今回のゲストは、カロリーメイトやトヨタ自動車などの数々の名作CMを生み出し続けているディレクターの大野大樹さん。ホストのひとり、大石健弘さんが尊敬するクリエイターです。
取材日/2022年7月20日 構成・写真/編集部 一柳
大野大樹
カリフォルニア大学サンタクルズ校映画学科で映像制作を学ぶ。2009年に葵プロモーション(現・AOI Pro.)入社、2014年よりCluB_A所属。カンヌゴールド、ACCゴールド、広告電通賞等多数受賞。主な作品に日本たばこ産業/想うたシリーズなど。
憧れの昇華の仕方
大石 今回は僕がお話を聞いてみたいゲストということで、CMディレクターの大野大樹くんをお迎えしました。AOI Pro.での後輩ですが数々の傑作CMを作る尊敬すべきクリエイターであり、彼の多くの作品にB班監督やカメラマンとして参加させてもらいながらたくさんのことを学ばせてもらいました。それに僕の今の方向性を導いてくれた恩人でもあります。その人物に、前回話題に上がった「原体験の憧れの処理の仕方」を聞いてみたいと思いました。
僕は『スター・ウォーズ』のようなハリウッド大作を観て映像制作の道を選んだ。だから若い頃にアメリカで挑戦すればよかったんじゃないかというモヤモヤが今でも実は心の中にある。大野くんも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観てこの道を志したと言ってたけど、単刀直入に、その憧れというのは今はどうなっているの?
大野 今も映画を作りたいという気持ちはありますね。そこは諦めていなくて、実現するかどうかはわからないけど、映画を作るという目標に向けて動いています。ただハリウッドで作らないと、というこだわりはそんなにない。もちろん憧れはあったけど。
大石 劇場でハリウッド映画を見てメラメラする?
大野 そうですね。悔しいと思うこともあるし、自分がやったらもっとよくなったのにと思うこともある。それは常々ある。
原体験の憧れをどう処理するかというところで言うと、自分の作品に落とし込んでいるところはある。たとえば磁石人間(日本製鉄のCM)の企画をもらったときに、アメコミのヒーロー映画のようなものを作りたいと思ったんです。実際、企画をジャンプさせて良い作品にできたと思う。派手なアクションはないけど、自分が好きなヒーロー映画の良い部分を凝縮したものが作れた。それは2分の映像だから映画ではないけど、自分のやりたい表現がカタチとして作れたカタルシスはある。そういうのはちょくちょくあります。
「クルマを走らせる550万人」というCMを作ったとき、YouTubeのコメントに10年くらい前の鉄道会社のCM以来の感動があったというようなものがあって、ああ、この視聴者の方はよく分かってるなあと。実はその大きな話題となった鉄道会社のCMと同じような感情を呼び起こす温度感のものを作りたいと思って演出したんです。自分が作りたい、伝えたいと思った温度感が、一般の視聴者に通じていた。ちゃんと伝わるんだなあと思って感動しました。
大石 うわー悔しい。大野くんのものづくりから学んだのは、自分の想いを、クライアントの想いと掛け合わせると自分にしかできない作品ができるということだった。それを自分も愚直にやるべきだと今、改めて思った。つまり、憧れさえも自分の好きなものとして作品に落とし込めばいいというシンプルな発想だね。
大野 過去に見た名作をイメージして作るというのはよくやっている。
大石 そうだよね、そういうものづくりをしたいと思っていたけど、自分の場合はその憧れというのが原体験すぎて、今の自分のテリトリーの外にあった。つまり一目置きすぎていたんだなあ。なんだかもう今回の結論が出た気がするけど(笑)。ただ、その好きな映像の何がどう好きなのか、よく考えてみて落とし込むということだよね。
▲大野大樹さん
映像を分解して分析すること
大野 僕がアメリカの大学に行って受けた授業のなかで好きだったのが「Film Analysis」だったんです。映像を分析するんですよ。この映画を成り立たせているもの、役者であり、ストーリーであり、音楽であり、あらゆるものをバラバラに分解するとレシピができるんではないかという発想です。
なかでも頭のいい有名な教授がひとりいて、彼の映画のレシピを作る少人数クラスに入ったんだけど、それがめちゃくちゃおもしろかった。自分の好きな映画がなぜおもしろいのか、結構具体的に分析するんです。ストーリーの流れなのか、映像なのか、音楽なのか、バラバラにしていく。
