰ってくる、迎え火焚いて待っててくれ」とおえんへのセリフが沁みる。

決戦の宿場町は中山道美濃国、落合宿は今の中津川。宿場町に仕掛けを施し、強固な迷路のような要塞を普請する。ここで協力したいと参加する落合宿の若者郷士の木賀小弥太に若き山城新伍。これで13人。

武士の一分をかけての両者の対決に胸が熱くなる

明石藩参勤交代を司る鬼頭半兵衛に内田良平。『探偵物語』で見た刑事役は最高だった。暗殺部隊から愚君を守るために深謀遠慮を巡らす鬼頭半兵衛の存在はこの映画の最高殊勲プレーだ。新左衛門とは旧知の仲。立場は違えど共に武士の一分をかけての両者の対決に胸が熱くなる。

工藤栄一監督の光と影の演出

参勤交代を密かに隊を分けて53名で愚君を護衛して落合宿へと誘い出される鬼頭半兵衛隊。橋に向かってやってくる早朝のショットが凄い。工藤栄一監督の光と影の演出は朝日の中でも炸裂する。望遠レンズで馬上の53人を捉える。朝霧の中姿を表すショットは美しいが、どこか不穏で何かが始まる予感が醸し出される。遠くに響き聞こえた蹄の音が徐々に近づいてくる緊張感。ダビングにおける演出のきめの細かさに今見ると唸ってしまう。

30分にわたる圧巻の激闘

落合宿での30分にわたる激闘は圧巻である。僕の知っているチャンバラ時代劇は影も形もない。斬り合ったことのない侍達が暴力の渦に巻き込まれていく様が延々繰り広げられる。 多勢に無勢の13人の罠にハマっていく53人。その罠に抗う鬼頭半兵衛の底力。53人と13人の殺し合いの終末、剣客平山九十郎が壮絶だ。

追い詰められた明石藩家臣、浅川十太夫が発狂状態で刀を振り回す。対峙した九十郎の刃が折れる。刀を失った九十郎が悲鳴をあげ不様に逃げまくる。正気を失った浅川に斬られ、惨殺される九十郎の西村 晃が凄まじかった。刀を失った剣客の最期の描写演出に僕はことばを失った。狂気を孕んだ暴力の前になすすべのない虚しさ。使命を果たした13人も3人のみが生き残り、明石藩のひとり生き残った狂人の浅川を映してこの映画は終わっていく。暴力とはいかに虚しさしか生まないのかと。

監督とはなりたいと思ってなるのではなく、人にさせてもらう

34年前の工藤監督の言葉を忘れない。「監督になりたいと思ってなるんじゃない、監督は人にさせてもらうんだ」と助監督の5番手の僕に語ってくれた。 「『十三人の刺客』の時の池上さん、音楽の伊福部さんもそうだ…」映画史を飾る人たちの名前が続いた。「ある日突然、人にさせてもらえるんだ」当時よく咀嚼できなかった言葉は今なら理解できる。そのある日に向けて毎日修行なのだと。

僕は昨夏ヤクザ300人による乱闘シーンを撮った。暴力は何も生み出さない、虚しさだけが残るんだということを伝えたかった。60年以上前に撮られた『十三人の刺客』は工藤栄一監督が34歳の時に撮っている。サム・ペキンパー監督『ワイルドバンチ』と『十三人の刺客』を何度も見直して挑んだ昨夏のナイターロケが懐かしく思い出される。僕にとって大切な思い出のひとつとなっている。



●VIDEO SALON 2024年9月号より転載