VRシリーズ待望の新製品「ローランド VR-120HD」が登場した。これまで数々のライブ配信ワークを通じて、WEBコンテンツ制作を手掛けてきたWEBディレクターの目線から、製品レビューをお届けする。
レポート●田口 真行(エンタミナ)/構成●編集部・伊藤
需要が高まるライブ配信と、そこにある課題
近年、企業や店舗がブランディング活動やマーケティング活動に「ライブ配信」を取り入れるようになってきた。その背景には、YouTubeをはじめとする動画プラットホームの存在や、SNSでも手軽にライブ配信できるようになったことが理由に挙げられる。
スマホ1台でもライブ配信はできる状況の中、できれば映像表現や音響表現に凝りたいというニーズがある。とくに企業の場合「自社のブランドイメージに沿った世界観を表現したい」という声も多く、ユーザーに届ける「映像及び音声の演出表現」は大きな課題となる。
さらに、「専門家以外の人材(=ビギナー層の企業担当者)がオペレーションを担う」という課題もある。
以上をまとめると、「映像や音声の演出は凝りたいけど、できるだけ簡単に扱える機器を選びたい」ということになる。
ローランドのVRシリーズは、これらのニーズに応える製品だ。映像と音声を(専門家以外でも)手軽に扱える上、運用面における使い勝手も評判が高い。
しかし、これまでのVRシリーズは「画づくり」において、できることは限られていた。複数台のカメラソースをスイッチングして、テロップやPinPをエッセンス的に(ちょっとだけ)加えるというレベルであれば問題ないものの、それ以上の映像演出、例えば、オーバーレイ要素を増やしたり、複数のPinPを載せるといったことはできなかった。
欲を出せば出すほど、他周辺機器との組み合わせが必要になり「これ一台で手軽に」という理想からは遠のいてしまう。
そんな中、VRシリーズ待望の新製品ローランド VR-120HDが登場した。ここからはそれぞれ特徴的な機能を紹介しておこう。
VRシリーズの前提認識がガラッと変わる数々の機能
充実のインプット
これまでビデオ/オーディオミキサーに触れたことがある方であれば、本機の背面パネル端子から、入出力系の充実ぶりが伝わるだろう。
映像入力は、HDMIとSDIで計12系統。HDMI入力はスケーラー内蔵のため、解像度がまちまちなPCやタブレット、またゲーム機など様々なフォーマットに対応する。
例えば、カメラ4台とPowerPointスライド用のPC2台、さらにチャット画面表示用のタブレットやゲーム機などを含めてもインプット数はかなり余裕がある。さらに、スチル素材16枚に加えて、動画ファイル1本を外部メモリーから呼び出せるため、グラフィックやテロップ、ムービーに至るまで、他周辺機器を用いることなく本機のみでカバーできるだろう。
音声入力は、6系統のXLR入力(ファンタム電源付)に加えて、2系統のステレオRCA入力、さらに、USB経由でPCの音声ソースやBluetooth経由でスマートフォンなどの音声ソースをインプットできる。もちろん、HDMIやSDIにエンベデッドされた音声もインプット可能。
2名の司会者と4名のゲスト演者のマイク(XLR)、BGMオーディオ(RCA、Bluetooth)、リモートゲストの音声(USB)といった場面でも、他周辺機器を用いることなく本機のみでまかなえてしまう。
他周辺機器が不要ということは、その分、セッティングがコンパクトになり、ケーブルや電源の数も減らせる。機器が増えることで生じる「相性問題」も回避できるため、現場運用の安心感は高まるだろう。
充実のアウトプット
また、ビデオスイッチャー選びでキモになるのがアウトプット系。現場運用では、メイン出力のプログラムアウトの他に、オペレーター用のマルチビュー、さらに会場スクリーンへの映像送出や演者への返しモニターなどが必要になる。「インプット数が多くても、アウトプット数が足りないと..」と懸念を抱く方は多いが、本機は出力系も充実している。
映像出力は、HDMIとSDIで計6系統。さらに、これとは別にUSB出力の他、LAN経由のダイレクトストリーミング、さらに外部メモリーへのファイルレコーディングにも対応している。
例えば、メインのプログラムアウトやオペレーター用のマルチビュー、また演者への返しモニターを出力しつつ、さらに会場スクリーンやリモートゲストへの出力をそれぞれ個別にソース選択して出力できる。これだけでもまだ余裕があるので、返しモニターを複数系統用意するといった活用もできるだろう。
オペレーター用としては、マルチビュー以外に、インプットソースだけをタイル状に並べた「インプットビュー」の存在も心強い。
