DJIからはじめて、マニュアル飛行が可能なDJI FPVが登場。映画・CM・MVの現場で活躍する田中道人さんにテストしてもらい、同機のいい点・悪い点、このドローンを活かせそうな撮影のシチュエーションなどについてお話を伺った。
テスト●田中道人/取材・文●青山祐介/構成●編集部
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CM撮影の現場でドリフトを撮る
3月末から公開が始まったモンスターエナジーのCM「スーパーコーラ」の撮影でテストしてもらった。田中さんによるとこうした車の撮影ではDJI FPVの画質やFPVと収録映像の画角の差がないことなどが生きてくるという。
風景のなかを鳥のように 飛ぶスタイルに最適
「これまで5インチクラスのフリースタイルドローンで、必要な距離まで電波が届かない、送信機との通信が切れて墜落、という経験を何度もしてきた私としては通信が途切れたら自動的に帰ってきてくれるというこのDJI FPVの機能は本当にありがたいです」
普段、FPVドローンによる撮影では、もっぱら5インチクラスのシネマティックドローンを使っている田中道人さんは、自身にとってDJI FPVのメリットをこう説明する。一般的なFPVドローンで使われる合法の送信機では、通信距離が300mも届けばいいほうで、通信が途絶えると、即墜落してしまうため、どこかに飛んで行かないようその場に落ちるように設定している。DJI FPVならGPSの位置情報を頼りに自律的に離陸地点に戻ってきてくれるからだ。
田中さんはこれまでにもDJIのデジタルFPVシステムを使ってきて、今回登場した機体と送信機、FPVゴーグルがセットになった「DJI FPVコンボ」という商品名から、DJIデジタルFPVシステムのユーザーからは、通称“コンボ”と区別して呼ばれていると教えてくれた。
そんな田中さんがDJI FPVを初めて飛行させた素直な感想は、かなり手厳しいものだ。
「5インチ機に比べると、正直なところ純粋な飛行性能はいいとは言えません。フライトコントローラーのチューニングや機体の重量バランスが悪く、正直Mモードで飛ばすがちょっと怖いくらいです。フリースタイルをやる人は、自身が作ってきたドローンを自分の感覚に合うように、PIDやレートといった設定をチューニングします。DJI FPVのこの設定がフリースタイル向きではないようですね」
撮影がある日以外はほとんどといっていいほど、自身のフリースタイルの技術を磨いている田中さん。FPVドローンを使った空撮では、こうした技術を駆使して撮影するのだが、そのフライトのなかでも気になることがあるという。それが“プロップウォッシュ”で、上空での水平飛行から機体を反転させ下降しながらループする“スプリットS”や垂直方向にループする“パワーループ”で機首を引き上げる際に機体がブルブル震える現象のこと。
「こうしたトリックはFPVドローンを使った撮影でもよく使います。DJI FPVはそれが苦手だとすると用途が違うのかな、と思います。どちらかというと、綺麗な風景のなかを鳥のように飛んで撮影するドローンなのではないでしょうか」
上空でもカメラ設定を 変えられるFPVドローン
DJI FPVに搭載されているカメラは1200万画素の1/2.3CMOSセンサーを採用。最大120Mbpsのビットレートで4K/60pの映像が撮影できる。また、映像処理として「RockSteady EIS」技術により電子式のブレ補正をかけられる。
「DJI FPVのカメラはいいと思います。広角レンズの歪みも綺麗に補正されていて広すぎない画角も撮影では使いやすいと思います。色味も素直な印象です。なにより、FPVと収録のカメラが同じなので、画角のズレがありません。GoProを搭載した自作機では、FPVと収録のカメラは別になるのですが、その場合は、なるべく画角が揃うように調整はしていますが、それでもどうしても画角に差があります。その結果、飛行中は被写体がきちんとフレームに収まっていても、後から収録した映像をプレイバックしてみると、被写体の一部が切れていた、なんてことが多々あります。DJI FPVでは、それがないのはうれしい。
また、GoProはフィルムカメラのような感覚で、露出を決めて離陸したら上空ではそれを変えることができません。着陸してプレイバックするまで露出が適正だったかどうかがわからないわけです。でもDJI FPVは飛行中でもゴーグルの操作で変更ができます。これは助かります」
さらにこうした撮影設定を上空で変更するのに便利なのが、ボタン操作ひとつでホバリングできる機能だ。