たとえばストーリーを別のものにしたら、それに近いものができるのかどうか。逆にストーリーをそのままに、映像のトーンとか、音楽を別のものにかえていったら、自分が好きなストーリーは残るけど、その映画はどうなるのか。分析して、解体して、再構築する。それが勉強になって、日々それをやっている感じです。
たとえば先程の磁石人間ですが、ヒーローものっぽい要素とはなんなのだろうか。見返してみる。初めて能力を手に入れ成長していく感じ、恋愛要素、日常とのギャップの面白さ。それを自分の作品に落とし込む。同じ絵である必要はないんです。「550万人」であれば、鉄道会社のCMの人がわいわい集まっている要素を入れた。けっして鉄道の画があるわけではない。
でも、車が進んでいる感じ、疾走感は取り入れていたりする。その映像を再現するとなると、その予算で同じレベルでやらないとならないけど、なにがその映像を良くしてるんだろうという要素だけ抜き出すのは意外と難しくない。お金がかからないところにその要素があることが多いんです。それを取り出せれば憧れの作品に近づける。
大石 なるほど、僕は憧れのハリウッド作品を分析して自分の作品に繋げる意識はまったくなかった。短尺CMを分析することはもちろんやっているけど、自分の映像人生の礎を築いた作品たちを振り返って分析するなんて意識はどこかにいっちゃってたな。
大野 思っているよりもその距離は近い。というか、遠いものを持ってくるほうが面白い。CMにハリウッド映画スタイルをつなげる、高い理想をどう落とし込むか、それで面白くなっているものは多いですね。
大石 おおおお、確かに。
岸田 大石さんは憧れの対象を遠くに飾っていて、憧れを持ち続けている、大野さんは徹底的に分析するというロジカルなアプローチで、その距離感が違うところがある。
大石 僕は大野くんこそが憧れのひとりだったから、分析しまくっていたんですよね。身近にいる人だと根掘り葉掘り聞けるし、会いにいけるし、現場も見れるから実体験としての学びも大きい。でもハリウッド作品だと、僕は留学経験もないし、映画を学んでもないし、そもそも自分は映画撮ってないし、と変な線引きがあったかも。
大野 映画というカタチをあまり意識しないほうがいいと思います。映画を再現するのは難しくてもあそこで得たあの感情を凝縮して映像で表現するということは意外とできる。
大石 そりゃそうだ。線引きなんてとっぱらって自分の憧れも一緒のラインに並ばせて分析すればいいんだという、すごい簡単なことだけど、今気がつきました。
メッセージがどう伝わるか?
高島 大野さんというディレクターはCMの代表作が多いから、ドキュメンタリー的な感覚の人だとは思っていなかったんですけど、まとめて見てみると、ドキュメンタリーの大切なところを効果的に活用するCMディレクターだなあと思いました。作られた世界のなかに本物を入れる、それがめちゃくちゃうまいなあと。撮り方もあざとくなくて。
僕の場合は本当はもっとグラフィカルな作品を作りたいという思いはあったけど、辿り着いたのは今の自分のスタイルで、これならやり続けられるなと思ったのですが、大野さんは自分の作風についてどう意識的に変遷してきたのか、この先こうしたいというのはありますか?
大野 ドキュメントっぽい要素があると言われるのはすごく嬉しくて、自分の原点としてありますね。ラッキーだったのは、最初ドキュメンタリー系で、そういう仕事が多かったんですけど、いろいろな仕事が来て、そこから幅を広げさせてもらったこと。最初はありのままを撮る「テイク」ベースでやっていて、演出が必要な「メイク」するのは、苦手ということはないけど、タレントとどう接していいかわからない時もありました。
たとえば、アイドルが出ている飲料系のCMで、ダンスシーンはダンスシーンでかっちり設計した通りにやってもらって、その間の商品を飲むシーンは自然に飲んでいるときの様子をドキュメンタリー的に撮って入れ込むとか。ある種「メイク」ができない逃げなんだけど、実はそのほうが自然な表情が撮れるなあという狙いもあった。そうやって「メイク」的な作品をやるときも、「テイク」の要素を大事にしながらやっていたんです。
おかげさまで案件が増えて、完全ドキュメント風も好きだし、作り込むのも好きです。今は、そういうスタイルよりも、どういうメッセージがどう伝わるのかということに興味が向いてきました。
アイデアの出し方、まとめかた
岸田 大野さんが演出するCMは、生々しく感情が揺さぶられるようなシチュエーションがたくさん出てきます。そういうシチュエーションは自分の引き出しから直感的に出しているのか、リサーチしているんですか?
