『川の底からこんにちは』や『舟を編む』などで多くの映画賞を受賞してきた石井裕也監督。日本の社会や政治の問題に切り込む作品を世に送り出してきた故・河村光庸プロデューサーから本作を託された石井監督はどのような覚悟を持ってこの作品を作りあげたのか。ひとつひとつの問いに真摯に向き合い、つむいでくれた言葉をお届けする。

取材・文●編集部 伊藤

 

監督・脚本 石井裕也

1983年6月21日、埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作として監督した作品『剥き出しにっぽん』(’05)が、第29回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞。第37回日本アカデミー賞で『舟を編む』(’13)が最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。他の監督作に、『ぼくたちの家族』(’14)、『バンクーバーの朝日』(‘14)、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(’17)、『町田くんの世界』(’19)、『生きちゃった』(’20)、『茜色に焼かれる』(’21)、『アジアの天使』(’21)、『愛にイナズマ』(’23)などがある。

 

映画化のオファーを受けて最初に感じたのは不安と恐ろしさ

――まずは企画の経緯の教えてください。

もともと僕が辺見 庸さんのファンで、小説『月』の文庫版に解説を書いていたんです。それを読んだ河村プロデューサーが僕に監督のオファーをした、という流れです。

――映画化のオファーがきたのは、願ってもないことでしたか?

ある意味ではそうでしたが、ある意味では違いました。小説を読んで文庫版の解説を書いている時点で、作品を映画化する可能性について、頭の中で想像はしました。「映画にしたらどうなるんだろう、でも無理だろうな」というような不安と恐ろしさみたいなものをまず感じました。

――今回、映画化に向けて脚本を執筆するにあたって、ストーリーを再構築されたそうですね。

小説は、重度障害者のきーちゃんが主人公で、その自由な思索、想念がベースになっています。なかなか映画的に直接変換できなくて、きーちゃんが主人公にはなりづらい点をどうするかというところから始まりました。

また今回はプロデューサーの河村さんには上映規模を大きくして、なるべくたくさんの人に見せたいという意向があったので、物語を広げるためのしかけを考えました。

 

「障害者の尊厳を守る」とはどういうことなのか最後まで考え続けた

――映画化にあたって障害者施設への取材に行かれたそうですね。

半年以上かけて取材をしました。障害者施設は簡単に見学をさせてもらえる場所ではありません。特に今回のような作品の場合、先方も構えますし、悪意を持って描かれたらどうしようという不安ももちろんあったと思います。

基本的にはオープンな業界ではありませんし、それを取材することが難しいことはわかっていたので、いろんなアプローチを取りながら取材していきました。

――障害のある方を作品の中でどう描くかというのはとても難しいことだったと思います。

今回、最も協力してくれた障害者施設の施設長の方から「どういう映画を撮ってもいい、でも障害者の尊厳だけは守ってくれ」と最初に言われたんです。「障害者の尊厳を守る」とはどういうことなのか、禅問答のように最後まで考え続けました。

僕らなりに考えて、大きな答えとして出したのは、実際に重度の知的障害をもつ方々の生活、あるいはその日常の表情にカメラを向けるということでした。

――作中では実際に施設にいる方を収めたカットもありますね。そのほかに作品を作り上げるうえで意識されたことはありますか?

過去に自分に子どもができたことがわかったとき、最初に頭をよぎったのは「心配」だったんです。健康な子どもなのか、もっと言うと障害を持っていないか、ということを真っ先に不安に思いました。

今回作品を制作するなかで、そのこととやまゆり園の事件の犯人が言っている言葉や考え方に関係性があるかどうかということを考えました。いろんな考え方があって、関係がないということもできるとは思いますが、僕は少なからぬ繋がりを感じています。

障害者の存在を考えたときに、もちろん頭ではわかっていても、自分の中にこびりついた感覚として、それを怖いと思ったり、自分がなったらまずいと思ったり、あるいは自分の家族にそういう人ができたらどうしようという不安は、やっぱり拭いきれない。そういうものを全部無視して、今回の事件のことを「狂人が起こした自分とはまったく関係のないもの」だという風には片付けられなかったんです。

 

深夜の暗闇や静寂への恐怖を視覚的に表現

――劇中に出てくる施設は画作りの面でもかなり印象的でしたが、どのように見せ方を決めたのですか?

