中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』は3月9日より公開開始予定。
第44回『禁じられた遊び』
イラスト●死後くん
戦争で家族を失った少女ポーレットと少年ミシェルの純真無垢な交流を描いた反戦映画。1952年のベネチア国際映画祭で金獅子賞、アカデミー賞で名誉賞(後の外国語映画賞)を受賞。ギター演奏による主題曲『愛のロマンス』でも広く知られる。
原題 Jeux interdits
製作年 1952年
製作国 フランス
上映時間 87分
アスペクト比 スタンダード
監督 ルネ・クレマン
脚本 ジャン・オーランシュ
ピエール・ボスト
10月25日、本土最南端の地、南大隅で撮影した映画のダビング作業を終えた。1300年続く奇祭を題材にしたコメディ映画だ。僕は今回の映画の音楽にスペイン音楽を選択してみた。本土最南端の鹿児島の地に合うような気がしたのだ。
もう一つのテーマでもある、「父と娘の想い出」という哀愁のモチーフにフラメンコギターのメロディーが必要不可欠だった。『禁じられた遊び』のナルシソ・イエペスの「愛のロマンス」のような曲が産まれないものかと思った。僕が幼い頃、父が休日にギターでこの曲を爪弾いていたのを覚えている。それ以外の曲を弾いていたのは記憶にない。
僕が映画『禁じられた遊び』を最初に見たのは1983年7月10日放送の「世界名画劇場」だった。父と母から勧められて見たのだ。幼い頃に戦争を経験した両親には他人事ではなかったのだろう。父は先の大戦で中国の大連からの引き揚げの経験を、幼い僕によく聞かせてくれた。鳥取の米子に疎開していた母は、米軍のグラマンからの機銃掃射された想い出を事あるごとに話してくれた。
第二次世界大戦下ドイツ軍のパリ侵攻から映画は始まる
1939年の9月1日に始まったとされる第二次世界大戦。僕の両親が生まれた年だ。1940年6月パリがナチス・ドイツに占領され、パリからフランス郊外に避難する群衆の中、主人公の少女ポーレットがドイツ軍のメッサーシュミットの機銃掃射によって父親、母親、愛犬を喪うところからこの映画は始まる。
群衆のパニック、カオス状況は記録映画を見ているかのようだ。撮影は『ドイツ零年』のロベール・ジュイヤール。第二次世界大戦中の従軍記録映画出身のルネ・クレマン監督の真骨頂だ。
動かなくなった両親を見つめるポーレット役の当時5歳のブリジット・フォッセーが凄い。両親役にブリジットの本当の両親を起用したところに演出の秘密があるのか。死んだ子犬を抱えたまま避難群衆を彷徨うポーレット。親切にしてもらったおばさんに、死んだ子犬を川に捨てられてしまう。「死」というものを理解できないポーレットは川を流れる子犬を追いかけて川沿いの道を彷徨する。
戦場を知らない僕には 思いもつかない光景
主人を失った壊れた荷馬車を引き摺り川沿いを走る狂馬の描写に僕は驚いてしまう。戦場でクレマン監督が見た光景なのだろうか。戦争の戦場を知らない僕には思いもつかない。狂馬に導かれるかのように、牛飼い農家の少年、ミシェルと出会うポーレット。ミシェルの家族は孤児のポーレットを暖かく迎える。パリで裕福な暮らしをしていたポーレットにとっては貧しい農家の生活は驚きの連続だ。ミシェルの両親、2人の兄、2人の姉達を演じる俳優陣が実に素晴らしい。
少年ミシェルが教えてくれた 死者への弔い
神や信仰を知らないポーレットはミシェルから「死んだものにはお墓を作って埋めてあげるんだよ」。そう教えられる。野ざらしの愛犬を埋めてあげたいと言うポーレット。この場面で初めて、劇中で『愛のロマンス』が奏でられる。当時24歳のナルシソ・イエペスはギター一本でこの映画の劇伴すべてを作り上げた。ルネ・クレマン監督がパリのカフェで偶然出会った才能。偶然か否、必然か。
人気のない水車小屋で愛犬を埋めて2人は墓を作る。「なんでお墓を作るの?」とポーレット。「死んだものが寂しくないようにするためだ」とミシェル。ひとりぼっちの愛犬のために他の墓を作る2人。水車小屋に住む“村長”と名付けられたミミズクの表情が凄い。村長の狩ったネズミの屍骸を埋める2人。ひよこ、ゴキブリ等のお墓を次々と作っていく2人。
お墓には十字架が必要なんだと、ポーレットを喜ばせようと、ミシェルは教会や墓地から十字架を盗み出す。これが幼い少女と少年の“禁じられた遊び”だ。淡い恋心をミシェルがポーレットに抱くように、当時5歳のブリジット・フォッセーの無垢な瞳に僕も魅了されてしまう。
両親に勧められ、大戦直後に制作された数々の映画を観た
戦争で人が次から次へと亡くなり、棺桶の数が足りず、死者を埋葬できないと嘆く大人達の描写が出てくる。先の大戦で命を絶たれた人の数は5000〜8000万人、8500万人とも言われている。埋葬されなかった人々が大多数なのだ。僕は両親から『自転車泥棒』『靴みがき』『無防備都市』『戦火のかなた』『ドイツ零年』といった大戦直後に作られた、戦後復興の中でもがく少年少女が登場する名作映画群を勧められ、観た。「ネオレアリズモ」と呼ばれたイタリア映画の一群は僕の両親にとっては他人事ではなかったのだろう。世界中の人々が経験し、傷つき、それを描いた戦争映画に共感したのだ。“戦争を知らない子供達“の僕には戦争を少し知る手立てが、映画だった。
この映画のラストカットを 一生忘れない
孤児のポーレットが赤十字に引き取られ、2人は離れ離れに。水車小屋の墓地を破壊するミシェルが切ない。それを見守るミミズクの“村長”の表情がすごい。戦争に追われ、混乱する人々でごった返す駅のラストシーンは何度見ても涙ぐんでしまう。ポーレットの「ミシェル!ミシェル!」の泣き声が雑踏の中に消えて行くラストカットは一生忘れない。
偶然か、必然か これだから映画はやめられない
拙作の映画音楽収録の日、フラメンコギターの名演奏者・木村 大さんが僕の眼前に現れた。今回の映画音楽のギターを木村さんの演奏で生録音できるのだ。撮影前に木村さんの演奏を聴いて撮影に挑んでいた僕は、あまりの偶然に呆然としていた。偶然ではなく必然か。これだから映画はやめられない。僕は木村さんの演奏する「父との想い出」というフラメンコギターの調べを聴きながら、両親と一緒に観た『禁じられた遊び』のことを少しずつ思い出していた。
●ビデオSALON2018年12月号より転載