今回、FS5に組み込まれた電子式可変NDフィルターが画期的ということで話題になっている。
この機会に、家庭用ビデオカメラ、業務用ビデオカメラ、
そして大判センサーカメラと動画系のカメラ全般を手掛けるソニーに、
NDフィルターの技術について取材をした。


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▲PXW-FS5
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▲左からソニー株式会社デジタルイメージング本部コア技術第1部門森田真太郎氏、同じく森山悟志氏。

家庭用ビデオカメラのNDフィルターの機構

ビデオサロン◎まず、家庭用ビデオカメラですが、NDのスイッチもなく、またメニューのON/OFFもなく、でもNDフィルター自体は入っていますよね。ユーザーはNDを意識しないで使うことができます。その構造について教えてください。以前、絞りユニットと一体の構造になっているとお聞きしたことがあるのですが。
ソニー◎ハンディカムのAXP35/AX30のレンズユニットの中に組み込まれている、絞りとNDのユニット部分をお持ちしました。おっしゃるとおり、絞りとNDが一緒になっていて、こっちが絞りです。
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▲FDR-AXP35
この電磁アクチュエーターが回ると羽根が回り、絞りの大きさが変わります。
そして、その裏側にNDフィルターのユニットがついています。これは連続可変ではなく、あり・なしなんですが、別の電磁アクチェエーターがあって、それが回ると、NDのユニットが上下に動くというしくみになっています。
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電気を流してお見せできるいいのですが、たとえば磁石でもこんな感じにパチパチと動きます。回転の運動を直動に変えるメカの動きがあって、NDフィルターを上下させるわけです。
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(すみません、動画を撮れば良かったのですが…)
ビデオサロン◎これは、どのビデオカメラも同じなのですか?
ソニー◎はい、そうですね。NDが入っているものは同じような機構です。
ビデオサロン◎絞りとNDいうのは、近いけど、別機構なんですね。
ソニー◎そうですね。アクチュエーターとしては別ですね。
ビデオサロン◎オートの場合の動き方を教えてください。
ソニー◎あるところになったらNDが入るという閾値があって、そうなるとNDフィルターが入るのですが、そこは速く動かしているわけではなく、制御しながら動かしているんです。要は画面にNDフィルターが入ったということを気がつかれないようにするために、NDフィルターを動かしながら、映像の信号も制御して、切り替えているという動きになります。
ビデオサロン◎ゆっくり動いているわけですか?
ソニー◎そうですね。あえて全速力じゃなく、そこは意図的に滑らかにやっています。速いと制御しにくいので、制御できるような速度で動かしているわけです。
ビデオサロン◎注意深く映像を見ていれば今、NDが入ったというのはわかりますか?
ソニー◎私はわからないですね(笑)。わからないように制御していますから。
ビデオサロン◎今さらなのですが、そんな複雑なことをやってたんですね。それはビデオカメラでオートが主流になったことからそうなったんですか?
ソニー◎いつからというのは、はっきり分かりませんが、制御の仕方として、全速力で入れていたときもありました。今のような形になったのはいつかははっきり分からないですね。
ビデオサロン◎この絞りとNDの機構はレンズ群の途中に入っているのですか?
ソニー◎そうです。絞りが外になることはないので、前と後ろにレンズ群があります。
ビデオサロン◎NDを入れる位置によって、光学的な特性は変わりますか? 理想の位置というのはありますか?
ソニー◎光学的な特性はどの位置でも変わらないと思いますが、基本的に絞りに近いほうが、小さくできますよね。レンズ一体型のカメラでは、絞りの近くに入れるのが機構設計上は正しいかなと思います。そうすることによって、動画撮影中でも切り替えられる制御がしやすいわけです。
ところが、レンズ交換式になりますと、イメージャーの前に入れるしか方法がありませんから、当然サイズは大きくなってしまいます。大きくなると、ゴミへの対処など製造上は難しくなります。

