中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。


第55回『グロリア』

イラスト●死後くん

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原題: Gloria
製作年 :1980年
製作国:アメリカ
上映時間 :123分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ジョン・カサヴェテス
脚本:デニス・ホッパー/ ピーター・フォンダ/テリー・サザーン
製作:サム・ショウ
撮影 :フレッド・シュラー
編集 :ジョージ・C・ビラセア
音楽 :ビル・コンティ
出演 :ジーナ・ローランズ/バック・ヘンリー/ジョン・アダムズ/バジリオ・フランチナ/ジョン・フィネガン/ローレンス・ティアニー他

ニューヨーク、インディペンデント映画界の巨匠、ジョン・カサベテスがジーナ・ローランズ主演で描いたハードボイルドアクション。組織を裏切った男の一家が殺され、生き残った少年・フィルを同じアパートに住むグロリアが預かることになり…。

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9月20日、拙作16本目の映画がクランクアップした。拳銃を拾った女が銃弾をぶっ放す話だ。台風などにも関わらず運良く撮影完了できた幸運に感謝したい。スタッフ、キャストが奮闘してくれた14日間に深謝したい。

撮影前に銃をぶっ放す女達の映画を振り返ってみた。『デルマ&ルイーズ』『俺たちに明日はない』『上海から来た女』『拳銃魔』『血まみれギャングママ』…僕にとっては『グロリア』のジーナ・ローランズがベストだった。1984年2月20日、高校2年の時に荻 昌弘さんの月曜ロードショーで見てしまった。この年は人生で2番目に多くの映画を観た年だった。スクリーンでの上映は大学生になって上京してからの文芸坐が初だった。

子供嫌いのグロリアが孤児となった少年を預かることに

ニューヨークのサウス・ブロンクスのアパートに住む主人公グロリア・スエンソン(ジーナ・ローランズ)。ハリウッドの大女優の名前にそっくりだ。コーヒーを借りに階下の友人宅を訪れるグロリア。友人から6歳の子供フィルを預かって欲しいと突然頼まれる。物々しい雰囲気を察したグロリアは渋々少年を自室へ連れていく。その刹那、いかついショットガンを担いだ男達が友人宅を襲撃、一家皆殺しに。
 

祖母、父母、姉を虐殺された少年は一冊のノートを父親から渡されていた。父親はギャング組織の会計係で、FBIに組織の情報を漏らしたのだ。厄介なプエルトリカンの子供を抱えてしまった子供嫌いのグロリア。孤児少年フィルとの逃避行の6日間を僕は息を潜めて見つめた。

ジーナ・ローランズは撮影当時、49歳から50歳か。酸いも甘いも人生の年輪を感じるグロリアの危機察知能力の描写が細かく見事だ。追っ手から身を潜ませ、ヒールを脱いで音を立てないように階段を登る。ただもんじゃない。

ハリウッドの作り方とは相反する映画制作

監督はジョン・カサヴェテス。20世紀で最も重要な監督の1人だ。俳優でもあるカサヴェテスを僕は『特攻大作戦』の囚人兵フランコ役で知っていた。ナチス高官達のパーティを12人の囚人部隊が襲撃するというトンデモなく面白い傑作で暴れまくっていたカサヴェテス。俳優学校時代に知り合ったジーナ・ローランズは彼の奥さんで盟友だ。ハリウッドの作り方とは相反する即興、セットに頼らない街中での撮影、生々しい演出は僕のお気に入りだ。

カサヴェテスの作品で『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』というストリップ劇場の経営者が店を守るためにギャングをぶち殺しにいく映画が大好きだ。『こわれゆく女』でのジーナ・ローランズのぶっ壊れぶりは観ていて怖くなる。子役達が逃げ惑う場面はどうやって撮ったのかとため息が出てしまう。1989年は松田優作とジョン・カサヴェテスを失った悲しみと絶望にくれた僕の19歳の一年だったと記憶する。

あまりに有名な「タクシー!」の場面に身震いした

拳銃をハンドバッグに忍ばせたグロリアがただの中年女性でないことを僕達は映画が始まって間もなく知ることとなる。

あまりにも有名な「タクシー!」の場面。厄介な少年フィルを追っぱらおうとしていると、チンピラ輩を乗せたセダンがグロリアの前に急停車する。妙にグロリアに丁寧なチンピラ輩達はグロリアとは顔見知りのようだ。少年とノートを引き渡すようにと慇懃無礼な男達に突如として発砲するグロリア。

彼女の危機察知能力のなせる技だ。すごい場面。毎回声が出てしまう。ポスターのメインビジュアルにもなった、ハンドバッグを肩から下げ、エマニュエル・ウンガロのスーツ姿の銃構えは永遠のアイコンだ。

逃走する車に全弾ぶち込む彼女はどんな人生を送ってきたのか? 「タクシー!」のセリフに身震いした。彼女の決意。サウス・ブロンクスとはどんな場所なんだ。観て欲しい。

1本のタバコで表現される心情、そこに台詞は必要ない

グロリアはこの町の組織のボスの元情婦だったらしい。そんなグロリアの内面をカサヴェテス監督が細心を払って僕らに伝えてくれる。グロリアのタバコの吸い方が僕は大好きだ。少年フィルに対して気丈に振る舞うグロリアの怯え、弱さ、迷いが一本のタバコの描写で表現されていく。バスルームでタバコを吸う場面は本当に素晴らしい。僕は撮影で喫煙場面がある時、女優さんに必ずグロリアを観ておくように進める。タバコの火の付け方、吸い方、煙の吐き方1つで表現できることを知った。台詞は必要ない。

少年の命を救おうと組織のボスの元に単身乗り込む

2人の逃避行のタクシーで地下鉄、駅のレストランで組織の追っ手は執拗だ。ニューヨークの街中の撮影が生々しい。拳銃に対する街の人々のリアクションが慣れている感じで、この街の怖さを助長している感がある。銃社会で生きていない僕には窺い知れないことだ。

追い詰められたグロリアは元愛人の組織のボス、トニー・タンジーニの所に単身乗り込んでいく。会計士の残したノートと引き換えに、フィルの助命を嘆願するためだ。「グロリアのことは大目に見るが、子供を生かしておくわけにはいかない」とボス。グロリアの危機察知能力はマックスとなり、再びリボルバーが火を吹いた。少年フィルには3時間たってもグロリアが姿を見せなければ、1人でピッツバーグに行けと告げていた。そして、グロリアは現れない。少年は1人でピッツバーグに向かう。

どんなに厳しい話でも希望を残してくれる

この後、カサヴェテス監督は素晴らしいラストシーンを用意してくれていた。カサヴェテスの映画は何か問題を抱えている、問題のある環境に生きる人々を生々しく描いていく。盟友ジーナ・ローランズは喜怒哀楽だけでは表現できかねる人間の生き様を精一杯表現していく。どんなに厳しい話でも希望を残してくれるのが、カサヴェテスの映画だ。グロリアのラストシーンに毎度熱いものが込み上げてしまう。見事なエンドクレジット。ビル・コンティのテーマ音楽に感謝だ。観て欲しい。

ジーナ・ローランズは89歳で健在だ。2人娘と1人息子、3人とも映画監督になった。老年になり子供達の映画にも出演し健在ぶりをスクリーンで魅せてくれた。「一番会いたい人は?」と聞かれたら「僕が会いたい女優はジーナ・ローランズ」と言おうと胸の中でつぶやいてみた。



ビデオSALON2019年11月号より転載