『ブレードランナー2049』で14度目のノミネートにして初のアカデミー賞撮影賞を受賞。『1917 命をかけた伝令』で2度目のオスカーに輝き、本作で再び同賞にノミネートを果たしたロジャー・ディーキンス。見る者に温かい光を届けるこの作品はいかにして形づくられたのか。稀代の撮影監督に撮影時のエピソードを聞いた。

取材●編集部 萩原/文●編集部 伊藤

セットを巧みに活かしたルックづくりによって生み出された美しい映画館とそこで交差する人々の人生

コロナ禍によるロックダウンを経験し、「映画館がなくなってしまうのではないか」という懸念が心をとらえたサム・メンデス監督が、今こそ映画館への愛を形にするべきだと考えたことから製作がスタートした。

 

「人には生活から逃げて、想像力をフルに使い、別の自分を見つける場所が必要だ」と語るサム・メンデス監督。本作では映画館に居場所を見出す登場人物たちの交流が描かれる。

 

撮影監督ロジャー・ディーキンス

1949年、イギリス・デヴォン生まれ。大英帝国勲位コマンダーを持ち、ウィンザー城にてナイトの爵位を授かったはじめての撮影監督でもある。『ショーシャンクの空に』(94)、『ファーゴ』(96)、『007/スカイフォール』(12)、『ボーダーライン』(15)などで15度もアカデミー賞にノミネートされ、そのうち『ブレードランナー2049』(17)と『1917 命をかけた伝令』(19)で2度受賞している。

 

 

サム・メンデス監督との現場は毎回撮影方法が変わるのがエキサイティング

――サム・メンデス監督との出会いや、今回の作品と過去作の撮影で異なる点があれば教えてください。

はじめて仕事をしたのは『ジャーヘッド』です。サムはそれまでコンラッド・L・ホールという偉大なシネマトグラファーと仕事をしていたのですが、彼が亡くなった後、他のカメラマンを探していて、私が現場に入ることになりました。ひょっとするとコンラッドから話を聞いていたのかもしれません。『ジャーヘッド』は私にとってすごくいい経験になりました。一番好きな映画のひとつなんです。

サムが手持ちカメラでやるのは想像していませんでしたが『ジャーヘッド』のときは手持ちでした。前作『1917~』の場合もまた違う撮り方でしたし、今回の『エンパイア・オブ・ライト』はストーリーからセッティングまで、また雰囲気が異なる作品ですよね。当然撮影もそれに合わせて進めました。毎回撮影方法が変わるのが、彼と仕事をしていて非常にエキサイティングだと感じる部分でもあります。

▲サムメンデス監督(左)とロジャー・ディーキンス氏(右)

 

静かなフレームの中で人々が動き回る作品

――監督とはどのようなやり取りをして撮影プランを詰めていったのですか?

はじめは脚本の話をしました。そのなかにあるアイデアについて話し合いました。サムは自分の意見を言ったら人の意見も聞きたがります。なので、撮影直前までずっとリライトをしているわけです。脚本のディスカッションを経て、お互いに理解をしてどういうアイデアで、どういう方法で撮るかというのを決めていきました。

実は最初は、かなり極端にこの映画もドキュメンタリードラマのように全部手持ちで撮ろうという案もあったんです。しかし、今回はカメラワークであまり動き回らず、もっと客観的な視点から、静かなフレームのなかで人々が動き回るという作品にしたかったんです。

▲ヒラリーとスティーヴンを演じたオリヴィア・コールマン(左)とマイケル・ウォード(右)

――撮影プランを決めていくまでの期間はどのくらいだったのですか?

話し合いは撮影開始の前年から始まり、撮影自体は2月か3月くらいに行いました。ディスカッションは毎日あったわけではなく、何日か続けて話し合って、時間があったらまた話すというように期間が空きながらも進めていきました。

ロケハンは1週間くらい行きました。ロケハンがうまくいかない場合は他の人が探している間にまた話をしたり、ということで撮影直前の何カ月かはしょっちゅうサムと会っていました。それなりに長い期間でしたね。

『1917~』の場合は全部絵コンテがあったんです。これはすべての撮影プランを作ってから撮影を開始したからで、でも今回はいろんな撮影プランがありました。なのでサムが午前中に俳優とリハーサルをして、そこに私たちが入っていき、リハーサルや演技を見て、どういうふうに撮ろうかという話をしたこともありました。

 

ルックづくりで大切なのはセットをいかにうまく使っていくか

――ルックづくりはどのように考えて進めていったのですか? またこだわったポイントはありますか?

