東京国際映画祭の関連企画として、「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」より厳選されたアジアのショートフィルムを集めて上映する「フォーカス・オン・アジア」が10月28日~31日、東京都写真美術館にて開催された。話題作の一つが村上春樹の短編小説をショートフィルム化した『パン屋再襲撃』。この作品の監督であるカルロス・キュアロン氏とプロデューサーのルーカス・アコスキン氏が来日、最終日にはこの二人によるワークショップが開催された。その模様をレポートする。
右から2番目がカルロス・キュアロン監督、左隣がルーカス・アコスキン氏。右端は司会進行役の東野正剛氏、左端は通訳を務めたDJ.John氏。
カルロス・キュアロン氏はメキシコ出身で、『ハリーポッターとアズカバンの囚人』などで知られるアルフォンソ・キュアロン監督の実弟。脚本家としてキャリアをスタート、兄・アルフォンソの監督作品『天の口、終わりの楽園』(2001)では、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀脚本賞)を受賞。これまでに8本のショートフィルムの監督と脚本を手がけ、映画監督として『ルド and クルシ』(2009)で長編デビューを果たしている。
ルーカス・アコスキン氏はアルゼンチン出身。子役として映像の世界に入り、俳優として活動する一方、プロデューサーとして長編・短編の映画、ミュージックビデオ、ライブイベントなどを多数手がけてきた。2001年よりニューヨークに住み、ドキュメンタリー作品『The Doorman』ではプロデューサー、脚本、俳優として出演もこなし脚光を浴びている。
冒頭にキュアロン監督の短編初監督作品『ある大家族の一日』を上映後、二人が登壇。まずはそれぞれ、現在の道に進んだきっかけや経緯について話した。
カルロス・キュアロン監督にとっては、やはり兄・アルフォンソ氏の存在が大きく影響している。映像作りを始めたのも、兄がスーパー8カメラを入手したのがきっかけで、「小道具係をやらされた」とのこと。12歳の頃から本を多く読むようになり、「本にはそれを書いた作者がいる」ことを認識し、ライター(作家)を志すようになる。大学生の頃、テレビ番組のディレクターになった兄からの誘いでテレビ番組の台本を書くようになり、シナリオライターの道へ。そのうち、アメリカで活動したいと考えるようになり、兄弟でL.A.に移住する。
監督業を始めたきっかけは、仕事以外にオリジナルのスクリプトを何本か作りそのうちの2本の映像化を目指したが、諸事情で果たせなかったこと。同じメキシコ出身のギエルモ・デル・トロ監督と会った時にそのことを話したところ、「だったら自分で作ったらどうだい」と言われ、兄も賛成した。結果的に、2本のうちの1本はのちに作品化を果たしている。
アコスキン氏は子供の頃から子役として活躍。その後、本格的に俳優を目指しアメリカの学校に入学するが、他人の間に割って入って仕事を得ていくのがひじょうに大変だと思い知り、そのうち制作者の側に回って映画づくりに関わるようになったという。制作に回るといっても容易なことではないが、以前からイベントをプロデュースした経験があり、それを映画にも活かした。また、プロデューサーという仕事は「カメラの前と後ろ(役者側と制作側)を理解することが大切」とアコスキン氏は言い、特に監督とはなるべく多く話をして、そのビジョンを共有して大切にしていくことで、現場のチームワークが生まれスムーズにいくと説明した。このあたりは役者としての経験も役立っているのだろう。
ワンシーン・ワンロケーションがショートフィルムの基本
キュアロン監督が初めて手がけたショートフィルム『ある大家族の一日』は、メキシコ政府の宝くじ協会が出資して制作したもの。知り合いのプロデューサーから制作の依頼があり、宝くじに関連したシーンを登場させることと、テレビ放映が前提のため尺は22分と決められていて、それ以外は自由に作っていいという条件だったという。ショートフィルムとしては規模が大きく、メキシコでは有名な俳優も出演するなどキャストも多かった。まだ経験がなかったので、「それが大変であるとも分からず、ただひたすら作ったが、やはり大変だった」と振り返った。
