長年にわたりフジテレビの人気ドキュメンタリー番組を手掛けてきた味谷和哉さん。これからの映像クリエイターに捧げる記録として、テレビ制作23年間の軌跡と想いを語る。
文 味谷和哉
1957年大阪府生まれ。横浜国立大学経営学部卒業後、読売新聞大阪本社 社会部記者を経て、1992年フジテレビ入社。以来ドキュメンタリー畑一筋で、ディレクター、プロデューサーとして制作に携った作品は500本を超える。2003年〜15年まで『ザ・ノンフィクション』チーフプロデューサー。文教大学非常勤講師。
●主な作品と受賞歴
▶︎ディレクターとして
1993年1月 『なんでやねん西成暴動』
1993年7月 『娘のことを教えて下さい』（FNSドキュメンタリー大賞佳作）
1996年7月 『幻のゴミ法案を追う』（FNSドキュメンタリー大賞グランプリ）（ギャラクシー賞奨励賞）
▶︎プロデューサーとして
2007年6月 『花嫁のれん物語 〜地震に負けるな能登半島〜』（ニューヨークフェスティバル銅賞）
2007年7月 『負けんじゃねぇ 〜神田高校に起こった奇跡〜』（ギャラクシー賞奨励賞）
2010年10月 『ピュアにダンスⅣ〜田中家の７年〜』（USインターナショナル フィルム&ビデオフェスティバル GOLD CAMERA賞（金賞））（国際エミー賞 ノミネート）他、国内外受賞多数
その人を思い出すだけで、ある年を強烈に思い出すこと、ありませんか？2024年今年の9月の総選挙、候補者の一覧を見て驚きました。一緒に仕事をした仲間のひとりが立候補していたのです。彼とは何本も番組を作りました。そして、彼と出会った1995年の記憶が鮮烈に立ち上がってきたのです。
忘れもしない1995年は文字通り、大揺れに揺れた年でした。戦後のこの国の、大きな分岐点になった年でもあると考えます。その意味でも書き残しておきたいのです。
正月早々に起きた阪神・淡路大震災
正月早々、私の古巣である読売新聞がスクープを放ちます。「オウムの上九一色村の施設周辺から猛毒のサリン検出」。何かと社会を騒がせていた当時の「オウム真理教」の静岡県の拠点の周りから、殺傷能力のある化合物が出たというのです。何やら物騒な予感がしたのは、私だけではないと思います。
正月から感じたその予感は別の意味でも的中します。1月17日（火）の早朝、あの阪神・淡路大震災が起こるのです。私は当時、脱ワイドショーを掲げた昼の情報番組の火曜日の責任者で、前夜から徹夜でオンエアの準備をしていました。
突然、神戸の映像が入ってきます。今でも覚えていますが、「空爆」にでもあったような有り様で、至る所から火が上がっていました。高速道路の高架が横倒しになっていたのには、言葉を失いました。そして震度が出ます。
「神戸震度７」。生まれて初めて見る「震度」でした。そこから日本は地殻の活動期に入ったのか、2011年の東日本大震災をはじめ大きな地震がこれまで続いています。
その日から、報道の特番になり、私も数日後、現場に入りました。普段は伊丹空港から車で30分もかからない神戸に着くのに、渋滞で3時間もかかったことに災害の凄まじさを感じ、大阪から家族で旅行に行ったこともある思い出の神戸の街が平衡感覚がおかしくなるくらいにグチャグチャになっている光景に、立ち尽くしていました。しかし、この年はこれで終わらないのです。2カ月後…。
3月には地下鉄サリン事件
3月20日（月）。週明けの首都を、恐怖が襲います。出勤時、霞が関を中心に、地下鉄にサリンが散布されたのです。正月の読売の記事が頭に浮かび、すぐにオウム真理教の犯罪だと思いました。しかも、路線は当時の私の通勤経路で、たまたま前日の日曜日も仕事で、その日は「遅出」だったので、難を逃れましたが、もし朝から仕事があったら、私も被害にあっていたかもしれないと思うと、ぞっとした覚えがあります。当時の私の日記には「社会に暗雲が垂れ込めています」と記されています。
