MVやライブ、WEB CMなど、さまざまな領域で活動している波多野さんは、カメラ機能はもちろん、それ以外の目的でもiPhone・iPadを現場でフル活用している。案件に合わせてフィルターエフェクトをかけたり、モニターやコントローラーとして使ったり…。使ってみて便利だったアプリや機能を実例と共に紹介してもらった。 

講師   波多野 奨  Sho Hatano

1989年生まれ。神奈川県出身。都内でDJとして活動しながら自主で映像制作を開始。2014年にオクナックに所属。2022年に独立し、MVやライブ、WEB CMなどのディレクターとして活動中。

HP● https://www.shohatano.com

Instagram● https://www.instagram.com/noli_shohatano/





手軽に“使えるクオリティ”を出せるかどうか

自分の略歴からお話しさせていただくと、24歳ぐらいまでDJの活動をしていました。その時に周りにいるラッパーやアーティストの仲間内で映像を撮るタイミングがあって、撮影や編集を独学で始めたんです。そこから本格的に仕事として映像をやりたいと思って、制作会社・オクナックに入社しました。音楽関連の映像を請け負うことが多い会社でしたが、制作をメインの業務にしつつ、プロデューサーやディレクターも経験した、という感じです。

8年間所属して、いまはフリーランスとして活動をしています。フリーになってからはMV、リリックビデオ、WEBムービー、メイキングなどの映像を作っています。大きな現場になるとカメラマンや照明技師を呼んだりしますが、基本的にはワンマンなので、自分でカメラを回して、照明もセッティングして、編集まで手がけることが多いです。

今回のお題は「iPhone・iPadの現場活用テクニック」ですが、いつも考えるのは自分的に納得できるクオリティが出せるかどうか、です。いままでできなかったことがiPhone・iPadで手軽にできるようになりましたが、クオリティが低かったら意味がありません。その点を考慮しつつ、ワンオペや少人数の現場ではiPhoneやiPadを使うとすごく便利なケースが多いので、実際に活用した例をお話しできればと思います。


ワンオペ・少人数の現場でデバイスを活用

iPadで撮影&フィルターエフェクトしたゆきぽよ&SLOTH『Y2K』MV

2023年9月24日に配信リリースされた、ゆきぽよ&SLOTHの楽曲のMV。Y2K(90年代後半〜00年代前半頃)をテーマに、SLOTHが作詞・作曲・編曲を手がけた。渋谷を舞台にしたMVには、当時カリスマギャルと呼ばれた“ルミリンゴ”ことRumiが登場するほか、ゆきぽよの平成ギャルファッション、アムラースタイルの衣装&メイクも話題に。



Y2Kの世界観を表現するために使ったアプリ「Dazz フィルムカメラ」

販売元: Bytedance Pte.Ltd

サイズ: 385.7MB

互換性: iPhone iOS 12.0以降、Android版はデバイスに準じる

価格: 無料(App内課金あり)

● アプリDL https://www.capcut.com/ja-jp/tools/video-editing-app




シミュレーションすることができる多数のビデオ・写真カメラを選択。各カメラに範例が用意されているため、イメージを掴みやすい。

各カメラのシミューレーションに加えて、NDやカラーフィルター、フィッシュアイ効果も追いがけすることができる。



選択したカメラによって設定できる項目は異なるが、色温度、ISO、シャッタースピードも調整できる。





写真アプリとして人気だが、動画カメラのシミュレーションも種類が豊富。8mm、16mmといったフィルム調だけでなく、VHSやレトロデジタルビデオカメラまで幅広い。撮影後にすぐ完成した映像がプレビューできるのもポイント。



現場の状況に合わせてアプリの利便性に頼る

ひとつ目の例はゆきぽよ&SLOTH『Y2K』のMVです。DJ活動をしていた頃からSLOTHさんとは知り合いで、映像の業界に入ってからもずっとSLOTHさんのMVを作っていました。ゆきぽよ&SLOTHの楽曲のMVでも、以前iPadで全部撮影した経験があったので、そういう流れから『Y2K』も撮らせてもらったという感じです。『Y2K』もiPadで撮影しながらiPhoneでも撮影したんですが、それは全部のシーンではなく、途中でα7S IIIで撮影したシーンもいい感じに混ぜ込んでいきました。

“Y2K”というキーワードがあったので、少し昔の画質を取り入れることになりました。正直、00年代はここまで画質的に古くないかもしれないですが、画として分かりやすく作りたいな、と。SLOTHさんサイドと打ち合わせをしている時にも「古い画質の映像も入れましょう」という話になり、実現するためにどうすべきか考えました。

最初は20年ぐらい前のコンデジで撮ろうかなと思ったんですけど、試しにイジってみると単純にプレビューの画質がすごく悪くて、そもそも画面が小さすぎてプレビューしづらかったんですよね。そこで「そういえば、iPhone・iPad向けのアプリで、古い画質になるものがあったな…」と思い出して。使ってみたら良い質感で、自分の思ったような画が撮れそうだったんです。それが「Dazz フィルムカメラ」でした。iPhoneでもiPadでも使えるアプリなんですが、現場でアーティスト本人に撮った画を確認してもらうことを考えたらiPadで撮ったほうがいいかな、と。

