2週間全回満席となり拡大上映もされたホラー映画短編集「NN4444」。企画や制作をしたのは映画レーベル「NOTHING NEW」だ。既存の枠組みにとらわれないさまざまな取り組みから、若手クリエイターが映画というジャンルで羽ばたける環境構築を目指す「NOTHING NEW」のこれまでの歩みと今後の展望をプロデューサーの林 健太郎さんに聞いた。

取材・文●編集部 伊藤

映画レーベルNOTHING NEW立ち上げに込められた想い

――林さんはもともと映画会社にお勤めだったんですよね。

そうですね。元々新卒で映画会社に入りました。

さかのぼると高校生のときにクラスメイトが作った自主制作映画をきっかけに、予算規模に関わらず面白い作品がたくさんあることを知り、同世代や若い世代の人たちと一緒にオリジナル作品を作り続けたいという想いが芽生えました。その実現に向けて進んでいく過程でまずは映画会社に入ったんです。

――NOTHING NEWはさまざまな取り組みを進められていますが、そもそもどうしてこのような活動をしようと思ったのでしょうか?

ひとつ目のきっかけがコロナです。当時の自分は劇場勤務で自宅待機になってしまいました。すべての予定が飛んで何もできなくなってどうしようかと思ったときに、立ち上げたのが「劇団ノーミーツ」というリモート演劇集団です。それが会社の垣根を越えて大きなプロジェクト立ち上げるはじめての経験でした。既存の枠組みにとらわれないチャレンジを今度は映画でも挑戦できるのではないかと思ったのがNOTHING NEWを始動する最初のきっかけです。

現在の映画業界、特に大手企業にとって、実績がなくヒットする確証がないなかで若い世代がオリジナル作品を作るのはハードルが高いことなので、そこから一歩離れて自分自身で挑戦したほうがいいのかなと思った次第です。

――映像制作というジャンルについて現在では選択肢がたくさんあるなかで、「映画」に取り組むことに対して、林さんにはどのような想いあるのでしょうか。

映画は、芸術なのに娯楽でもあり、予算規模が大きいにも関わらずビジネス的には不確実性が高い、という様々な側面を持つ不思議な存在だと思っています。また、どれだけ作品を作り続けたとしても、時代が移り変わり新たな作家が生まれ続ける限り、新しい表現や面白さは生まれていく。業界として様々な課題もありますが、生涯挑戦する価値のある領域だと思っています。

リアルで物質的な映画体験を提案するVHS喫茶「TAN PEN TON」

――これまでNOTHING NEWがどんなプロジェクトに取り組まれてきたのか教えてください。

NOTHING NEWは2022年の4月に設立し、2023年に本格的な活動が始まりました。2023年度には大きく分けて3つのプロジェクトを実施しました。

2023年度に挑戦しようと思ったテーマのひとつに「ショートフィルムの可能性をどこまで検証できるか」があります。なぜショートフィルムに着目したかというと、そもそもこれから一歩目を踏み出す若手クリエイターがいきなり長編作品を作ることが難しい中で、ショートフィルムはその人の名刺にもなりうるし、作家性の検証もできるからです。

ただ視聴者からすると、ショートフィルムに触れる機会はなかなかありません。クリエイターはショートフィルムをYouTubeで発信して終わりになってしまって、視聴者的がそれを検索して見るのは難しく、さらにそこで収益を上げることも厳しいのが現状です。

時代が進んで、映像の楽しみ方や映画との出会い方も多様になってきているのではという仮説があったので、それを検証する取り組みの第一弾として秋口に「TAN PEN TON(タンペントン)」という拠点を下北沢に作りました。「場を通したショートフィルムとの出会い」を作り出すことにチャレンジできないかということで、VHS喫茶のお店を作ってみました。

――それは意図的にリアルでの交流の場を作ったのでしょうか?

自分自身もヘビーユーザーではあるのですが、サブスクリプションサービスの普及によって作り手としても視聴者としても、映像を見ることへの消費と効率が加速している感覚があります。それによって作品ひとつひとつの価値が、よく言えばカジュアルに、悪く言えば低くなってしまっているのかなと思っています。本来映画には1本1本味わって視聴することや、ひとつの作品を大事に見続けることなど、ちょっと非効率で物質的な体験の価値があったのではないのかなと考えていて、そういった自分の想いを重ねています。

――TAN PEN TONがオープンしてからしばらく経ちますが、お客さんの状況やリアクションはいかがですか?

