中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。『銃2020』が公開中。『ホテルローヤル』は11月13日公開。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が11月27日より公開。
第68回 ある日どこかで
イラスト●死後くん
____________________________
原題:Somewhere in Time
製作年 :1980年
製作国:アメリカ
上映時間 :103分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ヤノット・シュワルツ
原作・脚本:リチャード・マシスン
製作:スティーヴン・サイモン/レイ・スターク
撮影 :イシドア・マンコフスキー
編集:ジェフ・ガーソン
音楽 :ジョン・バリー
出演 :クリストファー・リーヴ/ジェーン・シーモア/クリストファー・プラマー/テレサ・ライト/スーザン・フレンチ/ビル・アーウィンほか
ホテルで見かけた写真の中の女優に心奪われた若き劇作家が、20世紀初頭に生きた彼女と出会うためタイムリープに挑むラブ・ファンタジー。公開から40年が経った今にも語り継がれるカルト的な人気を集めている。
__________________
11月13日から拙作16作目の映画が公開される。北海道の釧路にあるラブホテルの約30年にわたる年代記だ。ウイルスは未だ収束していないが、1人でも多くの方の目に留まれば幸いだ。
『ヴェニスに死す』『愛の嵐』『昼下がりの情事』などホテルを舞台にした映画は数多く作られている。この作品の制作にあたって、『ホテル・ニューハンプシャー』や『ある日どこかで』などを参考に観返したりもした。特に音楽を参考に『ある日どこかで』の名場面を何度も繰り返して観た。
毎年1度は観返す『ある日どこかで』を最初に観たのは高校2年の時だった。公開当時興行的にヒットしなかったものの、観たファン達の口コミからジワジワとカルトムービーとしての評判がリバイバル上映へと繋がった。名古屋のシネマテークでも評判になり、僕もその存在を知った。公開から4年後、シネラマ中日劇場に隣接する、シネマAというミニシアターで僕はこの映画を観た。料金は600円だった。
タイムマシンの出てこない 時間旅行ファンタジー
この作品はリチャード・マシスン原作で、タイムマシンの出てこない時間旅行ファンタジーだ。原作者であるマシスン自ら脚本も手がけた。なんと言ってもスピルバーグ監督の出世作『激突』の原作・脚本を手がけた人で、怖くて怖くてたまらなかった『ヘルハウス』もこの人が原作・脚本という、とてつもないストーリーテラーだ。
主演は『スーパーマン』で一世を風靡したクリストファー・リーブ。彼は『ある日どこかで』で永遠となった。その後、落馬事故による脊椎損傷の車椅子姿の彼がアカデミーのプレゼンテーターで登場した時の感傷は今も強烈に心に刻まれている。彼はなかなかの演技派で『デストラップ・死の罠』でのマイケル・ケイン相手にがっぷり4つの演技合戦も印象的だった。
写真に一目惚れするのは 原作者の体験がモチーフ
『ある日どこかで』の主人公リチャードは劇作家だ。映画の冒頭、舞台デビュー作品の打ち上げパーティーで、老婦人から「戻ってきてね」と懐中時計を渡される。立ち去った老婦人はグランドホテルの一室で息を引き取る。
大学を卒業してから8年、作品にも人生にも疲れ、原稿依頼の編集者から逃れるように車で旅に出て、途中に寄ったグランド・ホテルの歴史記念館で1枚の写真ポートレイトに出逢う。若い美しい女性の写真に一目惚れしてしまうリチャード。それは20世紀初頭このホテルで舞台公演した女優エリーズ・マッケナの写真だった。エリーズ役に元ボンドガールのジェーン・シーモア。僕も一撃で一目惚れしてしまった。原作者マシスンがバージニア州の劇場で見た女優モード・アダムスのポスターと出逢った実体験がモチーフとなっている。
ジョン・バリーのテーマ曲に 震えた出逢いのシーン
リチャードは写真の女優に逢いたい一心でタイムトラベルの研究者フィニー教授から教唆を受ける。現代の所持品を捨て、行きたい時代(1912年)の物を所持し、身に包まれて催眠術を掛けるという狂気じみた方法を実践していく。
1912年当時の古着を着て、グランド・ホテルの416号室のベッドに身を委ね催眠術を受けるとリチャードは、1912年のグランド・ホテルへと時間旅行になんと成功してしまう。
グランド・ホテルがあるアメリカ、ミシガン州のヒューロン湖に浮かぶマキノー島の風景がすばらしい。リチャードが1912年のエリーズと出逢った湖畔には今、記念碑が立っている。このふたりの出逢いの場面が僕は大好きで、ここで流れるジョン・バリーのテーマ曲に震えたことを覚えている。セルゲイ・ラフマニノフというロシアの大作曲家の名前もこの映画で覚えた。ジョン・バリーの選曲が名曲「パガニーニのためのラプソディー」を蘇らせた。
マキノー島とグランド・ホテルで恋に落ちたリチャードは、大女優のマネージャーロビンソンから妨害されるが、エリーズとの愛を育む。マネージャー役に僕のお気に入りの名優クリストファー・プラマーなのがうれしい。
高校2年生の僕はリチャードの狂おしい程の一目惚れ恋愛の成就を我がことのように見守っていた。なんと言ってもジェーン・シーモアの美しさとジョン・バリーの音楽にやられてしまっていた。現代の1980年をコダックで、過去の1912年を富士フイルムで使い分けて撮影したという映像ルックも素敵だった。
恋愛映画は若いときに 観るに限る
高校2年生の僕は、この映画から人は恋をすると死に至ることもあるのだと学んだ。クリストファー・リーブの一途な恋煩いに恐威した。53歳の僕が今観ると、仕事に追われた劇作家が時間旅行していたのは、すべて彼の脳内での妄想だったのでは? と穿った考察をしてしまったりする。しかし、やはり高校2年生の鑑賞力のほうが正解だと思う。高校2年生の僕に戻ることは不可能だ。恋愛映画は若い時に観るに限る。それでもラストカットは今観ても切なく美しい。見事な撮影だ。是非とも観て欲しい。
ロケ地となったホテルでは 今でも毎年イベントが行われる
毎年10月にマキノー島のグランド・ホテルでは『ある日どこかで』が上映されるイベントがあるそうだ。最初の公開が1980年の10月3日だったからだ。商業的に当たらないからと、予算が半減されてもスタッフ達はどうしてもこの映画を創りたいと願い、島内で10週間にわたる合宿生活をして完成させたそうだ。40年後の今年も世界中から熱烈なファンが訪れていたことだろう。ウイルスが猛威をふるった2020年は無事イベントが開かれたのだろうか?
ジェーン・シーモアのあのポートレート写真もホテルで売っているそうだ。僕も1度はリチャードが経験したマキノー島とグランドホテルでの時間旅行を追体験してみたいものだと。1日も早く無事海外に渡航できる日が戻ってくることを願っている。
●VIDEOSALON 2020年12月号より転載