【映画作家主義】西端実歩×ふるいちやすし 第56回「絵を描くように映画を撮る」ことに共鳴する西端実歩さんと映像作家の勇気と覚悟について話す


ふるいちやすし プロフィール

脚本、監督、撮影、編集、音楽をひとりでこなす映画作家。モナコ国際映画祭:最優秀撮影監督、脚本、音楽、アートフィルム賞。ロンドンフィルムメーカー国際映画祭:最優秀監督賞。アジア国際映画祭:最優秀監督賞。最新作『千年の糸姫/1000 Year Princess 』はアメリカSMGグループから世界配信中。一般社団法人フィルム・ジャパネスクを設立。https://filmjapanesque.tokyo/

西端実歩 プロフィール

1994年、福井県出身。現在は東京を拠点に活動中。高校時代に映像が持っている“人の心を動かす力”に魅了され、映像学科のある石川県の大学へ入学。ここから映像にのめり込み、大学卒業後、関西の映像制作会社へ入社。3年間勤務後、独立を決心し上京、西端映像制作事務所を設立。WEBCM、企業VP、ファッションフィルム、ドキュメンタリーなど幅広く制作を行う。https://www.nishibata-film.com/

 

 

 

ー今回は初の短編映画『泡沫少女』が海外の映画祭で多数受賞している映像作家の西端実歩さんをお迎えしました。おふたりの出会いは?

ふるいち 僕がフィルムジャパネスクっていう映画のレーベルを作って、そこに相応しい映画作家を探していたときにTwitterで実歩さんの画を見て、もちろん静止画だったんだけど、この人は自分なりの色を持っている人、デヴィッド・ハミルトンみたいに、この画はこの人だとすぐに分かるような個性を発揮していて、興味を持ちました。

西端実歩 ありがとうございます。嬉しいです。

ふるいち この人にはこの感覚で映画を撮ってほしいと思ったのですが、すでにそのときに『泡沫少女』ができあがっていて、この映画は映画祭で何冠も受賞してたんですよね。美しさというのは色々な人の美意識があっていいし、その美しさは自分とは違うものだし、でも画自体が力を持っているということは分かります。

 

絵を描くように映画を撮りたい

西端 私は画が好きで、映像を画として見ているんで、ふるいちさんの今回の本のタイトル、「絵を描くように映画を撮る。」というのは、まさに私はこれだ! と思いました。

ふるいち このタイトルの意味は3つくらいあって、ひとつは絵を描くくらいに「簡単に」映画を作ろうということ、そして絵を描くくらい「自由に」作ろうということ。そして「楽しく」作ろうということなんです。

西端 ある方から、「伝えたいことがないなんて“映画”ではない。自己満のアート作品だ。後付けでも伝えたいことを用意しておいたほうが良い」と言われました。なるほど“映画”というものはそういうものなのか、と、その時は思いましたが、どうしても私の中では、違和感がありました。子供は絵を描くときに何かを届けたくて描いているわけじゃなくて、単純に描きたいから描いてるんだと思うし、そんなふうに絵を描くように映像を作りたいと話したこともあって、このタイトルを見た時はびっくりしました。私が言いたいことと同じだ! と。

「届けたいことが先にあるわけではない」というと拘りがあまりないのではないかと思われてしまいそうですが、むしろ1枚1枚の画に凄くこだわりがあって、メッセージをこめています。

ところが自主制作の映画で、映像そのものが好きで描いている映画というのは少ないと思っていて。でもVimeoで海外の映像でそういうものを見かけて、好きな映像はいっぱいあるんですよね。だからそういう方向はあると思っています。

 

 

作家の勇気と覚悟

ふるいち 『泡沫少女』はセリフがないわけだけど、どこかでドラマでなくてもいいじゃないかと言ってましたよね。それくらい映画を自由に捉えたほうがいい。ただあなたの静止画のインパクトからすると、『泡沫少女』を見たときはちょっとがっかりした。映画をもっと自由に捉えられるかというのは、僕らの勇気と覚悟だと思うんだよね。自分のこだわりを前面に出すと絶対に人からいろいろ言われると思うけどね。僕みたいなオッサンでもそれでぐらつくことあるし、これも大事なんだよなって横に置いておかないといけないと思っていることは大抵後悔する。

