松上元太
1981年生まれ、広島県出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科の卒業制作『酸欠の海』がぴあフィルムフェスティバルほかで入選。映像ディレクターとして活動しながら、現在は映像制作とWebデザインをメインに展開するプロダクション「16bit.」の代表取締役を務める。初長編『JKエレジー』で劇場映画デビュー。
01日本の映画祭から世界の映画祭へ
「海外へのパイプがないと厳しいと思っていたので、正直ビックリしました」
—— 松上監督が初長編として『JKエレジー』を制作した経緯を教えてください。
僕は大学卒業後に映像ディレクターとして活動を始めて、コマーシャルやミュージックビデオの仕事をいただけるようになったり、いくつか短編を撮ったりしていたんですけど、いつかは長編をやりたいという思いがずっとありました。そんな時に、群馬県の桐生市で開催されている、きりゅう映画祭のスタッフから2017年の映画祭で上映する中編企画のお誘いを受けて。もともときりゅう映画祭は50分まで、という上映尺の制約があったんですけど、なんか中途半端な尺だなと思って、それなら同時に長編用の素材も撮っちゃえ、と(笑)。きりゅう映画祭では50分のバージョンで上映したんですけど、それとは別にイチから編集して、カラコレや整音を全部やり直した作品が、8月9日から日本公開される長編版なんです。
▲『JKエレジー』は、きりゅう映画祭の上映に向けた中編企画としてスタートしたが、結果的に長編化され、世界の映画祭で上映されることになる。
—— 今年1月の第25回スラムダンス映画祭をはじめ、立て続けに国際映画祭に出品されていますが、もともと海外展開を視野に入れた長編化だったのでしょうか?
いえ、当時は何もアテがなかったので、劇場で公開したいという思いだけでした。ただ、劇場営業していく時に、映画祭にもいろいろ出してみて、何かしらの評価がもらえたら公開にも弾みがつくんじゃないか…と。それで海外展開を考えたんです。2018年の5月に長編版が完成して、そこから映画祭に向けて動き出したんですけど、ひと口に映画祭と言ってもピンキリなので、かなり厳選して応募しましたね。応募料だけでも出費がかさんでしまいますから、例えば「10回以上開催している映画祭」というように条件を絞って…。『JKエレジー』は初長編ということもあったので、新人コンペ的な部門への出品が多くなりましたけど、それだけでも最終的には50ぐらいの映画祭にエントリーしたのかな。ロッテルダム、ロカルノ、トロントのような有名な映画祭にも出しました。
—— どんなルートから映画祭にアプローチしましたか?
周囲からよく聞くんですよ、「映画祭は結局コネクションだよ」と。ある程度は海外に直接つながるパイプがないと厳しいのかなと僕も思っていたんですけど、とはいえコネもないので本当に正面玄関から地道にエントリーしていきました。今の時代、便利なのはネットの応募フォームに映像をアップロードすれば比較的簡単に応募できるので、それをひたすら繰り返して。最初に引っかかったのがアメリカのスラムダンス映画祭でした。「上映が決まりました」とメールが来た時は正直ビックリしたんです。映画祭は全部出来レースじゃないのか? と、どこか穿った見方をしていたので、正面から応募しても作品をちゃんと観てくれる、そして選んでくれるんだ、と(笑)。「行きます!」と即答したかったんですけど、同時期にベルリン国際映画祭も検討してくれているらしいという話を聞いていて…。そういう事情もあって、スラムダンス側には「ベルリンの結果が出るまでちょっと待ってほしい」と伝えて。今考えるとものすごく生意気なことを言ってたな、と思います(笑)。ただ、なかなかベルリンから返答をもらえなかったので、やはり最初に声をかけてくれた恩義を大事にして、この映画のワールドプレミアはスラムダンスで、と決めたんです。
02スラムダンスからパルムドールへ
「一流監督として成功した人も同じような状況の中で、同じように映画を作っていた」
—— スラムダンス映画祭と言えば、“ポスト・サンダンス”と呼ばれるなど、サンダンス映画祭よりもさらにインディペンデントに力を入れているイメージがあります。
僕は応募するまで知らなかったんですけど、スラムダンス映画祭はインディペンデントの監督、作家に対してかなりコミットしている、アツい映画祭なんです。一部の映画祭はわりと放任主義というか、最低限のことだけ事前に伝えてくるところもあるんですけど、スラムダンスはスタッフがものすごく熱心で、「ぜひ来てほしい!」という熱量がすごかった。ただ、渡航費や宿泊費は出してくれないので、全部自費なんですけど(笑)。
▲第25回スラムダンス映画祭の会場になったホテル「Treasure Mountain Inn」。冬季のハイシーズンだったこともあり、期間中は1泊10万円以上もしたそう
—— スラムダンスでの上映の雰囲気はいかがでしたか?