当初の想定より10代などの若い方も来てくださったのはいい意味で想定外でした。VHSを触ったことのない方がコンセプトに引かれて、お店にやってきて楽しんでいるようなので、ショートフィルムが今まで届いてなかった層に少しずつ届き始めているのを感じます。

さらに通常の営業以外に、隔月くらいでクリエイターが集まれるイベントをTAN PEN TONがあるボーナストラックというエリア実験的に始めているのですが、交流の場としての価値の高さを感じています。クリエイターやプロデューサーから話を聞くと、コロナをきっかけに交流のきっかけがなくなっていて、お互い一緒に伴走する相手を求めているようなので、まずはビジネスの有無に関係なく緩くつながって、そこからつながりを発展させていくのはすごくいい流れになるのではと思っています。

――今世の中的には若い年代の間で「レトロブーム」もありますが、VHS喫茶をやるにあたってはその流れも考慮していたのでしょうか?

VHSを選んだのは、自分が実家に帰ったときに、『ベイブ』のVHSを見つけて、その定価が1万6000円だったことに衝撃を受けたことがきっかけです。家族に聞くと昔は「その映画を生涯見たい」と思って取っておいて何回も見るのが一般的な時期もあったようで、それに対してすごくいいなと思って。自分としてはそこに強烈な時代性を感じました。映画一本が1万6000円だったこと自体が逆に批評性も帯びているというか、考えさせるきっかけになるのかなと思って、それに近い体験をTAN PEN TONを通して今の世の中に提案していきたいと思ったんです。

そもそもレコードなどに比べたらVHSはかなりニッチな存在であったりするので、プロジェクトとしてどうなるのか正直わからない部分がありましたが、結果的にはレトロブームの延長線として知っていただいた方も多かったです。

14日間連日満席の快挙 ホラー短編集「NN4444」はなぜ異例のヒットをしたのか

「NN4444」のメインビジュアル。「NN4444」は4人の新鋭監督によるホラーショートフィルム作品集。当初は深夜0時から4時のみインターネット上に現れる映画自販機プラットフォーム「NOTHING NEW」で公開され、その後劇場公開へと発展した。

――今度はふたつめの取り組みについて教えていただいてもよろしいですか?

次に実施したのが、「NN4444」というプロジェクトです。短編作品を4本制作して、「深夜0時から4時までしか見られない映画自販機」というコンセプトで、最初はオンラインで販売を開始しました。

――かなりコンセプチュアルなプロジェクトだなと感じましたが、どうしてそのような企画にしようと思ったのでしょうか?

これも想いとしては先ほどと共通していて、現状ではYouTubeで公開されるケースの多いショートフィルムがいつでも無料で見られる存在であるのに対して、限られた時間の中で有料でしか見られないというコンセプトでどこまでの人から反応してもらえるのか、ということへの実験的な挑戦でした。NOTHING NEWとして最初の作品のローンチだったこともあり、自分たちが持っている想いも発信していきたかったので、企画に意思表示も盛り込んでいます。

――このプロジェクトを知ったとき、視聴者がオンラインで作品を1本買うごとにその売上額の一部がクリエイターに直接還元されるしくみであることが非常に印象的でした。なぜそのような枠組みにしたのでしょうか?

もしかすると現在は少しずつ状況が変わっているのかもしれませんが、劇場公開の映画を作る際、監督は制作に対する報酬はもらえるものの、作品がヒットした際のインセンティブは出ないことが大半です。

自分たちは小さいチームでゼロからプロジェクトを立ち上げているので、チームのみんなで勝負してうまくいったときは、金銭的にもみんなが獲得できる新しい枠組みを実現できないかなと思った次第です。なので、オンラインのプラットフォームを展開した際、それを試験的に検証することができましたし、今後長編を作るときも監督に対するインセンティブ設計などをプロジェクトごとに組んでいきたいなと考えています。

――新たな枠組みのプラットフォームを展開したことに対する反響はいかがでしたか?

