『with』で証明されたEF8-15mm F4L フィッシュアイ USMの表現力


写真とカメラの総合展示会「CP+」(2月9日~12日/会場:パシフィコ横浜)の連動イベントとしてキヤノンが2月11・12日開催した「EOS MOVIE スペシャルセミナー」(会場:ブリリア ショートショート シアター)。初日の11日は「コマーシャル・フォト」編集部の企画協力による3つのセッションと、アップルジャパンによる「Final Cut Pro」を使ったEOS MOVIE編集ワークフローのセッションが行われ、12日は「ビデオサロン」編集部の企画協力による3つのセッションと、グラスバレー「EDIUS 6」の編集ワークフローのセッションが行われた。
初日の最後のセッションは、3月にキヤノンから発売される世界初となるフィッシュアイズームレンズ「EF8-15mm F4L フィッシュアイ USM」を全面的に使用したサンプルムービー“with”(制作:ROBOT)をもとに、このレンズの表現力と可能性について制作スタッフが語り合う内容。出演は水中写真家の豊田直之氏と、ROBOTの森清和浩氏(企画・演出)、遠山健氏(チーフプロデューサー)の3名。
“with”の映像はこちらから見られます。
http://web.canon.jp/imaging/ef/samples/ef8-15_f4l_f_usm/


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左から2番目が遠山健氏、右隣が森清和浩氏、右端が豊田直之氏。左端は司会のコマーシャル・フォト小川編集部員。
フィッシュアイ1本だけで撮る!
森清氏と遠山氏が所属するROBOTは映像コンテンツの制作会社で、基盤となるのはテレビCMであるが、近年は映画やPV、WEBへとジャンルが拡大している。キヤノンEOSシリーズのサンプルムービー(キヤノンのEOS MOVIEサイトで公開中)の制作もROBOTが手がけていて、今回の“with”は初めてレンズにフォーカスしたサンプルムービーとなる。撮影機材はEOS 5D MarkⅡをメインに、一部はEOS 7Dを使用している。
冒頭にまず“with”を上映。海に浮かぶいかだに載せられたピアノ。ピアニストによる演奏が始まり、その曲にのせて水中や森の中、そして空中とめまぐるしくシーンが展開する。やがて、ピアニストのいる場所が岩山に変わり、エンディングを迎える。魚眼レンズ独特のワイド感で捉えられた圧倒的な自然美が約5分の中に凝縮されている。
ここで、EF8-15mm F4L フィッシュアイ USMレンズについて簡単に説明する。従来のフィッシュアイレンズはすべて単焦点であったが、この製品は8mm~15mmのズームとなっており、全周魚眼(周囲360度が円形に写る)から対角線魚眼(左右180度が凹型に写る)までをカバーする。フィッシュアイでズームが可能なレンズは世界で初めて。レンズにはUD(Ultra Low Dispersion)レンズ、非球面レンズが使われており(Lレンズ)、それを示す赤いラインが入っている。豊田氏によれば、明るいしフォーカスも合わせやすかったという。水中撮影や天体撮影が主な用途で、“with”でも水中や空のシーンが多用されている。
“with”の制作にあたっては、全シーンEF8-15mm F4L フィッシュアイ USMだけを使い、他のレンズは使用しないこと、また合成も一切行わないという厳しい条件で企画が進められた。「ただ美しく撮るだけでは人を惹きつけられないのではないか、世界初のフィッシュアイズームということで、せっかくならそれ1本で撮影してみよう。そこからスタートしました」と遠山氏がそこに至る経緯を説明。森清氏も「そのほうが一基通貫でスジが通るし、話題性もあるだろうと思いました」と同意。撮影にあたった豊田氏は「フィッシュアイ1本のみ、そこが悩み所であり腕の見せ所でもありました。歪みのあるぐわーんとした映像ばかりが5分も続いたら飽きてしまう。そうならずに見せるにはどうしたらいいか、頭を悩ませました」
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全周魚眼と対角線魚眼の説明をする豊田氏(右端)。
「ムチャぶり」から奇跡のシーンが生まれた!?
格調高い雰囲気でセッションはスタートしたが、徐々に3人の掛け合いの様相に。ああ言えばこう言う、という感じの軽妙なトークが展開された。その中で浮かび上がってきたのが、撮影前は「海はあまり好きじゃない」と公言していたという森清氏のムチャぶり(?)。「世の中にある水中映像をとにかくたくさん見て、“こういう映像が欲しい”とお願いしました」と森清氏。豊田氏は「時間のない中で、難しいシーンをハイクオリティでと言われた。ただでさえイルカの撮影は難しいのに、イルカが水泡のリングをくぐるシーンを撮れと言うんですよ(苦笑)」。「全ては(カットを)計算した上で頼んでいます。まあ、僕は希望を言うだけですけど(笑)。ムチャぶりの連続ですが、それで“これはムリ”と言われたらあきらめる、という感じで」(森清氏)。二人のやりとりは「傍目には議論というよりはケンカのように見えた」と遠山氏。
水中撮影に関しては、豊田氏以外は全員がシロウト。「でも、そうでなかったら、(ムチャぶりもなく)これだけのエンタテインメントはできなかったと思う」と豊田氏。イルカが泡のリングをくぐるシーンや目の前をマンタが通過するシーンなどは、「こんなシーンが欲しい」というアイデアと豊田氏の経験と技があって実現できた。フィッシュアイは周囲が全部写るため、豊田氏以外は海には入れない。マンタのシーンはあらかじめ泳ぐコースを予測して、気配を消して待つ「石化けの術」でモノにした。
フィッシュアイゆえの難しさもあった。最短15cmまで接近できるいっぽうで、対象からほんのちょっと離れるだけでうんと小さくなってしまうのだ。水鳥などは1メートルも離れると米粒サイズに。一定の大きさで撮るには、うんと接近しなければならなかった。ウミガメとの接近シーンなどは、「もっと近づいて」と言う森清氏に「レンズがカメに触れていてもうこれ以上はムリ」と豊田氏。実際、カメラが拾った音声を聞くと、レンズがカメの甲羅に当たる音が入っていたという。
オーバーラップの手法を随所で試みている。クラゲの大群のあとには、まるでクラゲのような形をした泡が水面に昇っていく様子が重ねられた。また、森の木々が海藻の森に変わるシーンでは、実は先に海中のシーンを撮影していて、後からそれに似た木の並び方の場所を探したという。
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「水中や天体、自然の風景を音楽で串刺しにするエンターテインメントを目指した」と遠山氏(左)、「撮影後はすっかり海の魅力にはまった」という森清氏(右)は、撮影時のやり取りを独特の間合いで淡々と振り返り笑いを誘った。
toyoda01.jpg「ムチャぶりはたくさんあったけど、そこにはいろいろな意図が盛り込まれていて、だからこそここまでのエンターテインメントになった。何十回見ても、見るたびにドキドキする」と話す豊田氏の前には、撮影で使用した5D用のハウジングが置かれていた。ハウジング本体は市販のもので、ガラス部分はキヤノンの特製。フォーカスダイヤルもついており、ほぼ全ての機能操作が行える。両横にアームがあって、そこにLEDライトを取り付けている。このほかに7D用のハウジングもある。

