ロサンゼルスを本拠地に撮影監督として活躍されている石坂拓郎さん。映画『るろうに剣心』シリーズの撮影でも知られている。その石坂さんがコロナの影響で夏から日本に帰国しているのに合わせて、REDの日本での代理店RAIDから、RED KOMODO 6Kを使ったムービー制作の打診があった。8月くらいから内容やワークフローを検討。石坂さんの知り合いのアクション部の伊澤沙織さんがinstagramに上げていた、トリッキングの映像とTokyo Martial Artsというタイトルを見て、それを題材に東京で撮ることになった。撮影は9月中旬の2日間、実景撮影で1日。どのような撮影を行い、KOMODO 6Kをどう評価したのか、お聞きした。
聞き手◉編集部 一柳
KOMODO 6Kで撮影した「MARTIAL ARTS TOKYO」
REDで1kgを切る小型軽量なボディのKOMODO 6K
▲ボックスタイプで約950gという軽量ボディ。6Kスーパー35センサーを採用。価格は税別66万円。記録メディアはCFast2.0をスロットイン。SDI出力は12Gで4Kに対応する。
▲2.9インチのタッチスクリーンモニターが天面に装備。ここでモニタリングだけでなく、各種設定が可能。
ーーお仕事は映画がメインですか?
長編映画が多いですね。映画はたいてい3〜6カ月単位で撮るのですが、さらに準備とポスト、休みも考えると、他の仕事があまりできません。個人的にはCMやドキュメンタリー、インタビューもやりたいと思っているのですがタイミングが合わなくて。最近は長編映画が続いていて、今年も2本ヨーロッパ、1本日本で入っていたのですが、コロナの影響で延期やなくなってしまったので、短い作品に関わりながら、2020年の残りは、撮影監督の本を書くことと勉強に当てるつもりで自分の知識を整理しています。
ーー映画の撮影が多い石坂さんですが、これまでカメラはどういったものが多かったんですか?
新しい機材を試していくのも大好きですが、作品にあったはなんでもカメラを使います。ソニーのVENICE、ALEXA SXT、ALEXA Mini、パナソニック Varicam RAW、 RED MONSTRO…。『るろうに剣心』(最終章 The Final/The Beginning…2021年GW2部作連続公開を予定)は、MONSTRO(最終章)とALEXA SXT&Mini(The Beginning)ですね。
ーー今回のムービーは東京を舞台にしたアクション映画のような動きの激しい映像ですが、KOMODOはこの価格帯としては初めてグローバルシャッターを採用して、CMOSの弱点であるローリングシャッター現象を回避できるということで、これでもかというくらいカメラも被写体も動かしてますね。
CMOSのローリングシャッターによる問題、パンした時の歪みとフラッシュバンドは相当気になっていました。特にフラッシュバンドが出てしまうのは良くないので、予算のある現場では、そういったシーンがあると、ソニーのF65とかグローバルシャッターのカメラをその時だけ借りているということもありました。ローリングシャッター歪みは、みんながそれに見慣れてきたということもありますが、それでも高画素のミラーレスカメラなどはかなり気になりますね。MONSTROくらいのカメラだと読み出しが高速になってそんなに気にならなくなっていましたが、とはいえ、森での横走りでは歪みますし、後で直す作業が必要になってきます。MONSTROはかなり使えるとはいえ、縦の柱のようなものが多く立ってるところで、揺れるような動きによって歪んだりします。そこは注意が必要でした。
このKOMODOは最初に手にとってカメラを振ったときに、あれっと思ったくらいに感覚が違いました。アクションを撮るにはピッタリですね。