SNSでの口コミがきっかけで想定よりも話題になりました。映画好きの方に限らず、「夜寝る前に少しリッチな体験をしたい」という方がかなりいて、「特になにもない日だったけど、寝る前にこの1本を見たからいい1日になった」といった声もいただきました。夜ふかしをする人たちにとっての新しいエンタメコンテンツのひとつとして捉えられたようです。

実はサービスの登録者数に対して、夜遅い時間に見ることができなかったというケースが圧倒的に多かったようで、そういう方が劇場に来てくださいました。(※NN4444は2023年12月にサービスがローンチし、その後2024年2月に劇場公開された。)

――それはおもしろい現象ですね。

通常は劇場公開した後にオンラインで配信するので、今回は逆の流れだったのですが、結果的にオンラインをきっかけに作品を知った方が劇場に来る流れを生み出すことができ、まだいろいろな可能性あるなと感じました。

――劇場公開するのはどのタイミングで決まっていたのですか?

今回、下北沢のK2シネマさんで最初に上映したのですが、実は企画段階から劇場公開の承諾をいただいていました。K2シネマの大高さんという方が、もともと「Short Film Biotope」という活動をされていて、新鋭作家の育成や劇場を通してショートフィルムをエンパワーメントしていくことへの想いのある方で、バックアップをしていただきました。作品について何も決まってない段階から承諾いただいていたことは自分たちにとってかなり心強かったですし、だからこそ、どのタイミングで劇場公開するかなど実験的に動くことができました。

――作品は海外の映画祭でもコンペティション部門での選出などが複数出ていますよね。

そもそも海外市場にどうやって接続するかはこのプロジェクトの目的でもありました。この先、長編の共同製作や配給を海外でしていきたいと思うなかで、1本でも多くの作品が海外の著名な映画祭で入選して監督と一緒に現地へ行って、まずはそこの空気に触れてみたかったというのがあります。

(左から)中川奈月監督『犬』、佐久間啓輔監督『Rat Tat Tat』、宮原拓也監督『洗浄』、岩崎裕介監督『VOID』のポスタービジュアル。ボストンSF映画祭 Short Film部門やサンフランシスコ国際映画祭コンペティション部門など、作品ごとにさまざまな映画祭で選出されている。

――海外を意識する上で、ショートフィルムの作り方や構造の面で意図的に企画に取り入れたところはありますか?

海外の人に向けてどうこうするといった作り方はしませんでした。これは自分の仮説ですが、世界に向けて作品を作るときは、むしろ作家が内包している極私的な感性や日本人作家ならのドメスティックさをクリエイティブとして深く追求することで、逆に広い層の心を打つことができるのではないかと思っているので、企画はそういった形で詰めていきました。

一方でクオリティに関して、海外のショートフィルムは日本の何倍も予算をかけるのが当たり前なのに対して、自分たちまだ小さなチームでそこまで潤沢な予算をかけられません。そのため自分たちのビジョンに共感してくださった制作プロダクションの方と一緒に制作することで世界水準のクオリティにしていくよう意識しました。

――ホラーというジャンルにしたのにはどんな理由はあるのでしょうか?

理由はふたつあります。ひとつは海外の映画市場を数ヶ所回ったときに、ホラーは非言語の表現なので国を越えてお客さんの心を動かせるのではと考えました。いろんな人たちと話しながら、予算をかけられない新興のプレーヤーとして世界に挑む上で適切なジャンルなのではないかという結論にいたりました。

もうひとつの理由は、作り手として恐怖表現の追求に興味があったからです。実は自分は「ジャンプスケア」と呼ばれる、驚かせるタイプのホラーを怖くて見られないのですが、その一方で恐怖表現やそもそも「怖いって何だろう」ということを考えるのがすごく好きだったんです。なので、直接的な表現をしない形での怖さや、これまでなかった恐怖の表現は何だろうといったことを追求してみたいという気持ちがあります。最近の日本のホラーは割と恐怖を直接的に表現する作品が多い印象があったので、そことは違う形で挑戦したかったという気持ちがあります。

――4本の作品を制作する際、監督を誰にするかということはすごく重要なポイントだと思います。さらに今回の作品はそれぞれ作風がまったく異なりますよね。林さんはすべての作品にプロデューサーとして関わられていますが、そこはどのようにバランスを取っていったのですか?

