デジタルシネマの撮影で、最近ズームレンズを使う機会が非常に多くなった。ひと昔前であれば単焦点レンズ(プライムレンズ)を何本も現場に用意をするのが当たり前だった。それに対して、レンズ交換のタイミングを最小限に抑えることだけでなく、常に「最適」な画角を狙えるズームレンズは非常に使い勝手がいい。もちろん絞りの開放値が暗くなることや、機構の制限で画質にも多少の影響があるというハンデはあるものの、最近になってそういったズームレンズの印象を覆すようなものがどんどん市場に登場している。今回は、コストパフォーマンスにも優れ、大変使いやすいワイドズームレンズ、Tokinaの「AT-X 17-35 F4 PRO FX V」を紹介したい。
TEXT●江夏由洋(マリモレコーズ)
コストパフォーマンス抜群の
シネマ仕様フルサイズワイドズーム
▲ 驚くほど軽量で小型。かばんに常に入れておきたい一本である。
実はこのレンズは新しいものではない。2011年に発売になった「AT-X 17-35 F4 PRO FX」をシネマ用に仕様改良したモデルになる。0.8mmピッチのフォーカスギアが搭載されることで、動画撮影用のためにバージョンアップされた。光学の性能はフルサイズのイメージサークルを持ち、広域の 17mm~35mm の全域通じて F4.0 で撮影が行えるため、大変使い勝手がいい仕様になっている。F4.0 というと少し暗いというイメージがあるかもしれないが、景色を狙う広角撮影においてはそこまで問題にはならないだろう。空や森などの自然が持つ色味を表現したい場合は適度な絞り値が必要になるため、このあたりは絶妙なスペックになっている。そして一番の驚きはそのサイズにある。全長 94.5mm・最大径 89mm・重さ 600g と、広角ズームレンズの中では非常にコンパクトで軽く、常にカバンに忍ばせておきたい一本と言っていいだろう。
▲ metabones のレデューサー機能を搭載したマウント変換を使用し、SONY FS7 II と組み合わせた。とにかくレンズは小さくて軽量だ。
その描写力はパワフルそのもの
▲サンプル映像撮影・編集●江夏由洋。映像は無音です。
その描写力には思わず「おお!」と声を出してしまうほどだった。今回はイメージサークルをフルサイズからスーパー35mm に小さくする光学マウント変換アダプターの metabones 製の Speed Booster ULTRA を使い EF から Eマウントに変換し、SONY FS7 II で 4K撮影を行った。撮影は S-Gamut3.cine の S-LOG3 で行い、ポストにおいて色編集をするという流れだ。色編集を施した動画からの切り抜きを見ていただいてもその実力の高さは想像に難くなく、このレンズの描写力には正直驚かされた。色彩表現に関して紅葉の葉だけではなく、表現の難しい水面のリフレクションといい、その深みには目を見張るものがある。また、周辺の解像感も美しい。広角となるとどうしても気になるはずの減光やにじみなどは全くと言っていいほど無く、広角特有の歪みもきつすぎない。4K撮影でも当然問題はないだろう。
▲ Tokina AT-X 17-35 F4 PRO FX Vを使用した動画の切り抜き。17~35mmのレンジの中で、17mmのワイド端で撮影。17mmとは思えないほど画の隅々までしっかりと描写されている!Sony FS7 II + metabones製Speed Boosterの組み合わせ。[SS: 1/100 F4.0 ISO1600 NDclear 17mm]
▲ 思わず息を飲むような美しさ。最高の景色を捉えてくれる。[SS:1/100 F4.0 ISO1600 NDclear 28mm]
絶妙なワイドズームで狙い通りの画角を
そして Tokinaレンズの最大の特徴である、いわゆる「Tokinaブルー」を検証するべく、快晴の冬の青空を撮りに出かけた。空を撮影した際に他のレンズではシアンがかるものもあるが、このレンズでは色転びすることなく澄み切った青空が表現できていた。加えて青空のグラデーションも、撮影時に目にしたものよりも更に濃く豊かな階調で表現されている印象があった。17mm~35mm という絶妙なワイドズームであるため、どんな景色であってもフレーミングは完璧に行えると思う。とっさに外観や内観、風景のインサートの撮影が必要になれば、このレンズはその要望を必ず応えてくれるだろう。特に狭い室内の撮影ではマストの画角を捉えてくれるに違いない。
▲Tokinaブルーの美しさも兼ね備えている。17mm~35mm というレンジはとにかく使い勝手がいい。[SS: 1/350 F16 ISO1600 NDclear 17mm]
metabonesとの組み合わせで開放F2.8。
夜景も完璧
