「新卒採用動画を作るぞ! と、上司から申し出が…」
「YouTubeのリンクが送られてきて、いくらで作れるか聞かれた」
「コンテを作ってくれと依頼された」
──こんなとき、まず何から始めたらいいのでしょうか?
前回に引き続き、動画制作者向けの講師を務める山本輔氏にアドバイスしてもらいます。

 

講師山本 輔

映像作家。モーショングラフィックデザイナー。 TV CMや企業プロモーション映像、ミュージッククリップ、インスタレーションなどを手がけるほか、動画/モーショングラフィックスの学校「BYND」に登壇し、企業内のインハウス動画制作の指南も行う。

構成●矢野裕彦

 

 

具体性のない依頼が来たときプロならどうするのか

動画制作チームが立ち上がり、社内での発注であったり、自らの企画であったりしても、それをどうやって動画というコンテンツに落とし込むかということが、担当部署の最初の大きな仕事になる。しかし、インハウスの動画制作チームの場合、受注側が動画のプロではないことも多い上に、発注側が身内であったりして、受発注が曖昧なやり取りになってしまう場合も多々ある。

よくあるパターンとして、例えば「こんな動画を作りたいんだけど」と、YouTubeのリンクが送られてきた場合、多くの人が困ってしまうだろう。そのまま制作できる内容であれば問題はないが、メーカーが多大な予算をかけた動画であったり、どの部分を真似ればいいのかわからなかったりすると、手が付けられなくなる。かといって、何となく撮影を始めたり、具体化している部分のみを先行して進めたりすると、それらがムダになったり、依頼側の意図しないものができ上がったりすることにもなりかねない。

社内案件であっても、外部からの依頼であっても、発注する側は基本的に動画の素人であり、場合によっては想像している内容やプランが、まったく現実的ではない可能性もある。ではそんなとき、プロの動画制作会社の担当者は、どうやって具体化させ、現場への発注に落とし込むのか? そういった乖離や誤解を解消しつつ、実際の撮影に落とし込むまでのコツを、動画制作のプロの対応方法を軸に説明していこう。

全体を通して気にしておきたいのが「コスト」だ。これは時間コスト、作業コストの両方を含むものだが、映像の難しいところは、時間をかけたからといって必ずいいものが出来上がるわけでなく、品質が上がるという保証にもならない点だ。コストに見合った作業と品質になるように調整する必要がある。

これから挙げる4つのパターン別アプローチで、依頼主の要望を具体化し、動画制作のワークフローに落とし込んでいこう。

 

 

CASE STUDY 1 ーー具体性のないふんわりした依頼

お互いが持っている「要件定義における溝」を埋める

これは非常によく見受けられるパターンだ。「クライアント(上司)が何を求めているのかわからない」「YouTubeのリンクをもらって、これと同じものを作ってほしいと言われても、どこを同じにすればいいのかわからない」など、筆者もたくさんのクライアントから同様の依頼を受け、また同業者からも同じような相談を受けてきた。しかしこれは、製作者/クライアントのどちらかに非がある類の問題ではない。お互いのコミュニケーションポイントが異なるが故に発生するものであり、むしろこういった立脚点から話が始まるのが通常だと思ってもらったほうが、精神衛生上もいいのではないかと考える。

対策としては、いわゆる「ヒアリングシート」を用意して、顧客要件を落とし込んでいくスタイルもあるが、あえて別アプローチで挑んだほうが解決しやすい。それは、「いきなりのビジュアルコンテ提出」だ。

ビジュアルコンテとは、構成に対して仮のナレーションやBGMを付け、一本の動画にしたもの。サンプル映像やスマートフォンで簡単に撮影した素材を使って、軽く編集したもので構わない。もちろん、書類としての構成とヒアリングシートがあればなお良い。

最初からビジュアルコンテを作っていく理由は2つある。ひとつは、「テキストやプリントでは表現しにくい機微」を共有できることだ。

シナリオやナレーション、構成は書類にしやすいが、色調や構図、演技やBGMとのマッチングなどは書類にしづらい。映像もデザイン表現のひとつと考えると、シナリオや構成がクライアントの希望に沿っていても、色調やBGMのマッチングなど、すべてが整っていないと要望に応えたことにはならない。その中で、シナリオや構成が完成して、撮影に臨んでからカラーリングやBGMを後追いで付けるよりも、「われわれはこのようなものを作りたいと思っています」というイメージを初手で見せたほうが、印象も良く話も進めやすい。そして何より、案件におけるイニシアチブをクリエイティブ側で握れるので、後々の進行がしやすくなる。

