7月9、10日にTOKYO NODEで開催したVook主催のイベント「VIDEOGRAPHERS TOKYO(VGT)」は過去最高の4,132人を動員し、大盛況のうちに終了した。この記事ではVGTで実施したセミナー「Blenderで映画づくり!? 『数分間のエールを』を生み出した数年間の奮闘記」の模様をレポートする。ディレクターのぽぷりかさん、キャラクターデザインのまごつきさん、アニメーターのおはじきさんの3人からなる映像制作チームHurray! が挑戦した長編映画制作の制作フローや舞台裏について講演を行なった。
構成・文●永渕雄一郎(midinco studio)
目次
01.イントロダクション
02.全体の流れ
03.企画・脚本
04.Vコンテ
05.キャラデザイン
06.モデリング&リギング
07.ルックデヴ
08.アニメーション(レイアウト+プリビズ+クオリティアップ)
09.コンポジット
10.2周目
11.最後に
映画『数分間のエールを』本予告
映像クリエイターチームのHurray!(フレイ)が手掛けた初めての劇場長編アニメーション『数分間のエールを』。同チームのぽぷりか氏が監督、おはじき氏が副監督、まごつき氏がアートディレクターを担当した。
01.イントロダクション
Hurray! のぽぷりかと申します。Hurray! は、ぽぷりか・おはじき・まごつきの3人でやっている映像制作チームです。現在上映中の映画『数分間のエールを』では、監督をぽぷりか、副監督をおはじき、アートディレクション・キャラクターデザインをまごつきがそれぞれ担当しています。僕たちは普段から映画を作っているわけではなくて、3DCGや2Dによる短尺のアニメーション映像などを作ることが多く、MVやCM、ゲームやアニメのOP・EDなどを中心に制作してきました。『数分間のエールを』は上映時間68分と、ちょっと短めの劇場アニメーション映画になっています。今回僕がお話する内容は、本編を視聴済みの方に向けた『数分間のエールを』のメイキング解説になります。
02.全体の流れ
まず、「映画を作りましょう」と決まったのが2021年の3月でした。そこからしばらくして、どんなストーリーにするかという話になり、「MVを作る話にしたい」みたいなことを僕が決めました。その後、脚本作業を2022年の7月頃までやって、そこから『未明』のMV制作、本編のVコンテ、キャラデザ、モデリング、背景制作、ルックデヴ、3Dレイアウト+プリビズ、マスターショット、シーン制作、そして最後に2周目、という流れになります。
03.企画・脚本
今回配給を担当してくださったバンダイナムコフィルムワークスさんにお伺いしたとき、ありがたいことに「映画の内容はなんでもいいよ。どんなテーマにする?」という言葉を最初にもらいました。「君らのやりたいことにお金を出してあげるよ」と言ってもらえることは、お仕事をされている方ならどれだけ幸せなことかわかるかと思います。バンダイナムコフィルムワークスさん、本当にありがとうございました。
その言葉を聞いて、まず、自分たちはどんなものを作りたいのかを考えました。そして、「描きたいものはこうだ」「モノづくりの描写はこうだ」みたいなことをNotionにまとめていきました。
結論としては、「モノづくりのお話が作りたいです」と。子どもから見たモノづくりと大人から見たモノづくりを両輪で描きたい、というのを最初に考えていました。子どもは高校生でMVを、大人は先生で音楽をそれぞれ作っているという設定で、何かを作ってきた人に「続けてきて良かった」と思えるような話を作りたい。モノづくりをしたことのない人が「何かを始めてみたいな」と思えるような話を作りたいと思っていました。
そして、大枠の企画を決めてから脚本の花田十輝さんと打ち合わせをし、脚本作業が始まりました。しかし、脚本はなかなか前に進みませんでした。なぜかというと、打ち合わせで「こんなのが作りたいんです」と僕が伝えていた中に「織重先生を大人として描きたい」という要望と、「最後、織重先生は音楽の道に戻ってほしい」という要望が喧嘩してうまく脚本がまとまらなかったんです。それについて、花田さんは 「それってどうなんでしょうね」という話をずっとされていました。主人公の彼方が作ったMVを1本見て、「私、音楽の道に戻る」って、それは果たして大人なのだろうかと。ちゃんと考えて辞める決断を下したはずなのにその軽さはどうなんだろうかと。だから説得力がないんじゃないか、だったら最後に戻らないほうが大人っぽいんじゃないか、みたいな話をしてもらいました。でも僕は、「それでは嫌なんです」とずっと言っていたんですよね。だから数ヶ月経っても脚本はうまく進んでいかなくて。
