映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第26回『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第26回『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』

イラスト●死後くん
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東西冷戦をテーマにしたキューブリック監督の最後の白黒作品。本作はピーター・ジョージの『赤い警報』というシリアスなサスペンス小説を原作にしているが、映画化にあたり、ブラック・コメディとして再構成した。
原題 DR. STRANGELOVE: OR HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB
製作年 1964年
製作国 アメリカ
上映時間 93分
アスペクト比 1:1.33/1:1.66
監督 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック,ピーター・ジョージ,テリー・サザーン
撮影 ギルバート・テイラー
編集 アンソニー・ハーヴェイ
音楽 ローリー・ジョンソン
出演 ピーター・セラーズ他
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※この連載は2017年6月号に掲載した内容を転載しています。

11作目の映画のダビングがようやく終わり、次回作品の参考に白黒映画をここのところ見返している。映画撮影と仕上げに忙殺されるうちに朝鮮半島が何やらきな臭くなっていた。核ミサイル攻撃への対応など冗談とも本気とも思えない政府のホームページを見て唖然としてしまった。

僕はキューバ危機の時に製作されたキューブリック監督の最後の白黒作品を思い出した。『博士の異常な愛情(ドクターストレンジラブ) または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』という長いタイトルの映画を見たのは中学生の時だった。

NHK教育テレビ(現・Eテレ)の「世界名画劇場」でこの映画を見た。『ピンクパンサー』のクルーゾー警部役のピーター・セラーズが出演していることで楽しみにしていた。映画の冒頭に「この物語はフィクションでアメリカ空軍でこのような事故が起こることはありえない」と字幕が出る。この段階で笑えてしまう。

一人三役を巧演するピーター・セラーズ

ピーター・セラーズは英軍大佐、アメリカ大統領、狂気の元ナチスドイツの科学者の一人三役を巧演している。テレビを一緒に見ていた父と母がピーター・セラーズが出てくる度に「これもそうだよね」と相槌を打つのに辟易したのを覚えている。

米ソ核競争の冷戦下。アメリカのバープルソン戦略空軍基地の司令官が発狂して、ソ連への核攻撃 “R作戦” を発動。この発狂司令官ジャック・D・リッパー(ロンドンの連続殺人鬼と同名)准将をスターリング・ヘイドンが狂好演している。僕は狂人芝居の毎度参考にしている。『ゴッドファーザー』でアル・パチーノにブチ殺される汚職警官マクラスキー役は最悪で最高だった。

英軍から出向中の副官マンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)は出動した34機のB52爆撃機を戻す暗号を聞き出そうとするが、リッパー将軍は執務室に立て篭もる。リッパー将軍の陰謀論に振り回されるマンドレイク大佐。リッパーのモデルは東京大空襲を計画指揮した “皆殺しルメイ” ことカーチス・ルメイ。キューバ空爆も提案したそうだ。

一方、ペンタゴンではマーキン・マフリー大統領(ピーター・セラーズ)を中心とした国家首脳陣がソ連大使と緊急協議。ホットラインでソ連首相から「ソ連には水爆攻撃に自動的に報復対抗する人類滅亡弾がある」と聴かされる。字幕では “皆殺し装置” となっていた。今の時勢なら大量破壊兵器か。

この会議で登場するバック・タージドソン将役のジョージ・C・スコットが反共のジンゴイストを好演? している。ソ連大使との対決や熱弁しながらヒトラーのように転んでしまう場面には笑ってしまった。この人の『パットン大戦車軍団』のオープニング演説シーン(パットンのスピーチ)にはビックリさせられた。

ここで車椅子に乗ったストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)が登場。大統領の科学顧問で核兵器の恐ろしさを嬉しそうに説明する。大統領を時々総統と言い間違えるところが可笑しかった。ナチスドイツでV1、V2ロケットや核兵器についての開発を任され、ドイツの敗戦後アメリカに保護されたという設定か。

脇を固める名優達

任務を遂行する優秀なるT・J “キング・コング” 少佐率いるB52はソ連からの対空追撃ミサイルを被弾しながらも低空飛行で着実に投下目標に近づいていた。コング少佐役に西部劇には欠かせない名脇役、スリム・ピケンズ。サム・ペキンパー監督作品の常連で『ゲッタウェイ』のラストに出て来るゴミ屋のオヤジが良かった。何と言っても『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』での死に様は忘れられない。ボブ・ディランの『天国への扉』をバックに西部の夕暮れに撃たれ死ぬ。見て欲しい。

