中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。
第90回 U・ボート
イラスト●死後くん
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原題:Das Boot
製作年:1981年
製作国:西ドイツ
上映時間:149分
アスペクト比:ビスタ
監督・脚本:ウォルフガング・ペーターゼン
原作:ロータル=ギュンター・ブーフハイム
制作:ギュンター・ロールバッハ
制作総指揮:ルッツ・ヘンクスト
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
編集:ハンネス・ニーケル
音楽:クラウス・ドルディンガー
出演:ユルゲン・プロホノフ / ヘルベルト・グレーネマイヤー / クラウス・ヴェンネマン / フーベルトゥス・ベンクシュ / マルティン・ゼメルロッゲ / ベルント・タウバーほか
第二次世界大戦下の1941年、ナチスドイツ軍の潜水艦Uボート「U96」が、占領下にあったフランスのラ・ロシェル軍港から出航する。与えられた任務は、大西洋を航行する連合国護送船団に対する攻撃だった。過酷な任務を遂行するも乗組員たちの前には非情な運命が待ち受けていた。
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8月12日、ドイツの名匠ウォルフガング・ペーターゼン監督逝去のニュースを早朝に知った。81歳だった。本誌上のコラムは僕が映画の仕事に従事する以前、30年~40年以上前に目にした映画を選択しているので、追悼作品がどうしても多くなってしまう。
『ネバーエンデイング・ストーリー』『ザ・シークレット・サービス』『アウトブレイク』などで80年代、90年代のハリウッド映画を席巻したペーターゼン監督。『U・ボート』でドイツ映画の凄さを世界に知らしめ、ハリウッドに乗り込んだ偉業は映画史に輝く。
潜水艦映画にハズレなし
僕は中学2年の時にこの映画と出逢った。NHKのニュース番組で世界中で大ヒットしているというドイツの潜水艦映画を特集していた。狭い潜水艦内のセットをクルー役の俳優が艦内を駆け巡る様を、手持ちカメラマンも一緒に駆け抜けていくメイキングと共に紹介されていた。『眼下の敵』『原子力潜水艦浮上せず』『マーフィの戦い』などを目にして「潜水艦映画にハズレなし」の映画興行界の名言に猛烈に賛同していた僕は公開と同時に名古屋駅前の劇場に飛び込んだ。全編ドイツ語の映画は、スケベな映画だと忍んで観に行った『マリア・ブラウンの結婚』(まるでスケベではなく大傑作の名作だった)以来2本目だった。
作家ロータル=ギュンター・ブーフハイムが第二次大戦中にU96という潜水艦に取材で乗り込んだ経験を基に書かれた戦争文学「Uボート」(原題Das Boat )の原作を2年の撮影、40億円の予算でドイツ映画人達が勝負をかけた20世紀の映画遺産。Uボートとは「Unterseeboot」(水の下の艦艇)の略で連合国からUボートとして恐れられた。映画ではU96に乗り込んだ従軍記者ヴェルナー少尉が経験するUボート生活を僕達観客が追体験していく作劇となっている。
戦争映画は悲劇と反省を描くために創られる
映画のオープニング、無音の黒バックにクレジットされる文言に無知な僕は圧倒された。「第二次世界大戦中、U-boatの乗組員4万人のうち3万人が帰還することはなかった」戦争映画は悲劇と反省を描くために創られる。
