中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。主な作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2024年10月25日よりアマゾンPrime Videoで『龍が如く〜Beyond the Game〜』が全世界同時配信!

第126回 肉弾

イラスト●死後くん

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製作年 :1968年
製作国:日本
上映時間 :116分
アスペクト比 :スタンダード
監督:岡本喜八
脚本:岡本喜八
製作:馬場和夫
撮影 :村井  博
編集 :阿良木佳弘
音楽 :佐藤  勝
出演 :寺田  農/  大谷直子 / 笠  智衆 / 春川ますみ /  天本英世 /  中谷一郎 /  今福正雄 /  田中邦衛ほか   

昭和20年の夏、21歳の幹部候補生だった「あいつ」は、戦局が危ぶまれる中、特攻隊員を命じられ一日だけの休暇を許される。女郎屋で知り合った少女と結ばれ、守るものができた「あいつ」は魚雷と共に海に出る。それから20年余、ドラム缶の中で白骨化した「あいつ」はまだ海上を彷徨っていた。

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8月2日から22日にかけて、横浜シネマリンにて『戦後80年』の戦争映画特集上映に足繁く通った。岡本喜八監督作『肉弾』を38年ぶりにスクリーンで観ることができた。

 1987年、上京した僕は大学映研の同級生に喜八監督の『殺人狂時代』『ああ爆弾』を薦められた。この2作は抱腹絶倒の大傑作なので、未見の方は是非とも。喜八監督は悪ふざけが過ぎると会社から干されてしまう。ゴールデンウィークに池袋の文芸地下劇場で、岡本喜八監督特集が幸運なことに上映されていた。

『日本の一番長い日』『沖縄決戦』しか観たことのない僕は連日文芸地下に通った。そこで最初に観たのが『肉弾』だった。ところが映画を観るにつれて、記憶が甦る。『肉弾』を小学生の時にTV放映で見ていたのを断片的に覚えていた。両腕のない老人・笠 智衆のおしっこを手伝う場面、大谷直子の女学生の鮮烈な裸体などを覚えていたのだ。

自分の映画を撮るために

『日本の一番長い日』の大ヒットで東宝のエースに名乗り出た喜八監督は、会社のリクエストではなく自分の本当に撮りたい映画に挑む。そうなると東宝には企画が通らない。自分の家を抵当に入れての、独立プロで自主制作。ATGとの共同制作で1000万映画の誕生だ(今の1憶円くらいか? )。喜八監督44歳作品。自分の本当に撮りたい映画を創るには今も昔も変わらぬ困難がある。しかしながら現代の監督は抵当に入れる家も土地も甲斐性もなし。

喜八監督の青春時代の戦争映画。公開時の昭和48年の男性の平均寿命と昭和20年の平均寿命を引き算すると、21.6歳。昭和20年新米助監督の喜八監督21歳。『肉弾』の主人公「あいつ」は21歳。岡本監督自身がモデルの主人公を演じるは、新人寺田 農。初めての映画のオーディションが『日本のいちばん長い日』のオーディション。喜八監督からやたら身体を触られて、監督が喜んでいたので、この監督実は……と監督を疑いの目で見ていたと、寺田さんのエッセイに書かれていた。 

実は喜八監督、次作の主人公にピッタリだと痩せた寺田さんの身体検査をしていたのだ。『日本のいちばん長い日』では『戦艦大和ノ最期』の作者、吉田満少尉役のワンシーンでのスクリーンデビューたが、『肉弾』で主役に大抜擢された。

新人ふたりを支える喜八一家と呼ばれた名優たち 

当時高校生だったヒロイン大谷直子は一般公募で選ばれた。後の名優をよくぞ選んでくれた。新人ふたりを喜八一家と呼ばれた名優たちが続々登場、支えていく。天本英世、中谷一郎、今福正雄、北林谷栄は笠 智衆の奥さん役、春川ますみの前掛けのおばさんには笑った。小沢昭一と菅井きんのキスシーンなんて映画史に残る。

