(2月18日,20日 校正しました)
2月9日~12日にパシフィコ横浜で開催された写真とカメラの総合展示イベント「CP+」の関連イベントとして、2月11・12日の2日間にわたってキヤノン「EOS MOVIE スペシャルセミナー」が横浜・みなとみらいの「ブリリア ショートショート シアター」で開催された。
初日の11日はコマーシャル・フォト編集部の企画協力で、ミュージックビデオやテレビCMに関連したセッションを行った。12日はビデオサロン編集部の企画協力で、映画におけるEOS MOVIEの活用事例を紹介するセッションを開催。その2本目は、4月2日より劇場公開される大森一樹監督作品『津軽百年食堂』の制作話。この作品は全編をEOS 7Dで撮影している。出演は大森監督と、撮影の松本ヨシユキ氏。
『津軽百年食堂』公式サイト http://www.tsugaru100-movie.com/


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EOS 7Dで撮影して最終形はフィルム
EOS MOVIEで映画を撮るという話自体は、もうそれほど珍しくない。しかし、全編をEOS MOVIEで撮影して、それをさらにフィルムで劇場上映するという事例はまだ少ない。劇場映画デビュー30年、自主映画時代を含めると活動歴は40年にもなる大森一樹監督がそれに挑んだ。
21世紀に入って、映画もデジタルで撮る時代になった。そんな中、大森監督は一部の作品を除きずっとフィルムで撮り続けてきた。ただ、近年は「フィルムで撮りたい」と言うと仕事が来なくなる、あるいは立ち消えになることも多いという。コストの問題もあるが、最近はフィルムの経験のないプロデューサーが増えてきたことも一因のようだ。そんな大森監督も、何が何でもフィルムにこだわっているわけではなく、もう一つの最新作『世界のどこにでもある、場所』はデジタルで撮影している。EOS MOVIEも当然デジタルであるが、全国の映画館で上映するため最終的にキネコでフィルムに起こす形をとった。
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左が大森一樹監督。右は撮影の松本ヨシユキ氏
大森監督はEOS MOVIEは今回が初めて。「カメラテストの時に見てちょっとびっくりしましたね。(あまりの小ささに)違和感があった」と第一印象を語った。実は大森監督は1975年の自主制作映画『暗くなるまで待てない!』をキヤノンのスクーピックというカメラを使って撮っている。それ以来、実に35年ぶりにキヤノンのカメラで映画を撮ったことになる。「そもそも、ARRIにしてもパナビジョンにしてもそうだけど、シネマ用カメラはみんな外国製で、ずっと国産のカメラはなかった」
撮影の松本ヨシユキ氏もWEBの仕事での経験はあるが、映画を撮るのは初めて。「プロデューサーからEOS 7Dの話をされました。自分自身、どこかで使おうとは思っていたので、HDで問題なく成立すれば大丈夫だと思いました」
カメラテストは2回行った。1回目はどれくらいの性能があるのかをチェック、2回目は役者を呼んで人物を入れての色味のテスト。「グレーチャート、カラーチャートを使ったテストはいい感じで、最初のテストでいけると確信しました。人物テストもいい感じでした」(松本氏)
EOS 7DはAPS-Cサイズのセンサーを使用しており、これはシネマの35mmフィルムとほぼ同じサイズ。つまり、ムービーから入っている人にとっては、レンズ選択は従来と同じ感覚で行うことができる。また7Dは24pで撮影できる。こういった点で松本氏も7Dがいいと考えていたそうだ。(5D MarkIIはこの時点では24pに対応していなかった)
omori01.jpgおおもり・かずき
映画監督
学生時代より自主映画制作を開始。1978年『オレンジロード急行』で商業映画デビュー。大阪芸術大学芸術学部映像学科・同大学院教授。
主な監督作品 : 『ヒポクラテスたち』(1980) 『風の歌を聴け』(1981) 『恋する女たち』(1986) 『トットチャンネル』(1987) 『ゴジラvsビオランテ』(1989) 『わが心の銀河鉄道〜宮沢賢治物語』(1996) 『T.R.Y.』(2003)

フィルム撮影の感覚に戻れるカメラだ
今回の撮影は基本的に1カメ体制。2台用意したが、1台は主にアングルチェック用に使用。コストのことを考えれば1カメだ、と大森監督。「最近は複数のカメラで同時に撮ることが増えているけど、複数台使うと撮影班がそれだけ増えることになる」という。
メインカメラはリグを組みマットボックスを装着。Blackmagicdesign社のHDMI→HD-SDIコンバーターを介して2台のモニターに出力、1台はオペレート用の5インチ、もう1台は監督用の9インチで、カメラの近くに置かれた。「最近はアシスタントが邪魔がって、モニターを遠くへ置こうとする。モニターを離されるとスタッフはみんなそっちへ行ってしまうし、監督が役者に背を向ける形になってよくないですよ。監督がカメラのすぐ横にいて、カメラ周りにスタッフが集まっているのが本来の映画のスタイルで、このカメラはその感覚に戻れる。ちょっと乗り出せばカメラマンのモニターも覗けるしね」(大森氏)
手持ちのときはRedrockMicroのショルダーシステムを使い、肩のせにして撮影。「これは重量も出てきて安定するし(軽すぎると不安定になる)、操作もしやすくてよかった」(松本氏)
フィルム時代はメインのカメラマンのほかに3人のアシスタントがついた。チーフは露出を担当、セカンドはピントを合わせる係でフォーカスマンとも呼ばれる。そしてサードはロールチェンジ(フィルム交換)。今回は、2人のアシスタント、セカンド助手(ピントマン)とサード助手(カメラを運んだりセッテイング、CFカードの交換や、機材の管理)、フイルム撮影時の露出計測を担当するチーフ助手やビデオ撮影時のVEの役割は、松本さんが担当することで、1人削減した。
使用するレンズは基線をフィート単位で打ち直してあり、素早いピント合わせが必要なときのためのマーキングもつけた。「5D MarkⅡや7Dはフィルムの感覚で露出ができます。われわれがこれまで培ってきた絞りの感覚と一致するようになったのがいい」と松本氏。大森監督も「ビデオの時代になってから、画質はVEがコントロールしている感覚があったけど、それがもう一度撮影チームに戻っている気がします」
matsumoto01.jpgまつもと・よしゆき
シネマフォトグラファー/撮影監督、神戸芸術工科大学非常勤講師
主な仕事 : 『タナカヒロシのすべて』(監督:田中誠/2005) 『亡国のイージス』(監督:阪本順治/2005 Bカメとして) 『ジーナ・K』(監督:藤江儀全/2005) 『闇の子供たち』(監督:阪本順治/2008 Bカメとして) 『喧嘩高校軍団/特攻!國士義塾VS.朝高』(監督:金丸雄一/2009)

