中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。1月31日より『嘘八百 京町ロワイヤル』が公開。abemaTVと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』も製作開始。

 

 

第60回 突撃

イラスト●死後くん

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原題: Paths of Glory
製作年 :1957年
製作国:アメリカ
上映時間 :87分
アスペクト比 :スタンダード
監督・脚本・製作:スタンリー・キューブリック
原作:ハンフリー・コッブ
脚本:カルダー・ウィリンガム /ジム・トンプスン
製作:ジェームズ・B・ハリス /カーク・ダグラス
撮影 :ゲオルク・クラウゼ
編集 :エヴァ・クロール
音楽 :ジェラルド・フリード
出演 :カーク・ダグラス/ラルフ・ミーカー/アドルフ・マンジュウ/ジョージ・マクレディほか

第一次世界大戦のフランス軍を舞台にした物語。軍上層部から「48時間以内に敵ドイツ軍の要塞を攻略せよ」との無謀な命令が下る。疲弊した兵士たちの状況を知るダックス大佐は作戦を食い止めようと食い下がるが、それも虚しく、作戦は決行され失敗に終わる。指揮官である将軍は敗因は隊の命令違反にあるとし、ダックス連隊を軍法会議にかけるのだが…。

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2月20日にカーク・ダグラスが103歳の大往生を遂げた。『チャンピオン』の冷酷非情のボクサー役や『OK牧場の決闘』のニヒルなドク・ホリデー役など印象深い。「日曜洋画劇場」の間に入るコーヒーのCMでカップを指で鳴らす様なども懐かしい。

俳優以外に映画プロデューサーとしての手腕も振るった。『カッコーの巣の上で』の原作権を長年保持し、チェコの俊英ミロス・フォアマンをハリウッドに呼び込み、アカデミー5部門受賞の映画遺産を残した功績は大きい。プロデューサーは作品だけでなく監督もプロデュースするのだ。同作には息子のマイケル・ダグラスがプロデューサーとしてクレジットされている。

製作総指揮を執った『スパルタカス』ではローマ帝国の奴隷剣闘士達の反乱をダイナミックに描いた。監督には、イギリス人の若き俊英スタンリー・キューブリックを起用した。カーク・ダグラスは後にギューブリックのことを「才能あるクソッタレ」と自伝に書き残している。山の向こうからやってくるスパルタカス軍と迎え撃つローマ軍のカットには度肝を抜かれた。しかし、完璧主義者のキューブリック監督はハリウッドの撮影様式に馴染めず、カーク・ダグラスと袂を分かった。

 

カーク・ダグラスと キューブリックの初コンビ作品

彼らが最初にコンビを組んだのが『突撃』だ。キューブリックは29歳。第一次世界大戦の塹壕戦で孤立奮闘するフランス軍将校ダックス大佐をカーク・ダグラスが好演した。僕は学生時代に大学の視聴覚室でこの作品を見た。

この作品はハンフリー・コッブの原作を元に作られたものだが、原題の『Glory off path(栄光への小径)』に『突撃』という邦題がつけられたぐらいに、ドイツ軍の陣地に突撃していく約3分半のものすごいドリーショットがある。有刺鉄線と爆弾跡の泥沼をカーク・ダグラス隊長率いるフランス軍兵士達がアント・ヒル(蟻塚)と呼ばれたドイツ陣地に突き進む。

爆撃と銃弾、噴煙の中を這いつくばり、泥まみれで転がりながら敵陣地に進むカーク・ダグラスの姿と、銃弾に倒れ、爆風に吹き飛ばされる兵隊役の俳優達の姿に息が詰まり、熱いものがこみ上げてくる。残念ながら、僕はこの映画を未だスクリーンで観ることができていない。

 

狂った老将軍… 犠牲になる若き兵士たち…

昇進を約束された老将軍からムチャな突撃を命じられたダックス大佐は大勢の部下を失い、ドイツ軍陣地への突撃は大失敗に終わる。錯乱した老将軍は味方フランス軍兵士達を砲撃させる命令まで出す。

狂った将軍の登場はキューブリック監督の『博士の異常な愛情』でもおなじみだ。老将軍の「大勢の兵士は死ぬために存在する」の台詞が恐ろしい。それに対する元弁護士のダックス大佐の「愛国心は悪党の最後の口実だ」の言葉が突き刺さる。

自分の作戦失敗を他人に責任転換したい老将軍は、ダックス連隊の生き残りから3人の兵士達を軍法会議にかける。くじ引きで選ばれた兵士、普段の素行が悪かった兵士、上官に反抗的だった兵士。いつも傷つくのは若き兵士達だ。

無実の兵士達を軍法会議で弁護するダックス大佐。この作品は実際にあった事件を元にしているという。銃殺刑の判決を受けた3人が刑場に向かうシーンが、恐ろしいほど美しい場面になっているのが皮肉だ。3人の兵士役の1人、ジョー・ターケルが23年後『シャイニング』に亡霊バーテンダーとして出演していたのには驚いた。

カーク・ダグラスは、組織や国家の作り上げる「正義」というものが、いかに恐ろしいかを『スパルタカス』『カッコーの巣の上で』『突撃』の作品で暴いて魅せてくれた。

 

同じWWIがテーマの作品が上映中

今劇場では『ロード・オブ・ザ ・リング』のピーター・ジャクソン監督のWWI(第一次世界大戦) に従軍した自分の祖父の部隊のドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』を上映している*。2000時間にわたる白黒の記録映像をカラーデジタル編集処理して、効果音、読唇術によるアテレコで現代に蘇らせた。貴重な生々しい映像が強烈だった。

 

『突撃』は『1917』の偉業にも つながる「栄光の小径」

さらにもう一本、アカデミー撮影賞でオスカーをゲットした『1917』というドイツ軍への突撃作戦中止を伝えに

行く伝令兵の映画が噂通りの力作だった。作戦中止を知らせる伝令兵の映画でピーター・ウィアー監督の『誓い』というオスマン・トルコとのガリポリでのオーストラリア軍の大敗映画も僕は大好きだ。若きメル・ギブソンが主演を務めている。

サム・メンデス監督のおじいちゃんの体験がモデルとなった『1917』でもものすごいドリーショットがある。イギリス軍のドイツ塹壕への総攻撃作戦中止の伝令を届けるために塹壕から戦場を走破するイギリスの若き俳優の姿が、『突撃』のカーク・ダグラスと重なり、思わず熱いものがこみ上げてきた。撮影監督のロジャー・ディギンス率いる撮影クルー達と兵士役の俳優達の偉業に拍手を送ろう。

カーク・ダグラスとキューブリック監督率いるクルー達が成し遂げた偉業が『1917』の偉業にもつながる「栄光の小径」なのだと思った。長回しの移動ショットを可能たらしめる塹壕のセット、有刺鉄線の張り巡らされた戦場。大勢の兵士達の完璧なる軍装衣装、装具。明らかに影響を受けている。撮影、照明、編集、美術、衣装、メイク…どれもすごいが、1番すごいのは俳優だ。人間が映画を創っているのだ。

 

ラストシーンの居酒屋の 場面は永遠だ

『突撃』のラスト、無名の兵隊達の顔で終わっていく居酒屋の場面は永遠だ。唯一出てくる女性キャストのドイツ人娘が歌う唄を聞き、一体何のため、誰と戦っているのかと、兵士達の表情が素晴らしいのだ。

『1917』を観終わった僕は、歌舞伎町を歩きながら、『突撃』のラストシーンを反芻していた。

 

 

VIDEOSALON 2020年4月号より転載