レポート◉桜風涼

協力◉ヴィデンダムメディアソリューションズ株式会社

Rycote(ライコート)と言えば、プロ用のマイクジャマーで有名だ。音に関わる仕事をしていれば、何かしらの製品を使ったことがあるだろう。

そのRycoteが自社ブランドのマイクを登場させた。

VIDEO SALONでも、こちらで最新のウィンドシールド『ナノシールド』と18cm級ショットガンマイクHC-22(全長約22cm:ハイパーカーディオイド)とカメラに取り付けて使うのに最適な12cm級ショットガンマイクHC-15(全長約15cm:スーパーカーディオイド)を紹介した。

 

指向性の異なる3種類のペンシル型マイク。それぞれステレオペアマイクも発売。

今回登場したのは、音楽や環境音(アンビエント)録音に適したペンシル型マイクロホンで、指向性の狭いスーパーカーディオイドの『SC-08』(写真中)、半球前方向の指向性を持つカーディオイド『CA-08』(写真左)、無指向性のオムニ『OM-08』(写真右)の3つだ。すべて全長8cmと統一されている。それぞれ、ステレオペアマイクの製品バージョンもある。

これらの製品に共通しているのは、これまでのマイクに比べて高感度かつ低ノイズであること。さらには、全てが同じ味付け(音質)になっているということだ。高感度で低ノイズ、つまり、レコーダーのボリュームを上げることなく、音が録れ、しかもノイズが非常に少ない。これまでだとスタジオ用マイクでしか味わえなかった音質がフィールドでも使えるということである。しかも、軽い! 圧倒的に軽い。取り回しがとても良いマイクシリーズである。

また、特性が揃っているので、ショットガンタイプのHC-22と混ぜて使うことが容易である。つまり、複数マイクを混ぜて使う最新の映画録音に適したマイクだと言える。

 

統一された音質がもたらすメリット
違う種類の複数マイクを混ぜる、次世代レコーディング

実際に自然の中でのアンビエント録音に使ってみると、これまで聞こえなかった小さな鳥の囀りなど、フィールドレコーディングの世界が全く変わってしまった印象である。これまで、ウィンドジャマーの性能差などが気づかなかったが、これらのマイクに変えた途端、ウィドジャマーによって聞こえなかった音があることに気づく。まさに『聞こえない音が聞こえるマイク』なのだ。

スタジオでの楽器演奏では、多くのマイクを混ぜて使う。それぞれの楽器に合わせた特性のマイクを混ぜて、音楽の世界を作っていく。

映画などの録音でも複数のマイクを使うことはあるが、すべて特性を合わせて連続した音を作る必要がある。つまり、「つながらない」を避けたい。

映像では、前後のシーンで服装が違うと「つながらない」と言うことになるが、音も同様に、引きのショットと寄りのショットで同じ音に聞こえないといけない。そこで、通常はマイクブームにゼンハイザーMKH416を付けて、常に一定の距離を保って同じ音質を作るのが定番だ。

ところが、実際には竿が写ってしまうなど、マイクブーム運用には少なからず限界がある。もちろん、ピンマイクを混ぜることで誤魔化しながらいい音を狙ってきたのだが、やはり、ピンマイクは聴きやすい一方で臨場感に欠ける。

それを回避するために、複数のマイクを「置きマイク」として撮影現場に仕込むセッティングが行われるが、その時にマイクの特性が同じである必要があるわけだ。ところが、実際にやってみると、置く場所が違うことから音質の違いが出てくる。それを避けるには、同じ音質で特性が違うマイクを使う。これが最先端の映画録音だ。

今回登場した3つのマイクは、そういった用途に呼応して、周波数特性、マイク感度(出力)が統一されている。違いは画角だけということになる。これを駆使することで、没入感のある映画録音が可能になるわけだ。

 複数マイクによる朗読の撮影右下にペンシルマイクのステレオペア録音が行われている。頭上にはRycote HC-22とHC-15と、比較用にゼンハイザーMKH416が設置されている。

各マイクの個別テストは、すべて同じ位置から録音している。
1:ショットガンタイプは上方から50cmの斜め下向き
2:ステレオペアは60cmの距離から水平
ショットガンと環境音の合成
1:HC-22を前方60cmから斜め上向
2:OM-08ペアは、マイク間隔が3m+被写体まで3m