レンズ交換式業務用ビデオカメラのフィルター

ビデオサロン◎次にレンズ交換式の業務用ビデオカメラですが、これはセンサーに近い位置にNDフィルターを置くしかないですね。
ソニー◎これも現物をお持ちしました。HDC-2500という放送用B4マウントのシステムカメラのものです。メンテナンスを考えて、取り出せるようになっています。NDフィルターにゴミがのると、写ってしまうので、ユーザーが外して清掃することができます。放送局向けカメラだからこういった機能が求められます。これはカラーフィルターと2枚重ねになっていますが、NDフィルターのほうは、1/4、1/8、1/16、1/64にクリアを入れて全部で5枚構成になっています。枚数が増えると単純に大きくなりますね。ただ、2/3型センサーカメラの場合は、5枚といってもこのサイズですから、許容できる大きさだと思います。
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ビデオサロン◎ハンドヘルドのカメラだと、1/4、1/16、1/64の3枚とクリアで計4枚というパターンが多いですね。

スーパー35mmセンサー(FS7)用のNDフィルターは巨大になる

ソニー◎ところが、センサーがスーパー35mmサイズになりますと限界があって、たとえばFS7の場合はクリアを入れて4枚ですが、こんな大きさになってしまいます。
(と言って、FS7のマウント、NDフィルター部分を見せる)
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ビデオサロン◎物理的にどうしてもこの面積が必要になってしまいますね。Eマウントのフランジバックは18mm前後 でそこにNDフィルターを入れるのは至難の技だというお話はありましたので、とんでもなく薄い中に入れられているというのは感動的なのですが…。
ソニー◎しかも、ゴミが入らないような構造になっています。
ビデオサロン◎薄いんだけど、前からみるとこれだけの面積が必要になってしまうわけですね。
ソニー◎ところが、今回のFS5というのは、クリアと電子式可変 NDの2枚ですので、このサイズに収めることができるんです。
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▲左がPXW-FS7、右がPXW-FS5。
ビデオサロン◎あ、ほんとだ! 電子式可変NDフィルターは、使い勝手のことばかり考えていませんでしたが、実は筐体を小さくできるというメリットがあるんですね!
ソニー◎そうなんです。同じ機能を持つものを、今回の電子式NDによって画期的に小さくできます。
2枚ということは上下に配置すればいいわけですから、回転機構がいらなくなります。上下に3枚分のスペースがあればクリアと切り替えられますし、フィルターとフィルターの隙間もそれほど大きくないので、無駄なく配置できます。
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▲FS5のNDフィルター部分を裏側から見たところ。(横にしている)

電子式可変NDフィルターの歴史

ビデオサロン◎電子式ND開発の一番最初のきっかけというのは?
ソニー◎実は20年ほど前から、こういう取り組みはしていました。研究所でディスプレイの輝度の調整用に開発されていた材料をNDフィルターとして使えないかと検討をし始めたのが最初です。しかし、そこから材料のところで苦労しまして、最初に量産に漕ぎつけたのが、2011年ですね。実はFS5に入れる一つ前がX180、それより3年ほど前にTX300Vというサイバーショットに電子式NDフィルターを入れていました。
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▲DSC-TX300V

ビデオサロン◎それは知りませんでした。
ソニー◎われわれとしてもそこをアピールしていたわけではなかったので。TX300Vの電子式NDというのは、シームレスに濃度を変えるというのもではなく、高透過率状態をND OFFとして 、NDをONにすると光量を1/3くらいまで下げられるようにしたものでした。
そこから、さらに2、3年開発を続けました。やはり目指すところは動画向けでした。カムコーダーに入ったほうが映像表現的にも有用なものになるのではないかと思っていました。
設定濃度の幅 は、部品の開発、セット担当含めて協議して、1/4から1/128としたら、使えるのではないかということで、できあがったのがX180の電子可変NDフィルターでした。
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▲PXW-X180
ビデオサロン◎かなり暗いほうにシフトしたわけですね。そのかわりメカで切り替えてクリアにもなると。
ソニー◎開発の方向をかえて、材料を変更して、それまでは高透過のものだったのですが、一気に暗くし、その分段数的に稼ぐようにしました。というか、もともと目指していたものが、こういう方向性のものだったのです。
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▲上から、TX300Vの電子式NDフィルター、PXW-X180用の電子式可変NDフィルター、そしてPXW-FX5用の電子式可変NDフィルター。

