インタビュー●根本飛鳥/構成・文●編集部 伊藤

 

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 10月4日全国公開

TOHO シネマズ 日比谷ほか10月4日より全国公開
戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)と彼女に憧れる若手カメラマンのジェシー(ケイリー・スピーニー)らは、ワシントンD.C. に向かう。

グレン・フリーマントル

ⓒJeff Vespa

サウンドデザイン/音響編集スーパーバイザー

サウンドデザイナー、サウンドエディター。 1959 年、イギリス 生まれ。1981 年のデ ビュー以降、100 作品以上の作品に携わってきた。2008 年『スラムドッグ$ミリオネア』で第81 回アカデミー賞音響編集賞にノミネート。その後、2013 年に公開された『ゼロ・グラビティ』で第86 回アカデミー賞音響編集賞を初受賞した。

 

インタビュアー:根本飛鳥

録音技師

1989年生まれ、埼玉県出身。多摩美術大学在学中から活動を始め、インディーズから商業大作まで幅広く参加。近年の主な参加作品は『哀愁しんでれら』(2021年/監督:渡部亮平)、『余命10年』(2022年/監督:藤井道人)、『最後まで行く』(2023年/監督:藤井道人)、『ちひろさん』(2023年/監督:今泉力哉)、『アンダーカレント』(2023年/監督:今泉力哉)、『パレード』(2024年/監督:藤井道人)、『青春18×2 君へと続く道』(2024年/監督:藤井道人)など。Netflixオリジナルシリーズ『さよならのつづき』が11月14日より配信。

 

現場で生まれる瞬間のエネルギーを捉えるために同録を重視

⸺最初に『シビル・ウォー アメリカ最後の日(以下、シビル・ウォー)』の全体の撮影日数とサウンドポストプロダクションにかかった期間を教えてください。

撮影は8 ~9週間かかりました。編集のポスプロは20 週間ほどです。

今回は監督の強い要望にもとづいて、ADR(現場での撮影後に映像に合わせて後からセリフを収録すること)をほとんど行なっていないんです。現場でセリフを撮ることを意識していて、そこはこの作品の特徴でもあると思います。

⸺8月に実施されたジャパンプレミアで、監督のアレックス・ガーランドさんが現場で俳優部のリアクションをナチュラルに撮るために、通常よりも火薬の量を増やした空砲などを使用しながら戦闘シーンなどの撮影をしたとお話ししていました。
通常はサウンドのポストプロダクションの段階で現場の銃器の音声はすべてサウンドエフェクトに貼りかえていくと思いますが、どのように対応していたのでしょうか?

普段、現場で録音している人間の感覚としては、あれほど大きな空砲の音がセリフとかぶると基本的にはそのまま使えなくなってしまうと思うので気になります。

爆発音は基本的に編集の際、サウンドエフェクトを後から差し替えています。火薬を増やしたのは実は視覚的な効果のためであり、実際の銃撃音や爆発音は撮影時に使用したものよりもっと大きいので、編集の段階で入れています。会話と重なる部分の音声については、会話がはっきり聞 こえるのであれば現場での音をできるだけそのまま残しています。爆発音によって会話があまりにも消えてしまう場合は、セリフだけ拾って音は入れ替えました。クローズアップのショットのときは比較的会話の音声を拾えていたので、セリフはほとんど差し替えていません。

⸺あれだけ爆発音や銃撃戦があるのにもかかわらず、ほとんどのセリフを同録できているというのは驚くべきことですね。日本は同録文化ですので、なるべくADRをしないようにしたいという監督が多いです。僕自身も現場で録れるセリフを守ることに日々注力しているので、すごくリスペクトできます。

現場で起こる“瞬間のエネルギー” を捉えることがベストな方法ですよね。

 

徹底したリアリティーの追及によって作品にもたらされた緊迫感

⸺『シビル・ウォー』は近年の劇場作品のなかでも突出して音響のダイナミックレンジがものすごく広い作品だと感じました。音声をミックスする上でのコツや、グレンさんが意識されたことはありますか?

