旅行番組や観光雑誌などで普段から目にする機会の多いキーワード、「絶景」。 そもそも、絶景の正体とは何なのか? 本記事では、世界各地のあらゆる絶景をカメラに収めてきた ナイトカメラマン 竹本宗一郎さんを講師に招き、 絶景を撮影するためのリサーチ方法、 使用するアプリや機材選びのポイント、撮影現場での詳しい流れなど、 言語化される機会の少ない絶景の見つけ方を解説してもらった。

講師   竹本宗一郎   Soichiro Takemoto

ZERO CORPORATION代表。大阪芸術大学客員准教授。暗闇から光を取り出して魅せる日本で唯一のナイトカメラマン。世界各地の暗闇の絶景をフィールドに、ネイチャードキュメンタリー番組や映画、CMなどの特殊撮影を数多く手がける。星空やオーロラ、発光生物など特殊機材を使った超高感度や超高画素撮影に精通し、メーカーの技術開発におけるスーパーバイザーとしても活躍中。

HP ● https://www.zero-co.com/







「ナイトカメラマン」という肩書き

世界中の暗闇の絶景をフィールドに撮影するカメラマン

竹本宗一郎と申します。普段はNHKのネイチャードキュメンタリー番組を中心に、CMや映画、企業のプロモーションビデオなどの映像制作を手がけています。また、撮影だけでなくディレクションやカラーグレーディングまで一貫して行うクリエイターとして活動をしています。

もうひとつ、世界中の暗闇の絶景をフィールドにして撮影する「ナイトカメラマン」というちょっと変わった肩書きも持っています。仕事柄、特殊な機材を多く使うこともあり、メーカーのスーパーバイザーとして製品開発やイメージセンサーの評価なども行なっています。2019年には『情熱大陸』にナイトカメラマンとして出演、大阪芸術大学の客員准教授などさまざまな仕事をしています。

本記事では、テクニカルな話だけでなく、概念的な話や応用できるような内容を中心に、ナイトカメラマンが伝授する絶景の見つけ方というテーマで解説していきたいと思います。



そもそも、「絶景」とは何なのか?

ネイチャードキュメンタリートレンドの推移

絶景とは“行くことのできる秘境”である

テレビのネイチャードキュメンタリー番組のトレンドの推移について考えてみると、90年代までは「秘境○○へ行く」といった秘境ブームをテーマにした番組が多かったんです。秘境番組とは、個人では決して行くことのできない未知の場所を紹介するもので、メディアが一方的に配信するような内容でした。

しかし、その後にインターネットが普及し、SNSなどで個人が旅の中で見た圧巻の風景を写真や映像を交えて情報発信するようになると、「秘境」というワードが「絶景」というワードに変化、「絶景ブーム」へと移行していった経緯があります。つまり、絶景とは“行くことのできる秘境”といったイメージがわかりやすいかと思います。




絶景の要素を整理することで、観光地だけでなく自分だけの絶景を見つけるためのヒントにもなる。



アメリカ・アリゾナ州の奇岩が地平線の向こう側まで続く光景。こういった大自然のスケール感を目の当たりにすると、人間は絶景と感じやすい。
ブラジル・マラニャン州にある広大な大砂丘を収めた絶景。圧倒的な規則性と連続性がある。幾何学的な模様や同じ模様が延々と続くもの、密集しているものなども魅力的に映る。
ボリビアのウユニ塩湖は、風が止まると水面が鏡のようにリフレクションし、空と湖が同じように映る。自然界に見るシンメトリーな光景は非現実的な印象を与える。
世界有数の星空スポットとして人気のニュージーランドのテカポ。湖のほとりに建つ石の教会と南半球の天の川の組み合わせは定番の絶景シーン。
ハワイ島にある標高4205mのマウナケア山頂から撮影したペルセウス座流星群。偶発的に発生する流星群の出現に合わせ、オレンジ色の月が白亜の天文台群を照らし出す一瞬を狙った。
サラブレッドが草を喰む前景に、木の隙間から沈む太陽といったふたつの要素が重なることで、単体では普通に見える光景が絶景に変わる瞬間も多々ある。