5D MarkⅡと7Dの使い分け
全面的にフィッシュアイレンズを使うといっても、やはり場面によってはフィッシュアイ感をあまり出したくない、湾曲を抑えたいところもある。そういったシーンにはEOS 7Dを使用した。センサーがAPS-Cサイズとなる7Dでは、35mm換算のレンズ焦点距離は1.6倍程度になり、8-15mmのレンズは20-24mm程度の広角レンズとして使える(7Dは全周魚眼ではケラレが出るため、対角線魚眼の範囲で止まるリミッターがついている)。
もちろん、そのままではフィッシュアイ独特の湾曲が出てしまうが、アオリをうまく使うと、ピンポイントで直線の歪みが消えるところが見つかる。ピアニストのアップのシーンなどは、このようにしてピアノの直線が歪まないようにして撮っている。
ちなみに、ピアニストを俯瞰目で捉えたシーンや空、森、砂漠などのシーンは空撮だが、ピアニストのすぐそばに接近する必要があったため、すべてリモコン操作のミニヘリを使用している。世界一腕のいいミニヘリのパイロットを探し、ベルギーにある会社に依頼したという。
ミニヘリにカメラを取り付けてリモコンでレンズ操作をするのだが、事前に操作用のギヤシステムを作らなければならない。ところが、発売前とあって事前にサンプルのレンズを渡すことができない。そこで、研究所で見た図面の記憶を頼りに遠山氏がアバウトに作ってもらい、後で調整した。フィッシュアイゆえ周囲180度が写り込み、ヘリのローターや排気まで写ってしまうこともあり、気を遣うことも多かったという。
熱・水・砂、過酷な条件のロケにも耐えた
まだ発売前のレンズなので、事前のテストなどは行えず、ぶっつけ本番に近かった。豊田氏は「どう使おうかということもまだよくわからず、本番を撮りながらテストも兼ねるような形でした」と打ち明ける。撮影時に用意できたのは4本だけ。美しい自然風景を撮るために、貴重なレンズを海や砂漠といった過酷な場所で使用したわけだ。WEBサイトでは“with”の本編と一緒にメイキング映像も公開しているが、これを見ると、いかに厳しい条件であったかがうかがい知れる。
空を微速度撮影したシーンは海と砂漠で撮影。ここだけはスチル素材を重ねる形で映像化しているが、感度や絞り、シャッター速度などのデータが事前に取れなかった。3~4秒おきに1枚、長いもので10秒に1カット。時間がかかるうえ「1箇所でも失敗するとダメ」(遠山氏)という難しい撮影で、結局砂漠では3日間ほぼ徹夜となり、海では台風のため撮影が中止になったりした。
ピアニストの足元のカットから海に入っていく映像は、カメラを抱えた豊田氏が海にドボンと飛び込んでいるが、ハウジングに水が入りやすいため通常はこんな撮り方はしないという。ちなみに、海の上のピアノは天候によってはかなり揺れるため、ピアニストは「船酔いする」とこぼしていたそうだ。
最後の岩山の上で演奏するシーンでは、クルマが入れるギリギリまではピアノをクルマで運んだが、最後は人の手で運んだ。ロッククライマーのような装備をした豊田氏が、崖っぷちギリギリからピアニストの姿を捉え、引きのカットはミニヘリを使用した。
撮影期間は約1カ月。「素材はありえないぐらい撮った」と森清氏。「朝から晩まで、熱や水、砂という過酷な条件で、でも毎日楽しかった。自分自身も楽しまなきゃという思いもあったしね」(豊田氏)。「マンタもちゃんと来てくれたし、豊田さんは“持ってる”ということですね」(遠山氏)
さまざまなエピソードが披露されたが、苦労も多かった分、この映像でつかんだ手応えは大きかったようだ。ちなみに「海は好きじゃない」と言っていた森清氏は、現在では休日に潜りに行くほどの海好きになったとか。
●EF8-15mm F4L フィッシュアイ USMで撮影した“with”については、
ビデオサロン12月号でもレポートしています。
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/408.html
レポート=編集部・本吉