コツということはあまりないかもしれませんが、緊迫した状況やダイナミックさを再現するために、元ネイビーシールズ(アメリカの海軍特殊部隊)の人から戦場で何を体験してきたかや、どういう音を聞いてきたかといった体験談を聞いてリアルさを追求していきました。いわゆる “映画的な音” ではなく、実際に彼らが体感してきた音をスクリーンで表すことが監督のこだわりでもあったので、よくふたりで話し合ってやってきました。

具体的には、金属が回りにあったり、コンクリートに囲まれていたり、密閉された空間であったり…などと、銃撃がどのような環境の中で行われているか。さらにそういった状況下で、音がただ通り抜けていくだけでなくどのように反響して戻ってくるか。そういった小さなこだわりを積み重ねていったことで、あれだけのダイナミックさを出せたのだと思います。

⸺最初の銃撃戦に入るシーンをプレミアで見たときは、びっくりして椅子から転げ落ちそうになるぐらい衝撃を受けました。

戦争の恐ろしさやショックを観客の人に体感してもらうために、静かな夜のシーンから銃撃戦のシーンにスイッチするのは意図的に取り入れています。

⸺ものすごく“意地悪なミックス” をしているなと思いました。

(笑)

⸺本作は、通常の劇場とIMAX、Dolby Cinemaの3つの環境で上映されますが、ミックスの上での違いはありますか?

それぞれ環境は違いますが、元となるミックスは同じです。まずは、Dolby Atmosのミックスから制作を始めました。

それ以外のフォーマットも基本的には同じですが、上映環境のシステムが異なるため、表現の差異が生まれないようにダウンミックスすることが重要です。今回はIMAXでできるミックスの限界まで突き詰めました。

⸺Dolby Atmosがオリジナルミックスですと、劇場で見る際は、ぜひDolby Cinemaで見てほしいですね。

 

観客に強い印象を残す音楽の使い方

⸺監督のアレックス・ガーランド監督との共同作業の中で、一番クリエイティブを感じた言葉や瞬間はどんなときでしたか?

音楽の使い方ですね。この作品では、途中で楽曲を取り入れているシーンもところどころありますが、銃撃戦などの重要なシーンでは音楽を使っていません。銃撃戦の音と音楽がかち合わないようにシーンごとに使い分けているっていうところが彼の最もクリエイティブで、大胆な手法だったのかなというふうに感じています。

⸺この作品は、見ている映像に対して逆のイメージの音楽をつける対位法的な音楽の使い方が非常に印象的でした。終盤でものすごくポップなテクノミュージックが流れたシーンも戦争のアイロニカルさを際立たせる素晴らしい演出で、すごく印象に残りました。

それはもちろん偶発的なものではなく、意図的にしたことです。音楽を映画に合わせたというよりも、「現実の世界に生きる我々の人生もそうだよな」という感覚、つまり「人生とはどういうものなのか」ということを表したかったのです。他の映画とはまったく違う非常に巧妙な手法だなと感じていて、そのおかげで普通とは違う本当に面白い映画になりました。

 

日本と海外の制作環境の違い

――ここからはグレンさんのお仕事全体について質問をさせてください。日本では海外と違ってサウンドデザイナーという職業があまり確立されていません。それは現場で録音した録音技師がそのままサウンドの仕上げまでを一貫して行うという文化がまだ根強く残っているからです。最近は、リレコーディングミキサーというポジションを立て、現場で音声を収録する録音技師の仕事と音声の仕上げ作業を分けるやり方も少しずつ増えてきてはいますが、「サウンドデザイン」という観点で作品が始まる前からポストプロダクションの終わりまで一貫してサウンドディレクションを引っ張っていく人間がいないのが現状です。

一方、海外では現場での録音から仕上げまで音響面で関わるポジションがそれぞれ細かく立てられていますが、監督の音響面での演出意図を現場から仕上げに引き継いでいくことについてグレンさんはどのようにお考えですか。