また、メインのプログラムアウトとは別の画を出力できる「サブプログラムアウト」も装備。例えば、ハイブリッド配信で「オンラインの視聴者ビューと異なる映像を、オフライン会場のディスプレイに投影したい」といったニーズにも対応できる。
多彩な映像機能
これまでVRシリーズを使ってきたユーザーの中には、「画づくりに凝るならVRシリーズは不向きでは?」と感じている人も多いと思う。私自身もそのひとり。しかし、この前提認識は本機の登場により覆ってしまった。
映像は、最大8レイヤーまで重ねることが可能。例えば、PowerPointのスライドの上にPinPを4つ、さらにDSKでテロップをふたつ重ねた合成や、ビデオプレイヤーでムービー再生をしつつ、PinPで演者のカメラ映像を小窓で表示し、そこにグラフィックをオーバーレイで複数枚重ねるといった表現も可能。これまでのVRシリーズでは成しえなかった複雑な映像合成が、本機単体で実現できるようになったのは驚きだ。
本番オペレーションを効率化する機能
様々な映像や音声のミキシングができる多機能性は、「オペレーションの複雑化(=ミスやトラブルの多発)」を招く危険性をはらんでいる。そのようなリスクを回避するための機能が、本機には搭載されている。
「シーンメモリー」は、事前に仕込んだ画面合成のパターンを記憶し、ワンボタンで呼び出せる機能。
例えば、イベントでの運用の場合、開演前は蓋画のグラフィックとカウントダウンタイマーを表示(①)、開演と同時にビデオプレイヤーでムービーを再生(②)、その後、司会者のカメラショットにスイッチ(④)しつつ、ゲストのカメラ映像にスイッチするタイミングでタイトルテロップを表示(⑤)、といった進行においては、①~⑤の各合成状態をシーンメモリーしておけば、イベントの流れにあわせたシンプルな運用が可能になる。
さらに、「マクロ」を併用することで、シーンからシーンへの一連の操作の流れを自動化もできる。
そして「シーケンス」は、あらかじめ記憶したオペレーション動作を「まるで、PowerPointのスライド送りの感覚で順送りに呼び出しできる」機能。
イベントの進行台本と連動することで、専門家以外の企業担当者にも扱いやすいだろう。万が一、手順をミスった場合でも任意のポイントに戻ることもできてリカバー性も抜群。
シーンメモリー:画面合成のパターンの記憶
マクロ:一連の操作の記憶
シーケンス:シーン及びマクロを含めた一連の動作の記憶
以上の機能を必要に応じて使い分けることで、本番当日は必要最低限のオペレーションに集中できる。本番中は、何かとテンパってしまう状況に陥りがちだが、オペレーションが効率化することで、ミスやトラブルを回避するリスクマネジメントになる。また、これらの機能を上手に応用することで「事前の仕込みはプロの専門家が担い、当日のオペレーションは企業担当者で行う」といった役割分担も可能かもしれない。
毎回、同じような進行のウェビナーの場合、イベント進行とオペレーションをテンプレート化できることもあるだろう。そのような運用においても、これらの機能が大活躍すると思う。
便利なポン出しプレイヤー
本機の特徴的な機能に、サウンドとムービーをポン出しできる「プレイヤー」がある。
オーディオプレイヤーは、8つの物理パッドに音声ファイルをアサイン可能。任意のタイミングで効果音やBGMを出音できる。セットアップ画面では、パッド毎の音量調整、LEDカラー(複数色から選択可)、プレイモード(SE、BGM、SOLO)、ループ設定などに加えて、フェードイン/アウトやオフセットのタイム調整もできるので、サンプラー感覚で活用できる。また、マスターボリュームがフロントパネルにツマミで用意されている点も便利。
動画ファイルに対応した「ビデオプレイヤー」は、再生や一時停止といったコントロールも可能。読み込める動画ファイルはひとつのみだが、マクロ機能を併用することで再生位置を時間指定して「(1本のファイルから疑似的に)複数のムービーをポン出しする」といった処置をとることもできる(※)。まさに、工夫次第で様々な場面に活用できる。
これまで、サウンドやムービーの再生は「再生機器を別途用意する」必要があったが、本機単体でポン出しまでカバーできる点は、まさにオールインワンならではの魅力といえる。
※現在は未実装、今後対応予定(2023年3月11日追記)
外部コントローラー対応
