毎年5月末に開催されるNHK技研公開。NHK放送技術研究所の最新の研究成果を一般に公開するイベントだが、今年は5月20日(木)から6月2日(日)の4日間の日程で開催された。それに先立つ、5月28日、プレス向けに上映と見学会が行われた。

 

ダイバースビジョン

冒頭、NHK放送技術研究所 三谷所長が、挨拶に立ち、今年は「ワクからはみ出せ、未来のメディア」をテーマに3DテレビやAR、VRを活用した、従来のテレビのワクを越えた視聴サービスを実現する技術などの研究成果を展示すると説明。

これまで8Kスーパーハイビジョンまでは高品質化、そしてハイブリッドキャストなど高機能化という観点で開発してきたが、今後のメディアのイメージとして、テレビのワクをはみ出し、表現空間を拡張するような方向で開発をしていくという。つまりARやVRなどを利用し、空間を共有できるようなものに放送が進化していくことを想定して、そのための技術に開発のソースを振り向けていく。

これは昨年の技研公開でもイメージが示されたが、2030年から40年くらいのメディアはこういったスタイルになるという想定。

今回の技研公開の入り口はまさにそのダイバースビジョンをメインに見せていた。将来のリビングの様子。ARグラスやVRヘッドマウントディスプレイでこれまでにない臨場感が得られるという説明。

そのとなりの映像展示は、こういった半円状の映像投射ということではなく、ヘッドマウントディスプレイをかけたときのイメージを外側に出して見せたということだった。

たしかに没入感はあり、特にカメラが移動するような映像では自分が前に進んでいるかような感覚を味わうことができた。

8Kは120Hzのフルスペックを具体的に実現していく

とはいえ、直近では8Kの制作を支援していく技術開発が求められる。8Kシアターでは以下のコンテンツが上映された。今年のポイントは120Hzというフルスペックの映像が増えたこと。8Kの規格では、フルスペックと言えるのは120Hzの映像。つまり時間解像度も従来よりも高めないと解像度が高い分、ボケ感のほうが気になってしまう。特にダンスや体操など、動きのあるもので120Hz制作が効いてくるので、そういったコンテンツを上映していた。

制作側の技術としては、8K120Hzカメラを二子玉川に置き、その映像を伝送、編集、送出して、家庭で視聴するまでを公開実験として見せていた。

8K120Hzに対応したカメラで撮影したものを低遅延のIP伝送装置で技研に送り、そこでリアルタイム編集を行なっているところ。ワークステーションはバックヤードにあったが、8Kをリアルタイムプレビューして編集できている。コーデックはXAVC-Intra Class300(4.8Gbps)。収録しながらの再生(追っかけ再生)も可能だという。

8K120Hzの符号化装置と広帯域大容量伝送が可能なBSAT-4a衛星の21GHz帯中継器を用いてライブ伝送。

実際に二子玉川の映像が表示されていたシート型ディスプレイ。仕様としては、対角88インチ、画素数は7680×4320画素の有機ELパネルで、スクリーンのように上から吊り下げられていた。現状はガラスに挟まっているため巻き上げることはできない。厚みは約1mm(ガラス除く)だという。

 

8Kワイヤレスカメラ

伝送距離100mを実現する8Kのワイヤレスシステム。42GHz帯を使用し、送信電力は200mW、伝送ビットレート185Mbps、伝送遅延は4K伝送で約30ms、8K伝送で約50ms。現状では4Kエンコーダーを4つ使用することでなんとか人が担ぐことができる重さとサイズにまでできるようになったが、それでもVマウントバッテリーは6つ必要になる。

かなり現実的な8Kのリビングシアター

8Kスーパーハイビジョンの音声仕様は22.2CH音響だが、リビングにそのスピーカーを配置するのは難しい。ラインアレースピーカーをモニターの上下に設置し、テレビラックのサイドにサブウーファーを組み込むことで、スマートに実現できるというシステム。プロセッサーは現在市販されているシャープの8Kチューナーの筐体に収め、それをラックに組み込むことで、これ一台で8Kスーパーハイビジョンの映像と音響を楽しむことができる。かなり現実的なシステムに見えた。

 

8Kを地上波で送るにはさらに効率の良い圧縮、VVCが必要

現状の8K衛星放送はHEVC(H.265)という、H.264よりもさらに効率のよい圧縮方式が採用されているが、もしHEVCで地上波の帯域で放送波を送ろうとすると、映像によっては崩れてしまう(実験としてはHEVCの28Mbpsで送っていた)。時間をかけてエンコードすることでなんとか見られる画質になるが、リアルタイムで送る放送ではこの帯域でHEVCで8K放送を送るのは難しい。そこでさらに効率の良い圧縮として検討されているのが、NHKの提案技術を含むVVCの技術だ。

同じ素材をHEVCとVVCで送って比較する。VVCのほうが破綻が少ない。

利用イメージとしては、衛星からはHEVCで送り、地上波送信所からはVVCで家庭のテレビやモバイル端末に送ることを考えている。VVCはHEVCに比べ、30-50%の符号化効率改善を目標としており、MPEGとITU-Tが合同でVVCの標準化作業を進めている。柔軟なブロック分割、多様な予測技術や変換技術など、HEVCの要素技術を拡張することにより、HEVCと比較して約30%の効率改善を確認しているという。同一ビットレートで比較すると、動いている部分でのブロックノイズに違いが出ていた。

 

フレキシブルディスプレイを実現するための要素技術

超薄型で巻き取ることができるフレキシブルディスプレイは有機ELの将来像として以前から提案されているが、なかなか実現されない。フレキシブルディスプレイの製造に適した要素技術としては、塗布型TFTと量子ドットEL素子の技術が紹介されていた。まず、ディスプレイを光らせるために必要となるTFT回路は、従来は真空プロセスで作製していたが、どうしてもコストがかかってしまう。より装置や製造エネルギーのコストが低いのが塗布型で、酸化物半導体材料とパターン成形技術により、塗布プロセスで製造できるようになる。

量子ドットEL素子とはナノスケールの微小な半導体材料で、光照射や電荷注入により発光する。粒のサイズによって発光色が変わるのが特徴で、もっとも小さい粒が青、中間が緑、大きい粒が赤。

今回、有毒なカドミウムを使用しない新しい量子ドット材料を開発することで、高色純度の緑色EL発光を実現した。

 

放送博物館の展示についてはこちらを参照。