中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。主な作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2024年10月25日よりアマゾンPrime Videoで『龍が如く〜Beyond the Game〜』が全世界同時配信!



第118回 戦場のメリークリスマス

イラスト●死後くん

____________________________

製作年 :1983年
製作国:日本
上映時間 :123分
アスペクト比 :ビスタ
監督:大島 渚  
脚本:大島 渚 / ポール・マイヤーズバーグ
製作:ジェレミー・トーマス
撮影 :成島東一郎
編集 :大島ともよ
音楽 :坂本龍一
出演 :デヴィッド・ボウイ /  トム・コンティ / 坂本龍一 / ビートたけし / ジャック・トンプソン /  ジョニー大倉 / 内田裕也ほか

1942年、第2次世界大戦中のジャワ島レバクセンバタ日本軍捕虜収容所。日本軍のエリート士官ヨノイと連合軍捕虜セリアズ少佐の愛情めいた関係を中心に、戦争という極限状態の中での愛情や友情を描く。坂本龍一が担当した音楽も高い評価を得た。

__________________

1981年の1月1日の深夜「ビートたけしのオールナイトニッポン」のラジオ放送が始まった。僕は、第一回目の放送をベッドの上でラジカセに120分テープを装填して録音ボタンを押した。念願のラジカセを父親にねだって、名古屋、大須観音のディスカウントショップの「コメ兵」で購入した。ラジカセで録音することを“エアチェック”すると僕らは当時呼んでいた。

第一回目の放送は深夜の笑い声を押し殺すのに必死の2時間となった。空前絶後の漫才ブームをビートたけしがトップで抜き出たなと確信した。毎週木曜の深夜欠かさず聞き続けた。翌日、学校の授業は全て睡眠学習となった。

ビートたけしが映画に出演

翌年の1982年、ビートたけしが大島 渚監督の映画に出演することになった。YMOの坂本龍一やデヴィッド・ボウイが出演するという。中学3年の僕は未だデヴィッド・ボウイが何者かよく知らなかった。『クリスチーネ・F』というドイツ映画で、本人役でベルリンのコンサートシーンに登場したのを覚えていた。“ヒーローズ”という曲が劇中で奏でられた瞬間鳥肌が立ったことを覚えている。和装の大島 渚監督はテレビでよく見かけた。『愛のコリーダ』というハードポルノ映画を撮って有名だということぐらいで、どんな映画を撮っているか知らなかった。撮影を終え帰国した、たけしがラロトンガ島というニュージーランドの小島での撮影譚をオールナイトニッポンで面白おかしく虚実交えて披露してくれた。大島監督がトカゲにキュー出しして、タイミングが違うとトカゲに激怒したり、内田裕也や坂本龍一、デヴィッド・ボウイとの逸話が毎週楽しすぎた。

翌年、高校生になった僕は友人達と名古屋駅前の映画館に『戦場のメリークリスマス』を授業を終え、制服のまま向かった。劇場は満員の立ち見で、出入り口の扉にもたれかかって2時間ばかり過ごした。映画のファーストカット、トカゲのアップから始まる。ラジオで散々聞いたトカゲだと胸が高まった。トカゲが壁を昇り去ると、坊主頭の油ぎったビートたけしが登場する。たけしのアップショットに劇場に笑いが起きたのを覚えている。

しかし、数秒後、彼が暴力的な日本軍人であることが示されると、もう劇場で不要な笑いは起こらなかった。薄暗い捕虜収容所の室内から表に出た刹那、坂本龍一の『メリークリスマス・ミスターローレンス』の劇伴メロディが流れた瞬間、僕の血が騒いだ。ジャングルの道を行くハラ軍曹とロレンス中佐にタイトルクレジットが流れる。デヴィッド・ボウイに続くTAKESHIのクレジットが誇らしい。

キャスティングが最大の勝利

朝鮮人軍属がオランダ人捕虜を夜這いしたり、坂本龍一のヨノイ大尉が化粧をしてるように見えたり、デヴィッド・ボウイのジャック・セリアズ少佐にヨノイが好意を持つ描写に高校一年の僕達は驚いた。女性が一切出てこない、ジャワ島の捕虜収容所の白人と日本人の戦時下異常交流。俳優ではないデヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけしというキャスティングが最大の勝利だった。ロレンスを演じる名優トム・コンティの辿々しい日本語がかえって生々しく聞こえる。『オッペンハイマー』でトム・コンティが不機嫌なアインシュタインを演じていたのを観て、その健在ぶりに僕は大いにはしゃいだ。 

大島 渚監督の狙い

大島 渚監督は軍人を演じることに慣れている日本の俳優を避けたかったのか。ジャック・セリアズがハラ軍曹をはじめ見た時に「変な顔だ。でも目が美しい」と呟くが、大島 渚監督の狙いはそこにあったのだろう。ビートたけし、坂本龍一は出来上がった映画を観て自分たちの演技のあまりの下手さに呆れ返ったという。現代の僕達が観ても、何を考えているか分からない、旧帝国陸軍将校のヨノイ大尉、下士官のハラ軍曹の不可思議な存在感は大島監督の狙いが的中した。

デヴィッド・ボウイでなくては成立しない 

17歳で兵隊に志願したハラ軍曹、二・二六事件で処刑された青年将校と決起できなかった生き残りのヨノイ大尉。シンガポール陥落時で恋人と別れたロレンス中佐、障害のある弟を裏切ってしまったセリアズ少佐。ロレンスとハラ、ヨノイとセリアズ。戦争がなければ出逢わなかった者たち同士が奇妙に惹かれ合う物語。しかしながら、戦争がなければ理解し合えたかもしれない日本人とイギリス人。「なぜ日本国民は突如発狂したのか」と嘆くロレンスの言葉が切ない。個人同士は惹かれ合うが、収容所長のヨノイの日本軍人のプライドと俘虜長の英国連邦軍人のプライドが最後まで衝突し合う。軍刀を振り上げるヨノイの暴発をセリアズがハグとキスで制御する場面には胸が熱くなる。デヴィッド・ボウイでなくては成立しない。

この名場面がカメラの故障で画面がブレてしまったのを、大島監督が逆手にとってスローモーション、コマ伸ばしのオプチカル処理で、揺れ動くふたりの衝動を描いた奇跡は語り継がれる伝説だ。

クローズアップがこの映画の全て

セリアズは処刑され、戦後ヨノイもハラも戦犯として裁かれる。「人間で正しい者などいないのだ。貴方も被害者なのだ」と死刑執行前のハラ軍曹を訪ねるロレンス。加害者が被害者となる戦争の罪過を問う。ラストカットのハラ軍曹のクローズアップがこの映画の全てだった。たけしで始まり、たけしで終わる。まさか、たけしに泣かされるとは。映画館に啜り泣きが響いた。たけし、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一。大島 渚監督のこれでもかのクローズアップ。映える彼らが素晴らしい。

その後デヴィッド・ボウイのライブに3度行くことができた。たけしさんとは映画の撮影でご一緒することができた。坂本龍一さんとは一度だけ邂逅したことがある。新宿武蔵野館のオールナイト上映のアルバイト、僕は売店でポップコーンを女性客に売った。特徴ある声に顔を挙げると、矢野顕子さんだった。「貴方も食べるわよね」と映画『恋人たちの予感』のポスターを眺めていた男性が「うん」と振り向いた。坂本龍一さんだった。35年前の刹那を僕は鮮明に憶えている。



VIDEO SALON 2025年2月号より転載