中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。

連載が単行本になりました!「映画があってよかったなあ」1月30日発売

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第60回 バーディー

イラスト●死後くん

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原題: BIRDY
製作年 :1984年
製作国:アメリカ
上映時間 :120分
アスペクト比 :ビスタ
監督:アラン・パーカー
原作: ウィリアム・ワートン
脚本 : サンディ・クルーフ / ジャック・ベアー
製作 : アラン・マーシャル
製作総指揮  : デイヴィッド・マンソン
撮影 :マイケル・セレシン
編集 :ジェリー・ハンブリング
音楽 :ピーター・ガブリエル
出演 :マシュー・モディーン / ニコラス・ケイジ / ジョン・ハーキンス  / サンディ・バロンほか

1984年のアメリカを舞台に、ベトナム戦争から帰還したアル(ニコラス・ケイジ)が戦場のショックで重度のPTSDを発症し、精神病院に入れられた親友バーディ(マシュー・モディーン)を回復させようと努める姿を描く。1985年、カンヌ国際映画祭にて審査員特別グランプリを受賞。
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1月30日にこの連載コラムが単行本「映画があってよかったなぁ」として出版された。まさか本を出していただけるとは驚きで、拙文を読んでくださった読者の皆様に深謝したい。14作目の拙作品も1月31日から公開となり、まさかの続編となった。観客の皆様に誌面を使って御礼申し上げます。うだつの上がらない古美術商と陶芸家の“相棒(バディ)”映画をお楽しみいただけたらと。

 

奇妙な友情映画で強く印象に残っているのが『バーディー』

年明け早々に撮影に入った新作も、“噛ませ犬”と呼ばれるロートルボクサーと、同級生の風俗店長の奇妙な友情を描いている。ボクサー、風俗嬢、芸人、寄る辺なき者達の集団劇だ。

奇妙な友情映画で僕の印象に強く残っている映画に『バーディ』がある。僕が高校3年の時に公開されたこの映画を高校時代に見逃していたことが悔やまれる。大学に入り映画研究部の同級生に熱烈に勧められ2年遅れで文芸坐で観た。1960年代のフィラデルフィアの高校生の同級生2人がベトナム戦争で傷つき、生還し、2人がかつての自分達を取り戻そうとする、奇妙な青春相棒映画だ。

 

アラン・パーカーはいつも闇に迷いこんだ主人公たちを救う

監督はロンドンの鬼才アラン・パーカー。当時、丁度アラン・パーカーの新作『ザ・コミットメンツ』に完全にやられていた僕は、今までアラン・パーカーにやられっぱなしなことに気づく。『小さな恋のメロディ』のトロッコでの脱出劇、『ミッドナイト・エクスプレス』ではイスタンブールの悪夢のような監獄から。『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』ではシド・バレットの狂気の闇からの脱出を。『ザ・コミットメンツ』では主人公の鏡の前のモノローグに僕は救われた。アラン・パーカーはいつも闇に迷い込んだ主人公達を救う。毎度さらりと僕達に晒してくれるのがうれしい。

 

マシュー・モディーンと ニコラス・ケイジの出世作

主人公バーディにマシュー・モディーン、もう1人の主人公アル役にニコラス・ケイジ。2人ともデビューから様々な映画の脇での好演ぶりで注目されていたが、大役はこの映画が初。このあと2人とも一気にブレイクしていく。マシュー・モディーンは『フルメタル・ジャケット』、ニコラス・ケイジは『月の輝く夜に』『ワイルド・アット・ハート』『リービング・ラスベガス』での好演奮闘ぶりがうれしい。

ベトナムの戦場で顔面に重傷を負って生還したアルは、同じく出征して精神を病んだ同級生バーディの治療協力のため、軍の精神病院に呼び出される。友の呼びかけで正気に戻るのでは? とワイス博士が考えたのだ。

ワイス博士の白衣の下の軍服に皮肉が効いている。バーディは高校時代から奇妙な男で、鳥になりたいと思っているような、人間付き合いが苦手な男。そんな彼を終生の友と呼ぶアルが彼との青春時代の思い出を語り続けていく。土鳩を捕まえて伝書鳩にして小遣い稼ぎしたこと。2人で鳩の格好をして鳩の群れに入っていく場面は傑作だった。鳩をつかまえようと忍び込んだ工場の屋根の上から落下したバーディは、ますます鳥のように飛んでみたいと夢想するようになる。

 

過去との対比で見せる 撮影と編集の巧妙さ

ペットショップで雌のカナリア、パータを買って以来、鳥と飛ぶことへの執着がさらに増していく。このカナリアの芝居がとてもいい、撮影と編集が実に巧みだ。精神病棟と回想の青春時代のスイッチバックが功名で、編集のジェリー・ハンブリングはアラン・パーカー作品の常連だ。

なんとかバーディの心を取り戻そうと、アルは語り続ける。一緒に野犬狩りのアルバイトで犬達の虐殺を知り、犬達を逃したこと。手製の翼を作り、アルが協力した試験飛行でわずかながら空を飛べたこと、うまくいかなかった合同デートのこと。冷たい病棟の画面と対照的な、温かみのある青春時代の画面作りが素晴らしいのだ。

撮影はニュージーランド出身のマイケル・セレシン。『ミッドナイト・エクスプレス』もすごかった。こちらもアランパーカー組の常連。撮影で僕が1番唸ってしまったのが、バーディの意識が鳥のように建物から窓外に浮遊していく“バードショット”だ。

バーディはアルに「俺は本当に飛んだんだよ」と語るが、アルは相手にしない。僕は映画を観ながらアルに反論したかった。この“バードショット”が手塚治虫さんの短編アニメーションの傑作『ジャンピング*1』に似てると最近感じたが、アラン・パーカー監督は観ていたのだろうか? この素晴らしい映画体験を僕は忘れない。

*1/手塚治虫『ジャンピング』は公式サイトで公開されている(https://tezukaosamu.net/jp/anime/72.html

 

ジョン・ウーも魅せられた音楽

バーディが月明かりのなか、鳥のようにベッドの手すりに全裸で掴まっている、有名なショットにも息を呑んだ。ピーター・ガブリエルの音楽も素晴らしい。本作から2年後、ジョン・ウーが『男達の挽歌』で、この音楽を早速そのまま使っていたのには驚いた。

ベトナムの戦場で顔に傷を負ったアルもPTSDに悩まされている。いっこうに正気に戻ることのないバーディを目の前にイラつき、絶望するアルの最後のバーディへの語りかけに胸が熱くなる。戦場で傷ついた同級生の姿が哀しいのだ。ニコラス・ケイジはこの長台詞でアル同様に勝利を掴んだ。観てもらいたい。

 

またもや主人公をさらりと救う

アラン・パーカーはまたもや主人公をさらりと救ってくれた。『ミッドナイト・エクスプレス』のラストシーン同様、2時間近くの重苦しく閉ざされた世界をわずか数分で解放してくれる刹那、映画が終わる。バーディが飛んだ…そして…。僕は思わず「よし…」と呟いてしまった。見事な手腕だ。ガブリエルの劇版から一転、リッチー・ヴァレンスの「ラ・バンバ」がご機嫌に流れて、エンドローリングするなんて洒落てるじゃないか。アラン・パーカーの17年の沈黙が残念でならない。新作を心待ちにしているのは、僕だけではないはずだ。

 

 

VIDEOSALON 2020年3月号より転載