「フリースタイルドローンを飛ばしている人であれば、DJI FPVのMモードでも何かあった時に自分で姿勢を戻すことができます。そのため“緊急停止”として使う必要はありません。むしろ、撮影のときに上空で待機しておかなければならないような時に、FPV機だとずっと操作しておかないといけませんが、この機能を使うことで楽に待機ができます」
自分で作って直すという FPVドローンの文化のなかで
最後にこれまで数えきれないほどのFPVドローンを作り、練習で壊しながら技術を高め、数々のCMやMVの現場で撮影に取り組んできた田中さんの視点で、DJI FPVについてこう説明してくれた。
「FPVフライトはどんなに上手な人でも日常的にクラッシュするものです。落として壊れるたびに、現場で自ら直せるようなものでないと成り立ちません。自分で組み立てて仕組みを理解することで、自分で治すこともできる。それがFPV=DIYという文化になってきました。
DJI FPVコンボは墜落して壊したら、事実上、修理を依頼するか、DJI Care Refreshに加入して追加費用を払って機体交換するしかなく、機体を壊すリスクの高いFPVドローンとしては、高くつくものになります。確かにDJI FPVコンボは、買って必要な手続きが完了すれば、すぐに飛ばすことができる、という意味で、FPVドローンの間口を広げてくれました。しかし、墜落前提のFPVドローンとして考えると、それをずっと楽しむのはなかなか大変です。これからDJI FPVでFPVドローンを始めてみよう、という人は、そういったことを理解した上で、挑戦してみてください」
DJI FPVの特徴と注意点
▲DJI DJI FPV コンボ 154,000円
機体と専用送信機、DJI FPVゴーグルV2のセット。別売品としてバッテリー2本と充電ハブのFly Moreキットや、片手で操縦できるモーションコントローラーがある。
ビジョンセンサーを搭載
機体前方と下方に向けて2個1組のカメラを装備。前方は0.5〜18mの範囲でNモード時に障害物を検知。また下方のカメラとToF(Time of Flight)センサーにより安定したホバリングを実現している。
スマホをつないでモニターにできる
機体のカメラが撮影した映像は原則としてFPVゴーグルで見ながら飛ばすが、ゴーグルにあるUSB端子にスマホをつなげば、専用アプリで映像(OSD情報は表示されない)を見られる。
映像はDJIゴーグルで
DJI FPVはDJI FPVゴーグルV2で映像を見ながら飛行する。機体の各種設定は他のDJI製ドローンのようにスマホアプリを使うのではなく、すべてこのゴーグルの画面とボタンで行う。
緊急停止ボタンも備えたプロポ
スマホホルダーがないプロポ(送信機)は、天面左側にフライトモード切り替えと緊急停止/RTHボタンがある。またMモードの飛行に欠かせない、機械的なセンターニュートラルの解除は、グリップラバーをめくってネジを締める。
カメラは1軸ジンバル
1軸ジンバルでピッチのみ制御されるFPVと撮影を兼用するカメラ。12Mピクセル1/2.3インチCMOSを採用し、最大で4K60p、FHD120pの撮影が可能。
プロペラの取り付けは要注意
DJI製ドローンのプロペラは、正逆ある回転方向を間違うと取り付けられないが、DJI FPVはどちらでも付いてしまうため注意が必要だ。
着陸の際は目視でNモードがオススメ
着陸は慣れればFPV飛行でも可能だが、スキッドとバッテリーの“点”が接地するため転倒しやすい。着陸時に一定高度に達すると自動で降下する機能が使えるNモードで、機体を目視しながら着陸する方が簡単で安全だ。
最大飛行時間20分
スペック上の最大飛行時間は20分だが、田中さんによると実用上は6〜7分。それでも2〜3分のフリースタイル機に比べると飛行時間が長くメリットは大きいという。
使用の際は航空法の申請が必要
DJI FPVゴーグルV2を着けて飛行させる場合は、航空法上の“目視外飛行”にあたる。そのため、最寄りの航空局に申請して目視外飛行の承認を受ける必要がある。またFPVによる飛行には、補助者を配置するなど安全対策を行うことが承認の条件となっている。
URL●https://www.dips.mlit.go.jp/
▲DJI FPVの持ち運びには、Torvol Quad Pitstop バックパックを使用。機体や予備バッテリーなどがきれいに収まっている。
田中道人
釧路湿原のある北海道標茶町で育ち、北海道と東京を行き来しながら、数多くのミュージックビデオやCMの空撮を手がけるフリーランスのドローンカメラマン。北海道ではドローンを使って釧路湿原の四季を撮影し、ショートムービーを自主製作することをライフワークにしている。
田中空撮のWEBサイト ●https://www.tanaqoo.com/
●VIDEO SALON2021年5月号より転載