日本画家としての活動を軸に、ジャンルを超えさまざまな創作活動を行う四宮義俊監督。長編初監督・脚本を手がけたアニメーション映画『花緑青が明ける日に』は、第76回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に正式出品されるなど、世界的な注目を集めている。本記事では、四宮監督自ら企画書の成り立ちからVコンテ、特殊映像の制作過程まで、アニメーション制作の全工程を徹底解説、本作の裏側に迫る。
※この記事には一部ネタバレを含む要素があります。 ぜひ本編をご覧いただいた後にお読みください。
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講師 四宮義俊 Yoshitoshi Shinomiya
アニメーション監督・美術家・日本画家。1980年生まれ。日本画家として絵画を軸に、立体、映像など多彩な創作活動を行う。実写映画やアニメーション映画の美術や特殊シーン演出を担当、『君の名は。』(新海誠監督・回想シーン)、『この世界の片隅に』(片渕須直監督・水彩画)等に参加。渋谷スクランブル交差点での四面連動ビジョン放映で話題になった『トキノ交差』や『冒険隊 ~森の勇者~』(眉村ちあき)MVで監督を務める。本の装丁、広告、CMなど各種メディアに携わる一方で、日本画家として培った素材研究をベースに異質なマテリアル同士やジャンル同士を媒介・融合させながら作品を制作し続けている。
映画『花緑青が明ける日に』
STORY
「その花火は、宇宙を切り取ったんだ――」老舗の花火工場・帯刀煙火店は、町の再開発により立ち退きを迫られている。そこで育った帯刀敬太郎(萩原利久)は、蒸発した父に代わり幻の花火<シュハリ>を完成させようと独りで奮闘していた。夏の終わりの日、東京で暮らす幼馴染のカオル(古川琴音)が地元に戻ってきた。敬太郎の兄で市役所に勤める千太郎から立ち退き期限が明日と知らされ、4年ぶりの再会を果たす3人。失われた時間と絆を取り戻すようにぶつかり合いながら、花火の完成と打ち上げを巡る驚きの計画を立てるのだが――。
幻の花火に託された希望と、その鍵を握る「花緑青」。火の粉が夜を照らし、新しい朝を迎えるとき、敬太郎たちが掴むそれぞれの未来とは?



CREDIT
萩原利久、古川琴音、入野自由、岡部たかし
原作・脚本・監督:四宮義俊
主題歌:imase「青葉」(ユニバーサル ミュージック、Virgin Music)
キャラクターデザイン:うつした(南方研究所)、四宮義俊
作画監督:四宮義俊、浜口頌平
美術監督:四宮義俊、馬島亮子
音楽:蓮沼執太
色彩設計:四宮義 俊、水野愛子、齋藤友子、岡崎菜々子
撮影監督:富崎杏奈
特殊映像:SUKIMAKI ANIMATION
ストップモーション映像:Victor Haegelin
CGディレクター:佐々木康太郎
編集:内田恵
音響監督:清水洋史
録音調整:太田泰明
音響効果:中野勝博
音響制作:東北新社
アニメーションプロデューサー:藤尾勉
製作:A NEW DAWN Film Partners
制作:アスミック・エース、スタジオアウトリガー、Miyu Productions
配給:アスミック・エース
2026年製作/76分/G/日本・フランス合作
©2025 A NEW DAWN Film Partners