そんな中、花田さんから「MVを作ることは決まっているので、先にMVを作ってみませんか?」と提案をいただきました。「MVに関しての内容を脚本家の自分が決めることはあまり良くないと思う。どんなMVを作るかは君が決めたほうがいいと思うよ」という話をもらって、MVのコンテができた段階でそれをもとに脚本を再開しよう、という話になりました。
そこで、脚本作業を1度止めて、至急楽曲を作ってくれるアーティストを探し、MVの楽曲とそのコンテを作るという流れになりました。当初の予定ではこのときすでに脚本は終わっているはずだったんですが、結果としては全然違って。そんなにすぐ納得できる楽曲を作ってくれるアーティストなんて見つからないし、どうしたらいいかわからなくて当時は本当に泣きそうでした。そんな矢先に声をかけてきてくれたのが、VIVIでした。
VIVIは大学時代くらいにインターネット上で知り合った古い友人で、これまでのHurray! のコンセプトムービー1&2の楽曲を作ってくれた人物でもあります。アーティストが見つからず、「映画どうしよう…」と嘆いていた僕を見て、「良ければ僕がデモ曲を作ってくるから聴いてほしい」と言ってくれたんですよ。そのときに「任せてもらえたら人生で1番頑張るんじゃないかな」と言ってくれたのがすごく心に残って。その言葉を聴いたときに、「何とも思っていない有名な方にお願いするより、彼に頼んだほうがいいんじゃないか」と思えて、「作ってほしい」とお願いをすることにしました。
VIVIには、「99曲作って全然評価や反響がなく、次でダメなら音楽を辞めようとしている人の100曲目を作ってほしい。テーマや歌詞は全部任せます」という内容を伝えていました。VIVIは元々音楽で生きていきたいと思っていたけれど夢を諦めて就職した経験があったので、境遇が織重先生にすごく似ていたんです。だから、彼に任せたほうがいいものができると思ってこのオーダーにしました。結果として、100曲目は「今までの自分も、これからの自分も肯定してあげたい」というテーマで書かれた曲でした。「音楽を辞めるまでの自分も素晴らしかったと思うし、辞めた後の自分も悪くない。諦めたわけではなく、次の道に進むんだ」という曲になったんです。だから、最初に描いたVコンテはこの楽曲のテーマ通りの構成にしたんです。
本編のMVでは2番のサビで、すごく苦しんだ後にそれでも立ち向かっていくような内容になっているんですが、このときのVコンテでは絵を辞める決断をした世界線と、絵を続けた世界線に話が分岐して、それぞれを1カットずつ順番に見せるような内容にしようと考えていました。
個人的には今見ても未だに、このコンテバージョンもすごく好きです。「いいコンテができた!」と意気揚々としながら花田さんに見せたのですが、開口一番「これは、織重先生は音楽の世界に戻らないということでいいんですね?」と言われてしまったんです。僕はそこで「え、何でですか?」と困惑してしまって。花田さんが僕に伝えたかったことは、「主人公が最後に辿り着いたMVではどちらの選択も肯定しているのに、物語の結末でメインのふたりが同じようにモノ作りの世界へ進んでしまったら、このMVの内容と繋がらないよね」ということだったんです。「このMVの内容で行くのなら、織重先生は音楽を辞めなきゃいけないですよね?」と。
それを言われて、僕は物語ではなくMVを直すことにしました。僕自身が先生に音楽を辞めてほしくないから、楽曲の意図を分かっていながら無視した構成にしたんです。楽曲で言っている歌詞とは違うものに。この、僕の通したエゴを花田さんは本当にうまく拾ってくれて、本編でも同じ意味を持つ形になっていきました。彼方は「織重先生に音楽を辞めてほしくないから」という形でMVを作った、というストーリーにしてもらいました。当たり前ではありますが、花田さんの脚本が本当に上手ですね。今思えば、花田さんはずっと正しいことを言っていて、僕がずっと分かっていなかったんです。
ちなみに、この頃は表記が揺れていて「創作」という言葉を使っていますが、本作では創作という言い方をせず、「何かを作る」「モノづくり」という言葉を使うようにしています。創作というと、周りにいる関わってくれた人を省いて本人だけみたいな印象があるなと感じてしまって、それが少しでも幅の広いものに映ってほしかったので、こういった言葉を使うようにしています。
04.Vコンテ
実際に見てもらうと分かるんですが、Vコンテは全てBlenderで制作しています。Blender上で絵を描いて、3D空間の中にカメラを置き、平面的にコンテを映している状態ですね。絵はグリースペンシルという機能を使って描いていて、約10万フレーム弱をひとつのblendファイルで作業していました。また、この時点で声や仮劇伴、SEも自分で仮のものをつけています。声は自分で録音したものを加工し、劇伴とSEは印象に合いそうなものを既存曲やフリー音源から持ってきています。