こちらは各ポジションが分業化されていて、それぞれ役割がまったく違う仕事だと認識しています。

海外の場合は、録音技師は現場でセリフを中心に収録し、その素材に対してダイアログエディターがポスプロでバックグラウンドの音をきれいに整音してリレコーディングミキサーがミックスしていく、という方法で進行していくので、行なっている作業工程が根本的に違うんです。あまり認識されていませんが、こちらでは現場で音声素材を録音した後、ダイアログエディターがかなり長い時間を使って丁寧にセリフのノイズを抜き環境音を整えています。その後リレコーディングというパートで画に合うようにバランスを調整するという流れができているんです。

各工程では異なる専門的なスキルが求められており、私としては各セクションが分業化されていることが大切だと感じています。そのため現場での要望や監督の意図を次の工程の人に伝えていくというよりも、最初からみんなで認識を共有することのほうが重要ではないかと感じています。

――日本の制作現場では、撮影が終わった後に画をつなぐオフライン編集の段階で、監督とエディターによって音響も含めた演出の流れがある程度決まった状態で仕上げ部に映像が展開され、それにそって色付けしていくことが多く、音響に関わる段階でクリエイティブなアイデアが生まれづらいと感じています。

僕個人の考えとしては、オフライン編集の段階でサウンドデザインをする人間も監督と一緒に立ち合って、積極的に音響面での演出にアプローチしたほうがよいのではと思っています。

そちらではどういった流れやアプローチは一般的なのでしょうか?

海外でももちろん編集の段階である程度音や音楽は決まっていますが、そこからサウンドデザイナーに渡ることで何段階ものブラッシュアップが行われています。プレビューのたびにより良いもの、クリエイティブなサウンドを目指していくという手法がとられているので完成度が高くなっていくんです。ただしテレビだったらそこまで時間をかけられないと思うので、時間やお金をかけて追求することができるのは映画だからこそだと思います。

現在、別の映画作品に関わっていて些細な音を完璧に捉えるため相当な労力や予算をかけて日々作業を進めています。限界はあると思いますが、それが理想的な方法ではあるのです。ですので、根本さんのおっしゃっていることは理にかなっていると思います。

 

クリエイターとして大切にしていること

⸺クリエイターとして一番聞いてみたかったことを最後に質問させてください。これまで数多くの作品に携わられているグレンさんが、作品に対して常にクリエイティブな姿勢や熱意を持って関わっていく上で一番大切にしていることはどんなことですか?

サウンドデザイナーとして最後の最後まで作品に関わる中で、完成した作品を一歩引いて客観的に見て「どうやってこんなことを成し得たんだろう」と自分を誇りに思ったり、自分を褒めてあげたりすることや、作品を作り上げた自分への驚きを持つこと、そういう気持ちで最後に作品を見届けることを大切にしています。

作業に関わっているときは、作品の世界にどっぷりはまってしまってそこまで客観的に自分の仕事や作品のことを見ることができません。その後、DCPを納品して完成した映像を見てWOW!と素直な驚きを感じられる瞬間を大切にして、これまで1 作品ずつ関わってきました。その最後の驚きがなくなったとき、僕はこの仕事を辞めるんだろうなと思います。

⸺今日は本当にありがとうございました。グレンさんの作品をこれからも楽しみにしています。そしていつか僕が録った音をミックスしてもらえるように頑張ります。

 

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

連邦政府から19 もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる “西部勢力” と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられており、ワシントンD.C. の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4 人のジャーナリストは、14 カ月もの間一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていく⸺

監督/脚本:アレックス・ガーランド/プロデューサー:アンドリュー・マクドナルド/撮影監督:ロブ・ハーディ/プロダクションデザイン:キャティ・マクシー/編集:ジェイク・ロバーツ/音楽:ジェフ・バーロウ、ベン・ソーリズブリー/サウンドデザイン:グレン・フリーマントル

キャスト:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―配給:ハピネットファントム・スタジオ

原題:CIVIL WAR|2024 年|アメリカ・イギリス映画|109 分|PG12

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