映画後半には待ってましたの高橋悦史、伊藤雄之助が登場してくれ、嬉しい限りだ。文芸地下の喜八特集で喜八一家の顔ぶれを覚えた僕は、助監督時代に喜八一家と仕事する為にキャスティングに意見した。大谷直子さんとも25年前キャスティング案を出してご一緒できたのが誇りだ。

戦争とは人間が人間ではなくなる行為

終戦間際の連合軍の本土上陸に備えて、対戦車肉弾訓練中の主人公「あいつ」は田中邦衛演じる教官から「豚」呼ばわれされて、裸で連日訓練。あまりの空腹に、乾パンを盗んで教官殿に見つかったためだ。戦争が長引いて終わらなければ、戦死ではなく餓死していただろうという飢餓状態の当時の兵隊を思わせる、寺田 農の見事な? 痩せた肉体が披露される。

2発の原爆が落とされて、ソ連が参戦すると急遽戦争終結6日前に特攻隊にされて「軍神」扱い。「豚」から「神」へと昇格。軍隊とは人間が人間らしく扱われることのない場所。戦争とは人間が人間ではなくなる行為だと僕は知らされた。

戦争映画から青春映画への心地よい場面

1日の休暇をもらい、お決まり男子の行先、悪所慰安所に向かう。そこで出会うおさげのセーラー服の少女が、大谷直子。酷い時代だろうが彼女と「あいつ」にとっての青春時代。彼女は数学の参考書に向き合い難解な因数分解に挑んでいる。「あいつ」と少女が因数分解を解く場面、戦争映画から青春映画への心地よい場面が僕は好きだ。

少女は娼婦ではなく受付だった。春川ますみの登場は当然の待ってましたの展開で可笑しい。貴重な休暇、雨の中彼女との再会、そして別れ。21.6歳の寿命の主人公に喜八監督は精一杯の幸福を与えてくれた。「あいつ」は彼女を守るという死ぬ理由を無理くりにこさえた哀しみが身に沁みる。

戦争ほど馬鹿馬鹿しいものはない

ドラム缶に魚雷をくくり付けて太平洋海上を漂い続ける主人公。米軍空母を見つけて撃沈するのだという。もうこれでは戦争にすらならない。喜八監督は戦争ほど馬鹿馬鹿しいものはないと。だから馬鹿馬鹿しい喜劇になるのだと。喜八監督は数多の戦争、戦闘、暴力を描いたが全て喜劇だ。馬鹿馬鹿しいものを批判するには笑い飛ばすに限る。

『日本のいちばん長い日』ですら戦争をやめようとしない軍人達の馬鹿馬鹿しさを描いた喜劇だ。タチの悪い悪夢のブラックコメディーだ。戦争が終わって23年、「あいつ」はドラム缶の中で太平洋の海上を彷徨い続けている。海水浴の若い男女が海ではしゃぎ、楽しむ中、ドラム缶の中の「あいつ」のラストカットが強烈だ。戦後80年、海没遺骨だけでも30万人、海外戦地では112万柱と言われている。喜八監督の当時の気持ちが伝わってくるラストカットだった。

喜八監督と寺田 農さんとの思い出

僕は喜八監督とは一度も仕事はできなかったが、喜八監督が助監督時代の全身黒ずくめのスタイルに憧れて真似していたこともあった。撮影所の食堂などでお見かけする度に同じ場所で仕事しているんだと自らを奮い立てた。寺田さんとは助監督時代から何本もお仕事させてもらった。

拙作『嘘八百』でご一緒した時に「こういうので良いんじゃないか」と言われた時は嬉しかった。現場で三木のり平さんの付き人時代の話をしてくれたり、実相寺監督との交友を語ってくれて、家に資料が沢山あるから見においでよ、と誘ってくれた。その機会も作れず、『肉弾』の時の話も聞いておくべきだったと後悔している。




VIDEO SALON 2025年10月号より転載