「コンパクトな作品は“ワンロケーション、ワンシチュエーション”を基本とするとよく言われているが」との問いかけに、「全くその通り。キャストも少ないほうがいい」とキュアロン監督。アコスキン氏も「プロデューサーの立場でいえば、1ヵ所で全て撮影できれば、機材の移動の必要がなく時間的にも費用的にもメリットは大きい」と続けた。次にキュアロン監督の作品『新婚の夜』が上映され、これはまさにワンロケーション、ワンシチュエーションの作品。ホテルのペントハウスで撮影しているが、1階から最上階の12階まで電源を供給しなければならなかったという。「一つのロケで撮影するのは楽だが、それでも困難は出てくるものです」(キュアロン監督)
会場からの「脚本の段階から撮影時、あるいは編集時で作品のイメージが変わっていくことはないのか?」との質問に対し、「常に変化はしている」との答え。脚本には「仕上がり」はないと言い、撮影中に新たな撮影方法が見つかってそちらのほうがいい、となることもあるし、逆にこういう撮り方はできない、と判明してシナリオの変更が必要になることもある。あるいは編集の段階で「何かが足りない」「ここは必要ない」と気づくこともある。監督自身、本撮影が終わって編集段階で問題に気づき、4週間後にラストシーンを追加で撮影した経験があるという。「とにかく、最後まで変化し続けているのです」
音楽のセレクトについて質問が飛ぶと、「自分にとってひじょうに重要な要素」と話し、いろんな音楽を聴いて、そこからイメージを得ることも多いと述べた。前出の「ある大家族―」ではオペラに着想を得ているし、当日も上映された「新婚の夜」という短編ではタンゴを使いたくて、編集段階で映像に合うタンゴ調の曲を作ってもらったという。『パン屋再襲撃』では、原作にワーグナーの曲が出てくるので、作中でも使用している。『天国の口―』の脚本を書く際には、フランク・ザッパやピンクフロイド、ブライアン・イーノなどを聴いて準備を進めた。着想を得るのにいろいろな音楽を聴くとのことだ。
カルロス・キュアロン監督(左)、ルーカス・アコスキン氏(右)
映画づくりにルールはない、まずやってみることだ
来場者は当然ながら映像制作に関わる人やそれを目指す人が多かったが、中には役者志望者や役者をしながら映像制作に関わりたい人もいた。そんな立場から、キュアロン監督には「どんな俳優と仕事がしたいか」、俳優としても活動するアコスキン氏には「いい俳優になるには」といった質問も出た。
キュアロン監督は「一緒にやりたい俳優は作品によっても変わってきますが、クリエイティブで自分を抑えない人、一緒にコラボレートできるような人がいいですね」と答えた。アコスキン氏は「演技に関しては、テクニックを学ぶにはやはり学校へ行くのがいい。でも一番大切なのは経験。そのためには、友人などの人脈を駆使して撮影の現場を見せてもらうことです」と述べ、さらに「実生活の経験を加えていくことも重要。私自身はいろいろ旅をする機会に恵まれ、N.Y.に移り住んだことで英語で喋ることも増え、そこでの経験や学んだことをプラスしているのです」と話した。
映像づくりを目指すためにアドバイスを求められると、キュアロン監督からは「まず、やってみること」という言葉が出た。「ライターになるんだったら、何か書いてみること。思いついたアイデアなんてすぐに消えてしまうから。物書きになるなら、入手できるあらゆるものを読む。映画を作りたいなら、世の中のあらゆる映画、いいものも悪いものも、見てみること。そしてやってみる。フィルム作りにルールはない、ルールは破ってください。いろいろ失敗を繰り返しても、それはいい経験になるから失敗を恐れないでください」。アコスキン氏は「プロデューサーはいろいろなところとコラボレーションして、そこからお金を調達することも大切。目に入るあらゆるものを見て学び、インプットすることです」
『パン屋再襲撃』制作秘話
話題作『パン屋再襲撃』の上映の後、今回の目玉ともいえるその制作についての話に進んだ。読書家のキュアロン監督は、メキシコやスペインの作品を皮切りに、欧米の古典や現代文学まで幅広く読んでいて、村上春樹作品も翻訳で数多く読んでいるという。『パン屋再襲撃』とは別に一番のお気に入りの作品もあるのだが、それは映像化が難しいと考え、お気に入りの一つであるこの作品を選んだ。「世界各国どこでも共通項が持てるストーリー、エピソードだし、難しい比喩もない。ハンバーガーショップ(原作には実名で大手チェーンが出てくるが映画では架空の店)を襲うのも“いたずら的犯罪”として面白い」
この制作の話が持ち上がった時期というのは、監督の長編デビュー作品『ルド and クルシ』の制作とも重なっていた。「ルーカス(アコスキン氏)が声をかけてきたのですが、忙しかったので、村上春樹作品の映画化の権利を取って来てくれるならやってもいいよ、と言いました。そうしたら、(ルド and クルシの)現場にルーカスから“権利が取れた”と電話がかかってきたんです」