大野 両方ですね。自分でも直感的に出すこともありますし、リサーチしたり、他の人のアイデアで、自分としては共感度が少ないけど世の中的には高いだろうというのも採用します。でもやっぱり直感のものが一番強い。
とあるCMではロケ地で偶然思いついた、僕の個人的な思い出に基づいたシーンを入れたことがあります。誰も共感してくれないかと思ってたけど、エゴサーチをしてみると、そこにグッときたという人が結構いる。一個人の思い出が世の中の誰かと繋がっていることが面白いなあと。
岸田 映画だとそういう感情をもっと長い時間かけて壮大に描くわけですよね。CMは純度が高いものをギュッと詰め込んで見せてくる。
大野 そうですね。やっていて身につけたことかもしれないし。ただ発見したのは、映像を見て感じる感情というのは必ずしも尺の長さではないということ。紐解いて分析してみると、同じ尺で同じフォーマットじゃなきゃいけないことはない。
リファレンスのストック
大野 分析というと頭良さげだけど、それほどのものではなくて、単純に「あの感情というのは映像でどうやって表現できるのかな」というのを探しているというんでしょうか。
大石 でもストックは相当数あるよね。10年くらい前に一緒に仕事をしたときに、パソコンをみたら、過去のリファレンスが1万ファイルくらいあって。それを見てショックを受けて、自分との差はこれだ! と思ってリファレンス集めをするようになった。その時点で圧倒的な差を感じた。リファレンスがあると、あのシーンと言われてぱっと出てくる。
大野 実はちょうど今日フランクなブレストがあって、そのファイル達を見たんだけど、あんまり増えてなくてアップデートされてないことに気づきました(笑)。昔いいと思ったものは今もいいと思うし。好きな映画の好きな演出というのは、なんか説明できないけどグッとくるというようなもので。最近そういうのが好きで。分かりにくいものであればあるほど、それを分解して落とし込めた時に強くなるのではないかと。そういう感覚を作品に落とし込めて誰かに伝わったときのカタルシス、最近はそれを求めていますね。
大石 直感とリサーチや人の意見が半々という話がありましたけど、印象としては、前者がベースで足りないピースだけ、人やリサーチに情報を求めているという気がする。
言語化するということ
大野 言語化するというのはこの業界に入って身についたこと。それは意外と分析することと同じプロセスもしれない。この感情なんだろうということを言葉にして説明するというのがスタートかもしれないと思っています。自分が仕事を始めたときに、編集を広告会社やクライアントに見せたときに通らなくて、すごく悔しい思いがありました。でもたくさんの優秀なクリエイティブディレクターのプレゼンを見てきて、ああ、広告の映像って説明できないとダメなんだと。
それから、説明するという訓練をめちゃくちゃ受けましたね。それが分析するというスキルにつながっているかもしれない。オフラインのAとBがあって、なぜAのほうがいいのかというのを広告会社、クライアントに対して説明しないと通らない。説明した相手の人も、社内で説明しないといけないから。その時に言葉で説明できるほうが相手も助かる。
ほとんどの場合、言葉で説明することはできる。説明できるように頑張ると編集自体が良くなっていく。意味ができてくる。なんとなくこっちがいいと思って編集していたのを自問自答しながらやると、決められるようになる。でもあっちのほうが良かったなあとなったら、それはなんだろうということを考えた上で元に戻す。
岸田 カタチにないものを言語化するというのは、CMのディレクターはみんなやっているんですか?
大野 苦手な人はいると思います。もちろんだまっていても進むなら、そのほうが楽なんですが、自分が説明したほうが早かったり、そのほうが相手を納得させられるし、みんなが安心する。広告の現場ってみんなの同意をとるのは意外と大事で、そのほうがスムーズに進むし、自分にタスクとして負わせるほうが、結果として映像について考えるようになる。
ビデオグラファーから上に抜け出すには?
高島 大石さんは、カメラをもっている大野さんか、演出しかしない大野さんかどちらの血を受けついでいるの?
大石 スタジオでセット組むような大きな作品の時には呼ばれないから、カメラを回している時の大野くんかな。
高島 つまりカメラを持って被写体と向き合っている大野さんということ? とすると、ビデオグラファーと大野さんでは何が違うんだろう? ビデオグラファーにとっては大石さんも大野さんも目指す先にいるわけでしょう。
大野 そんなに変わらないと思いますけどね。
大石 感情を撮ろうとしているかどうかでしょうね。
大野 映像を撮ってカタチにするということでは根源的には変わらないと思う。僕も最初はそうだったから。そこから言語化するとか、メッセージを求めるということは、やっているうちに身についてきたもの。
あとは運もある。ちょうど5D(EOS 5D Mark II)が出て、広告業界ではまだ珍しい段階で波に乗れたわけで。今は撮影も編集テクニックも技術的な差はなくなってきている。強みはメッセージ性が強いものを乗せられるのかどうか。
岸田 1案件、20〜30万円の仕事をしているビデオグラファーが広告の業界にいくのは何が必要なんですか?
