御木茂則
映画カメラマン。日本映画撮影監督協会理事。神戸芸術工科大学  非常勤講師。撮影:『部屋/THE ROOM』『希望の国』(園子温監督)『火だるま槐多よ』(佐藤寿保監督) 照明:『滝を見にいく』(沖田修一監督)『彼女はひとり』(中川奈月監督) など。本連載を元に11本の映画を図解した「映画のタネとシカケ」は全国書店、ネット書店で好評発売中。



北野 武監督・主演の初めての時代劇『座頭市』(03)は、ある宿場町に3組の旅人が流れつくことから始まります。ひとりは盲目の居合い抜きの達人、座頭市(ビートたけし)、1組は浪人の服部源之助(浅野忠信)と病身の妻のおしの(夏川結衣)、もう1組は親の仇を探す旅芸者のおきぬ(大矢由祐子)とおせい(橘大五郎)、です。ひょんなことでこの3組は知り合い、そして町を牛耳る銀蔵一家との闘いの幕が開きます。

『座頭市』は北野監督作品に通底するテーマ、「暴力と死」をドライな目線で描きながら、ギャグを満載することで娯楽映画として成功しました。また農民が畑を耕す音、雨が岩を叩く音、大工が家を建てる音、人の足音、そして人を斬る音、これらの音が最後に民衆がタップダンスをするシーンへの伏線となる、構成が見事な音楽映画でもあります。

勝新太郎さんと齋藤智恵子さん

子母澤寛氏の随筆を原作にした映画『座頭市』シリーズは、1962年に初映画化された『座頭市物語』(三隅研次)から、1989年までに26作品が製作されました。主演俳優の勝 新太郎さんは製作や監督としても携わり、座頭市は勝さんの代表作でした。

北野監督の『座頭市』で企画者の齋藤智恵子さんは、“浅草の女帝”“伝説のママ”と呼ばれた人です。勝さんが1997年に亡くなったあと、勝さんの最大の支援者であった齋藤さんは、座頭市をなくしたくない思いから、他社の保有する座頭市の映像化権を買いました。そして齋藤さんを「お母さん」と慕う北野 武さんに監督と主演を依頼しました。

齋藤さんは「たけしさんなりの座頭市、やってください。好きにやってください」と言いましたが、盲目と仕込み杖という設定だけは守ってほしいと伝えました。北野監督はこの設定を守りながら、勝さんが演じた座頭市とは外見の違う座頭市にしています。暗闇のシーンが多いので、金髪のほうが映えるという理由で、髪の色を金髪にしています。

刀さばきとボクシング

北野監督は殺陣師の助けを借りながら、浅草時代にチャンバラ・コントをした経験を生かして考えた『座頭市』の殺陣は、斬られる側の痛みを感じられることを目指しています。刀で人が斬られる効果音に、キレの良いスパッと斬る音ではなく、鈍くグサっと斬る音が使われたことでも分かります。

座頭市の俊敏な刀さばきとフットワークは、北野監督が中学生の頃からボクシングをしていた経験が生かされていると思われます。ボクシングのパンチは腕だけでなく、腰と肩を連動させて打ちます。この動きを殺陣で特に感じられるのは、座頭市が旅芸者のおきぬとおせいを救うため、扇屋で大暴れをするシーン(94分25秒〜)です。

逆手持ちのデメリットをメリットに変えた殺陣

座頭市は仕込み杖を常に逆手持ちにしています。「逆手」という言葉からも分かるように、この握り方は実際の剣術ではあまり使われません。日本刀は順手持ちで威力を発揮する構造になっているためです。

順手持ちに比べて、逆手持ちはデメリットが多く、刀の柄を握る手に力を入れづらく、相手の刀を受けとめたまま押し合う、鍔迫り合いでは押し切られてしまいます。また刀身よりも自分の拳が相手に近くなるので、刀のリーチを生かせません。

『座頭市』の殺陣はこの逆手持ちのデメリットを、メリットに変えています。鍔迫り合いに弱いことは、相手の刀を受けずに斬っていく殺陣で解決をしています。殺陣の手順をシンプルにしたことは、座頭市の立ち合いをより速く見せます。

