アートドキュメンター 岸本 康 の
『美の探求工房』
●HLG素材をSDRで使っても効果あり
前回お伝えしたFS5やGH5のHLGガンマでの撮影結果だが、原稿執筆時の私の編集ソフトFinal Cut Pro Xのバージョンが10.3.4であったことから、正式にはHDRに対応していなかった。昨年12月に10.4で正式にHDRに対応した。10.3でもHLGはFCPのブラウザーに表示されたが本来の輝度とは違うように表示されていたことが10.4になって分かった。もちろん、標準的なガンマ(SDR)とHLGとの比較はそれなりにはできていたのだが、フライングであったことをお伝えしてお詫びしたい。それで10.4になってから再びHLGのテストを継続している。
HDRは本来HLGで撮られた映像をHDR対応のディスプレイで見て成立する。現状対応するモニターも少なく、普及はこれからなので、私自身HDRのモニターを導入するかどうか悩んでいるが、SDRのモニターでもHLGで撮った素材を表示すると今まで以上にダイナミックレンジが稼げていることが前回掲載したテストの内容からも把握していた。HDRは色空間BT.2020が前提で、BT.709で撮られたものとの輝度や色情報の量が違うので、HLGを2020で撮った素材を今までの標準ガンマの素材と混在して使う時には、カットごとに輝度補正をしないとならない。GH5でもHLGの効果があることから、すでに709のタイムラインで混在編集するためのLUTを公開している人もいる。
そんな時、FS5のピクチャープロファイルの色空間の設定を709に切り替えられることを発見。HLGガンマを使っても色空間を709で撮っておけば2020までの効果は得られないにしても、現状のシステムで編集するには、そのままで使える素材が撮れるのではないかという期待のもとにテストしてみた。詳しくは見ていただくと一目瞭然だが、簡単に言うと空に突き出した木の枝は、明るめに撮ると飛んでしまうのだが、HLGでは明るさも出て、なおかつ、見える枝の数も増えるという今までにない効果が得られていた。ダイナミックレンジが上がるということは、本誌先月号にも解説があった(p.20)が全体的な描写力も高まって色の発色も良くなるので自然に立体感も高まる。しかも今までの素材と同様に使えるので正直驚いた。
ただネットで探しても誰もこんな使い方をしていない。もしかして間違ったことをやっているのではないかという不安があったので、ソニービジネスソリューションにHLGを709で使っても効果が出ていることを連絡して見解を聞いてみた。
ソニーの営業部隊でもこの件については想定外で、私のテスト動画で効果が出ていることを見て驚かれていた(私はそのことについてさらに驚いた)。会社としての見解はまとまっていないという返事で、後日連絡をいただいた。「HLG/BT.2020がHDRとして正しい組み合わせです。一方で、HLGの特性を考えるとPicture Profile(PP)で設定するのが分かりやすいと考えました。PictureProfile(PP)のコンセプトとして、ガンマと色域の組み合わせに制約はつけず、自由に組み合わせて使えるようにしています」。
ユーザーが好きに使える道具として自由度を持たせたので、好きに使って、という風に読めた。もうちょっと自分なりに翻訳してみると、ソニーとしてこれから目指すのはあくまで2020のHDRだけれども、その状況が整うまで馴染んでもらえるように色々できるようにしておいたよ、という道具作りの王道的職人魂に心動かされるものがあった。これは客観的に見て、きちんとした情報を伝えればカメラの大きなセールスポイントだと思う。8bitと10bitの差なんかよりもはるかに大きな違いが埋め込まれていたわけだ。
●HLGを709で撮れるカメラ
この効果が他のカメラでもあるのか知りたくて、FS7を使っている友人のAくんに連絡してみた。なんとFS7はHLGに未対応と言う。ソニーに確認したところ、HLGを使えるPP10を搭載しているカメラはこの原稿執筆時に6機種だった。FS5、Z150、Z90、NX80、AX700、α7RⅢ。幸いAくんは最近α7RⅢも購入したので、PP10でHLGで709が選択できることを確認してくれた。ただ実際に撮った素材をFCPで確認したところ、HDRの警告も出ないし、画は綺麗だけどFS5で撮ったようなダイナミックレンジは感じられなかった。ファイルの構造が違うこともあって多少効果は異なるのかも知れない。今後も検証を続けたいと思うし、上記の6機種をお持ちの読者はぜひPP10でHLGの709で撮って検証してみてほしい。逆光で潰れた影の部分のディテール、飛びやすい空の青さや雲のディテールがまったく違うことにお気付きいただけると思う。
●GH5のHDRを709で使う
FS5のピクチャープロファイルでは709を選べるが、GH5ではHLGを選ぶと色空間は自動的に2020になる。現状フォトスタイルと呼ばれるプロファイルは細かな設定変更はできない。ただ2020で撮っても編集で露出(輝度)を少し触れば、通常のフォトスタイルよりダイナミックレンジを稼げることは分かったので比較テストをしてみた。
実際にFCPでどの程度露出を変更すれば飛んでいた所が戻るとか、色味の違いや総合的な画質の差を確認したが、V-LogLで撮るよりも本来の色の再現性がある。色味が浅くなるがコレクションで実際の色に近付けやすい。輝度の分布割合を2020から709に戻すだけで扱えるし、結果はシネライクなどで撮るよりも良い。そのため2020から709に戻すLUTを公開している人もいるわけだが、LUTというのはその人のお気に入りのプリセットなので、それですべてが自分の気に入るものになるかと言うとそうでもない。結局は自分でプラスして変更を加える必要がある。最初から自分で触ったほうがHLGを709で使う場合は編集しやすいというのが私の感想だ。
映像機材の解像度、感度の進化はほぼ満足できるところまで来ているが、ダイナミックレンジについて、まだまだ人の目に比べて貧弱なのも事実だ。その中で生まれたHDRは専用ディスプレイを使うという3Dのような苦肉の策的なイメージがあったが、それが標準化してしまえば、昔から切望されていた人間の見た目に近い映像を作って見られることになる。現状はその過渡期であるが、まずは制作者に受け入れられる入り口がこのHLGを709で使うことではないかと思っている。