単焦点レンズを5本使えば映画になる!?
使用したレンズは単焦点が95%。ズームレンズは5%程度。「なるべく単玉でいきたい方なので、レンズ交換は多くなるが、移動は必須」(松本氏)ということで、ドリーなどを使った移動撮影が多くなった。単焦点レンズは28mm、35mm、50mm、85mm、135mmの5本を用意(100mmマクロは接写のみに使用)。
大森監督によれば、古今東西の著名な監督も全てこの5種類のレンズで撮っているという。「試しにこの5本のレンズだけで撮ってみると、“映画っぽく”なっていますよ(笑)。EOSシリーズでこの5つのレンズが全て揃う。これは重要なことですね。ぜひビデオサロンの企画でやってくださいよ」(大森氏)
画角はアングルファインダーでチェックするのだが、それでも微妙なところはわからない。その点、EOSは実機でテストできるので、28mmか35mmかズームが必要かといった迷いどころの判断が的確にできる。また先述の通り、7Dのセンサーサイズはシネマ35mmとほぼ一致するので、レンズのミリ数と画角の感覚が同じになる。この点も重要なポイントだ。
ちなみに28mmというと、広角レンズとしては実はそれほど広くない。しかもAPS-Cは35mm換算すると1.6倍になるので、実質45mmということになる。それでも「芝居をタテ(前後方向)につけてもらえれば充分にいける」(松本氏)。レンズと演出とは密接に関係しているのだ。
映画の現場でフィルムで育ってきた大森監督とっては、そこで培われたノウハウや感覚がHDCAMなどのハイビジョンVTRの登場によって崩れてきたという思いがあった。それがEOS MOVIEによって、スタッフワークを含めて昔の形に戻っているという。つまり、その頃のノウハウを活かした形での新しい制作スタイルが構築されようとしている。「アナログからデジタル、フィルムからビデオに移行せざるを得なくなっているときにEOSが出てきた。フィルム制作からEOS MOVIEというのは、すごく移行しやすいと思います」
今後はデータ管理が重要なポジションになる
撮影は弘前で3週間ほどロケ。このほかに八戸でもロケを行なっている。撮影データの保存には16GBのCFカードを8枚用意。実際には1日あたり2枚で足りたそうだ。収録したデータは現地でバックアップを行うのだが、今回は編集のスタッフが参加して作業を行なっている。
まず、H.264のまま2つコピーする。さらに、それをProRes 422に変換(編集はFinal Cut Pro)したデータを2箇所にバックアップ。この作業に一晩かかるという。ロケ隊が撮影に出ている間に編集スタッフが変換とバックアップ作業を進め、その日の夕方に前日撮ったものの確認ができるというわけだ。この方法で全くトラブルはなかった。「RED ONEなんかだと、結構こういった部分が心配なんですよ。そこはさすがに国産のカメラは信頼できますね」(松本氏)
地方の長期ロケでフィルム撮影する場合は、現像所が東京にしかないため、プロデューサーが数日分のデータをまとめて持ち帰り、上がってきたラッシュを地元の上映劇場を借りて映写する形で行なっていた。そういう手間を省くことができる。
ただ、デジタルデータは一瞬でとんでしまう危険もあるため
データの輸送には安全を期し、HDDを3つに分けて輸送経路も変えているという。
「今回はデータ管理を編集のスタッフがやったけど、本来の仕事とは全然違うし、別にギャラを払ってあげるべきですよね。ハリウッドではすでに、データ管理は重要なポジションになっていて、エンドロールにもクレジットされている。日本もいずれそうなっていくでしょう」(大森氏)
データのフィルム化はキネコといって、2時間の映画をリアルタイムで変換していく方法をとった。もう一つ、「レコーディング」といって1コマあたり数秒かけてフィルムに記録していく方法もあるが、これだと1本2000万円ほどかかる。キネコはその1/4程度で済むという。「EOS7Dは黒から白まで、階調が気に入った感じで出てくれます。フィルムになったときに7Dで撮った映像がどうなったか、ぜひ劇場で確認してください」と松本氏。
なお、この映画のスピンオフ映像も制作され、「映画『津軽百年食堂』の故郷〜弘前」として映画公式サイト「プロダクションノート」で公開されている。 http://www.tsugaru100-movie.com/note/index.html
映画にも出てくる弘前城の桜まつりは見所の一つ。大森監督によれば、弘前城を撮るのに絶好のポイントがあって、シーズンともなるとそこにはスチルカメラの人たちがずらりと並ぶそうだ。当然、桜まつりのシーンを撮るべく大森組もそこでロケを行なっている。「スチルの人たちの5D や7Dが並ぶ中で、同じカメラで映画を撮っているというのはおかしかったですね」
レポート=編集部・本吉