ルックづくりについてはもちろん監督と話し合いもしますし、私自身がどういうふうに照明を当てるかもいろいろと考えました。具体的には、現場のプロダクションデザイナーがどういうセットを用意したかとか、衣装や小道具をすべて考慮してどういう照明を当てることになるのか、などといったことです。大切なのはそのセットをいかにうまく使っていくかです。

たとえば、映画のなかで、メインの舞台となる映画館のロビーはロケーションのすぐ近くのところに作ったセットで、海辺を見渡すことができる場所に作りました。そういうなかで撮るときにどういうセットになっているか、どういう飾りつけになっているかということも考えなくてはいけません。

また、ヒラリーが自分の部屋でだんだんおかしくなっていく夜のシーンでは、実際に裸電球をテーブルの上に置いて、電球の明かりひとつで撮りました。電球をセットの中でどこに置くのかということにも、現場での共同作業、コラボレーションがあって。撮影する直前に監督だったり俳優だったり誰かがアイデアを出して、それを反映したり、それによって照明といった他の部分が変わったり、撮る直前まで何が起こるかわからないということはよくありました。

▲物語の舞台となる映画館はセットを建てこんだ

 

みんなと共同作業をするのが映画づくりの一番楽しいところ

――この現場で照明や録音、美術スタッフとどのように連携していったか、また現場の空気づくりで大事にしていることがあったら教えてください。

どういう方法を取っているのかということはわからなくて、たぶん自分らしくしているということだけですね(笑)。誰もがみんな一緒にやっているという意識を持ったり、自分がそこに参加しているという仲間意識を持てることが大事だと思うんですね。やはりどういう人たちと一緒に仕事をするかということがすごく大事で。

私の照明技師のジョン・ヒギンズは1980年代からずっと続けて仕事を一緒にしているっていう気心知れた仲間ということもありますし、やはり集中力があって、気が合う人たちと仕事するのが好きですね。やっぱり私は独裁者にはなりたくないし、一緒にみんなとアイデアを共有して共同作業をするのが映画づくりの一番楽しいところだと感じています。

今回はじめてマーク・ティルデスリーというプロダクションデザイナーと仕事をしましたが、ほんとうに楽しい作業でした。彼の美術部もみんないい人たちでね。一緒に準備をしながらいろいろ話して、お互いの意見やお互いの気心を知るっていうのがすごく好きなんです。

▲撮影中のロジャー・ディーキンス氏

 

自分の目で見た通りにシャープに映るほうが好き

――今回の撮影で使用した機材選びのポイントはなんですか?

今回はラージフォーマットカメラを使いました。ARRIのアレクサLFですね。『1917~』で使ったのとまったく同じものです。実は『1917~』のために何度もカメラテストをして、ARRIにアレクサLFの小型バージョンを作ってもらったんです。彼らはミニバージョンを作る予定はあったんですけど、私たちが急かして早く作らせたということになります。

『1917~』の撮影時には2台のプロトタイプを使いましたが、撮影が終わる頃には3台めも手に入れました。サムも私もそのシステムがすごく好きだったので今回の『エンパイア・オブ・ライト』でも使うことにしました。

レンズはARRIのシグネチャープライムレンズを使っています。このレンズは一番明るくて一番シャープ、すごくはっきりしているんです。私はあまり古いレンズでやるというより、自分の目で見た通りにシャープに映るほうが好きなので、このレンズが最適だと思うし、一番いいシステムだというふうに考えています。

▲本作では、35mm、40mm、47mmと数種類のレンズを使用した

 

『エンパイア・オブ・ライト』

2月23日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

▶あらすじ 
1980年代初頭のイギリスの静かな海辺の町、マーゲイト。辛い過去を経験し、今も心に闇を抱えるヒラリーは、地元で愛される映画館、エンパイア劇場で働いている。厳しい不況と社会不安の中、彼女の前に、夢を諦め映画館で働くことを決意した青年スティーヴンが現れる。職場に集まる仲間たちの優しさに守られながら、過酷な現実と人生の苦難に常に道を阻まれてきた彼らは、次第に心を通わせ始める。前向きに生きるスティーヴンとの出会いに、ヒラリーは生きる希望を見出していくのだが、時代の荒波はふたりに想像もつかない試練を与えるのだった…。

▶DATA 
監督・脚本:サム・メンデス、製作:ピッパ・ハリス、サム・メンデス、撮影:ロジャー・ディーキンスASC,BSC、美術:マーク・ティルデスリー、衣装:アレクサンドラ・バーン、編集:リー・スミス,ACE、音楽:トレント・レズナーandアッティカス・ロス、ヘア&メイキャップ:ネイオーミ・ダン、出演:オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、トビー・ジョーンズ、コリン・ファース ほか、配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン/ 2022年/イギリス・アメリカ/スコープサイズ/PG12/115分

©2022 20th Century Studios. All rights reserved.

 

◉公式サイト
https://www.searchlightpictures.jp/movies/empireoflight

 

●VIDEO SALON 2023年3月号より転載