一方でグローバルシャッターにしたことで感度の点で暗部が少し弱くなります。撮影前のチェックで、ISO感度のテストでチャートを撮影して、ISO感度の違いでダイナミックレンジとノイズがどうなるかをチェックしました。ISO250からスタートして3200まで検証したのですが、ISO800でもいいけど、夜のシーンが多いのでもう少し上げたい。1600でも問題ないのですが、ノイズを考慮してISO1000で統一しています(検証データは欄外から)。
今回、ロゴスコープの亀村さんに協力していただいて、Neat Videoでノイズを消せるのかどうかのテストをしました。レンズを外してセンサーのノイズだけをサンプリングすることで、センサーノイズだけを消せるのですが、カラコレをスタートする前に、デノイズして、見せたいところにシャープニングをかけるということが、RAWだから綺麗に処理可能でした。
ーーそこまでのワークフローを検証した上で撮影されているんですね。
そうですね。撮影時の3D LUTも事前に検証します。3D LUTはスマホにアプリを入れてカメラとWi-Fiで接続すると、ライブ映像を確認できるだけでなく3D LUTがリスト化されて出てきて、 LUTを当てた映像をスマホ上とモニターで動画として確認できます。今回は色を付けたライトを使う予定だったのですが、LUTは彩度の高い色に対して気をつけなければいけないところがあり、どこかで破綻する危険があります。現場では、それでチェックしながら撮影、その後再度、4画面比較でいくつかのLUTを並べて検討しました。その中でたとえば2つのLUTをかけあせてLUTを作るということが、Nuke上ではできるので、その作業を亀村さんにやっていただいて、見せてもらった上で決めていきました。
ーーそのLUTはグレーディングの段階のベースになるのですか?
今回、色のスペシャリストを入れたらどうなるのか試したかったので、カラリストにも参加してもらいました。3D LUTはガイドラインとして作って、その上でカラリストの技として何が入ってくるのか。結果的には、あるシーンではカラリストの案を採用したり、あるシーンでは僕たちが作ったLUTをベースにしてアレンジしていったりということになりました。
REDは以前は独自のカラーサイエンスだったのですが、新しいカラーサイエンスのIPP2になってから、ACESにも対応するなど他との連携も図られるようになって、たとえばARRIのLog Cに慣れていればそれでカラコレすることも可能です。16bitのRAWをこのサイズのこの価格のカメラで撮れてしまうということは恐ろしいことです。
ーーこれまでの一眼では8bitが普通でそれが10bitになりつつあり、それが16bitでしかもRAWですから。このクラスのRAWは12bitだったので、16bit RAWからはどんな映像が引き出されてくるのか想像もつきません。
たとえば風景を撮るだけでもその効果は感じられると思いますよ。
ーー撮影はジンバルでの撮影が多いようですが、オペレートもご自身ですか?
そうですね。カメラを持った瞬間にこの重さならジンバルに載せて一人で運用できると思いました。通常こういった撮影は2台で、1台はジンバル、1台は脚に載せておくのですが、今回はデモ機が1台しかなかったので、ジンバルに載せての撮影が多くなりました。『るろうに剣心』では毎日MoVIで撮影していたので、一人でやるオペレーションの癖は掴んでいたんですが、その後、MoVIもM15になり、DJI Ronin 2になってくると、もう重くて持っていられないので、特機部に二人で持って移動してもらい、自分はコントローラーでリモートで操作するようになりました。すごい速さで回り込むとか、低いところから高いところまで動かすということは、一人ではできなくて、二人持ちで自分がリモートオペレートして安定するカメラワークというのはあるんです。
一方でジンバルのソフトウェアがどんどん良くなってきているので、改めて、KOMODOのような軽いカメラの登場で、またジンバルを一人でオペレートする意味が出てきた気がします。今回、撮影していて楽しくなってきました。これなら、自分が50代になっても扱えるなと思いましたね(笑)。
ーーレンズは何を使われましたか?
