文=長谷川修(大和映像サロン会長)
タイトル=岩崎光明

クラブの上映会が近いというのに、今年の作品ができずに気ばかり焦り、あの作品にしようか…いや、あんな作品じゃ上映会に出せない。かといって、これからでは間に合わないしどうしよう…なんて悩みは、ビデオクラブの会員の方ならどなたでも経験するものですよ。要するにボーッとして考えがまとまらず、撮影意欲すら湧いてこない、このような状態を“スランプ”と申してよいかと思います。

このスランプという現象は、凝り性とでも申しましょうか、作品づくりにある意味でのこだわりを持つタイプに起きやすいと言われています。頭の中でイントロからエンディングまでの構想を描き、多岐に亘る思いつきが渦巻いて迷走し、糸(意図)がこんがらがってまた最初に戻る。実際私も一年余りこの現象に陥りましたョ!

このような状況から脱出するには…さあ~て、お立ち合い! 蝦蟇の油のような特効薬でもないものかな? それがあるのです! ありますョ! 名付けて「忍法スランプ脱出術」でで~~ん!

その一 予告編制作の術

次回作品の予告編を作り、例会や仲間内に先に見せてしまうのもひとつの方法です。この予告編は遊び心たっぷりに、しかも恥も外聞もなく作り上げるのがコツといえばコツ…なんです! 例えば『巨匠○○がメガホンをとる』とか『いま世に問う名匠○○渾身の力作』『今秋堂々公開 乞うご期待!』くらいのタイトルは入れてしまいましょう! もちろん巨匠、名匠の○○のところには堂々と貴方の名前を入れて下さい。

BGMには『ローエングリーン前奏曲』とか『威風堂々』、『史上最大の作戦』や『ベン・ハー』なんかを使って…そうすると「あの予告編の作品、いつできるの?」なんて言われますから、ここは石にかじりついてでも完成させなければ恰好がつきません。ただし「本編よりも予告編のほうが良かったね!」なんて言われちゃったこともありましたネ。ガックリ!

『頼朝残照 制作速報』(1分17秒)

▲長谷川さんが制作した予告編。しっかり「名匠 長谷川監督」の文字が躍っている。高揚する音楽が盛り上げる。本編より良い出来と褒められた(?)問題作。

その二 籠城大作戦の術

自分の作品に嫌気がさし、突然山籠りをすると言いだした人がいました。ずいぶん時代離れをした人もいるものです。何でも自分とさして違わない腕前だと思っていた人が、あっと驚くような見事な作品を作ったので、大変にショックを受け、山籠りをしてもう一度やり直したい…との話でした。それ以来スランプに陥ると仲間内で冗談交じりに「山籠りをしなけりゃ」なんて言うようになりましたョ。

実は私もこの山籠りを一度経験しました。といっても言いだしたのは私ではありません。ビデオ仲間の一人が言い出して、「よ~し、それならば」ということで私が山籠りの場所をセッティングしたという訳です。名付けて“籠城大作戦”。

場所は都心からさして遠くない所で、貸別荘。何よりも静かで安いのが魅力ですね。貸別荘はコテージ一棟いくら。ですから6人ぐらいですと安上がりでちょうどいい! 小説家は独り静かに山間の温泉で構想を練り、名作を執筆…なんていうイメージですが、我々アマチュア映像マニアの山籠りは何故か独りでは淋しくていけません。

しかも籠城というからには、兵糧の心配もしなくては…。地元の手作り豆腐や地卵に新鮮な野菜に加えて当然地酒も用意します。山籠りを望んだ当人よりも付き添いの籠城組のほうが何故か張り切っちゃうのですなあ。気分は黒澤明の『七人の侍』の制作秘話となった旅館合宿での共同執筆。それぞれが橋本忍や菊島隆三にでもなったつもりで作品について侃侃諤々の持論や映画論を展開して、当然ご酒のほうも進みます。

呑むほどに酔うほどに気分も高揚し、いつしか作品が出来上がったかのような心持ちになるのです。なんと、悩み抜いたその作品がコンテストで入賞するというおまけまでついた籠城作戦大成功の巻でした。

「ビデオカメラを持たないで出かけなさい、ビデオを廻したい気持ちになるまで待ちなさい」とはよく言われる言葉です。要するに気分転換がスランプ脱出の秘訣という訳ですネ。それじゃ何も山籠りなぞしなくても近くの居酒屋で充分じゃないの? ところがどっこい居酒屋と別荘(貸別荘であっても)の雰囲気は全く違いますね~。

その三 異種文化交流の術

ビデオだけの仲間としか付き合いがない場合、どうしても考え方が狭くなり、ある意味で柔軟さに欠けてくる嫌いがなきにしもあらず。その意味でもいろいろな趣味の方々との交流が良い刺激になって、作品の幅が広がってきます。

その例のひとつとして音楽サークルとの交流なんかも、映像と音楽とを結ぶ極めて有益な出会いでしょう。音楽著作権をクリアするための費用や労力に悩む人が多い昨今、音楽サークルの方に頼みますと皆様大喜びで協力を惜しみません。ある意味オリジナルな音源を持ったことになりますネ。

また俳句の会なんかも、そのレトリックの粋は編集の参考になりますし、タイトルのつけ方の参考にもなります。いずれにしても制作のヒントは、ひょんなところに転がっているわけでして、机に向かって考えてもアイデアが浮かぶというものでもありません。こればかりは理屈抜きのヒラメキが頼りです。

打撃の神様、川上哲治曰く「三割を打ったことがない、または打てない選手にスランプはない」…なんともグサッとくる言葉ですネ。私などはスランプだなんて口にする資格もないのかも…トホホ。

月刊「ビデオサロン」2015年10月号に掲載