セリフも説明もナレーションもない。ただひたすら代々木公園で過ごす人々の姿を観察し続ける異色のドキュメンタリー映画『YOYOGI』。エストニア出身のマックス・ゴロミドフ監督による初監督作品は、どのようにして生まれたのか。プロデューサーのナカジマ ユウ氏に、この挑戦的な映画の制作秘話を聞いた。
文●おかぽり(ビデオサロン編集部)
ナカジマ ユウ
富山県出身 映像作家。2010年に渡米し、ドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの」の制作に関わるなどニューヨークを拠点に活動する。その後ベルリンに拠点を移し、五輪の機会に東京に拠点を移す。ドキュメンタリーの分野で二度の国際エミー賞ノミネーションを果たし、IDFA、AFI DOCSなど国際的な映画祭にも参加。勇気ある映像制作者たちと繋がっている。Instagram:@yuislay
『YOYOGI』
7月19日(土)シアターイメージフォーラムにて公開
(あらすじ)
1910年、陸軍代々木練兵場で、日本で初めて航空機の有人飛行が成功した。その後、アメリカ軍の軍用地「ワシントンハイツ」や東京オリンピックの選手村としての使用を経て、1967年に都立代々木公園が開園し、市民の憩いの場となった。それ以来この場所は、都市として成長していく東京の変化を見つめ、そこに生きる人々や動物たちを迎え入れ続けている。
2014年より日本に拠点を移したゴロミドフ監督は、公園の観察を通して日本の文化や人々の営みをより深く理解したいとの思いから、カメラを手に代々木公園へ通うようになった。代々木公園の四季の移ろいを背景に、訪れる人々や動物たちが日々繰り広げる、絵画のように美しく、ときに不条理な光景を映し出す。
(DATA)
監督・撮影:マックス・ゴロミドフ
プロデューサー:ヴォリア・チャコウスカヤ、イヴォ・フェルト
共同プロディーサー:ナカジマ ユウ
編集:ドミトリ・カラシニコフ
音楽:香田悠真
サウンド・デザイン:ドミトリ・ナタレヴィッチ
配給・宣伝:工藤憂哉
2022年/エストニア・日本合作/73分
©︎Max Golomidov
観察のために選ばれた場所
——マックスさんとの出会いはどういった経緯だったのでしょうか?
カンヌのマーケットに参加した知り合いから話が来ました。その人がどういう話をされたか、っていうのは分かりませんが、日本の公園を題材にした映画だし日本からサポートが欲しいってことだったんだろうと思います。その後、知り合いを通じてプロデューサーのヴォリアと連絡を取り合い、マックスに会いに行って参加することを決めました。
——そもそも代々木公園が選ばれたんですか?
マックスに聞いたら、撮影しているうちに動力付き飛行機の飛行成功記念碑で遊んでいたり、若者がBMXに乗っているそばにモニュメントやボードがあって気付いたそうです。だからそういう戦争の歴史があるからこの場所で撮ろうとしたわけではなく。観察してた場所にそういう歴史がありましたっていう流れですね。
——この映画の中では公園の朝の顔と夜の顔というコントラストも描かれていますね。
観察するってことは当然昼間だけではなく夜の姿も撮るということで、時間を作って通っていましたね。動く動物も変わてくるし、星もよく見えたといっていましたね。

——本当に色んな人がいるんだなと思いました。
そうですよね。これを見ると東京の街とかいろんなものの縮図が見えてきて面白いですよね。いろんな国籍の方もいるし。

ストイックな撮影手法、音作り
——撮影はマックスさんおひとりで行かれていたんですか?
そうですね。マックスは当時からかなりストイックなルールを自分に課していて、「トラディショナルなドキュメンタリー」の撮り方はしないと。エスタブリッシュがあって、寄りがあって、対象の横顔があって、その動きを手持ちカメラで追うとか、そういうのを全部排除して、自分が作ったフレームを動かすことなく撮るってルールを課していたんです。でもそれだと繋ぐのが難しいから間に俳句を入れる予定だったんだと思います。今回エディターが三回変わっているんですが、データを送っても間のショットがないから編集できないって言われたらしく。やっぱりドキュメンタリーはこうじゃないとって感じで、そういうところのケミストリーがなかなか噛み合わなかったみたいです。

