映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第29回『ゾンビ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第28回『ゾンビ』

イラスト●死後くん
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ゾンビ3部作『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』『ゾンビ』『死霊のえじき』などでゾンビ映画の第一人者として知られるジョージ・A・ロメロ監督の名を世に知らしめた出世作。全米中がゾンビで溢れかえるなか都市から脱出を試みる4人の若者は郊外のショッピングモールに辿り着く…。

原題 Dawn of the Dead
製作年 1978年
製作国 イタリア・アメリカ
上映時間 115分
アスペクト比 ビスタ
監督・脚本 ジョージ・A・ロメロ
制作 クラウディオ・アルジェント,アルフレッド・クオモ,リチャード・P・ルビンスタイン
撮影 マイケル・ゴーニック
編集 ジョージ・A・ロメロ
音楽 ゴブリン,ダリオ・アルジェント 他
出演 デビッド・エンゲ,ゲイラン・ロス,ケン・フォリー,スコット・H・ライニガー,トム・サヴィーニ 他
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※この連載はビデオ2017年9月号に掲載した内容を転載しています。

7月16日、ジョージ・A・ロメロ監督が亡くなった。享年77歳だった。僕の12本目の映画のクランクインの日と重なった。3年前、拙作『百円の恋』も同じ日にクランクインしている。

ロメロ監督の作品を最後に観たのは『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』だった。今はなき映画館、銀座シネパトスだった。ロビーで前の回が終わるのを待っていると、劇場の中から柄本明さんが出て来た。

僕が御挨拶すると「こんな映画わざわざ観に来たんだ」と満足した顔で嬉しそうに言った。「ロメロ最高だな」と言って去って行った。69歳の巨匠の最新作は相変わらずのロメロ節で力強く僕も満足だった。12月の映画の日だったと思う。

二本立てのもう一本を忘れてしまうくらいの衝撃

僕が最初に観たロメロ作品は『ゾンビ(Dawn of the Dead)』だった。小学6年の時に父に連れられて名古屋の劇場で二本立てで観た。もう一本が何の映画だったのか思い出せないくらい『ゾンビ』の破壊力は凄まじいものだった。

途中入場すると、アパート地下の死体置き場でうごめく生き返った死人達(ゾンビ)を、警察のスワット隊員達が撃ちまくっていた。恐怖に慄くスワット隊員達は「何なんだこれは」を連呼していた。恐怖のあまり絶望して自らの頭を撃ち抜く若警官の姿がスクリーン上に映し出されていた。暗闇の中着席した僕も若警官と同様の気持ちになった。

説明ほどつまらないものはない

なぜ死者が蘇ったのか分からずに僕はこの映画を見始めた。後にビデオ、DVDが発売されて見返してみたが、死者が蘇った原因は描かれてなかった。

1回目は途中入場だったため2回目を観た時、惑星が爆発してその光線の影響で死者が蘇ったことになっていた。これは日本上映用に編集されたバージョンであることを最近知ってガッカリした。原因がわからない方が間違いなく怖い。説明ほどつまらないものはない。

ベトナム戦争を経たアメリカ人への皮肉と言われる

全米中で死者が蘇り、人を襲い肉をむさぼり食う。噛まれた人間もゾンビ化する。フィラデルフィアのテレビ局で働くフラン(ゲイラン・ロス)とヘリボーイのスティーブン(デビッド・エンゲ)はヘリで脱出しようと決意する。友人のスワット隊員のロジャー(スコット・H・ライニガー)も一緒に行く計画だ。

ロジャーはプエルトリコ系住人のアパートの死体置き場で散々な目に遭った時、意気投合した黒人のピーター(ケン・フォリー、好演)を誘う。4人を乗せてヘリが行く。

緊急事態で取り乱すテレビ局で働く人々や警察官達の姿が滑稽に風刺されていて、ロメロの意図が伝わってくる。ゾンビを狩るハンター達の描写が続く。ベトナム戦争を経たアメリカ人への痛烈な皮肉だ。

ゾンビ発想のヒントになった巨大ショッピングモール

4人を乗せたヘリは巨大なショッピングモールに到着する。今の日本では当たり前になったショッピングモールも、当時はアメリカ映画でしか知ることのできない風景だった。巨大ショッピングモールを舞台にしたことが、この映画の最大のテーマであり、真の主人公なのだ。

ロメロ監督が食べ物や物質にあふれたショッピングモールに殺到する現代人を見て “ゾンビ” を撮ったことはあまりにも有名な話だ。生きていても死んでいるかのような人間達への強烈な諷刺をぶちかました。死んでも成仏できずにモールを彷徨い歩く死者達の “ウオーキングデッド” はロメロ監督が映画界にゾンビ映画というジャンルを成立させた遺産だ。

ゾンビを駆逐したモールで優雅なサバイバル生活

4人はモール内のゾンビ達を駆逐し、外から浸入できないようにトラックの壁を作る。大量の食料と品物にあふれたショッピングモールで優雅なサバイバル生活を始める。どこか寂しげで憂鬱に見える。

ロジャーはゾンビ達を撃ち抜くことに夢中になり、スティーブンは物欲に目が眩んでいく。僕はゾンビ達を駆逐した後の4人のモール内での描写が好きだ。4人には広すぎるモール内。人間生活の孤独の影。撮影場所のモンローヴィル・モールを撮影のマイケル・ゴーニックが見事に切り撮っていく。

しかしよくもこの撮影にモール側が許可してくれたもんだと思う。クライマックスではヘルス・エンジェルスの強盗団がバイクで乱入して、ゾンビ達とバイク軍団と主人公達の三つ巴のバトルがモール内で、気持ちの良いくらいの破壊と殺戮シーンが繰り広げられるのだ。

子供ながらに心に響いた脱出シーン

ロジャーもスティーブンもゾンビに噛まれ、やがてゾンビ化していく。生き残ったフランとピーターの脱出場面が僕は子供ながらに1番心に響いた。ヘリの操縦をスティーブンから習った彼女にピーターが聞く「燃料はどれくらい残っている?」「少しだけ」とフランが答える。ピーターが「行けるとこまで行こう」と言ってヘリが飛んでいくところでこの映画は終わっていく。これは「人間は皆必ずいつかは死ぬ。しかしながら生きれるだけ生きてみよう」という主人公に託した作り手のメッセージであると僕は勝手に思い込んだ。見直したDVDではピーターの最後のセリフに「まあいいさ」という字幕が出ていた。僕が劇場で観た記憶は「行けるとこまで行こう」だった。この差は大きい。

この映画の最初のシナリオではフランがヘリのローターに頭を突っ込んで、ピーターが拳銃で頭を撃ち抜き自殺することになっていたそうだ。ロメロ監督は違う結末を選択してくれた。感謝、合掌。

7月31日に慌ただしく撮影がクランクアップした。家に帰る途中、ジャンヌ・モローが亡くなったというニュースを知った。89歳だった。クタクタになって家に着いた僕は『死刑台のエレベーター』を見ようしていた。その時、サム・シェパードの訃報が飛び込んできた。73歳…僕は部屋の中で呆然としてしまい、しばらく身動きできなくなった。

●この記事はビデオSALON2017年9月号より転載