フィールドレコーディングでも異次元の立体感が作れる

一方で、純粋に環境音の録音を楽しむ「アンビエンター」にも、このマイクはお勧めしたい。

▲特性が揃えられた2本のペアマイク。プロのステレオ録音では、このようなマイクが使われる。写真はOM-08 SPで、マイクマウントとポップガードスポンジが付属する。

 

ステレオペアマイクをご存知だろうか? 全く同じチューニングを施された2本ペアのマイクのことだ。

実は、マイクというのは、最終的には職人の手作業で音質調整が行われる。ちょうど、機械式時計の組み立てと、正確な時を刻ませるための最終調整に似ている。

Rycoteのペンシル型のペアマイクは、そうした緻密な調整を施した2本の組み合わせなのだ。これをステレオ録音に使う。もちろん、音楽用に使うことは当然なのだが、自然の音を録る「アンビエンター」に、ぜひ、使っていただきたい製品だ。

▲チューニングで整えられた2本の同じマイクを並べてステレオ録音すると、音の広がり(音像)を自由に作り出せる。サラウンドシステムを使わずに、立体的な音像が作れるのがステレオペアマイクなのだ。

 

2本のマイクを写真のように配置して録音すると、ステレオ音声が作り出せる。通常は半球型の指向性であるカーディオイドで録音する。マイクの間隔と角度を変えることによってステレオ感が自由に調整することができ、最適化できると、見ているものと聞こえてくるものの位置が重なり合う。こうした音の空間を音場と呼ぶが、音というものは不思議なもので、左右のふたつの音なのに、なぜか、鳥や飛行機は上から聞こえてくるし、距離感もわかる。

性能の悪いマイクの場合、ごく小さな音は聞こえない(ノイズに紛れる)か、音が変質してしまって分かりにくくなる。また、特性が揃っていないマイクを使うと、定位(被写体の位置)がおかしくなったり、立体的に聞こえなくなる。

ところが、CA-08ペアマイクの場合、極端な表現をすれば「アリの足音」まで聞こえそうなほど、感度とノイズ特性が良い。その結果、非常にリアルで臨場感・没入感のある、これまで聞いたことのないような環境音が録れる。

さらに、スーパーカーディオイドのSC-08でステレオ録音すると、狙った音が明確に聞こえつつ、臨場感が加わったサウンドになる。例えば鉄道、飛行機など明確な狙いがある場合には、この組み合わせのステレオが良いかもしれない。

ペアマイクとショットガンマイクを混ぜたステレオ録音。明瞭な声はHC-22で録音し、臨場感をOM-08(無指向性)を使った。驚くような迫力のある朗読劇になった。(上の動画から確認できます)

 

そしてもうひとつの無指向性オムニのステレオが、これがまた面白い。ステレオに聞こえるのだが、音の位置関係はぼやけていて、まるでBGMのような優しいステレオが作れる。これにもう1本ショットガンマイク(モノラル)でセリフを録音して足すことで、邪魔にならない背景音の中に明瞭なセリフがあるというような、とても面白いサウンドになる。ちなみに、モノラルの背景音(通常の録音)だと、セリフと背景音が重なり合って不明瞭になるため、映画では背景音を消している。ところが、背景がオムニ・ステレオの場合は、主役を邪魔しなくなる。音は不思議である。

実は、この手法はNHKなどが立体音響を作るときにも使われており、臨場感のための無指向性ステレオに、先ほどの半球型(カーディオイド)のステレオ、さらに、主役を録音するセンターマイクを組みわせて、立体感を作ることも行われている。

 

特殊な再生環境がなくても味わえる立体感

立体音響というと5.1chサラウンドマイクシステムなど、三次元方向へ向けたマイクで音を録り編集時に三次元の位置に配置する方法が主流だ。ソニーでは新しく『360 Reality Audio 』というシステムを開発して、立体的な音楽の制作から配信、視聴のために技術を公開している。これも、視聴者側は、普通のスピーカーやヘッドホンでも聴ける。ただし、正確な音場を体感するには360 Reality Audio に準拠した視聴環境が推奨されている。

さて、今回紹介したRycoteのペンシルマイクだが、筆者のYouTube動画でもお聞きいただけばわかるのだが、パソコンのスピーカーでも、その幅を超えて大きく広がる音の世界がお楽しみいただけると思う。ヘッドホンであれば、さらに音の世界に没入することができるはずだ。