——編集でいうと「四季の移り変わりを背景に」とありますが、ただ四季を追っているわけではないですよね?
そうですね、最終的に編集を手がけたドミトリ・カラシニコフというエディターは、動きの繋ぎが上手いんです。例えば冒頭、ぴょんぴょんって跳ねたカラスの着地から別のカラスの動きに繋げていたり、木の枝が落ちるところとパルクールの前宙の着地が繋がっていたり。だから季節感とか全然関係なくアクションで繋がっているんです。
僕も最初は四季ごとに編集したほうがいいんじゃないかとは言ったんです。日本人的にそういう感覚があったんですけど、編集されていくうちにこの映画に四季は関係ないなってなりました。
——また、音が綺麗で印象的だったので、数名スタッフがはいっているもんだと思っていました。
これは面白い話なんですけど、ほとんど録音され直してるんですよ。音の編集者から全然足りないって言われたらしく、録音して欲しい音の膨大なリストが届いたようです。「この時間帯のこの音」って細かく指示があったので、マックスは何回もフィールドレコーディングをしていました。
例えば「ピンポンパンポーン、代々木公園です」っていう園内アナウンスを撮ってきてほしいと言われて撮ってきたら、マイクがスピーカーに近すぎる、こんな近くでこのアナウンスを聞いてる来訪者はいないだろって、三回くらいやりなおしたみたいです(笑)。それくらい音の変態みたいな人が入っているんですよね。あとは、例えば日本のカラスのほうが大きいから、鳴き方が違ったり、エストニアには蝉がいないので、そういうのはマックスが撮り直してます。ただ、例えば噴水のシーンがあるじゃないですか? この撮影のあとコロナが始まって、オリンピックに向けた工事もあり、この噴水ってなくなってしまったんですよね。だから噴水の音は手に入らなかったから、エストニアの噴水の音なんです。だから何十%かはエストニアの音なんです。他にも最初の方のシーンで、おじさんたちが20人くらい歩いているシーンがあるんですけど、彼らの靴底の質や地面はコンクリートなのか、舗装された土なのかとか研究して音を作ったり。だから音がものすごく印象に残る作品だと思いますね。しれっと飛行機の音が足されているシーンもあるんです。実際には飛んでないし、ましてこの時代にプロペラ機なんてないんですけどね。そういう音が入ったりもします。
映画館でしか味わえない、73分間
——明治神宮や原宿など分かりやすい日本らしさを映してないのはマックスさんの意図ですか?
そうですね。日本を象徴するような分かりやすいものを映そうとは思ってなかったと思います。ただ、日本にある公園を撮ることで、日本を撮れているなと思います。それは彼が自分の課したストイックなルールで切り取ることで、縮図として映っているという。「ここは東京です」っていう画がなくても、東京だって想像させるほうがいいなと。日本の人が観たら東京っぽいって思うと思うし、エストニアの人が観ても東京、日本、アジアの縮図になっているんじゃないかな。

——ナカジマさんが印象に残っているシーンはどこですか?
やっぱり長尺のキスシーンですね(笑)。あれ、仕込みじゃないんで。映画史上でもっとも長いキスシーンかもしれないです。
あと、やっぱりカラスがストーリーやシーンを変えるのに重要になっているんですよね。公園にずっといるのはカラスなんですよ。だからこの映画にもずっと印象的に出ています。

——撮影、編集、音はもちろん、色にもすごくこだわっているのが伝わってきました。マックスさんは本職カラリストですし、DaVinci Resolve StudioとDaVinci Resolve Advanced Panelを使用しているとお聞きしました。
そうですね、もちろん相当こだわっていると思います。マックスはカラーグレーディングの世界でも、自分の色をもっている人で、ミュージックビデオでも広告でもマックスの色を求めて案件が集まってくるんだけど、この映画に関してはちょっと違うんですよね。映画の特性に合わせて、使い分けているんだと思いました。

——ナカジマさんはそんなマックスさんにずっと寄り添っていたと思うんですけど、最終的にこの映画はどうなると思っていましたか?
最初は迷走しているなと思っていました。けど、ドミトリのファーストカットを観たときに、これは面白いぞと。映画祭もいけるし、日本の配給もいけるかもと思ったのものその時ですね。マックスのカメラの技術、フレーミングは間違いなかったし、まだグレーディングもラフにしかされてなくてもかっこいいなと思ったので。

——ただ、やっぱりこういうドキュメンタリーは日本でもまだまだ珍しいですよね。
そうですね。だから多くの映画館で一気にっていうよりは、1館ずつでも1年経ってもまだ流れてるって作品を目指そうと配給・宣伝の工藤くんとは話しています。
イメージフォーラムの山下さんから「こういう映画体験をお客さんに届けるのが重要だ」って言ってもらったんです。NetflixとかAmazonのドキュメンタリーがどんどんインパクト重視になっていて。何かを訴える、何かを暴くみたいな、そういうのが人目を引くのは分かるんですけどね。でもこの作品はなにも起きない(笑)。だから映画祭もめっちゃ楽だったんですよ。セリフがないから。だからどこの国でもかけられるんです。
——なんか起こっているけど何も起こってない、すごいプライベートな感じがしますよね。
マックスはそこが面白いと思っていたらしいです。日本の公園にいる人はとっても「BRAVEだ」って言っていて。日本人はシャイってイメージがあったから余計にそう思ったんだと思いますが、ものすごいプライベートなことを曝けだしていると感じていたみたいですね。73分間、何も起きないし、知らない人の行動を見続けることになります(笑)。でもこの時間の感じ方って映画館でしかできないですよね。
——まさに映画体験ですね。スクリーンで観たら全然違ってくるんでしょうね!
5.1chなのでまずは音が全然違うと思います。それに加えて、間違いないマックスの絵作り。
映画は50%はビジュアルで、50%は音だと思うんですけど、この作品は音が物語を作っている部分も多いと思います。映画館で観ることで、本当に美味しくいただけると思います!
