動画制作部門の設置は、
動画制作を専門的に行なっていない企業でも多く見られるようになりました。
今回は、そんな非制作会社ならではの動画制作フローについて、
動画制作者向けの講師を務める山本 輔氏にアドバイスしてもらいます。
講師●山本 輔
映像作家。モーショングラフィックデザイナー。 TV CMや企業プロモーション映像、ミュージッククリップ、インスタレーションなどを手がけるほか、動画/モーショングラフィックスの学校「BYND」に登壇し、企業内のインハウス動画制作の指南も行う。
構成●矢野裕彦
さまざまな制限がかかるインハウスでの動画制作部門
一般企業における映像制作といえば、広報やPR部署が主体となって進行するTV CMのほか、人事部主導による新人研修用途のeラーニング映像などが主だった。それゆえに、映像制作のノウハウも広報部や宣伝部が一括で掌握している場合が多く、実務は広告代理店に外注し、そこから制作会社が請け負うするパターンがほとんどだった。
カメラや編集機材も安価になり、WEB動画やSNS、社内イントラネットなど、公開するメディアも手軽になった結果、本来の部署や業種に関係なく、動画制作を業務として行う場面が大幅に増えてきた。特に費用面においては、方法次第で安価に収めることも可能なので、厳しい予算や人事の中で動画制作部門を起ち上げるというケースも多い。
筆者が教えている動画制作の学校でも、「動画制作チームを作りたい」という希望を持って受講しに来た非映像制作会社の社員の方々は多い。しかし、予算や人材にも限りがあるため、通常業務を兼務しつつ制作スタッフを部署内でまかなったり、2名ほどの小さな部署からスタートしたりすることがほとんどだ。
通常の講義では、例えば撮影技術やPremiereのテクニック、モーショングラフィックスの演出方法などを伝えているが、動画制作の内製化となると、そういったテクニカルな部分以外にも気を付けるべき点は多い。そこで今回は、いわゆる映像の制作会社ではない他業種の中で映像制作部門を設置することを想定して、そのワークフローや注意点について、あらためて述べていく。
内製化を検討する企業の方は、実践的なノウハウに加え、外注先に動画制作を発注する場面でも、どのような点に気を付けて外注先とチームを組むかを意識してほしい。また、既に動画の内製化が進んでいる企業の方、もしくは外注先とチームを組んで制作に取り組んでいる方にとっては、無駄なコストの削減や、よりスピーディに高品質な動画制作へとつなげるポイントとしていただきたい。
POINT 1 得意な分野・強い業界に特化した動画で始める
しっかりした構成には正しい取材と確認が必要
企業で動画制作を行うといっても目的はさまざまだと思うが、多くは実写で撮影し、事実に基づいた編集を行うドキュメンタリーの制作になるだろう。動画、特にドキュメンタリー制作において最も時間とコストがかかり、それでいて品質に直結するものは何か? それは「取材」と「事実確認」だ。編集や撮影準備、企画や演出も大切だが、製作時に重要になってくるのは構成を決めるための取材であり、事実確認を元にした構成の完成度だ。これは動画に限らず、冊子制作や、PR用のWebサイトの作成などにおいても共通する。
きちんとした目的があって制作される動画の場合、それが「ふんわりとした雰囲気で決まった内容」のものではなく、具体的で、かつピントがズレていないものに仕上げていく必要がある。そのためのディレクションを行うには、事実誤認や知識不足はあってはならない。
特に動画は、言葉で仕様を固めていくことが難しいメディアだ。そのため、動画制作に入る以前の打ち合わせは非常に重要になる。例えばTV CMの場合、最初の打ち合わせの段階からエンドクライアントの業界調査、ターゲットニーズ調査、商品についての開発エピソードなどを積み上げて、その上で15秒や30秒の演出につなげていくわけだ。動画制作を請け負う場合、最も時間が取られるのはこの内容把握の部分となる。
雰囲気だけの表層的な映像にならないように、しっかりとヒアリングを繰り返し、動画制作する側が正しい知識を持って取り組めるように準備をする。カメラの扱い方や編集技術を覚える必要もあるが、それ以前に、構成を決めるために十分な取材と事実確認が必要なわけだ。