爆撃機の航空士にダース・ベーダーの声でお馴染みの若きジェームズ・アール・ジョーンズの姿が嬉しい。再見した時に、声が特徴的でもしやと思って発見したのだ。

キューブリックの探究心は凄い

コックピットの美術が素晴らしい。空軍の協力を得られなかったそうだが、『2001年宇宙の旅』の宇宙船内同様、キューブリック監督の探求心は凄い。B52の描写でかかる曲が印象深く『ジョニーが凱旋するとき』というアメリカのトラディショナルソングで南北戦争で北軍の兵士達が唄っていたそうだ。映画を見て以来、僕は学校の帰り道に口笛でふいてみたり、お気に入りだった。

この映画は主にリッパーの執務室、ペンタゴンの不気味な作戦司令室、B52コックピットの3つのメインセットで構成されている。美術のピーター・マートンの創作活動の追求がリアリティを生み出している。

狂気のリッパー将軍、タカ派のバック将軍、苦悩する大統領、不気味なストレンジラブ博士のクローズアップショットは、この映画が単なるコメディではなくブラックコメディであることを示してくれる。馬鹿馬鹿しいことを笑っているうちに彼らが段々恐くなってくる。

撮影はギルバート・テイラー。僕の大好きな、怖い怖い『オーメン』の撮影監督だ。

爆撃中止の暗号を解読! しかし…

執務室でマンドレイクがリッパーから拷問を受けたことがあるかと聞かれ、日本軍にビルマで拷問を受けたことがあると答える。「日本人は豚だ。でも良いカメラを作る」という台詞をよく覚えている。リッパーは「拷問には耐えられそうもない」と浴室で自殺してしまう。

リッパーとの会話を分析して爆撃中止の暗号を解読するマンドレイク。大統領に電話連絡しようにも小銭が足りなく、コカ・コーラの自販機を兵士に撃たせて小銭をせしめる場面の「銃と弾はそのためにある」という台詞が良かった。

マンドレイク大佐の暗号解読のおかげで30機の爆撃機は引き返し、3機は撃墜される。コング少佐のB52は通信機器が破壊され、連絡が取れずに作戦任務を継続遂行する。訓練された優秀なクルーは機械の故障にもめげず、勇敢なコング少佐は日頃の訓練のおかげで核爆弾の故障した投下ハッチを手動で直してしまう…。人類の命運を握る水爆にまたがったコング少佐の雄叫びが凄い。流石は我らがスリム・ピケンズ。このカットの衝撃は何度も夢に出てきた。もちろん悪夢だ。

今見ると怖くて笑えない

人類生存の可能性をドクターストレンジラブが大統領に演説する。「地下坑道を見つけて生活すれば、100年後には放射能は半減しますから」コンピュータによって選別された頭脳明瞭な男性と性的魅力のある女性を避難させることで人類の存続を可能せしめると。ナチス時代を思い出して興奮してゆくドクターストレンジラブ。興奮すると勝手に義手が動き、制御できなくなる。僕は中学生の時は大笑いして見ていたが、今見ると怖くて笑えなかった。

「大統領、私には考えがあります」とストレンジラブは興奮して車椅子から立ち上がり「総統! 私は歩けます!」とナチス時代のように絶叫する。それが彼のアドリブなのか、シナリオにあったのかは知る由もない。

コメディだからと笑い飛ばせない現状

映画は『また会いましょう』というヴェラ・リンの甘いメロディーで終わってゆくが、身慄いさせられる。人間が自ら作り上げたシステムによって破滅してゆく93分。「映画のような事故が起こりうることはありえない」という冒頭の字幕を疑ってしまう今日。53年前に公開された映画が古く感じなかった。

狂った指導者が狂った作戦を出し、それを遂行する訓練された兵士達。軍隊はそのためにあるのか? そんなことを考えながら、僕は核攻撃を受けた時のマニュアルがネット上に氾濫しているのを、半ば呆れながらも身慄いして眺めていた。

●この記事はビデオSALON2017年6月号より転載