「絵葉書トレース」の善し悪し

「いつ、どこから見るか」によってまったく違う絶景が見えてくる瞬間がある

ここで問題になってくるのは、絵葉書のトレースの善し悪しです。絶景というのは、たいてい誰かによってなぞられているもので、現地に行けば素晴らしい絵葉書として売られています。では、僕らが番組で撮影しに行くときに、その絵葉書と同じ場所から同じように撮ればいいかというと、それはおそらく求められていません。

僕らが絶景を探すときには、見たことのない絶景が生まれる瞬間や新たな視点を重要視して番組に組み入れることを常に考えています。つまり、いかに違った視点でその現場を切り取るかというスキルが、絶景を撮るカメラマンや映像制作者に求められているのだと感じますね。

例えば、ハワイ島の絶景として知られる火山のクレーターの画像で比較してみましょう。右の画像は定番の展望台からの眺め。たしかに景色としては雄大で迫力がありますが、それをさらなる絶景に変えなければならないわけです。

そのためにはカメラの設置場所、適切なレンズの焦点距離、自然条件のタイミングを計算する能力など、さまざまな要素が重要になります。

下の画像はそれらを踏まえて撮影したものになります。まず、昼間では火山が赤く見えるシーンを収めるは難しいため、撮影するのは夜がいいだろうと考えました。また、火山の噴煙と天の川が一直線に並ぶ条件を調べた上で撮影をしています。そのためには、「どこにカメラを構えれば天の川が正面に来るか」「天の川はどういう動きをするのか」を理解していなければその瞬間を撮影することはできません。

さらに、夜の撮影では火口の中が真っ暗に映ってしまうため、蒸気が湧いている場所を探しました。水蒸気に赤い炎の光が反射することで、雲海のようにドラマチックに見えていますよね。そして、手前に木のシルエットを入れることでワイルド感を演出しています。

このように「いつ、どこから見るか」というタイミングや視点によって、すでに知っている有名な風景もまったく違った絶景に見えてくる瞬間があります。




竹本さんが撮影した動画

『火山の夜』タイムラプス






まずは前提知識をもとにストーリーを考案する

以前、あるテレビ番組のプロデューサーから「見たことがない氷河の絶景を撮れないか?」と相談されたことがあります。

事前知識として、南半球では5月頃の真夜中に天の川の中心部が頭の上まで昇ってくるということを今までの経験から知っていたのと、ニュージーランドにアクセスしやすいタスマン氷河があるという情報を持っていたため、「天の川と夜の氷河を組み合わせた絶景はどうですか?」と提案したんです。すると、プロデューサーが興味を持ってくれたので、「闇の絶景」をテーマに番組を制作することになりました。

本項では、その際の事例をもとに、どのように絶景シーンを組み立てていくのか、どんな準備が必要なのか、現場ではどう動けばいいのかなどを解説します。

【事前知識】

・ 南半球は5月頃、天の川の中心部が頭の真上まで昇ってくる

・ ニュージーランドにはアクセスしやすいタスマン氷河がある





竹本さんの想定したストーリー展開


「自身の経験を踏まえ、映像の展開をその場で考えて提案しました。このように、ストーリー展開を具体的に説明できるとどんな映像になるのかを想像しやすくなります」と竹本さん。



条件を整理する

絶景の条件を満たすためのリサーチとシミュレーションが重要

「夜の氷河と天の川」を撮影するためにはいくつかの条件が揃わなければ想定したストーリーにはなりません。そのためには、まず氷河をどのような場所で、どのような環境で撮影しなければならないのかをリサーチする必要があります。さらに、星空を撮影する時間や方角をシミュレーションし、あらかじめ把握しておかなければいけないし、月齢や月の出てくる時間も考慮しなければいけません。というのも、満月だと月の光が明るすぎて星空と一緒には見えないため、細い月が天の川を追うように昇ってくる時間をシミュレーションする必要があります。

こうした複数の条件をもとに、必要な機材を選び、「露出はどうするべきか」「氷の上で機材を安定して設置するにはどうしたらいいか」などの方法を考えていきます。絶景の撮影には、こういった綿密な計画と準備が欠かせず、それぞれの条件を満たすためのリサーチとシミュレーションが重要です。また、実際の撮影現場では予測できない要素も出てくるため、柔軟な対応力も求められます。