もうひとつの理由は、「クライアントのこだわる部分」が抽出しやすいことだ。クライアントが頭の中で漠然と思い描く「素晴らしい映像」が、果たしてシナリオ構成によるものか、演技なのか、BGMなのか、選択肢は無限にある。しかし、ビジュアルコンテで「もっとここをこうしたい」といった言葉が出てくれば、それだけで作品内でフォーカスする部分が決まり、ワークフロー、コスト投下部分も見えて、大きく一歩前進することになる。

ビジュアルコンテの制作はそれなりに手間はかかるが、あとになって「え、そこがポイントだったんですか?」といった行き違いが起こることに比べれば、圧倒的に楽な作業と言える。

 

▲筆者が作成したビジュアルコンテの例。素材映像のプレビューデータや自分で簡単に撮ったイメージカットなどをつなぎ、BGMと仮のナレーションを入れてある。

 

▲手描きの絵で作ったビジュアルコンテの例。こんなに簡単な絵をつなげただけでも、動画にしてBGMとナレーションを入れるとイメージが湧いてくる。どんな動きかを直接書いておくと、クライアントもイメージしやすい。

 

 

CASE STUDY 2 ーー初めてのシナリオライティング

未経験者のための映像シナリオの作り方

「シナリオなんて書いたことがないのだけど、打ち合わせにシナリオを持ってきてと言われた」──これもよく相談を受けるパターンだ。

まず最初に伝えておかなければならないのは、シナリオライティングは専門職であり、本来であれば、コストを払ってプロに依頼するのがベストの選択という点だ。しかし現実には、予算がなかったり、発注するにも構成ができておらず、発注準備をする時間もないなど、「自ら書かざるをえない状況」もよくある。

では、非専門家がシナリオを書かなければいけない場合、何から手を付けるべきか。ビジュアルコンテの手法に似ているが、BGMを選び、シナリオのメインの部分を自分の思った最高のナレーションで読み上げてみることをお勧めする。「ドガーン!」「ギャギャーン!」などと叫びながら、自分たちの声でSEを入れておけば、なお良しだ。

この手法は冗談ではなく、筆者自身もシナリオを書く際に真っ先に行う方法だ。iPhoneで録音しながら、選定したBGMを流しつつ、自分で語ってみるのだ。うまく言葉が出てこない場合は、箇条書きで内容を書き起こし、しゃべってみる。そのワンシーンのナレーションを元に、伏線になるセリフやエンディングなどを肉付けし、シナリオにしていくのだ。

映像におけるシナリオは、最終的に文字ではなくナレーションやセリフ、演技や構図になり、BGMやSEとともに時間軸の中で流れるものとなる。同時に、「書き言葉」ではなく「話し言葉」に変換する必要もある。であれば、最初からテキストエディタや原稿用紙の前で書くよりも、読みながら考えていったほうが早い、という考えだ。何度も録音し、それらを編集したり、BGMを別付けしてみてもいいだろう。それを改めて、紙に書き起こしてみるのだ。

この手法だと、シナリオができた段階で、実は絵コンテまでイメージが起こされていることが多く、その点でもメリットは多い。

▲シナリオ案の例。これは絵コンテまで添えてあるが、録音から文字を起こし、その時点で絵柄も見えてくることも多い。またSEを考えることで、絵作りにつながることもある。

 

 

CASE STUDY 3 ーー「見積」をお願いします

見積を作る上での「3つの勘所」

たとえ社内の発注であっても、制作にかけられる作業コストも時間コストも限られている。言い換えれば、必ずある予算の中で制作をしなければならないわけだ。その際に必要なのは、自分たちの工数や演出を「金額」に置き換える作業だ。しかしながら、これもまた、専門的に映像に携わっていない限り、なかなか勘所がわからないだろう。