自分たちの専門性を生かして内容の正確性を担保する
動画制作をする理由や目的にもよるが、自分たちの業種や業界、専門性など、得意とする分野、正しい専門知識を持っている分野であれば、動画制作という新規の事業を立ち上げる際にも、少なくとも知識面においてはしっかりとした足場を築くことができる。内容を得意分野にしておくことで、動画化するにはどうすればいいのかという部分に集中できるのは、動画制作部門の立ち上げという手間のかかる事業において、相当な負担の削減につながる。
社内制作の場合、制作部門に専門的な知識を持つ人がいればコンテや内容チェックなどもスムーズに行える。たとえスタッフにいなくても、社内の専門的な知識を持つ人に一時的にスタッフとして参加してもらうといった方法もあるだろう。それによって構成を練る場合でも、効果的なカメラアングルや見せるべきポイントの選択、テロップで扱う正確な専門用語の確認、さらには撮影現場の状況が予想と違っていた場合のフレキシブルな対応など、カバーできる部分が多くなる。
たとえ撮影技術や編集のスキルが一流でなかったとしても、基本的な操作方法を学んで、最近の機材やソフトを使えば、それなりの完成度は期待できるだろう。新たに動画制作という部門を起ち上げる場合は、まずは自分たちの専門性や知識を生かして、構成は自信を持って固められるようにしておき、撮影や編集といった新しく覚える技術の習得に力を注げるようにしておこう。
●知識のない分野の動画制作
●得意な分野の動画制作
動画制作において、最も手間のかかる作業として内容の把握のための取材がある。自分たちの得意な分野を扱えば理解が早いため、構成や撮影ポイントの決定などもスムーズに進めやすく、大幅な作業の削減につながる。
POINT 2 動画制作に必要な最低限の人材とその機能
動画制作に必要な3つの役割
次に、インハウスでの制作体制で制限がかかりやすい部分にフォーカスを当てる。最も影響が大きい割りに、どうしても制限がかかりやすい要素が人材だろう。以前も本連載では、2人体制、4人体制、10人体制など、人数や規模によってそれぞれスムーズにワークフローが機能する組織作りについて紹介した。今回は、映像制作のワークフローがスムーズに進行するために必要な「役割」を軸に考えてみたい。動画制作の役割としてパッと思いつくのは、「カメラマン」や「編集者」といった技術者だが、今回はそのひとつ上のレイヤーとなる「技術者」「企画者」「進行者」といった切り分けで、必要な役割を捉えていこう。
具体的には以下の3つの役割に統合できる。
①制作・進行管理
②テクニカルマスター
③企画構成作家
この3輪の組み合わせがうまく噛み合うことで、初めて優れた制作体制が整う。これは従来の動画制作における、制作進行を束ねる制作会社(映像プロダクション)、撮影・制作を行う技術屋(カメラマン他撮影部隊、ポストプロダクション)、企画提案を行うプリプロ(広告代理店)、での分業と同じ役割分担だ。この辺りは非制作会社であっても基本的な構成は変わらない。
3つの役割に課される主な役割
●非制作会社での動画制作に必要な役割
それぞれの役割について、詳しく見ていこう。
①制作・進行管理
進行管理を行う制作会社のADとなどとは異なり、企画提案から始まり、作品の全体像から細部までさまざまな判断を行い、制作スタッフに指示を出すプロデューサーのようなポジションに近い。例えば、継続的に作り続けなければならないコンテンツなどの場合、全体を通して進行が正しく進んでいるか、ローンチに間に合っているかなどを適宜判断し、指示する役回りとなる。
②テクニカルマスター
アドビなどのソフトはもちろん、機材関連のメンテナンス、扱いに長けた人材が内部に1名は必要。毎回撮影のたびに外注していてはコストも割に合わなくなる。これだけ機材が安くなった現在だからこそ、しっかりと技術部門を内製化することが知の集合にもつながり、自社の武器にもなる。
③企画構成作家
撮影や編集のノウハウを持っていることと、エンドユーザーが求めるコンテンツを作れるかどうかは別の話だ。その前提で、常にアンテナを張り、現在の動画トレンド、ニーズを探り、日々絵コンテに落とし続ける人材が企画構成作家となる。映像に限らず、コンテンツ制作会社には必須の役割だが、非制作会社ならではこそ、この「企画・構成という目に見えない役割」こそ必要で、企画構成作家の役目を負う者は、専門的な知見を広げ、学習していかなければならない。
