中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!

第101回 日本のいちばん長い日

イラスト●死後くん

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製作年 :1967年
製作国:日本
上映時間 :157分
アスペクト比 :シネスコ
監督:岡本喜八
脚本:橋本 忍
製作:藤本真澄/田中友幸
撮影 :村井 博
編集 :黒岩義民
音楽 :佐藤 勝
出演 :山村 聡 /笠 智衆/ 三船敏郎/ 高橋悦史/ 黒沢年雄/ 志村 喬ほか

昭和天皇や閣僚たちが日本の降伏を決定した1945年8月14日の正午から、ラジオの玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる15日の正午までの、緊迫の24時間を描いた作品。終戦反対派の軍人たちはクーデターを計画し、その行動は徐々にエスカレートしていく。

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8月15日に毎年僕が繰り返し観てしまう映画が『日本のいちばん長い日』だ。78年前の8月15日の玉音放送をめぐっての陸軍青年将校達のクーデター、宮城事件の映画化だ。連合軍からのポツダム宣言受諾を拒否し、玉音放送を阻止せんと宮城と放送局を占拠した陸軍軍人たちの騒乱。僕がこの事件のことを知ったのは中学1年の時のTBSの2時間ドラマ『歴史の涙』を観てからだ。学校の歴史の教科書にも載っていない史実に僕は驚いた。その後、大宅壮一の原作を貪り読んだ。

映画『日本のいちばん長い日』は僕が生まれた昭和42年に東宝創立35年周年記念作品として製作、公開された。不幸な大戦を経験したスタッフ、キャスト達がヒットさせるよりも製作する意義を重視したという作品。監督は明治大学出身の戦中派、岡本喜八監督。

反戦風刺劇の面白さと戦争憎悪にハマってしまった

僕が東京に出て来た1987年のゴールデンウィークに池袋の映画館、文芸坐地下劇場で岡本喜八監督全作品特集上映が幸運にもプログラムされていた。僕は中学の時に観た『激動の昭和史 沖縄決戦』という喜八監督の作品に完全にノックアウトされた経験から、連日通い詰めた。カルトムービーの大傑作『ああ爆弾』と『殺人狂時代』で暫く会社から干されてしまう喜八監督。『独立愚連隊』『独立愚連隊西へ』の戦争コメディアクションで名をあげる。『肉弾』『血と砂』の反戦風刺劇の面白さと戦争憎悪に僕は完全にハマってしまった。そして『日本のいちばん長い日』を観ることとなる。

喜八一家の俳優さんたちと仕事をするのが目標だった

岡本喜八監督作では喜八一家という常連俳優たちがキャスティングされている。僕は助監督時代、喜八一家の俳優さんたちと仕事をするのが目標だった。『日本のいちばん長い日』のクーデターの首謀者、椎崎中佐役の中丸忠雄さんや井田中佐役の高橋悦史さんとご一緒できたのは幸運だった。特に高橋さんはカチンコの一番下っ端の僕を「武さん」とさん付けして呼んでくれるような優しい方だった。高橋悦史さんの早逝が残念でならない。もっといろんな話を聞いておくべきだったと反省している。

東宝所属のオールスター総出演

『日本のいちばん長い日』は東宝所属のオールスター総出演で、勿論喜八一家も勢揃いである。佐藤 允、中谷一郎、井川比佐志のぶっ壊れた軍人達の顔面力が凄まじい。特筆すべきは僕にとって仮面ライダーの死神博士だった天本英世。鈴木貫太郎首相官邸焼き討ちを指揮した国民神風隊の佐々木大尉役は凄まじく、トラウマになってしまう程の名演だ。『独立愚連隊西へ』での中国八路軍のゲリラ役で「日本人ミナワルイ、殺す」の台詞にも笑った。鈴木首相役には笠 智衆。

敗戦パニックを演者たちが狂気の演技で応えてくれている

明治維新から100年目に公開された本作は、富国強兵に取り憑かれた軍人達が初めて経験する8月14日から15日正午までの敗戦パニックを演者たちが狂気の演技で応えてくれている。クーデターの首謀者の椎崎中佐と畑中少佐が、俺たちの戦争は未だ終わっちゃいないと、サイドカーと馬上からビラを撒きまくり、宮城を拝みながらの自決シーンは壮絶だった。

マラリア熱にうなされた厚木航空基地の司令官の錯乱シーンを田崎 潤が。怪優、伊藤雄之助が終戦前夜に特攻隊を送り出す。最後まで本土決戦を唱え、陸軍総玉砕を訴える陸軍大臣、阿南惟幾を演じる三船敏郎が割腹自決シーンを。明け方の木漏れ日の中息絶えていく壮絶な画面を名匠、村井 博カメラマンが不穏な朝の光で創り上げる。喜八監督の盟友、三船敏郎は『独立愚連隊』では頭のおかしくなった隊長役も嬉々として演じている。『血と砂』では少年音楽隊の面倒を見る軍曹役が素晴らしかった。黒澤映画とは違う三船敏が岡本喜八映画では垣間見える。首謀者畑中少佐役の黒沢年雄と冷静な放送局員加山雄三との息詰まる対決シーン。 

喜八監督の集団演出の手腕が冴え渡る 

『歴史の涙』で阿南陸軍大臣を演じていた小林桂樹が、玉音放送の録音盤を隠し通す徳川義寛侍従長を演じていたのも嬉しかった。出演できなかった喜八映画の常連、仲代達矢はナレーションで参戦。助監督時代、マキノ雅弘監督の『次郎長三国志』で鍛えられた喜八監督の集団演出の手腕が冴え渡る。

戦時中貴重な青春時代を奪われ、級友たちを奪われた喜八監督らしく、戦争を辞めようとしない戦争指導者、遂行者たちの遅々として戦争終結へと進まない会議に恨みつらみが散りばめられている。シナリオの大巨匠、橋本 忍の会話劇が見事だ。2発の原爆投下とソ連参戦による数十万人もの犠牲者について糾弾する山村 聡演じる米内海軍大臣に対して阿南陸軍大臣は「日本を愛していたからこその犠牲である」と言い放つ気味の悪さ。

戦後22年目に作られた本作を天皇陛下も家族と一緒に観たという。事件に関わった当事者たちがまだ存命していた迫力が伝わってくる。製作者が思っていた以上に興行は大ヒットした。皆が経験した戦争というものを振り返れる時代となったからか。老人達が始めた戦争は結果若者たちを傷つける。

岡本喜八監督はその後も明治維新批判、反戦映画を創り続けた。『血と砂』ではジャズを奏でる少年音楽隊が戦場で全滅する話。『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』では学徒動員の野球青年達の悲劇。『赤毛』『吶喊』では明治維新の官軍に利用され殺された若者たちを描いた。

戦争映画とは戦争の悲劇と反省を描くために創られる

戦争映画とは戦争の悲劇と反省を描くために創られるのだと僕は、岡本喜八監督の作品から学んだ。池袋の文芸坐地下劇場に通った19歳の時の貴重な経験に感謝だ。戦争の悲劇を伝え、8月15日に毎年観てもらえるような映画を創り、残すことがこれからの僕の目標だと考えている。

VIDEO SALON 2023年9月号より転載