刀のリーチを生かせないことは、自分の拳が相手に当たらない限りは、安全に立ち回りるできることになります。これを活かして、相手との間合いを詰めています。

居酒屋の的屋で、座頭市と服部源之助が互いの剣の力量を見定めるシーンがあります。座頭市は服部に近づきつつ、逆手持ちで素早く抜刀をして、順手持ちで抜刀しようとした服部を圧倒するショット(27分26秒〜)は、クライマックスへの伏線となります。

終盤にふたりが砂浜で戦うシーン(97分25秒〜)では、服部は抜刀を逆手持ちに変えて、座頭市の抜刀の早さに対抗しようとします。自信満々で戦いに挑んだ服部は、予想よりはるかに早く抜刀をした座頭市に敗れます。座頭市の抜刀の早さを支えるのが、服部が持つ日本刀よりも長さが短い仕込み杖です。『座頭市』では、勝さんが使っていた仕込み杖よりも5〜6cm短くすることで、抜刀をしやすくしています。この仕込み杖の短さは、殺陣での立ち回りもしやすくしています。

「北野作品のトーン」

『座頭市』以前の北野監督作品では、引き画の中でひとつのシークエンスを見せることができれば良いという、監督の意向もありショットは少なめでした。

撮影に使うレンズは、人間の見た目に近い視角の標準レンズ(35mmと50mm)、カメラの高さは極端なローアングルやハイアングルは使わず、人間の目線に近い高さを選んでいます。被写体とカメラの距離も、近づき過ぎず遠過ぎない、一定の距離感を保っています。これらのことが、「北野作品のトーン」を作る要素のひとつとなってきました。

娯楽作品として作られた『座頭市』は、カメラは動くことが増えて、表情や仕草を丁寧に見せるショットが多くなっています。表情ではおきぬとおせいの幼少期、大店の主人に囲われそうになるおせい(早乙女太一)と、障子越しに見つめるおきぬ(吉田 絢乃)の一連のアップのショット(66分37秒〜)などです。

仕草では冒頭で座頭市を襲ってきたヤクザたちを、返り討ちにするシーンで使われているいくつかのアップのショット、服部源之助が刀に手を置く手元のショット(27分13秒〜)や、丁半博打のツボを単独で見せるショット(21分31秒〜)などが挙げられます。服部源之助と博徒の船八一家が野原で対決するのを、俯瞰から捉えたショット(76分48秒〜)は今までになかったカメラアングルです。

今までと違うショットを加えながら、日常風景のシーン、そして座頭市の殺陣のシーンでは、今までの「北野作品のトーン」が使われています。

間合いの違いを見せるレンズ選択

殺陣を撮るレンズには、服部源之助は望遠レンズ、座頭市は標準レンズが多く使われています。レンズの使い分けは、ふたりの間合いの違いを明確にします。

服部の殺陣は斬り方のバリエーションが多く、刀を振る範囲も広いので、間合いを離し気味にしています。間合いを離すのは、模擬刀とはいえ危険が伴う殺陣で、刀を誤って相手に当てないためです。離した間合いは、望遠レンズの遠近感を小さく見せる効果を使って、映像では間合いを近く見せています。

また双方の身体の被りを深くして、刀の切っ先が離れていても斬られたように見せてます。この手法は他の映画でもよく使われています。服部源之助の殺陣で、望遠レンズを使っているのは、冒頭に辻斬りをするショット(4分6秒〜)、船八一家の用心棒を斬るショット(77分40秒〜)などが挙げられます。

座頭市の殺陣の間合いは近いので、標準レンズを多く使って、人間の見た目に近い自然な遠近感になっても、間合いを遠く感じさせません。この遠近感はその場に居合わせたような臨場感を、映像に与えています。座頭市が扇屋で大暴れをするシーン(94分25秒〜)では、特にその効果を感じられます。




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御木茂則 著
出版年月日 2025/03/10
書店発売日 2025/03/10
ISBN 9784768320235
Cコード 0074
判型・ページ数 A4・152ページ
定価 3,300円(税込)

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