使用した metabones の Eマウントアダプターはレデューサーレンズを使用しているため、F2.8 までの明るいレンズとしても使うことができるのも魅力のひとつだ。夜景などの景色も明るく表現できた。このレンズにおける撮影では、街の光が予想以上にクッキリと表現できるだけではなく、コントラストの高い境界線にみられるフリンジや色収差、ゴーストなども見られない。街灯のハイライトもにじみなくシャープに表現されていて、光の表現能力の高さに驚かされた。撮影を続けるほどにだんだんと愛着が湧いてくる一本である。
▲夜景の描写力も素晴らしい。周辺部の色や光のにじみもない。レデューサーレンズでマウント変換しているため F2.8 で撮影ができるのも、フルサイズに対応しているからである。[SS: 1/30 F2.8 ISO3200 NDclear 17mm]
スイートエリアを使った「素通し」でポートレートも
さらに今回、レデューサーレンズを搭載しない、EF-Eマウント変換も使い撮影を続けた。スーパー35mm のセンサーで 17mm~35mm の焦点距離をそのまま使うことで、おおよそ 27mm~55mm の換算でこのレンズを使用できるからである。55mm 程度まで焦点距離をのばすことができれば、更に被写界深度の浅いポートレートのような撮影も行える。予想通り、ポートレート撮影でもその表現力の高さがうかがえた。こういったいわゆる「素通し」のマウント変換を使うメリットとして、イメージサークルの中央部にあたる「スイートエリア」を映像に使えることが挙げられる。スイートエリアにおいては、イメージサークルの一番美しく、描写力の高い中央部を使えるため、当然画質においてはよりレベルの高いものを手にすることができる。まさにレンズの持つ一番おいしい部分をセンサーが捉えられるということだ。ワイドズームレンズにおいてポートレートが狙えるとは、こういった色々な技術的な進歩があるおかげなのかもしれない。
▲ポートレート用として使用してもその表現力は高く、肌の色ノリも良い。[SS: 1/100 F4.0 ISO1600 NDclear 35mm]
▲人物の近くにおいても広く描写可能なため、このレンズはドキュメンタリー撮影などには持って来いの一本かもしれない。F4.0の広角でありながら、多少の被写界深度をコントロールできる。[SS: 1/100 F4.0 ISO1600 NDclear 35mm]
操作性も抜群。ドキュメンタリーにも最適
撮影現場において非常に使い勝手が良いと感じたのは、Tokina PRO レンズシリーズならではの「ワンタッチフォーカスクラッチ機構」が採用されていることだ。フォーカスリングを自分側にスライドするだけで、瞬時にオートフォーカス・マニュアルフォーカスの切り替えを行うことができる。トルクも固すぎず軽すぎず、他のレンズと比べても中間的で良い印象だ。手馴染みが良く非常にスムーズに動かせるため、微妙なフォーカシングも安心できる。何のストレスもなく操作を行うことができる。ドキュメンタリー撮影など一瞬のタイムロスも惜しい現場では特に重宝される機能だ。
0.8mmピッチのギアで周辺機材を効率的に
また、フォーカスリングにデフォルトで 0.8mmピッチのギアがついている点も見逃せない。スチルレンズを使用したムービー撮影でフォローフォーカスを使おうとすれば、レンズの他にアダプターとしてレンズギアリングを別途用意する必要があった。このレンズには最初からレンズに規格のギアが搭載されているため、直接汎用のフォローフォーカスを取り付けることが可能だ。レンズギアを使わなくて済めば、より遊びのない精度の高いフォーカシングが実現できるし、システムも簡素化できるというのが嬉しい。
▲ 0.8mm ピッチギアを生かし、Chrosziel 製のフォローフォーカス装着。レンズギアリングを別途用意しなくていいのはとてもありがたい。
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今回は動画撮影において想定されるいくつかのシチュエーションにてテスト撮影を行なったが、どのシーンでも懸念点なく快適に撮影できた。実際現場で使ってみて改めてその軽さと操作性の高さを実感したし、カメラに他のパーツをつけても重さは気にならない。フォーカスギアを搭載し、カメラマンの使い勝手をとても意識したレンズだ。ハンドヘルド撮影では、その軽さは大きな武器になり、あらゆる場面でフットワーク軽く動けるだろう。
単純にスチルレンズとしてもムービーレンズとしてもレベルの高いものだといえるし、何ともコストパフォーマンスの良い、時代にマッチしたスマートな優等生のような存在だと感じる。総じて臨機応変な万能レンズという印象だ。
●Tokina Vレンズの製品情報
http://www.kenko-pi.co.jp/brands/cat71/tokina-v.html
●シリーズVol.1「フィールドテストで探るTokina Vレンズの可能性〜映像作家・映像作家・栁下隆之編