トキナーの11-20mm T2.9と50-135mm T2.9で、ほとんどはジンバルに載せて11-20mmを使っていました。ジムの中のシーンで人物を撮影しているところは柔らかさをだしたかったので、ツァイスのSuper Speed T1.3を使っています。このレンズは小型軽量でいい感じにフレアも出ます。
最新のシネマレンズは性能を出すためにかなり大きく、重くなっているので、このKOMODOの小型軽量ボディと組み合わせるとバランスが悪いんです。シネマカメラのボディが大きいときはレンズのサイズが気にならなかったのですが、KOMODOでは気になる。小さいカメラだから、レンズも小さくしたいなと。
このトキナーの11-20mmはコンパクトですし、ボディとのバランスもいいし、それでいてこれだけワイドでズーム。普段10mmくらいのレンズは頻繁には使わないのですが、11mから使えてしかもズームだと使い勝手が全然違ってきますね。
▲トキナーのスーパー35センサー用のシネズームレンズ、11-20mm T2.9と50-135mm T2.9を使用。KOMODOにピッタリのレンズ。
▲バッテリーはキヤノンの業務用BP-9シリーズが標準。片方を交換しながら使用できる。
ーーKOMODOはRFマウントですが、RFマウントやEFマウントは?
現状のRFマウントレンズはフルサイズ対応ということもあり、かなり大きくて重いので、KOMODOとはバランスが取りにくいですね。むしろアダプターをつけたとしてもコンパクトなEFレンズのほうがマッチすると思いました。たとえばKOMODOの上の液晶にフードだけつけて、ハッセルブラッドみたいにして撮影するというのも面白いかもしれません。カバンからすっと取り出して街中で撮れます。
実は使用した段階はベータ版だったので、AFが効かなかったのですが、その後効くようになりましたし、ファームアップでどんどんよくなるので、AFが使えるようになったら違う遊び方ができるようになると思います。
ーーハイスピード撮影は?
ハイスピードは4K 60fpsで、2Kにすると120fpsなのですが、ギリギリまでクロップすると画質的にきついので今回120fpsまでは使ってなくて、4K 60fpsがメインですね。ただ60fpsで撮ったけど、結局ノーマルスピードで使っているところも結構あります。
ーー最終的には4K仕上げですか?
そうです。6Kで撮影してクロップしたり、スタビライザーをかけています。6K分の余裕があるので、揺れているなと思ったところでも後でスタビライザーをかければよしと現場で判断できて、それは良かったです。
今回、編集の途中段階でHDのモニターでチェックしていて、最終的に4Kモニターで見たら、色もノイズも全然違って見えて、気がついた部分がかなりあります。きちんと4Kで評価しないとダメだなと痛感しました。これから4Kが当たり前になるとそのあたりも気をつけないとなりません。4K以上の解像度になってくると、実はそれほどオーバーサンプリングの恩恵は大きくはないと思っています。それよりも色数が多いほうがレゾリューションが高くみえたりしますから。
ただ、今後の実験として6K RAWで撮った素材はディベイヤーで8K現像できる道が残されているので、8K現像してみたり、HDRにするとどう見えるかという検証してみたいと思っています。
ーー今、いろいろなタイプのシネマカメラが登場していますが、石坂さんはカメラのスタイルとしてはどういうものが理想だと思いますか?
どういうニーズかによって変わってきます。たとえばドキュメンタリーの人であれば、KOMODOのようなカメラをぽんと渡されたら音の心配をすると思います。ただこれでドキュメンタリーを撮れないかというと、そんなことはなくて、いくらでもやり方はある。要は必要なパーツを加えていけばいいんですから。REDは最初からシネマに特化していて、ボックスカメラによるモジュールデザインをやってきて、ALEXA Miniもそれで成功していると思うんです。モジュールデザインにすると色々問題があって、日本のメーカーなどはそれを嫌がるのはよく分かるのですが、潔くやらないと新しくはならないでしょうね。
KOMODOは何にでも使えるカメラだと思います。シンクも出るのでマルチカメラ撮影でも使われるでしょうし、これまでMONSTROを3台出していた現場でも、いくつかはKOMODOになるかもしれないし。いずれにしても、最大の魅力は16bitのRAW記録だと思います。そしてこのボディサイズ。スーパー35センサーでレンズも小さくできて、システム全体をコンパクトにできるということでしょう。
▲本体のみでも使用可能。レンズはSIGMA Art18-35mm F1.8をEF-RF変換で。
▲天面ディスプレイでのタッチパネルでの設定画面。驚いたことに日本語表記に対応。
●VIDEOSALON 2020年12月号より転載