Vコンテの制作には5カ月ほどかかりました。普段のMVだと3日くらいあれば終わるのに、描いても描いても終わらなくて。そんなとき『映画大好きポンポさん』の平尾監督に泣き言を言ったら、「コンテはね、描けばいつかは終わります」という素晴らしい言葉をいただきました。これ、実は平尾監督の言葉じゃなくて、平尾監督が一緒にやってらっしゃる松尾さんというプロデューサーの方に「描けばいつか終わるでしょ」と言われて、それを伝承しているらしいです(笑)
05.キャラデザイン
キャラデザイン自体は、前年の11月や脚本をやっていた段階でも少しだけやっていたんですが、基本的にはまごつきが考えて、ぽぷりかがそれにOKを出すという形で進めています。
まずは、朝屋彼方くん。彼は元気なキャラに見せたかったんですよ。でも、陽キャやアウトドア派に見せたいわけじゃなく、クリエイターの真剣さが伝わるようなものにしたかったんです。
中川萠美ちゃんは元気なギャルとして描きたかったんだけど、性に奔放な感じにしたいわけじゃないぞという話をしていて。また、性格の悪い、上から目線な子にしたいわけでもないというのをキャラデザに込めたかったんです。いいギャルです。
織重夕先生は孤独な印象にはしたいけど、暗過ぎないというか。本編では普通に暗くはあるんですけど。脚本の初期段階で、「ヒロインの見た目は決まっていたほうがいいんじゃないか」という話が挙がっていたので、初期からデザインを始めたキャラなんですが、脚本に悩んでいる状態でどう終わるのかすら決まっていないのに決められるわけなかったんですよね。本当に暗い人にするのか、意外と芯のある感じにするのかみたいな部分が全然決まらず、途中で右往左往させてしまいました。
外崎大輔は、知性や品のある雰囲気にしたかったんですが、ガリ勉な雰囲気にはしたくなかったんですよ。彼方がどちらかといえば可愛らしい子になっているので、対になる存在としてのイケメンというか、かっこいい印象にしたい、スマートな感じにしたいねと。
06.モデリング&リギング
今回、キャラモデリングとリギングは自分たちではなく、100studioさん及び協力会社さんにお願いして作ってもらっています。ただ、最後の詰めはどうしても自分たちで調整したかったので、お願いしてやらせてもらいました。
07.ルックデヴ
ルックデヴとは、コンセプトアートを実際の映像に落とし込む作業のことです。「コンセプトアートのこの表現はこういう風に作ろう」「このエフェクトはBlenderでやろう」「このエフェクトはAfter Effectsでやろう」みたいなことを、どうやったら効率よく作っていけるのかを決める作業ですね。
元々、僕はAfter Effectsから映像を作り始めたので、CG畑の人間ではないんです。なので、Blenderはあくまでも素材で、基本的にはAEで魅力的なルックを作ろうと思っていたんですが、何か画面全体にジラジラしたノイズが乗ってしまって。これがAEだと乗ってしまうノイズで、僕にはこのノイズをどうにもできなかったんです。後からAEで加工を行おうとしてもどうしてもノイズが出てしまい、それを抑えるためにどんどん絵作りがBlender側に傾いていきました。
その結果、当初は協力会社さんにも「AEを使える人材を集めてください」と言っていたのが、いつの間にか「BlenderとAEの両方を使える人にしてください」に変わっていったりして…、その節は大変ご迷惑をおかけしました。また、ルックデヴと言いつつこの時点で作り方は全く固まっておらず、本当に作り方が固まったのは公開の2ヶ月前です。それまではずっと、「ああでもない、こうでもない」を繰り返し続けていましたね。
08.アニメーション(レイアウト+プリビズ+クオリティアップ)
3Dレイアウトとは、Vコンテを3D空間に落とし込む作業のことです。キャラはポーズのみでカメラを切っていくイメージです。つまり、どういうカメラでどういう空間かはわかるけど、キャラは全く魅力的ではないような状態ですね。
もちろん、ただ機械的に3Dにするのではなく、レイアウトを変えたり、演出を変える事も多いです。例えば、彼方が作ったMVを織重先生が断るシーンでは、コンテ段階だと先生が座っていたんですね。でも、「せっかくMVを作ってくれた高校生に対してこれから断るというのに、なんだその態度は!」ということで、レイアウト段階では先生を立たせていたり。実際の本編では申し訳なさそうに立ち上がる演出になっています。
そして、3Dレイアウトをもとに、モーションキャプチャーの収録を行なっていきます。『数分間のエールを』は全編モーションキャプチャーをベースに作られた映画です。なので、「さぞかしいいスタジオで撮ったんじゃ?」と思われるかもしれませんが、ほぼ全編の収録をおはじきの家で撮っています。
▲コンテでは織重先生が座っているが、彼方に対して誠意が無く見えたので変更したレイアウト。