4日間滞在して、『JKエレジー』の上映は2回ありました。客席の後ろのほうで様子を見ていたんですけど、意外だったのが、お客さんの反応がアメリカも日本も同じだったこと。これはスラムダンスの後に参加した大阪アジアン映画祭との比較になるんですけど、『JKエレジー』が扱っている日本の女子高生、日本の貧困という内容をスラムダンスの観客も理解してくれて、「物語が面白かった」という感想が多かったんです。撮影から2年経って、女性をめぐる価値観や世の中のムードがだいぶ変わってきた印象があるんですけど、それは世界的に起きていることなのかな、だからアメリカでも受け入れられたのかも…と思います。この映画は“何も間違っていない女の子が大人や社会と闘う話”ですから。
▲参加者が自分の映画のチラシやポスターを貼っていく掲示板の前で。『JKエレジー』は「Demolition Girl」の英題で字幕付き上映された。
▲『JKエレジー』が上映されたスラムダンス映画祭の会場。観客のリアクションが日本でのリアクションとあまり変わらなかったのが意外だったという。
—— ヒロイン役の希代彩さんはスラムダンスで優秀演技賞を受賞しました。
ありがたいことに、アメリカでも彼女のお芝居がすごく評判が良かった。彼女は長編映画に出演するのは今回が初めてで、何色にも染まっていない状態。おかげで演出しやすい部分もあったんですけど、本当に未経験だったので不安も大きかったんです。本人はもちろんですが、監督の僕にとってもうれしい受賞になりましたね。
—— スラムダンスに参加したことで得た一番大きな収穫は何でしたか?
スラムダンスの期間中にはインディーズのフィルムメーカー向けのセミナーもやっていたりして、観客の中にも作り手が多かったんです。どうしてもアメリカはハリウッド大作のイメージが強いですけど、スラムダンスの参加者のようにインディーズ精神に満ちた人たちも必ずいて、彼らもかなりの低予算でやっていることが分かったし、作品を作る意気込みはアメリカも日本も変わらないんだ、と。あと、スラムダンスの共同創設者のポール・ラックマンが僕の作品を褒めてくれた後でポン・ジュノ監督の話をしてくれたんです。ポン・ジュノ監督は今年のカンヌ映画祭でパルムドールを獲りましたけど、デビュー間もない頃にスラムダンスで賞を獲っていて、「ポン・ジュノも最初はここから始まったんだよ」とエールをもらいました。今や一流の監督として成功した人たちも、僕らと同じような状況の中で、同じような志で映画を作っていた——。そこにすごく勇気づけられたし、そう感じられたことが大きな収穫でしたね。
▲松上監督にエールを送ったスラムダンス映画祭の共同創設者のポール・ラックマン。ポン・ジュノ監督をはじめ、多くの才能を見出してきた。
スラムダンス映画祭とサンダンス映画祭の町
ユタ州の郊外に位置するパークシティは、年に一度、関係者でごった返す“映画の町”になる。スラムダンス映画祭とサンダンス映画祭、同時期にふたつのインディペンデント系映画祭が開催されるからだ。メインの通りから路地を入るとすぐに雪山が広がっているような小さな田舎町だが、レストランやバーでは毎晩パーティが開かれ、両映画祭のスタッフ、プレス、バイヤー、フィルムメーカーたちが映画談義に花を咲かせる。松上監督も「スラムダンスとサンダンスは仲良い兄弟のような関係ですね。みんな互いの映画祭を行き来しているみたいで、両方の映画祭のパスをぶら下げて歩いてる人も見かけました」と、町の異様な盛り上がりを振り返っていた。
ウィンタースポーツ好きが集まるソルトレイクシティ
スラムダンス映画祭の会場から車で1時間ほど、同じくユタ州のソルトレイクシティは2002年冬季オリンピックの開催地として知られるウィンタースポーツの街。映画祭会場付近のホテルが取れず、この街に宿泊することになった松上監督も「ソルトレイクから映画祭会場への移動にシャトルバスを使ったんですけど、僕以外の乗客はみんなスキーやスノーボードの板を持っていました。1月末でしたけど繁忙期みたいで、ウィンタースポーツ目当ての観光客が多かったです」と印象を語ってくれたが、ソルトレイクシティのスキー場には世界的にも珍しいパウダー状の雪が積もるため、ウィンタースポーツ好きが全米から集まってくるそうだ。
モルモン教の総本部もある歴史的なエリア
末日聖徒イエス・キリスト教会、通称・モルモン教の教徒が開拓した街と言われるソルトレイクシティには、ダウンタウンにも歴史的な建築物が多数。広大な敷地を有するテンプル・スクエアは、街のシンボルになっているソルトレイク神殿(上写真)をはじめ、開拓時代に建設された教会やビジターセンターなどもあるほか、緑も豊かで散策にピッタリ。かつては「ホテル・ユタ」として利用されていたのが現在のジョセフ・スミス記念館(下写真)。2011年に100周年を迎えたこの建物にはカフェやレストランなどもあり、ランチやディナーを楽しむことができるため、ソルトレイクシティ観光の人気スポットになっている。
Information
スラムダンス映画祭とは?
毎年1月に米・ユタ州パークシティで開催され、「By Filmmakers, For Filmmakers」をスローガンに掲げるインディーズに特化した映画祭。クリストファー・ノーラン監督(『ダンケルク』)、マーク・フォスター監督(『プーと大人になった僕』)など、ハリウッドの第一線で活躍する監督たちを輩出しており、“ポスト・サンダンス”の呼び声も高い。写真は第25回スラムダンス映画祭のスケジュールが張り出された掲示板。
第26回スラムダンス映画
開催日程:2020年1月24日〜30日
http://slamdance.com
JKエレジー
[監][脚]松上元太
[脚]香水義貴
[撮]堀智弘
[照]今岡尚弥
[録]吉方淳二
[編]寺田周平
[出]希代彩 ほか
閉塞感に満ちた田舎町を舞台に、17歳の女子高生・ココアが、ギャンブル狂の父やニートの兄にたかられながらも、力強く生き抜く姿を描いた青春活劇。8月9日(金)からテアトル新宿にて上映される。[2018年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/88分]
https://jkelegy.com
●ビデオSALON2019年8月号より転載