電子式可変NDフィルターの原理


ビデオサロン
◎そもそも電子式可変NDフィルターの原理とは? 液晶に似たものなのですか?
ソニー◎液晶というのは、液晶ディスプレイの説明でもありますが、液晶の分子が電圧印加によって、傾きが変わるというものです。ただ、このフィルターはそういった液晶とはだいぶ違うもので、液晶だけでは動作しません。
具体的には、液晶に光を吸収する調光材料 を混ぜ込んでいます。その混ぜ込むことによって、混ぜたものが液晶の分子の動きに合わせて、調光の度合いをコントロールできるというのがしくみですね。
ビデオサロン◎調光材料というのは劣化しないんですね。
ソニー◎新規に開発した材料で信頼性検証も確認しています。
ビデオサロン◎X180用のものとの違いはどのあたりにあるのですか? FS5用も想定していたのですか?

ソニー
◎X180のフィルターを開発していたときは、そのことで頭がいっぱいでしたが、すぐにFS5のこのサイズ(スーパー35mm)をやりましょう、ということになり、そこから、大型化するという検討が始まりました。
ビデオサロン◎大型化すると何が難しい?

ソニー
◎大型化すると製造上、ダストの影響を受けやすくなります。また均一性や駆動も難しくなります。大きくなったからとして、端と端では動きが違っていてはいけません。製造上の工夫を加え、均一性を保ち、性能が出るようにしています。

ビデオサロン
◎モノによってはムラが出る可能性もある?
ソニー◎そこはスペックで切ってはじいていますから、そもそも出荷されません。
ビデオサロン◎濃度をかえることによってムラがでることは原理的にあるんですか?
ソニー◎そこは構造的なもので決まっているので、ないですね。
ビデオサロン◎従来のNDフィルター と比べて性能はどう考えたらいいですか?
ソニー◎従来のものと同等レベルだと思います。 ただ、部品 としては配線がある分、サイズ的にまだ余分なところがあるので、そこは改善していきたいと思っています。

これからの可能性


ビデオサロン
◎大判センサーカメラにとって、連続可変というか、従来の刻みよりはるかに細かいところを設定できるNDフィルターというのは表現上において画期的だと思います。
ソニー◎濃度はFS5に採用したものは、1/4から1/128になっていて、1/128まで減光できるようにしたものは、組み込まれたNDフィルター としてはないと思います。
今までの使い方もできるように、プリセットも残しました。1/4、1/16、1/64はスイッチで切り替えられるにしましたし、たとえば、1/16じゃなくて、1/8にしたいという場合は、メニューで変更することができます。

ビデオサロン
◎電子式で連続可変できるわりには、そのあたりの選択肢はそんなに多くないですね。たとえばホワイトバランスのワンプッシュのように、ある濃度のところをプリセットにして、3つのスイッチに記憶できるとかすると、新しい使い方ができるようになるかもしれません。たとえば1/40とか1/100とかをプリセットしておけるとか。
ソニー◎技術的には可能ですので、ユーザーからの要望があれば、検討できると思います。
ビデオサロン◎あとは、αなどのデジタル一眼にもこれが入らないですかねえ? スペース的にはかなり厳しいとは思いますが、次のブレークスルーを期待しています。
本日は、ありがとうございました。
*ビデオサロン3月号(2月20日発売)で可変式NDフィルターを中心にした小特集を組んでいます。そちらもお読みください。