日本画家が映像で試みてきたこと
アニメーションと異質なものの掛け合わせを表現したいという想い
四宮義俊と申します。日本画家として絵画を軸に、さまざまな映像作品に携わってきました。今回監督した初のオリジナル映画『花緑青が明ける日に』制作以前は、CMやPV、MVなどを手がけることが多かったです。元々、アニメーションの中に自分が培ってきた絵画的な要素や異質なものを掛け合わせることが好きで積極的に取り入れており、ポカリスエットのCMや短編作品『トキノ交差』などでも実写映像や絵画的な表現を実験的に試みていました。MVでは、眉村ちあきさんの『冒険隊 ~森の勇者~』を制作したのが5年前で、本作の企画書は既にできあがっていました。本作とこのMVを見比べると類似性のあるモチーフやカットがいくつか出てきます。特に、本作の特徴でもあるキャラクターの輪郭線と美術の関係についてはある程度、方向性が固まったかなと思っています。
レイアウトに関しては、映像的というよりも絵画的なレイアウトによる1枚の強度を大事にしており、そこが自身の強みであるとも思っています。最近のアニメでは効率化から3Dソフトで制作したデータを元にレイアウトを決めることが多いですが、カメラや消失点に3Dの癖が出てしまい、人間のふたつの目で見た時の美しさとは少し違う印象があります。どこを変えれば良くなるのかというのは、各々のセンスなので難しい部分もありますが、劇場で観た際に「このくらいのパース感が気持ちいいんじゃないか」という部分を意識して作っていきました。
今回の記事では、そういった部分の内容も交えつつ、『花緑青が明ける日に』の制作過程についてお話しします。
オリジナル映画の「原作」とは何か?
個人の作家・アーティストとして「自分に原作がない」ということにはしたくなかった
本作は普段いただいてる仕事と違う部分があるとすれば、企画書の段階から作ってるということです。0を1にしたという点です。制作会社やプロデューサーから「やってみませんか?」という問いかけがあって成立した企画ではなく、僕自身が0から作った企画書を持ち回って、それを形にした企画ということです。
企画書にはシナリオとテーマ、映像的な見どころなどが盛り込まれています。例えば、最後の火事のシーンをイメージしたもの、帯刀家のデザイン、主要キャラクターの初期案など、「こんな感じで作りませんか?」という内容を制作会社さんに伝わる形で作成し、提案しました。
企画書段階のキャラクターに関しては、本編に登場するキャラクターとは少しだけ違っていて、主人公たちの髪型や服装、設定なども変わっています。
シナリオに関しては、映画自体がミニマルなものであり、宇宙で戦争するような大スケールな話ではなかったため、自分の手の中で収められる範囲の物語を想像して作っていきました。
クレジットには「原作・脚本・監督 四宮義俊」とあります。ここでの「原作」とは、僕が書いた企画書と初稿のシナリオを指しています。この、「原作とはなんのか?」という問題は、僕が作品を進める上で通らなければならなかった部分になります。
漫画のように出版されて、不特定多数に配布されたものは原作として認められますが、映画の企画書は不特定多数に出回るものではありません。企画書自体の形式もこれといった決まりはないような気がしますし、極端な話ペラ1枚の企画書というのも充分ありえます。
そうなると、「原作」と表記するには制作会社との話し合いの中で、調整が必要になります。本作は、最終的な製作会社に落ち着くまでに10社ほどを回りましたが、中には途中まで制作を進めた会社もありました。しかし、ネックになったのは、やはり原作表記をどうするかという部分でした。僕は個人の作家であり、アーティストでもあり、原作者が自身であるという部分にはどうしてもこだわりたかった。「自分に原作がない」ということにはしたくなかったんです。幸い、一緒にやっていただける製作会社さんが見つかりこの映画をスタートすることができました。
企画書の一部

2018年時点での企画書の表紙。さらに以前のバージョンも存在しており、当初は中心となるキャラクターが4人いた時期もあったという。この時点ではタイトルも異なっている。製作会社に提案しつつ何度も改稿を重ね、少しでもいいものになるようにその都度修正が加えられた。

当初は短編として準備していたため、シナリオ自体もミニマムなものだった。「最初は40分程度のシナリオだったのが、だんだん伸びて60分になり、制作に入る直前で70分、最終的には76分に増えました」と四宮監督。


企画書段階では、敬太郎やカオルの髪型や服の色などが本編とは異なっている。また、千太郎(チッチ)に関しては、初期案では血のつながりはない設定だったが本編では敬太郎の兄となり、キャラクター設定自体が大きく変更されていることが分かる。



企画書時点で、すでにソーラーパネルや花火などの設定も存在しており、メインの舞台となる帯刀家のデザインも概ね完成していた。