本番中のオペレーションは時に複雑化し、それこそ「猫の手も借りたい!(手が足りない)」という状況に陥ることがある。例えば、左手でオーディオバランスを調整をしつつ、右手でビデオスイッチングといった状況下で「ビデオ再生(または一時停止)したい」という場面。もちろん、複数人で役割分担すればよい話(いや、むしろそうすべき)ではあるが、リソースが限られた(人手不足)現場では、「足を使って操作したい」時もある。
本機は、フットスイッチやエクスプレッションペダルを2系統接続できる。あらゆる操作をワンオペで担うことは大きなリスクが伴うが、逆に「ひとりのオペレーターのタイミングに、複数動作を完全シンクロしたい」というケースでは、「手足操作で同時にスイッチング」が力を発揮する場面もあるだろう。
また、これはあくまで一例ではあるが、「フットスイッチに全景カメラ(=逃げのソース)への切替」を設定しておくことで、本番オペレーション中(万が一)テンパった時のトラブル対処にも活用できると感じた。本体パネルから物理的に切り離された位置にある「いざって時のボタン」を用意することは、有効なリスクヘッジにもなる。
テレビ会議ツールとの連携
最近は、ネットワーク経由でリモートゲストを交えたライブ配信が主流になってきた。テレビ会議ツールをインストールしたPCと本機をUSBケーブルで接続することで、リモートゲストの音声をオーディオミキサーに立ち上げることができる。もちろん、リモートゲスト側に(マイナスワン状態で)音声を返すことも可能。ハイブリッド配信の場合は、リモートゲスト(PC)の音声のみを会場PAに送るといったルーティングもとれる。リモートゲストの映像は、PCのHDMI出力を本機にインプットすればOK。例えば、テレビ会議ツールのギャラリービューを1枚画としてキャプチャーして、そのカメラ画を個別にPinPにアサインといった画づくりも可能に。
テザリング回線も使えるダイレクトストリーミングダイレクトストリーミング
本機は配信エンコーダを内蔵しているため、背面パネルのLAN端子にインターネット回線を直接繋げることで、ライブ配信プラットフォームへのダイレクトストリーミングが可能。さらに、フロントパネルのUSB端子にスマートフォンを接続すれば、テザリング回線を経由でのストリーミングも可能になる。いざという時のバックアップ回線としての活用も安心材料のひとつと言える。
まとめ
今回の新製品 VR-120HDは、これまでのVRシリーズの前提認識がガラッと変わる機能の数々が搭載されている。
ローランドがこれまで培ってきた技術と安心感を担保したオールインワン機の登場は、プロの専門家のみならず、ウェビナーを運営する企業担当者にとってもベストな選択肢になるだろう。
著者プロフィール
田口真行
株式会社エンタミナ代表取締役/WEBディレクター
1999年、フリーのWEBディレクターとして独立後、株式会社デスクトップワークス(現・株式会社エンタミナ)を設立。企業サイトのディレクションを手がける傍ら、攻殻機動隊トリビュートアルバムのアートディレクションやSKYPerfecTV!『DesktopTV』のプロデュース、セミナーイベント主催など幅広く活動。
WEBディレクター育成機関やWEBディレクション支援ツール、WEBディレクターの能力を可視化する検定など、多くの独自サービスを展開。動画の制作や配信にも意欲的に取り組んでおり、2014年~2022年の8年間で1,500本以上のライブ配信を実施。2022年、書籍『ライブ配信ハンドブック』執筆、『ライブ配信ディレクションツール』リリース。
▼YouTube(@webdirection)
https://www.youtube.com/webdirection/
▼note(@webdirector)
https://note.com/webdirector
▼株式会社エンタミナHP
https://webdirection.jp
製品概要
ローランド VR-120HD
イベントでの映像演出や音声調整、ライブ配信まで1台で行える充実機能を備えた最新スイッチャー。複雑な操作や設定を記憶し、オペレーションを自動化できるシーンやマクロ、シーケンサー機能で作業を省力化。PCを使わず本体からダイレクトにライブ配信が可能。さらにSDカードへの録画も。
オープン価格(実勢:880,000円)
※1.プログラム出力×1、サブプログラム出力×1、マルチビュー×1
※2.インタレースの入力も可(本体内でプログレッシブに変換)
※3.従来は出力のフレームレートは60pのみだったが、新たに24pや30pでの出力にも対応
▼製品詳細はこちら
https://proav.roland.com/jp/products/vr-120hd/