松上元太
1981年生まれ、広島県出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科の卒業制作『酸欠の海』がぴあフィルムフェスティバルほかで入選。映像ディレクターとして活動しながら、現在は映像制作とWebデザインをメインに展開するプロダクション「16bit.」の代表取締役を務める。初長編『JKエレジー』で劇場映画デビュー。
01観客との距離が近いフランクな映画祭
「オタクっぽい少年3人組が興奮気味に『最高だった!』と褒めてくれて嬉しかった」
—— スラムダンス、大阪アジアンに続いての参加となったタオルミナ映画祭の話を聞かせてください。
これまでに参加したどの映画祭よりも“ザ・映画祭”でした。日本では知る人ぞ知る映画祭というイメージかもしれませんが、レッドカーペットがあって、豪華なゲストが登場する、いわゆる映画のお祭りですね。今年はニコール・キッドマンやオリバー・ストーン監督が来ていました。とはいえ、過去に熊切和嘉監督の『鬼畜大宴会』(1997年)がグランプリを受賞していますし、若手発掘の側面も色濃く残っています。今年で65回目の開催でしたからすごく歴史があって、現地では認知されている映画祭ですね。
▲『JKエレジー』で脚本を務めた香水義貴氏(写真左)と共にタオルミナ映画祭に参加した松上監督。フォトセッションなど“ザ・映画祭”という感じ
—— スラムダンス映画祭関係者の推薦でタオルミナが決まったそうですが、事前にどんな準備が必要でしたか?
きっかけはスラムダンス映画祭創設者のピーター・バクスターですね。スラムダンスの後に彼から「『JKエレジー』をタオルミナ映画祭に紹介しても良い?」と連絡が来たんです。たぶん映画祭側にはできるだけアジアの作品も入れておきたいという狙いがあったのかもしれない。ただ、推薦があったからといって、一般のエントリーから選ばれた作品と差はなく、並列に扱われていた印象ですね。こちら側が準備するのはイタリア語字幕付きの上映素材のみ。じつは日本語からイタリア語への翻訳は英語に比べてかなりお金がかかるんです。日本人の翻訳家に頼んだら30万円ぐらいかかると言われて、1回きりの映画祭のためにこれは払えないな…と。それを映画祭側に相談したら、英語からイタリア語への翻訳だったら3万円ぐらいでやってあげるよ、と言われて。英語の素材はすでにあったので何とか作ることができました。あとは事前にメールのやり取りが少しあったぐらいで、最終的に招待状が送られて来ましたけど「本当に大丈夫か?」と少し不安でしたね(笑)。
—— 松上監督が参加した日程を教えてください。
7月1日から6日まで、移動があるので滞在は実質5日間ぐらいです。上映は7月3日の1回だけだったので、ほとんど観光気分で最高でしたね(笑)。タオルミナはイタリアのシチリア島にある小さな街ですけど、ヨーロッパ中からバカンスで人が集まってくるリゾート地。街が映画祭一色になっていて、ホスピタリティも良かったです。渡航費こそ自腹でしたけど、宿泊費は映画祭持ちですし、ホテルから会場まで車の送迎もありました。映画祭が市街のレストランと提携しているみたいで、基本的にはタダで飲み食いできるんです。映画祭主催のパーティも毎晩開かれていて、海外のフィルムメーカーたちと交流できました。
▲タオルミナの街は山の上にあるのでイオニア海の海岸線を一望できる。街は映画祭一色だったが、バカンスで訪れていた旅行客も多かったそう。
—— ヨーロッパでは『JKエレジー』の初上映となりました。お客さんの反応はいかがでしたか?
ヨーロッパプレミアは当初からずっとやりたいと思っていたんです。アメリカの観客と比べて、ヨーロッパならではの特別な反応があった…ということはないんですけど、映画祭スタッフも「おお、元太よく来たな!」と言ってハグしてくるようなフランクな雰囲気がすごく良かったですね。特に嬉しかったのは、上映後に街で「お前の映画を観たぞ!握手してくれ」と声をかけられたことですね。あと、オタクっぽい少年3人組が興奮しながら近づいてきて、「『JKエレジー』、最高だったよ!」と言ってくれて(笑)。基本的にお客さんとの距離が近い映画祭でした。
02参加することで見えたリアルな映画祭事情
「海外とはスタンダードが違う。日本の映画界の異様さを改めて思い知りました」
—— 映画祭主催のパーティなどで、海外のフィルムメーカーたちとどんな交流がありましたか?
僕と同じ部門に出品していたアメリカの女性監督、ジュリア・バトラーとよく話しました。これはどの映画祭に行っても起こる現象なんですけど、日本のインディペンデント作品の話をすると海外のフィルムメーカーはみんなビックリしますね。日本では予算は数百万円、撮影日数は1〜2週間が当たり前だと教えると、「えっ…!?」という感じで一瞬、時が止まるんです(笑)。ジュリアの作品は3000万円ぐらいのバジェットで2カ月かけた撮影したそうで、「あなたたちはそれで長編映画を作ってるの?信じられない!」と。笑いながら「マンパワーで頑張ってます」と答えたんですけど、やはり映画づくりのスタンダードが日本と違うみたいですね。海外のフィルムメーカーたちとそんな話をできるのが映画祭の醍醐味かもしれないですね。
—— タオルミナの直後に北米最大の日本映画祭・JAPAN CUTSにも参加しました。今回いくつも映画祭を回ったと思いますが、振り返るとどんな体験でしたか?