「Dazz フィルムカメラ」はさまざまなカメラのフィルムの色、質感、ノイズなどを再現してくれるカメラアプリです。フィルムやVHSの質感の映像が撮りたいときに、実際のフィルムやVHSのカメラなどを使うと 撮影や編集のワークフローが大変になりますが、このアプリを使うと手軽に質感の再現が可能になります。

アプリ内で、しかもボタンひとつでいろんなカメラの切り替えが簡単にできちゃうのはすごく便利だと思います。もちろん、本物のフィルムで撮った映像や、VHSカメラで撮った映像の良さはあるとは思うんですけど、今回の案件のようにメインじゃないけど画として入れ込みたい、パッと見のルックを古い質感にしたいというときに、自分的にはこんなふうに撮れれば全然アリだなと感じました。

今回使ったのはアプリ内の「VHS」というシミュレーションでした。そこにフィッシュアイの効果も重ねています。iPadのレンズなので実際の魚眼ではなく、擬似的に作り出した効果ですが、MVの雰囲気と合いそうだったので、いくつかのシーンで使っています。録画中は通常の画が表示されている状態ですが、録画後すぐに加工後の映像が確認できるので、現場でも完成形がイメージしやすかったです。昔の画質でただ撮ればいいというわけではなくて、VHSの映像でよく見かけるヘンなズームを入れたり、魚眼を効果的に差し込んだり、カメラアングルや構図に気を遣ったり…そういった演出も必要でしたね。

このアプリを使わずに、撮った映像をAfter Effectsなどでフィルムっぽく、VHSっぽく処理することはできます。実際にこのMVでもα7S IIIで撮った素材を昔っぽい画質に加工したシーンもあります。後処理のほうが自由に画質をイジれるからいいんじゃないか、と思うかもしれません。ただ、この撮影現場に限った話ですが、自分以外の撮影スタッフはひとりのカメラマンのみでした。シチュエーションとしては渋谷のロケと室内ですが、それを1日のうちに、できれば陽が上がっているうちに終わらせて、夜は渋谷でリップシーンを撮るという予定。いかに少ない手数でいろんな映像を撮れるかがカギになります。なので、メインの画はカメラマンに回してもらいつつ、その横で自分がiPadの「Dazz フィルムカメラ」でも同時に撮影していくという2カメのようなスタイルでした。

撮影してみて、メリットとデメリットも明確に見えてきました。メリットはアプリひとつでたくさんのカメラの質感が再現できるということ。あと、フィルムカメラやVHSカメラにかかる予算や時間がカットされること。加えて、現場で良いと思ったのは、その場で昔の画質になった映像を見せられるということ。現場のキャスト・スタッフもテンションが上がりますし、場の雰囲気も良くなりました。編集時の話をすると、シネマカメラや一眼で撮影した素材に、ブラーでぼかして、ノイズを加えて、RGBを少しズラして…というエフェクトを重ねれば重ねるほど、処理が重くなっていきます。もちろん狙い通りの質感を追い込めるというメリットでもありますが、割り切れば「Dazz フィルムカメラ」で撮ったほうがはるかにラクです。

一方、デメリットとしては逆に質感の上限があるということです。このアプリはあくまでシミュレーションなので、リアルなフィルムカメラやVHSカメラの質感がほしいという場合は、そこに及ばない部分も出てきます。「古い質感の映像」と分かればいいというレベルを超えて、フィルムやVHSの質感で勝負したいときに使うのは難しいはずです。クライアントや視聴者がどこまでのレベルを求めているのか、自分的にどこまでがOKなのか、バランスを見極めながら使っていく必要があります。もうひとつのデメリットとして、クライアントやアーティストがiPhoneやiPadで撮影することを不安に思う可能性があるということ。いまの時代、若い世代はiPhoneで撮ること/撮られることに慣れていますが、現場によっては少し敬遠されるかもしれません。

「Dazz フィルムカメラ」に限らずですが、iPhoneやiPadで撮影した映像はフレームレートが24.34pみたいにおかしくなることがあって、シネマカメラや一眼で撮影した映像と合わないことがあります。なので組み合わせる場合は、24p、30p、60pなどにフレームレートを変換しないといけないので注意が必要です。



「Dazz フィルムカメラ」を現場で使用したインプレッション

① 多くのカメラの質感がスマホひとつで再現できる

② フィルムカメラやVHSで撮影した場合、編集するまでに処理などが必要になるが、それが必要ない

③ 現場でプレビューが簡単にできる

④ 一眼などで撮った映像を昔の映像っぽくする場合、エフェクト処理が重くなったりするが、それがない


① あくまでアプリでシミュレーションしているだけなので実際のフィルムカメラやVHSの質感に及ばない部分もある

② クライアントやアーティストにiPhone・iPadで撮影することを不安がられる可能性がある

③ フレームレートなどが他のシネマカメラ・一眼カメラで撮影した映像と合わない場合がある





重要なのはバランスと使いどころ。『Y2K』のMVでも闇雲に「Dazz フィルムカメラ」の画を使っているわけではなく、“現代”を表現したα7S IIIでの撮影シーン、α7S IIIでしっかり撮った素材を昔の画質に加工したシーンとうまく混ぜ合わせている。