POINT 3 制作を円滑に進めるための6つのテクニック
経験不足を一気に補うワークフローのポイント
最後に、インハウスで制作部門を運用する際に役立つ秘訣を、6つのテクニックとして紹介しよう。筆者が映像制作のワークフローを回す上で意識している内容だが、経験に基づいたものなので、特に未経験者の方は参考にしてほしい。
①準備がすべてと考え一言一句まで撮影前に決め込む
映像制作に携わっている人間にとって「現場に行ってから考えて何とかしよう」という意識ほど怖いものはない。
映像制作者のプロフェッショナルであればあるほど、事前の準備には手を抜かないものだ。1カット、1カット、一言一句、演技や衣装、小道具に至るまで、すべて決定してから撮影に臨むことで初めて、現場をスムーズに回すことができる。
②どんなに小さい撮影現場でも香盤表、道具表を準備する
前項で述べた準備に伴い、「香盤表」「絵コンテ」「道具表」を必ず用意しよう。よく“簡単な撮影”と言われることがあるセミナーやeラーニングのコンテンツ収録などでは、この辺りの準備をおろそかにしてしまうケースをよく見かける。撮影者や制作者1名のみが内容を把握しておくことは簡単だが、現場スタッフ、さらにはその後に制作に携わるスタッフにも共有し、何が必要で、何がそろっているのかを確認できる状態にしておくことが肝心だ。
▲香盤表、道具表の例。シーンごとのカットイメージと、その際に必要な機材などを一覧で示している。
③画と構成を把握するスタッフを最低2名は用意する
これも準備に関わることだが、現場が終わって編集してみてから「思っていたのと違う」ということに陥るケースは多い。仮に構成を固める役目がひとりだったとしても、それをいったん誰かに共有し、現場で何を作ろうとしているのか客観視できる状態にしておこう。
現場ではトラブルが付き物だ。何かあったときにどう判断すべきか、また、コンセプトなどにブレはないかなど、作りたいイメージを誰かと共有しておくことで、事前準備と異なる対応となった場合にどのような手を打てばいいのか、それによって構成がブレないかなど、判断できるようにしておこう。
④ポスプロ担当の人には撮影前に相談しておく
最近では、企業内の動画などでも合成やモーショングラフィックスを扱うケースが増えてきた。絵コンテ段階でクライアントから「合成でお願いします」と希望してくる場合も多い。また合成に限らず、「こんな風な映像に編集してほしい」といったリクエストが来たりと、撮影前の指定が入ることは多々ある。
映像に何かを合成する場合は、それに向いた機材選択やアングル、撮影方法がある。あとからプロに相談しようとすると、準備不足から無駄な手間をかけることになったり、その結果がコストに跳ね返ってきたりすることがある。また通常のカットであっても、撮影方法次第では編集時に大幅に手間を減らせることもあるので、ポスプロの担当者には動画の構成について撮影前に相談をしておくべきだろう。
⑤テロップやBGMの目処を立てておく
ポスプロの中でも、テロップと音効は撮影後に考えられることが多い。だが、これもまた撮影前にイメージを作り上げておくことは重要だ。どのような動画に仕上げるかがわかっていれば、撮影時にテロップが入る部分に構図の余白を作っておいたり、音のイメージにあったインサート動画を収録しておくことなども可能になる。▲プロのカメラマンにとっては当たり前のことではあるが、撮影時のフレーミングではテロップやロゴの挿入位置などは考慮しておこう。
⑥普段からさまざまな動画メディアに触れておく
例えば、自動車業界の方は普段から自動車の最新情報に触れていたり、金融業界の方は金融に関する情報収集に時間を使っている。動画の場合も同様に考えるべきだろう。
普段から手軽にできることとして、テレビはもちろんのこと、YouTube番組やSNSの投稿動画、また街で見かけるサイネージなど、さまざまな動画メディアを見ておこう。普段から触れておくことで制作のヒントになったり、表現方法のトレンドを嗅ぎ分ける嗅覚を身に付けることができる。どのように制作につなげればいいのか意識して見ることで、多くのヒントが見つかるはずだ。