一番怖いのは「俺は実歩さんのことをわかってるけど、こんなの実歩さんじゃないと思う」みたいな、味方のふりして言ってくる人。その人の言葉に耳を傾けないほうがいいと思う。僕の周りにもいるんですよ。「今回はふるいちワールドじゃないですね」ということを言ってくる人が。なに言ってるの、作ってるのはふるいちなんだよ、ここに本人がいるでしょって。

西端 日本人というのはカテゴライズが好きなんですよね。ミホリンってファンタジー、メルヘンが好きだよねって言われて。薄っぺらく見ればそうかもしれないけど、別にメルヘンを描きたいわけじゃないし、ちょっと浅すぎるよなって思いながら。

なんか分かんないけど好きと言ってくれるほうがよくて、わかったふりされるのが嫌だなと思いますね。「映画はこういうものだ」という固定概念との違和感と葛藤しながら、今回、制作してきて完成し、もちろん世界中からも評価もいただけて満足しているんですが、さらに自分の世界を探求し、次に作る作品はもっと“映画”という固定概念から脱した、遊び心溢れる世界観で映像を紡ぎたいと思っています。

ふるいち 最初にあなたの画を見て注目したと言ったけど、もちろん美しいんだけど、僕はその色やトーンが好きということではないんです。そこに力と個性があって、それをどんと出す勇気があるからいいと思った。その個性は明後日には変わってるかもしれないけど、勇気こそが作家にとって重要なことであって、それは動かないと思う。

西端 作品を見てこう感じたということを自由に言ってもらえるのは好きなんです。それが想像もしないことであっても。それこそが作品を作る真骨頂だと思います。私の作品は、「見た人が感じ取ったこと」それ自体が作品だと思っているので。

ふるいち 本当にそれは人それぞれ受け取り方は違って、僕もそういうことを経験してきたけど、作家冥利に尽きますね。

西端 自分が描いたつもりではなかったことが伝わってたりとかするとすごい面白いですね。

 

 

 

「映画」と言いたくない?

ふるいち これからこういう方向に進んでいきたいというイメージはあるんですか?

西端 映画、映像をやりたいっていうより表現がやりたいというのが一番先にあるので、いろんな表現の仕方をしていけたらと思っています。たとえばインスタレーションとかショーをプロデュースするということもやってみたいし、詩の朗読でもいいし。

ふるいち 今、映画というのを映像と言い直したけど?

西端 映画だと狭すぎるかなあと。仕事としては映像全般をやりたいし、私がやりたいことは表現すること。“映画”という枠に拘ってるわけではないので、映画ではない作品として見てもらえば良いと自分に言い聞かせながら、時には周りの声に揺るぎつつ作り上げてきました。

ふるいち それは映画を狭く捉えすぎ。そこはクイーンになってください。たしかにスタッフが50人ともなるとほんとに身動きとれないけど、僕も女優ふたりと自分だけで撮った映画もあるし、そこから始められる。いい人がいると思ったら、その人と一緒に何か作る。2、3人で居酒屋で信頼関係が生まれたりするんですよ。それでちゃんとした映画になると思う。

西端 映画を作るとなると、大勢のスタッフで、カット割もしっかりしたものを作るという固定観念があるかも。

ふるいち それはあなたが人に恵まれているから。チームができてしまう。そういうフォーマットはたしかにあって、それでいいけど、それとは別の作り方もあるので、映画を諦めないでほしい。

西端 私にとって表現をすることは深呼吸をすることと同じで、人生の足跡でもあります。これからも絵を描くように映像を作っていきたいです。

 

 

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VIDEO SALON 2022年12月号より転載