撮影監督・髙間賢治さんが監督したドキュメンタリー映画『りりィ 私は泣いています』


 

ビデオサロン本誌で撮影日誌を2011年から7年間連載されていた撮影監督の髙間賢治さん。その髙間さんが映画としては初監督を務めたドキュメンタリー映画『りりィ 私は泣いています』が2月16日のアップリンク吉祥寺をスタートに全国で順次公開される。実は、連載時にりりィさんのライブを撮影しはじめた経緯を書いていた。それが2014年のこと。そして10年後にそれがドキュメンタリー映画として公開されるとはそのときはまったく想像もしていなかった。映画化にいたった経緯を中心にお話を聞いた。(聞き手・編集部 一柳)

 

――りりィさんの映画が公開されると聞いて驚きました。連載のときに撮り始めた頃のことを書かれていましたよね。

 

そうだったっけ? あの頃は暇で、キヤノンのカメラ(EOS C100)は買って持っていたけどちょうど仕事がなかったからね。カメラがあるんなら撮ろうと。

 

――あ、ありました。ここですね。撮り始めたときのことをあらためて教えてもらえますか?

「撮影監督 高間賢治の映画撮影記」(2018年刊)より

ライブを撮り始めた頃のこと

 

りりィさんと言えば、僕の世代からすると、「私は泣いています」が大ヒットしたシンガーソングライターなんだけど、一緒に仕事したことがある美術監督の稲垣尚夫さんがライブハウスを経営していて、そこでりりィさんがライブをやるから来てくれということで、行ったんですよね。りりィさんは齊藤洋士さんと「りりィ+洋士」というユニットを組んで、ギターと歌で活動していたんだけど、歌もすごくよかったんだけど、洋士さんのMCもりりィさんの今までの人生を語るような感じで、その語りにも感動したんですよね。

そこは結構広かったんだけど、15人くらいしか客がいなくて、これはもったいない、この感動は記録しておきたいと思って、すぐにfacebookで友達申請して、ライブを撮らせてくれないかとお願いしたの。そうしたら、ぜひお願いしますということになって。

 

それから、新宿の461というバーに撮りにいって。そこはもう小さな店でしかも満員でカメラを2台持っていったんだけど、置くところがなくて1台しか使っていない。その次の渋谷では、反対から撮ろうと思って。そうやって10年くらい撮り続けようと思ってたの。時代も衣装も声もかわるけど、バラバラなのを組み合わせてあたかも1本のライブを見ているように編集したらいいかなと思って始めたんですよ。

そのあと、宇都宮にも行って撮影しましたね。

 

――そのときに撮影に行く足として、ホンダ・モビリオを17万円で買ったというエピソードを連載では書かれています。

 

その後、ちょうど四国でローカルCMの撮影していたんだけど、撮休の土曜日に、内子という街でのライブがあるというので、そこでも撮影した。

ところがそれが終わってから、全然連絡が来ないなあと思っていたら、亡くなったという連絡が来たんです。個人的に親しくしていたわけじゃないから、具合が悪いということは知らなかったのね。最後の内子ではちょっと喉の調子が悪そうだなとは思ったけど。

撮影したのは4箇所だったから、これではまとめられないなと思って、そのまま素材は放置してあったんだけど、他の仕事で知り合っていたディレクターの熊谷達文さんに素材を渡して、なんとか形にしてもらえないかとお願いしました。それまでの素材で編集してもらって、それは『りりィに会いたい』というDVDになったのが2022年の11月。せっかくだから、これを映画館で上映して、みんなで観て、その後ミニライブをやるというようなイベントをやりたいなと話していたんです。

 

りりィさんとは何者だったのか、インタビューして見えてきたもの

 

そうしたら、映画として上映するんだったら、『タカダワタル的』のような映画にしたほうがいいよというプロデューサーがいて、それを観てみたら、関係者のインタビューで構成されてるのね。

 

――ライブだけじゃなくて、インタビューも集めればドキュメンタリー映画になるのではないかと。

 

