提供:日本科学未来館

日本科学未来館は、常設展示「ノーベルQ ―ノーベル賞受賞者たちからの問い」のアクセシビリティを向上させ、リニューアル公開した。さらにリニューアルの一環として、手話映像の監督を務めたろう者のクリエイター今井ミカさんによる特別トークの様子もお届けする。

「ノーベルQ」は、28名のノーベル賞受賞者たちが「来館者にいつまでも考え続けてもらいたい問い」を提示し、メッセージとして紹介。今回のリニューアルでは、パネル展示のほか、日本語・英語・中国語・日本手話の映像を加え、それぞれの言語を使用する方々に体験しやすい展示となっている。

また、視覚に障害のある来場者も楽しめる工夫として、前述の映像に音声アナウンスを入れるとともに点字プレートを追加設置。さらに、車椅子ユーザーや子どもからの見やすさを考慮し展示物を配置している。

リニューアルに際して、日本科学未来館は使用言語、障害の有無、年代などに関係なく、だれもが体験しやすいようにさまざまな意見を参考に設計。特に、日本手話の映像制作では、ろう者のクリエイターと企画の段階から協働することで、ろう者が情報を得やすい画面構成や演出、日本手話表現を追求している。さらに視覚に障害のあるユーザーや車椅子ユーザーに設計ワークショップに参加してもらい、配置などに関する意見を反映している。

制作した手話映像について

リニューアルしたノーベルQの展示パネル

日本語が第一言語ではないろう者にとって、直筆の文章は読みにくさもあるため、印字された日本語も併記している。今回制作された映像は、28個の問いを手話に起こし、その様子を映像に収めたもの。手話映像はQRコードを読み込むことで視聴することができる。

 

展示されている手話映像

展示パネル以外に、大きなモニターもあり、手話映像による問いをランダムで表示している。

手話映像には4人のろう者が出演。制作フローとしては、各問いを日本手話で翻訳し、出演者らによって表現をチェック。手話は年代や地域によっても異なる場合があるほか、日本語特有の曖昧な表現についてもどこまで手話で伝えられているかを検証するため、さらにそれをろう者のモニターに検証してもらい、問いの意味が伝わっているかどうかを確認。ブラッシュアップしたのち、今井さんが撮影・編集を行なった。

 

今井ミカさんの特別トーク「手話映像はなぜ必要なのか」

手話映像の監督を務めた今井ミカ監督。

日本語→日本手話への翻訳

日本語と日本手話は異なる言語のため、「翻訳」はとても重要な作業となります。そのため今回は、翻訳者と表現をする出演者はそれぞれ別の人に依頼をしました。翻訳については専門家である株式会社OSBS手話翻訳プロジェクトにお願いし、科学に関する専門用語や抽象的な日本語の特徴についてなど日本科学未来館さんとも確認しながら、翻訳を進めていきました。

そして一度翻訳作業が終わった日本手話を映像として記録し、手話映像の出演者に渡しました。日本手話のなかにも方法によって日常会話的な表現や、余韻を持たせる表現などがあるので、問いが持つ世界観を尊重し、視聴者を引きつけるような間や言い方を模索しました。

例えば、ろう者同士が日常会話をするとき、下に手を伸ばして置くと、これで会話は終わりますという意味合いを持ちます。展示を見るろう者に、問いを投げかけるという作品の世界観を大切に伝えるために、文末の手話を下方ではなく、胸の辺りに置くようにしています。これもろう者の文化のひとつです。

ろう者に合わせた画づくりについて

ろう者は視覚で情報を得ているので、ろう者に合わせたレイアウトを心がけました。

例えば初対面の人に会った時に、名前よりもまず相手の顔を覚えるという特徴があります。そのため、問いを発する人の特徴を瞬時に把握できるように、顔写真を大きめにレイアウトするなどの工夫をしています。

また、手話と日本語が近くにあるとどちらを見ていいのか迷い、情報過多になってしまうことがあるので、手話を見たい人は左側を、日本語を読みたい人は右側を見るという配置にしています。

QRコードを読み込んだ際に見られる手話映像のレイアウト

演出面の工夫

また、手話の終わり方にも気を配りました。問いが持つ世界観を壊さないように、最後の部分の余韻に重きを置いています。ろう者のモニターからも「何かを考えさせる雰囲気がある」「映像が終わっても続きがみたくなる」といった感想も寄せられています。

地域や年齢、ろう学校出身かどうか、また家族構成など、さまざまなバックグラウンドを持つろう者たち。彼らとモニター検証をする中で、第一言語が同じ手話であることや、ろう者同士だからこそ語り合えることがたくさんあるのを肌で感じました。

その点でも、ろう者をターゲットにした展示物を制作する際には、企画の段階からろう者が関わり、そして出演、翻訳、制作過程においても手話を第一言語とするろう者の存在が必要不可欠なのだと改めて思います。今回の日本科学未来館さんのように、第一言語が異なる者同士が一緒にプロジェクトを進めていき、協働することは、異言語と異文化を繋ぐ架け橋になるのだと確信しています。

 

手話映像の制作を振り返って

――今回カメラマンは湯越慶太さんに依頼されたそうですが、どのようにコミュニケーションをとりながら撮影を進めましたか?

画面の位置や映り込みの指示など、大事な部分は手話通訳の方を介して意思疎通をしました。ただ、撮影と撮影の間でのあいさつやスタートや終わりの声かけなどは自然と身についてくるようで、湯越さんも積極的に手話で話しかけてくれました。

――撮影中、印象的だったことありますか?

(映像に音がつかないので)撮影時の音の環境を気にしなくていいねとよく言われます。撮影場所は上がかなり騒々しかったようなのですが、私たちはそれが気にならないので、構わずにどんどん撮影を進めていくことに驚いていて、それがお互いの違いなども感じられておもしろかったです。

――ありがとうございました。

 

■展示概要■
展示名:ノーベル Q ―ノーベル賞受賞者たちからの問い
公開日:2023 年 9 月 6 日(水)
展示エリア:3 階 常設展示ゾーン「未来をつくる」内
企画・制作:日本科学未来館

■改修協力者■
監督・編集:今井ミカ(株式会社サンドプラス)
撮影:湯越慶太
手話翻訳・監修:株式会社 OSBS 手話翻訳プロジェクト
出演:緒方れん、小野寺敏雄、今井彰人(株式会社サンドプラス)、
寺澤英弥(株式会社 OSBS 手話翻訳プロジェクト)
手話映像制作:株式会社サンドプラス
展示設計・施工:株式会社乃村工藝社
協力:共用品ネット

 

日本科学未来館
https://www.miraikan.jst.go.jp/