大野 リアルな話としてはコネクションしかないのでは? 相手の視界に入っていかないと。視界に入る方法としては、人間と人間があって、誰か経由で知り合い、何かを作り出してそれを見てらもうという。AOI Pro.にいたのはラッキーで、それこそ1000本ノックのように仕事が来て、それを打ち返していった。そういう場に立たせてもらったのは大きい。同じ映像業界でもいくつもの壁があって別れてしまう。
大石 でも柘植(泰人)さんだって、Vimeoにアップしていた旅動画が話題になって、それがきっかけで制作会社から声がかかった。誰でも可能性はあるんです。
大野 ほんの2、3ステップなんですよね。2、3人経由したら行ける。そのときに武器があるのかどうか。
岸田 ふだんからポートフォリオを作ったり、いつでも撮れるような準備しておいて、いざチャンスがきたときにびびらずにできるかどうか。
大野 たとえば今の仕事の量が本当に多くて回すのも精一杯というときがあるじゃないですか。抜くところもあるのは仕方がないと思います。でも勝負企画に対しては勝負をする。それはもらった案件ではなくてプライベートな作品でもいいかもしれないけど。これがやりたかったんだというのをカタチにできるといいのかもしれない。
大石 やっぱり気概が必要で、大野くんはメイキングを撮ってる時代も本編のCMを超えてやるという感じで作っていて、身内のなかではすごく評価されていた。これくらいでいいやという範囲を自分の中で作っている人は多い。なんとなくいい感じに繋いで雰囲気の良い音楽をつけて、ふわっと終わるみたいな。結局何をしたいのか、伝えたいのか分からないことも多い。
大野 若手のディレクターと音楽の意見を出し合おうというときにストックミュージックを当ててきて、発想がそこか…と思ってしまったことがあって。予算的に仕方がないといえばそうなんだけど。
大石 実は自分もそういうところはある。音楽のストックは自分の頭の中だけだとどうしても少ないから。ネタが足りなくて、同じような雰囲気のものになってしまう。
大野 最初は自分も苦手だった。音楽の知識がないから。音楽スタッフからもらうサンプルで勉強したり、リファレンスの音楽を分析したり。
岸田 たとえば大野さんの作品で、Google Chromeの初音ミクを使ったCM。あの短い尺のなかで音楽で感情を盛り上げるじゃないですか? あの演出、鳥肌が立って、何度も見ましたね。
大石 音楽の使い方はほんとうまいよね。
大野 なんで人間って映像を見て鳥肌が立つんだろうと調べたことがあって。その時に実は音の力が大きいんですよね。それもいろんな映像を見て、自分で鳥肌立てて学んだ気がします。初音ミクのイメージは、たとえば『サマーウォーズ』のラスト、『インディペンデンス・デイ』の演説シーン。表現方法はいろいろあるけど、広がる感じで描きたい感情の終着点は1点にある、それをどう分解して自分の映像に落とし込むかは意外と遠くない。
高島 あきらかに大野さんは映像が本当に好きだね。
大石 めちゃくちゃ知っているし。すぐに言語化できるし。
高島 大野さんの話をきいていると、俺も映像がもっと好きになったらもっといいもの作れんじゃないかと思っちゃう。アスリートの世界も上に行けば行くほど、好きこそものの上手なれで根性論に近づく。大野さんもそうなんだということがよくわかった。
大石 大野くんは新しい映画、見てる?
大野 そうですね。今は子どもと見にいくのが好きです。一緒に見たあと、あのシーン良かったよねとか話をするのが最高です。
高島 初回のゲストにしておなかいっぱい。今日はありがとうございました。
本日のケータリング
[ネギぶっかけカップそーめん]
暑い日の屋外ロケは、サクッと流し込むように食べれる麺類で、午後からの撮影を乗り越えたい。ビタミンB1の豚肉もたっぷり添えて、作品の仕上がりに貢献すること期待大。香盤を気にするあまり食事が散漫になりがちな現場スタッフに食べてほしい。(高島)