じゃあ、どんな人にインタビューをしようかと相談したら、坂本龍一がいいんじゃないかと言われて(1976年、「オーロイラ」というアルバムでアレンジャー、バックバンドとして参加している)。それはさすがに実現しなかったんだけど、りりィさんが役者として所属していたのがアルファエージェンシーで、その社長さんと親しくて、彼が、りりィさんと関わりがあった人たち、たとえば同じ事務所の豊川悦司さんとか、それから男闘呼組の高橋和也さんに声をかけてくれて、さらに、研ナオコさんや山崎ハコさんにも連絡をつけてくれて、協力してもらえることになったんですよね。

豊川悦司(俳優・演出)
テレビドラマ『青い鳥』で別れた母親役にりりィを推薦して独特の印象を受け、自分が演出するドラマにはりりィを当て書きして出演してもらったという。

 

――インタビューは全部で何人にされたんですか?

 

齊藤洋士さんも含めて11人ですね。基本的には熊谷さんが話を聞いていって、僕がカメラを回すという役割で。熊谷さんは、インタビューするだけでなく録音も担当してくれたから現場では本当に助かりましたね。編集の段階も、僕はカットを選んだり、テロップを考えたりはしたけど、どこにインタビューをいれるのか、全部の曲を入れると長すぎるから、どこををカットするかなど、大きな構成も含めて考えてくれましたから、実質監督をやってもらったようなものです。

 

――そうやってできてみると、ライブDVDとはまた違うものになったということですか?

 

そうですね。インタビューとライブの歌とがうまく噛み合って、両方が相乗効果でよくなるというのかな。りりィさんをデビューさせた寺本さんというプロデューサーが話していて、その関連の曲が入ってくるという、いい構成になっています。

 

――りりィさんというと晩年の柔らかいお母さん役の印象が強いのですが、デビューの頃の「私は泣いています」というイメージと直接繋がらないですね。若い世代は役者としてのりりィさんしか知らないと思います。

 

いや、僕にしても当時のシンガーソングライターの時代にどんな活動をしていたのか知らなかった。1970年代にバイバイ・セッション・バンドというバンドと一緒にアルバムを作ったんだけど、そこに坂本龍一とか伊藤銀次もいたと。だから坂本龍一にインタビューしたらどうかという話も出たんですけどね。

伊藤銀次さんにはパンフレット用の文章を書いてもらったんですよ。僕にしてもこの映画のためのインタビューしていくうちに、りりィさんがいかにすごい人だったかを知るというような状況だったんです。

 

――岩井俊二監督もインタビュー出演されていますね。

岩井俊二(映画監督)
豊川悦司演出のドラマを見て『リップヴァンウィンクルの花嫁』に出演を依頼。りりィ主演の次回作を考えていたと映画の中で明かす。

 

岩井監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』、りりィさんは最後に出てくるんだよね。これがほんとにすごい演技だった。カメラ2台であのシーンを撮ったと言ってたんだけど、この映画には、そのクリップも入れさせてもらっています。この演技はすごいよ、普通の人じゃできないなあ。岩井監督もりりィさんにまた出演してもらいと思っていた矢先に亡くなってしまったと言われていたけど。

 

――振り返ってみると歌手としても役者としても、不思議な存在の人で、この映画を観ることであらためてそれに気がついていくという映画ですね。アップリンク吉祥寺での公開中は毎日イベントがあるそうですね。

 

りりィさんの誕生にあたる2月17日の前日の2月16日から2週間、アップリンク吉祥寺で公開されます。毎回ミニライブを含むトークイベントをやりたいと思っています。それ以降、全国で公開していきます。そんなに宣伝できるわけではないけど、告知に協力してくれる人たちがいて、このポスターを見て、気に入ってくれる人も多くて、口コミでじわじわ広がるといいなあと思っています。

 

 

『りりィ 私は泣いています』(2023年/108分/日本)
監督・撮影:髙間賢治
出演:りりィ、齊藤洋士、高橋和也、根岸季衣、山崎ハコ、JUON、寺本幸司、研ナオコ、深沢剛、谷口幸生、豊川悦司、岩井俊二
配給協力:村岡克彦・神原健太朗 配給:渋谷プロダクション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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