動画制作の見積を作る上で、頭を悩ます阻害要因はケースによっていろいろあるが、よくある理由が以下の3つだ。

①作業工数が読めない
②工数と品質の関係がわからない
③細部が未定なので、決められない

まず①だが、特にクライアントチェックからの修正回数や期間などのワークフローが決まっていない中では、どれだけの時間を拘束されるかわからない。そこで、イレギュラー対応も加味し、通常作業の3倍量のコストを見込んでおこう。当然その予算が通るとは限らないので、それをベースに「免責事項」で予算をカバーしていく。例えば、「修正回数が1回増えるごとに10%増額」などだ。こういった条件を付けることで、通常作業からあふれた場合でも、その工数の予算をカバーできるような仕組みを用意しておこう。

次に②だが、工数と品質の関係性は、発注側の要望に応えるために必要なすり合わせの回数と比例する。映像に「絶対的品質」はなく、発注者を満足させることがゴールだ。そのための品質チェックの回数を定めておくと、発注側にもその中でゴールに導く責任が生まれる。この際、修正回数だけでなく事前打合せやコンテ提出なども含めて提案しておくといい。

③については、クリエイティブ系の発注仕事の定石だが、条件をこちらから提示することで解消していこう。「こういった映像、内容」という仮定を条件として提示して、その中での見積とし、そこからの変更については見積変更を条件をしておくのだ。

これらの手法を組み合わせることで、発注側に内容を具体化させるようにうまく仕向けよう。


▲筆者が作成する見積書の例。各項目の備考欄に、イレギュラーな対応や追加作業などに対する料金を設定してある。

 

 

CASE STUDY 4 ーーどんどん変わる仕様と希望

仕様が変わる3つのポイントを初手で握っておく

「会社紹介用のWEB動画」だったはずが、社長のひと声で「新卒採用イベントで流す社員紹介になっていた」など、指示が二転三転し、いつの間にか目的が変わっていた
──これもまた、よくあるパターンだ。こうなると内容がブレてしまう上、作業量も増えてしまうことが多い。こういった状況は、最初に「動画を作ってほしい」と依頼があった段階で、目的が共有されていない場合に多く見受けられる。

「クライアントのこだわる部分」「シナリオ」「見積もり」という、前述したケーススタディ1〜3の対策も、仕様の固定には貢献してくれるはずだが、加えてもうひとつ「誰が何のために作るのか」を記載した書類を用意することが望ましい。

筆者はこのターゲットや目的の記載を、見積書に入れる場合がある。企画書などの書類は気がつくと更新されていたりして、うやむやになる場合があるが、見積書や請求書はクライアントの上司にまで、必ず回覧されるからだ。その際、ターゲットと目的が変わった場合は必ず見積もスケジュールも変更になる旨を、一筆記載しておくといいだろう。

仕様や内容が変わる理由はさまざまだが、特に多くの人が関わるビジネスの場合は「やむを得ない事情」というものも存在する。そんなときに作業コストや時間コストを単に奪われることにならないよう、仕様や目的が変わる場合は金額も変わる、という点を明確にしておこう。そのひと言が抑止力となって、つまらない理由で内容が変わるということを防げる場合もあるのだ。

 

 

筆者の見積書の備考欄に記載する内容例。仕様を見積段階で確定し、移行の変更に対してはペナルティを設ける。

○ 制作に当たって使用する表示情報・音声情報に変更や修正がありました場合、作業期間として変更から7営業日をいただきます。

○ 諸事情により修正から納品までの期日を早める場合は、1営業日短縮につき合計金額の10%を特急料金として増額いたします。

○ ××制作が受注の際に、納期、仕様、金額を記載した書面を電子媒体含む書面にて提出いたします。

○ 上記を持って、発注書と引き換え、以後はその仕様に従って制作いたします。

○ 意向に沿えず、修正が必要となる部分が発生した場合は協議の上修正の可否を決定いたします。 (仕様書記載以外の部分を必ず修正すると確定するものではございません)

○ 仕様規定外の修正につきましては基本的に有償となります。

○ 仕様規定外の修正については、編集費、モーショングラフィック制作費、素材費等から、1回修正につきいずれかの項目を1人/日追加となります。

○ 修正の回数計算は、××制作からの納品データサイト(Vimeo)でのアップロード回数に準拠します。

○ 撮影可能範囲は撮影当日の状況によって変更いたします。

○ 本件撮影前準備は行いません。

 

 

VIDEOSALON 2020年1月号より転載