テスター:SHINYA SATO
TAMRON 90mm F/2.8 Di III MACRO VXDの概要
タムロンの90mm マクロレンズといえば「タムキュー」として1979年の発売より実に45年にわたり基本的な設計思想を変えずに時代への要求に応え続けてきた伝統のシリーズである。別名を「ポートレート・マクロ」とも呼ばれるように、人物撮影において中望遠でクローズアップを狙いたい時にもっと寄れるレンズが欲しいという写真家たちの要望に対し、当時は硬い描写とボケで文献複写などの特殊な用途向けであったマクロレンズをタムロンの技術で柔らかな描写のレンズで構成することで解決し、接写が可能でありながらシャープな描写と美しいボケを備えた汎用性の高いレンズとして誕生したのが始まりである。
その後もAF対応や撮影倍率1:1の等倍化などの改良を重ね、光学構成を変えながらもその描写特性と小型軽量であることを守りながらついに今年ミラーレスにネイティブ対応した最新のタムキューが登場したのである。
筆者はこれまでタムキューを体験したことがなかったが、このレンズの興味深いストーリーに惹かれながら今回はEマウント用をお借りしてα7シリーズとVLOGCAMで写真と動画でポートレート・マクロを試してみることとした。
なおタムキューの思想と歴史についてはメーカーサイトのこちらのページに詳しく掲載されているので、ぜひご一読いただくとこのレンズの特徴がさらに理解できると思う。
https://www.tamron.com/jp/consumer/sp/tamron90mm/
外観・機能
新タムキューのサイズと質量は、最大径79.2mm・長さ126.5mm・質量630g(Eマウント)となっている。最初の印象としては近年の小型化が進んでいる純正レンズやタムロンの既存のF2.8シリーズと比べると単焦点レンズとしてはやや大きく重くも感じるが、中望遠のマクロレンズとしてはコンパクトにまとまっている。長めの胴筒の先端に設けられたフォーカスリングは幅も広く動きも非常に滑らかで繊細なピント合わせがしやすく、カメラに付けたときの重量バランスも良好なので被写体に向けて構えた時にしっくりと手に馴染む感じがとても良い。
外装は高品質なエンジニアリングプラスティック製でタムロンらしいすっきりしたデザインだ。操作系はフォーカスリングとフォーカスセットボタン、AF時の合焦範囲を全域/0.7m~∞/0.7m以内に制限できるフォーカスリミッタースイッチのみとこちらもシンプル。一眼レフ用の前作に搭載されていた距離計の窓や手ぶれ補正が省略されているのはミラーレス時代のレンズらしくもあるが、接写時にマニュアルフォーカスを多用するマクロレンズとしてはAF/MF切替スイッチがないのがやや残念な点ではある。とはいえボディ側のファンクションボタンやフォーカスセットボタンに切替をアサインすることもできるので好みのカスタマイズで運用してほしい。
フィルターサイズは多くのタムロンのミラーレス用レンズと同じ67mmに揃えられており、Eマウントユーザとしては純正も含めてミドルクラスのズームや単焦点レンズに多く採用されているフィルター径のため手持ちのフィルター類が活かしやすいのも嬉しいポイントだ。付属するレンズフードは深めの円筒形でしっかりとした効果が期待できるものだが、スライド式の窓がついているのが特長で、PLや可変NDなどの回転式フィルターの使用時にもフードを装着したまま調整を可能とし使い勝手を向上させている。
またレンズ後端に備えられたUSB-C端子を経由してPCと接続し、専用ソフトウェアのTAMRON Lens Utilityを利用してレンズのファームウェア更新やボタン機能のカスタマイズ、フォーカスリングの回転方向/回転角度等を細かく変更できるようになっている。特にリングの回転角度を好みの範囲に設定することでMF時のピント微調整をストレスなく行えるようになるので、マクロレンズとして利用価値の高い機能だと感じた。
光学性能
レンズ構成は12群15枚で、4枚の特殊硝材LDレンズによる収差の補正とゴースト/フレアを抑制するBBAR-G2コーティングといった技術によりクリアな解像感と美しいボケ味を追求したレンズとされている。
室内のテスト結果では、解像力については開放から中央/周辺部ともに非常に優れており、絞ってもそれほど大きな改善は見られず画面全体で良好な画質を維持できるため、マクロとしても中望遠としても好みの被写界深度の絞り位置で安心して使うことができる。
歪曲は最周辺部で若干の樽型が確認されるが全体的に良好な均一性を保っている。周辺光量落ちについてはRAWでF2.8~F4.0ではやや大きな光量落ちが見られるも、F5.6~F8.0でほぼ解消される。
スチル撮影での作例
マクロレンズと中望遠単焦点のふたつの顔を併せ持つ歴代タムキューの最新版ということで、どんな描写を見せてくれるか楽しみにまずは写真での描画を確認してみた。
■マクロ