そこから、5月の教祖逮捕まで、特番が続きましたが、私は毎日の情報をただ送る番組に嫌気がさしていました。たぶん、事象だけを追うことは、に合わないのでしょう。
オウム裁判をアニメで表現したい
そんな時に出会ったのが、同じ番組で、別の曜日の担当ディレクターだった10歳年下の青沼陽一郎氏でした。彼は後にジャーナリストとして独立して「オウム裁判傍笑記」など佳作のノンフィクションを上梓、大宅壮一ノンフィクション賞の候補になったこともあります。
彼とは話が合い、たまに飲みに行く仲になりました。いつか、一緒に作品を作ろうとふたりで盛り上がっていましたが、それが実現したのが3年後のことです。ジャーナリストとなり、オウムの裁判をずっと傍聴していた彼と飲んだ時、こう言われました。
「ずっと、裁判を見ているのですが、彼らのやってることは漫画みたいですよ。本当に馬鹿馬鹿しい。でも、現実なんです。それをあえてアニメで表現したいんです」
私は彼の感性が気に入っていましたので、これは興味深いと直感しました。しかし、ハードルは高いなとも感じました。ただでさえ、世間はオウムを白眼視しているときで、それを面白がってアニメにしたと思われたら、批判にさらされるのは明らかです。
でもじっくりと考えてみました。結論は「GO」でした。本質をしっかり捉えているなら、しかもなぜそうしたか、しっかりそれが説明できるなら「突破」できると踏んだのです。「この教団の本質に迫る」そのモチーフがあれば、いい作品になると判断しました。幸い、当時の編成でその思いに共鳴してくれる編成マンもいて、深夜の『NONFIX』という枠で放送が決まりました。
ディレクターにとどまらず原画作成から声優まで務めた青沼氏
青沼氏と相談して、洗脳され教祖に唯々諾々と従う信徒たちのエピソードをアニメ化し、被害者のインタビューなどは実写で構成しました。高学歴の信徒がまやかしの教団の手先になる。戦後教育の欠落したものが浮き彫りになった事件でもありました。
ふたりで何度もプレビューを重ねて語り合いました。すべての裁判を傍聴しているだけに彼の説明には説得力がありました。しかも、キャラクターの原画作成から最後の仕上げであるナレーション録りでは、教祖の声優まで演じるという多才ぶりも見せました。
編成局長とのふたりだけのプレビュー
こうして私の初プロデュース作品『虚像の神様〜麻原法廷漫画』は完成しましたが、もうひとつハードルがありました。ナーバスなテーマであるだけに通常ならあり得ないのですが、深夜番組を当時の番組最高責任者「編成局長」が見たいというのです。
私はひとり編成の部屋に向かい、個室で編成局長と向き合いました。ワイドショーを長年牽引してきた現場上がりの人で、その時初めて話をしました。ふたりだけのプレビューが静かに始まり１時間近くがとても長く感じられました。
見終わった後、編成局長はしばらく考えていましたが、一言こう言いました。
「怖いね」
それはまさしく「GO」のサインでした。編成局長も私や青沼氏と同じ感覚を持っていたのです。その瞬間とてもうれしかったのを覚えています。放送後、深夜にもかかわらず、情報局のフロアではどよめきが起こるほどの反響がありました。誰もオウムがアニメになるなんて考えもしなかったのですから。
久しぶりに見た青沼氏は総選挙に出馬していた
そんな青沼氏とは、私が『ザ・ノンフィクション』のプロデューサーになってからもオウム裁判のアニメを作ってもらい、何本か仕事をしましたが、その感性は常に独特でクリエイティブでした。ここ10年は没交渉になっていたので、今年の総選挙で彼の名前を三重の選挙区で見た時、懐かしかった。今回は次点に甘んじたようですが、将来、政治家になった彼と飲むのを楽しみにし、今は彼との出会いに感謝している自分がいます。すべてにを感じます。
そうそう、言い忘れましたが、『ザ・ノンフィクション』も1995年10月に始まっているのです。