アコスキン氏は「私の中には“断る”という言葉はない(笑)。なので、あきらめませんでした。アメリカで村上春樹氏のマネジメントをずっとやっているエージェントに連絡すると、ムラカミ…と名前を出した瞬間に“無理です”と言われてしまう。何度電話してもそうで、最初の1カ月は断られ続けましたが、ついに“聞いてみる”と言ってくれて、本人に打診してもらったら意外にもすんなり許可がもらえました」
脚本もキュアロン監督が手がけているが、物語を脚本化するのはそれほど難しくはなかったそうだ。ただ、4時間の時間軸がある物語を10分にまとめるために、セリフは大幅に減らしている。その一方、カットをつなぐために付け足したセリフもあるという。原作では、登場する夫婦のうちの夫の目線で物語が語られているのだが、映画では妻の視点から語られることが最大の変更ポイントだ。この妻を演じるのは、『スパイダーマン』にも出演したキルスティン・ダンスト。キュアロン監督と同じ事務所の知り合いということもあり、声をかけてOKをもらった。相手役のブライアン・ジェラティ(『ハートロッカー』他)にはエージェントを通じて打診し、本人が興味を示してくれたという。二人はノーギャラでの出演だ。ちなみに、アコスキン氏も役者として本作に重要な役で出演している。
ロケ地はニューヨークを選んだ。アメリカの大物俳優の出演OKが取れていることもあったが、普遍的な作品であるので世界的によく知られている場所がふさわしいし、セリフも英語なのでマーケットが広くなる。この短編を作るにあたって決めたルールは一つ。それは、まだ一緒にやったことがない人たちと作ること。「だからこの撮影中、顔見知りはルーカスしかいなかった」(キュアロン監督)というが、その分フレッシュで刺激の多い現場となったようだ。そのメイキング映像も上映された。
「これから先」の将来のために
ショートフィルムを作ろう
途中から、来場者の質問に沿って話を進めたが、最後にまとめて質疑応答を行った。その一つに「ショートフィルムは収益的に黒字にできているのか。あるいは利益を出せる戦略はあるのか」というのがあった。
その問いかけに対し、アコスキン氏は「そうすることは不可能ではないが、利益を得るためにショートフィルムを作るというのは、考えとして間違っていると思う」と述べた。「みなさんにお勧めしたいのは、なるべく低予算で作ること。『パン屋再襲撃』はショートフィルムとしては大きなプロジェクトですが、俳優も含めすべてノーギャラ・ノーペイでやってもらっている。作品に出資してくれる人たちも、収益を求めているのではなく、芸術のためにお金を出すという考えです。特にこれから映画を作っていこうという人は、お金目的ではなく、経験づくりのためにショートフィルムを撮っていって欲しい」。キュアロン監督も「ショートフィルム作りを始めたのは、映画づくりを学ぶためでした」と話している。つまり、撮る側も演じる側も、「これから先」のために作る、という考えだ。
ドキュメンタリー映画づくりを目指しているという来場者からアドバイスを求められると、アコスキン氏からは「常にカメラなど記録するものを持ち歩くこと。ドキュメンタリーは素材が不足しがちなので、できるだけ多く集めること、そしてそれを把握すること。ドキュメンタリー作品は編集から作られるものだから、素材集めと把握が大切です」と話があった。キュアロン監督は「重要なのはテーマを決めること。主人公がガンと闘っていたとして、ガンであることはテーマではなく事実要素でしかない。そこから何を見出し、伝えるかを決めることです」とテーマの重要性を訴えた。
最後に、二人からのメッセージ。「世の中で最も大きなエネルギーは二つ、それは『愛』と『恐れ』。恐怖ではなく、愛とコネクトして作品を作ってください。結果よりもプロセスが大事。リハーサル、撮影、今やっている作業を楽しんでください。カメラ1台、パソコン1台から映画づくりは始められる。とにかくやることです」(キュアロン監督)
「大きい制作、小さい制作という違いはない。あるのは『夢』。カメラの前でアホなことをやってくれる人(役者)がいるのだから、撮ってください」(アコスキン氏」
「どんな失敗や間違いがあっても、それはプロデューサーのせいにすればいい(笑)。ゴールを決めること。それが達成できたら、また次のゴールに向かってください」(キュアロン監督)
ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 「フォーカス・オン・アジア」サイト
http://www.shortshorts.org/focus_on_asia_2010/