監督の起用に関しては、まずプロジェクトとして不条理さや、摂理的な怖さを描く形のホラーに挑みたいという想いがあったので、それら領域に関心がある方々とコミュニケーションを重ねながら決定しました。意識したのは、今回はじめて映画に挑む監督がいたり、広告出身者がいたり、インディペンデント映画業界ですでに活躍している人がいたり…と出自が違う4人の監督としたことです。不条理さを描けるといった部分での共通言語がありつつ、異なる作家性がそれぞれ発揮できたらと。

制作に関してはむしろバランスを取ろうとは思わず、全員バラバラでいいので、できるだけ監督たちがそれまで抑制していた癖や作家性を解放していこう、と話していました。出来上がりを見ると、そういった面では一貫性が出たと感じました。

――作品を2月18日から劇場公開した際には、連日満席が続き大盛況でしたね。そのような盛り上がりはなぜ起きたのだと思われますか?

劇場で来場者に聞いていて一番多かったきっかけが、アーティストの岸裕真さんが制作してくれたメインビジュアルです。パッと見てもなんの作品か分からないけれど、鑑賞し終わった後に見返すと答え合わせになる、といった感想が多かったです。

学ランの男子高校生のグループがいるなど、来場者は学生も多く、ミニシアター自体にはじめて来た人も沢山いました。

――TAN PEN TONのお客さんが劇場に来るという流れもありましたか?

はい。TAN PEN TONがきっかけで劇場に来た方も、下北沢が好きだからついでに来てみた方も多くいました。今年の活動を通して「地域と映画鑑賞がつながる」実感があり、継続していけばもっと面白いことができるのかなと。

下北沢にはシネマK2以外にもインディペンデント作品の聖地である下北沢トリウッドという映画館もあるので、いつか映画館とTAN PEN TONをサーキット的に巡るフェスを実施してみたいです。

応募は4月26日まで! 経産省と協働のクリエイター支援プログラム「創風」

経済産業省主催のデジタル等クリエイター人材創出事業。「映像・映画事業」では、1クリエイターあたり最大500万円の補助金を交付し、制作をメンターと共に伴走。事業期間中に完成させたパイロットフィルムをステークホルダーに向け発表する場も提供される。申し込みは4月26日まで!

――最後に3つめの取り組みについてうかがってもよろしいですか?

現在、経済産業省さんと一緒に「創風」というプロジェクトを進めています。自分たちが作り手としてショートフィルムを制作して、監督を支援したりフックアップしたりすることは限度があるのが現状です。「創風」は経済産業省さんから資金の補助をしてもらい、自分たちはクリエイターの方の選定と伴走という形で関わるという、今まで挑戦したことないタイプのプロジェクトです。この取り組みを継続していけたらこれまでなかったプレーヤーの方の新しい挑戦ルートができるのではないかと考えています。

このプログラムでは上限を500万円として制作費の全額を申請できます。求められるアウトプットもパイロットフィルムやティザーでも大丈夫なので、例えば長編作品を作りたい人がその準備期間として活用することも可能です。もちろん、短編作品を完成まで挑戦する方も大歓迎です。

韓国はもちろん、エンターテイメントが盛り上がってきている国は、特徴として官民の連携がかなり強く、補助の金額や方法はもちろん、業界の現場とも積極的に連携している印象があります。一方で日本の映画業界はその溝がまだ深いなと感じています。今回のプロジェクトをきっかけに、新しい可能性を開拓したいです。

今後は長編制作にも挑戦

――今後NOTHING NEWはどういった方向に向かって進んでいくのでしょうか?

自分たちは映画業界の端っこの存在で、まだ小さなチームです。だからこそ、自分たちが信じた領域や挑戦スタイルに拘り、真っ直ぐ挑んでいくことが大切だと考えています。新しい才能がつぶされない社会の実現、が自分たちの夢です。そのための直近の大目標は、ここから数年をかけて、自分たちのスタイルで新鋭作家とのオリジナル作品を生み出し、世の中に届けていくことです。

少しでも映画業界がより自由におもしろくなっていくために、新しい作品の作り方や届け方の挑戦を続けます。

「NOTHING NEW」

2022年に“才能が潰されない世の中”を目指して設立された映画会社。世界を目指す新しい才能と共に作品を製作中。2023年10月、下北沢に発信拠点「TAN PEN TON」を立ち上げる。2023年にはショートフィルム4作品を製作し、各作品がロッテルダム国際映画祭をはじめとする国際映画祭に入選。才能が見出され、世界が熱狂する循環を目指す。


ブランドサイト:https://nothingnew.ltd/
Instagram : https://www.instagram.com/NOTHINGNEW_FILM/
X (旧Twitter) : https://x.com/NOTHINGNEW_FILM/
TikTok : https://www.tiktok.com/@NOTHINGNEW_FILM