中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。
第87回 12人の怒れる男
イラスト●死後くん
____________________________
原題: 12 Angry Men
製作年 :1957年
製作国:アメリカ
上映時間 :96分
アスペクト比 :ビスタ
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
製作:レジナルド・ローズ/ヘンリー・フォンダ
撮影 :ボリス・カウフマン
編集 :カール・ラーナー
音楽 :ケニヨン・ホプキンス
出演 :ヘンリー・フォンダ/リー・J・コッブ/エド・ベグリー/マーティン・バルサム/ジャック・クラグマン/E・G・マーシャルほか
高い評価を得たテレビドラマの反響を受け制作された映画版で、秀悦な脚本による密室劇の名作。貧困層の少年が起こした殺人事件の裁判が始まる。有罪間違いなしと思われたが、12人の陪審員のうちひとりが無罪を主張したことで事態は思わぬ方向に転じていく。
__________________
19本目の映画撮影で大阪に来ている。約2年ぶりの映画の準備中、参考になる映画をいくつか見直した。映画の大円団場面の参考に『12人の怒れる男』を観た。最初に観たのが中学3年の夏休み「水曜ロードショー」のテレビ放映だ。主演のヘンリー・フォンダがその頃亡くなって、追悼放送だったのか。
亡くなる1年前の遺作『黄昏』でアカデミー主演男優賞をゲットしていた。『黄昏』はロードショーを劇場で観て大変感銘を受けた。僕はヘンリー・フォンダが好きだった。『荒野の決闘』 『史上最大の作戦』『バルジ大作戦』 『ミスタア・ロバーツ』で西部劇のヒーローや大作戦争映画の軍人役で知っていたが、若い頃の『怒りの葡萄』は少し遅れて観たが好演に胸が熱くなった。テレビドラマで放送されたレジナルド・ローズの傑作シナリオに惚れ込んだヘンリー・フォンダ自らが51歳の時にプロデューサーとして映画化に挑み、『12人の怒れる男』を名作に創り上げた。
名匠シドニー・ルメット監督の映画デビュー作。テレビドラマを年間100本ペースで撮っていた職人監督はこのデビュー作で世界に名を上げて、生涯44本の映画を残す。80代で撮った遺作の『その土曜日、7時58分』ももの凄い映画だった。30代から80代までぶれることなく放った社会派サスペンスの傑作快作群に僕は子どもの時から今でも楽しませてもらっている。
傑作が数多あるアメリカの裁判映画の決定打
日本では馴染みのなかった陪審員の物語。アメリカ映画に裁判映画の傑作が数多あるが、その決定打が本作だろう。同じルメット監督の『評決』も酔いどれ弁護士をポール・ニューマンが好演した痺れるほどの名作だ。
18歳の父親殺しの少年の評決を下す12人の陪審員の議論を描いた96分。オープニングの裁判所の表、中廊下、法廷内の3カット、被告の少年の虚なアップショットの後、陪審人室からカメラはラストシーンまで外に出ない。
陪審員室に入場して来て、着席するまでを見事な人物配置と巧みなカメラオペレートで12人の登場人物を紹介していく。無駄のない台詞が瞬時に人物キャラクターを明記してくれる。ルメット監督の巧みな人物捌きの見事さには唸ってしまう。「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」と日本では言い伝えられるが、巧みなシナリオ、演出、カメラワーク、に答えられる演技者達が、当たり前のように演じていくのが凄い。
僕の知った顔では陪審員1番のマーティン・バルサムが陪審員長、司会役を進めていく。成程高校教師のアメリカン・フットボール部のコーチらしく皆をまとめていく。『サブウェイ・パニック』のMr.グリーン役でのくしゃみが永遠の名演技。『サイコ』の探偵役も印象深い。ルメット監督作品『オリエント急行殺人事件』ポアロ探偵の友人役でも登場。
3番のリー・J・コッブは『波止場』のギャング役で知っていたが、本作での暴れっぷりが素晴らしかった。7番のジャック・ウォーデンは出演作を僕は1番目にしている名脇役。『評決』ではポール・ニューマンをサポートする先輩弁護士役が見事だった。本作では会議を早く終わらせてヤンキースの試合を観に行きたい、いい加減なマーマレード売りのセールスマン役。
陪審員4番役のE・Gマーシャルの冷めた演技も素晴らしく、陪審員9番役のジョセフ・スウィーニー、11番のジョージ・ヴォスコヴェックはテレビドラマからの続投で好演が光る。
12人中11人が有罪。ひとりだけ疑問を提示するのが、陪審員8番演じるヘンリー・フォンダ。「話し合いたい」とひとり提案する。「疑問に思うことがあるから有罪にはできない」18歳の少年の命がかかっている。検察側の証拠、目撃証言、は少年にとって不利なものばかり。
俳優達の演技を引き出すシナリオの凄さ
どこにでもいる普通の庶民から選ばれた12人による審議はいつしか、スラム街に住む者への偏見、若者に対する偏見、移民に対する差別意識などが露呈され顕になっていく。一方で、労働者の持つ義理人情、年配者に対する尊敬の念、陪審員としての責任感などが12人の審議の中から垣間見えていく。名前のわからない陪審員達の職業、人柄、性格が俳優達の熱演と共に浮き彫りとなっていく。その演技を引き出すシナリオの凄さ。
裁判での証拠、目撃証言をひとつひとつ検証していくと僅かな疑問、分からないことが生まれてくる。建築士の陪審員8番の検証に、ひとりで裁判を聞いていた時には気づかなかったことが次々に明るみになっていく。何となく有罪としていた陪審員達が徐々に無罪に傾き出す。
人が人を裁く立場から救う立場に変化したことに感銘を受けた
遂に6対6と意見が分かれる。個人の固定概念が解けていく様子に、社会や家庭で抱えるストレスや思い込みが生きる困難さを産んでいることに気づかされる。僕はこの映画の、人が人を裁く立場から、救う立場に変化したことに大変感銘を受けた。「話し合いたい」というひとりの発言が、12人が気づかなかった、分からなかったことを解明、理解していく96分。結果ひとりの少年を死刑にすることなく済んだ。
生涯忘れることのない裁判所表の階段場面
映画のラストシーンが鮮やかだ。カメラは外に出て、裁判所の表で12人が去っていく。陪審員8番ヘンリー・フォンダが最年長者9番ジョセフ・スウィーニーに呼び止められる。最初に無罪と考え直した老人だ。お互いの名を名乗って握手する場面に胸が熱くなった。「それでは」と別れ、階段を降りて別れ行くふたり。背広姿の12人の後姿が遠景でも見てとれる。凄い、これが映画だと。最後まで無罪だと認めれなかった、3番リー・J・コッブの後ろ姿を配置した、シドニー・ルメット監督の才量に恐れ入る。カメラマンはロシアの名匠、ボリス・カウフマン。撮影賞オスカーゲットの『波止場』や 『アタラント号』のモノクロ撮影の美しさ。
生涯忘れることのない、裁判所表の階段場面。僕はこのショットに少しでも追いつけるようにと、大阪での撮影に臨みたいと考えている。
●VIDEO SALON2022年7月号より転載