暗さの表現にはすごくこだわっています。特に闇です。さとくんは、ずっと闇に向き合ってきたんじゃないかと僕は思うんです。夜勤の時、たったひとりでじっと闇を見つめ続ける。その中から、見てはいけないものを見つけてしまった。そういう想像は僕の中で強くありました。妖しい日本的な闇ですね。

――その部分の撮影はセットですか、ロケですか?

光のコントロールはセットじゃないとできないので、セットを作りました。が、ロケ地に増築する形で作っているので、半々のようなものです。

 

「さとくん」を演じる磯村さんにすべてをかけると決めた

――キャスティングについてもお話を聞かせてください。

まず、宮沢さんは僕からしたらスーパースターで、自分とはまったく違う世界で活躍されている方という印象がずっとありました。映画賞などでお会いするたびに「私はあなたのファンですよ」とお声がけいただいていて、まあそれはお世辞なんでしょうが、宮沢さんは規模の大小を問わず、いいものであれば出たい、しかもいろいろなチャレンジを切望している方なんだろうなという予感は持っていました。

――磯村さんはどのように出演が決まったのですか?

この映画で「さとくん」を誰がやるのかというのは、ある意味での作品全体の考え方、思想でもあるので、そこはプロデューサーに委ねようという気持ちがありました。

僕にとってすごく重要だったのは、誰にしようかという選択よりも、この役をやるという人は誰なのかということでした。普通に考えれば、ものすごくリスクがあって、どういう世間のハレーションが起きるかもわからないけど、それも全部引き受けたうえで、誰がやるのかということ。

生前の河村さんが、磯村くんがいいと言っていて、引き受けてくれるらしいと耳に入った時点で、彼にすべてをかけると決めました。

――磯村さん演じる「さとくん」はどのように人物像を作り上げていったのですか?

この作品の中では、事件を起こしたのが危険人物や猟奇殺人鬼ではなく、極めて普通の人間で、まったく悪意も持たずに犯行を実行した、という解釈を行なっています。今まであまりなかったこのような人物をどう捉えていくか、ということはかなり話し合いました。

 

クリエイターとして生きるなかで感じる「生産性」という言葉への疑問

――劇中の登場人物は「創作をする人」という共通点がありますが、映画監督というご自身の立場もその描き方に影響があるのでしょうか?

極端な言い方をすれば、僕たちクリエイターもある意味では生産性がありません。誰からも認められず、評価されていない人間は、生産性がなくて生きる価値がないのかという疑問が僕の中にあるんです。

例えば、この映画のメインとなる4人の登場人物はそれぞれの創作活動によってお金を稼げない存在です。そのような人間も排除されるのかということは考えました。

こういう仕事をしているからかもしれませんが、「生産性がない」という言葉に対する反応は強くあったのかなと思います。

ただ、物作りの価値は当然感じているし、期待していると同時に、危うさもはらんでいることはたしかです。「こういう世界が正しいんだ」とか「こういう世界がいいんだ」と表現した時点で取りこぼされている要素は絶対にあるものなので。表現、創作というのは、いつも危険が孕むものだと思っています。

――ありがとうございました。

 

現場のメイキング

 

『月』 新宿バルト9、ユーロスペースほか 10月13日全国公開

▼あらすじ 

物語のおもな舞台となるのは、深く暗い森の奥にある重度障害者施設。施設の職員として新たに働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は“書けなくなった”元・有名作家だ。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)と、慎ましい暮らしを営んでいる。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにしそれを訴えるが、聞き入れてもらえない。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、絵が好きな青年・さとくん(磯村勇斗)。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく――。

▼DATA

監督・脚本:石井裕也、企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸、製作:伊達百合、竹内 力、プロデューサー:長井 龍、永井拓郎、アソシエイトプロデューサー:堀慎太郎、行実 良、撮影:鎌苅洋一、照明:長田達也、録音:髙須賀健吾、音楽:岩代太郎、美術:原田満生、美術プロデューサー:堀明元紀、出演:宮沢りえ、磯村勇斗、二階堂ふみ、オダギリジョー、原作:辺見 庸『月』(角川文庫刊)、配給:スターサンズ/2023年/日本/144分/カラー/シネスコ/5.1ch/PG-12

◉公式サイト
https://www.tsuki-cinema.com/

 

VIDEO SALON 2023年11月号より転載