実は、上で紹介した動画は、音の加工はほぼしていない(聴きやすい音量に整えているだけ)。にもかかわらず、素晴らしい立体感だ。つまり、マイク性能が高いことから、録音した場所にあるさまざまな物体からの反響音を殺さずに録音できているということだ。

ソニーの最新技術は、別々に録音された楽器やボーカルを立体的な位置に配置し、それを合成する技術だが、筆者の作品は、その場にあるあらゆる音を「絶妙なマイクセッティグ』だけで立体を作り出すものだ。

実はアンビエントの世界は、たった2本のマイクだけで、その場にいる以上の立体感を作れる。マイク幅(輻輳)とマイク角度(立体的画角)により、ちょうど超広角レンズで誇張される世界のように、音の世界も自由自在に広がりや奥行きを作れる。しかも、視聴環境にほとんど左右されない。普通のステレオスピーカーであれば、それだけで、今まで聞いたこともない、アンビエントの世界に没入できる。それを実現できたのは、Rycoteのマイクの性能が大きく関わっていることも事実だ。

もちろん、安いステレオペアマイクでも、立体的な音声は作れる。ところが、マイク性能が上がることで、よりリアルで感動的な世界が構築できた。

 

CA-08ステレオペアがお勧めだ

正直に言えば、プロ用マイクなので高価だ。ペアで20万円を超える。びっくりするだろう。ちなみにプロの世界では、この価格帯は中級クラスになる。スタジオ用のプロのペアマイクだと50万円~となる。

しかし、音質、感度などをスペック上で比べると50万円級だと言える(その上はスタジオ専用マイクで、音質ではなく用途が違ってくる)。しかも、屋外で使える仕様となると、実は、このマイクが唯一無二かもしれない。

CA-08は、環境から楽器、ナレーションなど多様な用途に使えるプロ用マイクだ。ただし、マイク自体はフィールドレコーディング用に設計されているために、扱いは簡単だ。

 

このペンシルマイクをカメラのレンズに例えるならシネレンズ級だろう。つまり、完全なプロ用途である。一方、ゼンハイザーMKH416は汎用業務マイクでソニーのGMレンズだと思えばいいだろう。例えば、CA-08ペアと32bitフロートレコーダー(例えばZOOM F3など)を組みわせれば、映画クラスの音響が個人でも扱えるわけだ。CA-08ペアは、ステレオ録音だけでなく、単体ではナレーションや配信用、楽器録音など、活用範囲が非常に広い。さらに、ショットガンマイクのHC-22かHC-15と併用することで、プロが行う録音が全てできると言っても過言ではない。

 

環境音を作品にしたYouTubeが熱い!

数年前からAMSRなど、音を主役にしたコンテンツがブームになっている。また、YouTubeなどの作品では、画質よりも音質が求められることが当たり前になっている。そんな状況の中、世界中の音をコンテンツとして販売して成功している人も増えてきた。

映像をプロレベルにする機材は、カメラやレンズ、照明機材を考えればあっという間に50万円を超えて100万円規模になってしまう。

しかし、フィールド録音の世界は、レコーダーが5万円前後、今回のような素敵な(と筆者は思う)マイクを複数種類揃えてもトータル30~50万円で一流システムになる。

筆者おすすめのアンビエント(環境音)録音システム

『ステレオ&主要音像の録音』(約60万円:プロ仕様)
レコーダー:ZOOM F6
ショットガンマイク:HC-22
ステレオペア:CA-08 and OM-08
(別途:キャノンケーブル3本)

『次世代の映画録音』(約40万円:プロ仕様)
レコーダー:ZOOM F6
ショットガンマイク:HC-22
ステレオペア:CA-08
(別途:キャノンケーブル2本)

『自然の環境音』(約18万円)
レコーダー:ZOOM F3
ステレオペア:CA-08
(別途:キャノンケーブル2本)

このRycoteのペンシルマイクは、音楽や映画録音のプロ向けであることは事実だが、環境音を作品として作るアンビエンターにも、ぜひ、使ってみてほしい。

今回、このレポート用に製作した朗読劇の映像(音声)は、筆者のYouTubeチャンネルで公開している。数ランク上のステレオ録音を堪能いただきたい。

関連サイト 桜風涼(はるかぜすずし)のシネマ撮影研究所 https://www.youtube.com/@harukaze-suzushi