映画祭への参加は頑張って映画を作ったご褒美みたいなものなので、それ自体はすごく楽しかったんですけど、いろいろ痛感しましたね。例えば、日本の映画界の異様さ。アメリカをはじめ海外では映画ジャーナリズムと芸能ゴシップがちゃんと区分けされているというのが個人的な印象で、極端に言えば「日本の映画界=芸能界」という歪んだ構図を改めて思い知りました。あと、正式出品されたヒューストン国際映画祭、CAAM映画祭、アジアン・アメリカン国際映画祭には現地参加しませんでしたけど、すべての映画祭に参加していたらキリがないのでどこかで見極めが必要なんだ…とか。ただ、『JKエレジー』はスラムダンス映画祭でワールドプレミアをやったことでいろんな映画祭につながっていきましたし、日本公開に向けて勢いが出たのは間違いないです。若手の監督たちはできる限り参加したほうが良い、と個人的には思いましたね。
▲タオルミナ映画祭の後、ニューヨークで開催されたJAPAN CUTSへ。松上監督だけでなく『JKエレジー』のキャストたちも一緒に参加した。
—— そんななか、日本映画の海外展開支援を行うUNIJAPANから、海外映画祭出品支援の新たな要項が先日発表されました。中でも海外渡航費への支援が実質的に削減されることが物議を醸していますが、若手の映画作家たちには大きな打撃になりそうです。
今回、いろんな映画祭に参加できて良かったのは、こういう映画祭事情がリアルに見えてきたことも大きいですね。運良く僕は渡航費の支援がなくても映画祭に参加できる立場にありますけど、本当にバイトしながら必死に頑張っている自主映画の監督たちにとって、このニュースはかなり大きいはずです。映画祭に行くことで単純にモチベーションが上がりますし、自分たちの作ったものが海外の観客にも伝わるんだ、と実感できる。今後活動していく中でも映画祭を経験することで視野が広がりますし、将来的にも過去の実績として残っていく。その大切な経験を国がもっと積極的に後押しするべきなんですけど…。支援制度が改悪されているのは残念だなと思いますね。
▲カーペットを歩くゲストたち。松上監督は海外の映画祭に参加してみて、やはり映画ジャーナリズムがしっかり根付いていると感じたそう。
▲タオルミナ映画祭のレッドカーペットを歩く松上監督と香水氏。カーペットイベントの注目度は高く、多くのメディア関係者が取材をしていた様子。
ヨーロッパ中からバカンスに訪れる地中海リゾート
シチリア島東部に位置するイタリア屈指のリゾート地で開催されるタオルミナ映画祭。松上監督が滞在したホテルのすぐそばにはプライベートビーチがあり、バカンスでヨーロッパ中から旅行客が訪れていたそう。水の透明度が高く、乗り合いのボートで向かう洞窟の海水は澄んだブルーに輝くほど。また、タオルミナはいわゆる地中海性気候のため、日本に比べて湿度が低く、“ジメッとした暑さ”とは無縁なので街の散策にもぴったり。展望台のようになっている“4月9日広場”に行けば、イオニア海のパノラマを眺めることができるほか、バロック様式のサン・ジュゼッペ教会など歴史的な建築物の景観も楽しむことができる。
野外上映が行われる古代ギリシャの劇場遺跡
タオルミナ映画祭の大きな特徴になっているのが、招待作品などの上映が行われるギリシャ劇場だ。古代ローマ時代の劇場遺跡として有名な観光スポットで、オペラやコンサートで使用されることもあるが、映画祭期間中は上映機材やスクリーンなどが設置された野外シアターに変貌する。ステージの背景にはシチリア島の山とイオニア海が広がる絵画のような眺望が素晴らしい。もちろん野外のためギリシャ劇場では夜しか上映は行われないが、ここでアレサ・フランクリンのドキュメンタリー映画『Amazing Grace(原題)』を鑑賞した松上監督は、「ここで本当に映画が観られるの? とビックリしました」と、唯一無二の映画体験に感動したそう。
シチリア島の新鮮なシーフード&地ビールが絶品
松上監督が「参加したどの映画祭よりも食べ物が美味しかった」と言うタオルミナのグルメ。街中を散策しながら食べ歩きできる名物のジェラートは、露店でも豊富なフレーバーが用意されている。また、シチリア島は新鮮なシーフード料理も絶品。ムール貝やエビなどをシンプルにガーリックで味付けした盛り合わせには、思わずシチリア産のビールがすすむ。どのレストランに入っても“ハズレ”はなかったそうで、パスタやピザなど、タオルミナの最高のロケーションで本場イタリアの味を堪能できる。映画祭のゲストは料金がかからない提携先の庶民的なレストランでも、「日本で食べるイタリア料理と違う」と体感できるほど。
Information
タオルミナ映画祭とは?
今年で65回を数えたイタリアの歴史ある映画祭。これまでにもロバート・デ・ニーロをはじめ多くのゲストが参加。日本からは熊切和嘉監督の『鬼畜大宴会』や塚本晋也監督の『鉄男Ⅱ/BODY HAMMER』など。松上監督が参加した若手発掘の「Center Stage Competition」という部門のほか、長編コンペティション、ドキュメンタリーコンペティションなどがある。(※画像は公式サイトのスクリーンショット)
第65回タオルミナ映画
開催日程:2019年6月30日〜7月6日
https://www.taorminafilmfest.it
[監][脚]松上元太
[脚]香水義貴
[撮]堀智弘
[照]今岡尚弥
[録]吉方淳二
[編]寺田周平
[出]希代彩 ほか
閉塞感に満ちた田舎町を舞台に、17歳の女子高生・ココアが、ギャンブル狂の父やニートの兄にたかられながらも、力強く生き抜く姿を描いた青春活劇。8月9日(金)からテアトル新宿にて上映される。[2018年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/88分]
https://jkelegy.com
●ビデオSALON2019年9月号より転載