なぜこんなことになっているのかというと、普通のスタジオで撮るとアクターさんもいるし、スタジオのディレクターさんもいますよね。そうなると、アクターさんの疲労度合いや収録時間を気にしなければならなくなるので、それが嫌だなと思って。でも、僕とおはじきのふたりでやる分には、どんなに深夜までやっても問題ないだろうと。そういう理由から演奏パート以外のモーションキャプチャーは自分たちでやろうと決めたのでした。
なので、アクターは全てぽぷりか、オペレーションは全ておはじきが担当しています。つまり、織重先生も萠美ちゃんも全部僕です。「キャットウォークが足りてないよね」「萠美ちゃんはもっと胸張ってるでしょ、陰キャじゃないんだから」みたいな話をしながら頑張って収録しました。3日間収録しては、1カ月ごとにまた次の分の3Dレイアウトを作ってきて、また3日収録して…みたいなことを5カ月繰り返していました。全収録時間は大体15日間ほどです。Blenderのシーン内で演技ができるため、カメラもその場で決められるし変更もできるので、OK出しの精度は高かったんじゃないかなと思いますね。
もちろん家で撮れないような広いシーンもあるので、そういうカットは近くの公園に行って、外でモーションキャプチャー用のスーツを着て撮影しました。ピカピカと光るスーツを着て、駆け出しながら「はい、OK!」なんて言ってるのを、近所の子どもたちが遠巻きに見ていましたね。
そうして、完成したプリビズをもとにアニメーターさんに「身体のノイズを取ってください」「動きが生っぽいので演技をつけてください」「表情や揺れモノをつけてください」などの発注をします。スケジュールでは省いていますが、実際には本当に最終日まで「このシーンのクオリティ、まだ足りていないのでお願いします!」なんてアニメーターさんとやりとりをしながら、最後までアニメーションのクオリティを上げ続けていました。
09.コンポジット
コンポジットとは、通常であればAEでの撮影作業を指しますが、今回の場合は違っていて、BlenderとAEを合わせて”絵を作る工程”の話になります。
見ていただいた通り、Blenderの時点で大体完成させちゃってるんですよね。なので、AEでは色味の補正とカラーチップの処理、DoF(Depth of Field=被写界深度)を入れているくらいです。塩を振る程度というか。こういった作り方が決まったのが公開の2カ月前だったと。
メインとなるBlenderの作業は、おはじきが背景、まごつきが人物と担当を分けて作業してくれました。僕がコンテやプリビズをやっている間に、ふたりが分担してモデルを作ってくれて、おはじきが「ここ、背景足りてないからやっとくね」と情報量を足し、まごつきが「人物の色味はこのほうがいいと思う」とキャラクターを活き活きとさせ、最終的なルック付近まで持っていきます。
ライティングに関しては、実はほとんどライトを使っておらず、エンプティを動かして光を決めています。なので、ほぼお絵描きでした。
自動処理される部分はフォトリアルなものに比べかなり少なく、お絵描きに近いです」とぽぷりかさん。
基本的には、ふたりに作業してもらったものをもとにAEで作業を行い、気になる箇所を直していくという工程でした。と言いつつも、良くないと思ったらレイアウトやアニメーションから調整する事も多かったです。とにかくウォーターフォール(上流工程から下流工程へと順番に開発を進めていく手法)をしないで進むことが僕らの制作では必須でした。本来、ウォーターフォールしなければいつまで経っても終わらないところを、僕らはあえてそれをせず、最後の最後までモデリングも直すし、レイアウトも直すという作り方に毎回こだわっています。どれだけウォーターフォールせずに頑張ったのかというと、それが最後の工程に繋がります。
10.2周目
「2周目ってなんだよ」という話なんですが、まず制作の都合上2024年の3月中旬までには全編がちゃんと見れるものになっている必要がありました。でも、納得できないと。どうしてもいいものにしたかったので、「残りの期間(2カ月半)でもう1周して、全カットを良くしよう」と、僕らは最初から2周目をやることを決めていました。
こういったクオリティアップを1日15カットほど3人でやり続けました。僕がふたりに修正を見せてはフィードバックをもらって、また直して…という作業をひたすらに繰り返しました。
最後に
これは間に合ったから言える言葉ではあるし、皆本当に疲れていたけど、やっぱり楽しかったです。2周目は特に時間がなかったので、僕からディレクションを出す余裕もなく「なんか良くしといて!!」でそれぞれが直すようなカットも多くて、どこまでも個人制作の延長のような作り方だったと思います。それでも全てのカットをやり切れたのは川崎大師に3人で厄除けに行ってきたおかげかもしれません(笑)
そして、本作が完成したのはどこまで行っても、周りの方々が僕らのやり方に付き合ってくれたおかげです。本当にありがとうございました!