最大撮影倍率1:1のマクロレンズでの接写撮影は何気ない被写体に対しても新鮮な驚きをもたらしてくれる。非常にシャープなピント面の描写と、それを包み込むような美しく柔らかなボケが共存する独特の小さな世界に引き込まれながらこのレンズの醍醐味を存分に感じることができる。
タムロンのレンズで初採用となる12枚の円形絞りによって接写撮影時の玉ボケは非常に綺麗で、画面の中央から多くの部分で真円に近いボケが得られ年輪ボケもほぼ見られない。ボケにこだわるタムキューらしさが最も楽しめる部分となっている。
■中望遠
中望遠の単焦点レンズとしても試してみたところ、コントラストも高く中央から周辺まで繊細な描写で、ピント位置から前後になだらかにつながるボケ感も心地よい。全体に素直な画作りのため、散歩中に目についた風景をサッと切り取るスナップレンズとしても活躍してくれそうだ。また今回はマクロ作例も含めレンズフードやフィルターを使わずに撮影を行なったが、優秀なレンズコーティングの効果で画面に直接強い光源を入れない限り逆光やフレアは見られず、コントラストの強い部分の色収差もよく抑えられていたことも印象的であった。
ポートレート動画での使用感
スチル撮影でこのレンズの特性を掴んだところで、筆者が普段メインで作品撮りをしているポートレートムービーでもどのような結果が得られるか期待しつつ撮影に持ち込んだ。
今回は天候の関係で古い校舎内とカフェというやや難しいシチュエーションでの撮影となったが、ボディにはα7SⅢとZV-E1を選択し照明もほぼ使用せず三脚・スライダー・手持ちで撮影している。(4K 60pのS-Log3で撮影、DaVinci Resolveで編集/カラーグレーディング)
学校での最初のシーンを撮り始めてまず気がついたのは被写体を印象的に描写するシャープさと背景の自然なボケ具合だった。光量的に厳しい場所であったこともあり今回はすべてのカットをF2.8の開放で撮影しているが、ピント面との境界部分も綺麗で嫌味がなく自然で柔らかい背景のボケ感と調和しておりシネマティックな雰囲気を与えてくれる。
今回はレンズの素の描写を見るためにND以外のフィルターを使用していなかったが、カフェのシーンでは背景の光源がふんわりと自然に拡散しており、被写体のシャープさを失わずに軽めのミストフィルターをかけたような効果が得られたのは嬉しい驚きだった。
普段は広角レンズを多く使用している筆者にとって90mm単焦点のみでの撮影は新鮮で、最も見せたい部分のみを切り取っていく面白さに加え、マクロレンズとして最短撮影距離を気にせず被写体にクローズアップすることもできる。その際90mmの焦点距離は威圧感を与えすぎずに適度な距離をモデルとの間に保つことができるメリットもあり、ポートレートマクロとしてこのレンズならではのカットが撮影できたと感じる場面が多かった。
またカフェでは時間も限られていたため全てZV-E1のC-AFでの手持ち撮影となったが、AFの動作は非常に速く正確で駆動音もほぼ無音(ZV-E1の内蔵マイク収録では確認できないレベル)、ブリージングに関しても非常によく抑えられており最新レンズらしく動画用にも配慮された製品となっている。
他レンズとの比較
最後に手元にあるレンズの中から焦点距離が近いソニー 85mm F1.8、70-200mm F2.8 GMⅡとの簡単な描写比較を行なってみた。
この2本との比較においてはいずれのレンズもピント面はシャープに描写されているが、85mm F1.8は全体的にコントラストと色乗りが浅めであっさりした印象、70-200mm F2.8 GM Ⅱの解像感とボケの柔らかさはさすがといったところである。一方90mm F2.8 MACROについてはこの距離感での背景のボケはやや硬めではあるがコントラストと発色はしっかりと出ており、価格帯を考慮すると中望遠の単焦点としてもしっかりとした性能を備えたレンズであることが分かった。
スチル比較(α7ⅣでRAW撮影後 Lightroomで同じ設定で現像)
ムービー比較を切り出し(ZV-E1でS-Log3で収録後 DaVince Resolveのカラースペース変換でRec.709に変更)
まとめ
8年ぶりに登場した新世代の「タムキュー」は、タムロンらしいシンプルなデザインの中に伝統の柔らかいボケとシャープな描写を確実に受け継ぎ、さらに最新レンズとしての解像力や高いレンズ性能、静かで高速なAF、レンズブリージング抑制などのトレンドもしっかりと備えている。
今回実際に様々なシーンで試してみたことで、歴代のタムキューがネイチャーやテーブルフォトなどだけでなくポートレートフォトグラファーにも長年愛用されてきた理由がよく分かる体験となった。しっかりとした描写性能を持ちながら価格もリーズナブルで、スチルでもムービーでも使いやすいマクロ&中望遠の一本として気軽に持ち出して頂ければ必ず活躍の機会は多くなると思う。(終)
【制作協力】
モデル(動画作例): MU https://www.instagram.com/mu.m.and.u
ロケ地:足柄森林公園 丸太の森 / nico cafe
機材協力:株式会社タムロン