フェードアウトすると、ブルーの水中の画面に迫り来るソナー音とスクリュー音。不穏なテーマ曲と共に、画面奥からUボートの船体が眼前に迫り来る。目の前を通過して頭上を通過していくと『Das Boat』とタイトル。圧巻のオープニングの体感は40年経った今でも忘れない、忘れたくない至宝の瞬間だ。クラウス・ドルディンガーが作曲したテーマ曲は40年後の今でもアレンジされてクラブなどでも耳にする。
ハリウッドの映画では決して描かれることがなかったドイツ海軍の士官、下士官、水兵達が丁寧に細かく描写されていく。映画内では従軍記者ヴェルナー少尉以外は、艦長(キャプテン)、機関長、先任士官、次席士官、航海長、兵曹長、と艦内での役割、階級でのみ呼ばれる。戦争には人の名前が必要なくなる不気味さも伝わってくる。
アナログ撮影の素晴らしさが随所に焼き付けられている
1941年、ドイツ占領下のフランス軍港ラ・ロシェルから大西洋の連合国輸送船団への攻撃目的でU96は出港する。ペーターゼン監督は自分の生まれた年の物語を見事に撮り上げた。軍港の潜水艦ドッグの再現は後々の映画に勇気と影響を与えた。出港の場面撮影、実物大の潜水艦レプリカとミニチュア撮影の合成が見事だ。デジタル現代では海も含めてCG処理されてしまいがちだが、実際の海、ミニチュア撮影の波、風、波紋、水面のきらめきへの細かな気づかい、工夫に溜息が出てしまう。アナログ撮影の素晴らしさの見本が随所にフィルムに焼き付けられている。穏やかな海上を進むU96、潜航、浮上時のミニチュア撮影によるハイスピードカメラを使用した、海水の動きが素晴らしい。嵐の海上、セットとの合成シーンは大量の水を俳優にぶちまける仕掛けの凄さ。
艦内の臭いまで想像できるかのセットが凄い。生活感溢れる美術が2年にわたる撮影で、髭まみれの幽霊のような俳優達の相貌を演出していく。出航して間もなく艦長がヴェルナー少尉に「帰港する乗組員を撮れ」とこの映画の主題を表す台詞を吐く場面が印象的だった。
音響設計の凄さにクルー達の恐怖を共有
音響設計の凄さにも圧倒された。敵駆逐艦から身を隠す潜水艦内が、映画館内と一体になる。駆逐艦の水中探索ソナーが迫ってくる恐怖感、駆逐艦のスクリュー音が僕達の頭上を通り過ぎて行く。安堵したその刹那、投下された爆雷音が映画館中に炸裂する。どうしたらこんな音の設計ができるのだろうか。爆雷から逃れるため、水圧ギリギリまで潜行していく。軋む潜水艦体が悲鳴のように聞こえ、クルー達の恐怖を共有する。「潜水艦映画にハズレなし」は映画館の暗闇が潜水艦、海底と相性が良いためだろうと確信する。限界水深に近づき、艦内のボルトが吹き飛び始める。劇場に座る僕の左右、後、前から、見えないボルトが弾け飛ぶ音が得難い恐怖の体験だった。
不可能と言われるジブラルタル海峡突破を命じられ、水中深く沈められてしまうU96が15時間かけて、搭乗員全員で浸水、バッテリー停止の修理に生存をかけて奮闘する場面がもの凄い。
ペーターゼン監督の顔が垣間見えてつい胸が熱くなる
僕は40年ぶりにDVDで公開当時より1時間13分尺長したディレクターズバージョンを観た。クライマックスのジブラルタル脱出劇がかなり増えていた印象を感じた。公開当時はヴェルナー少尉の目線が中心だったものが、今回は、艦長と機関長、乗組員との絆中心の編集に感じられた。浸水を捨て身で止めた機関兵長に「よくやった、いい仕事をしてくれた」と涙ぐむ艦長。15時間不眠不休で配電修理をして生存の可能性を繋いだ機関長。
「俺は素晴らしい部下をもった果報者だ」という艦長の言葉に安堵して頷く機関長。ペーターゼン監督の顔が垣間見えて、中学生の時とは違う55歳の僕もつい胸が熱くなる。30代最後の壮絶な命懸けの映画創りにかけたペーターゼン監督のスタッフ、キャストへのメッセージなのだろう。
もう一度『Uボート』を映画館で鑑賞できる機会はないものかと願ってやまない。
●VIDEO SALON2022年10月号より転載