ボーイズグループORβIT『PATIENCE』のMVは、アート・広告的な表現を持ち込んだ美麗な映像表現として注目を浴びた。本作の監督を務め、フォトグラファー・クリエイティブディレクターとして数々のアーティストとセッションしてきたHIRO KIMURAさんを講師として招き、どのようにアーティストの魅力を引き出したのか、作品に“意味”と“意義”を込める撮影に対する考え方などについて語ってもらった。

講師 HIRO KIMURA

数々の有名ファッション誌のカバー撮影から矢沢永吉、夏木マリ、吉川見司、イチロー、レニークラビッツ、クリスティアーノ・ロナウドなどとのセッションまで、日々多忙を極める今最も影響力の有る写真家/映像作家のひとり。クリエイティブディレクターとしての活動も多岐に渡り、グローバルブランドのプランニングプロダクションワークも手がける。TVCM 監督としても注目を集めており、写真展の代表作には入場制限が設けられる程の大盛況を博した HEROシリーズがある。プロダクションCCP主宰。






ORβIT(オルビット)

ORβITは、日本人3名、韓国人3名、日韓ハーフ1名で構成される日韓合同のダンスボーカルグループ。グループ名である「ORβIT」には、メンバーを惑星になぞらえて「それぞれの軌道(Orbit)を歩む」、「それぞれ意思を持ったメンバーで様々な音楽(All Beat)をやっていく」というふたつの意味が込められている。





スタイリストから写真家、ムービーという経歴

愛情や熱量、情熱を伝える手段としてはムービーもスチルも何も変わらない

フォトグラファー・クリエイティブディレクターのHIRO KIMURAです。元々、僕はファッションスタイリストをやっていたんですが、14年前に写真家へ転向し、ここ10年ほどでビデオグラファーとしてもムービーを撮るようになりました。ジャンルとしては、8割がWEB CMやテレビCMの監督などの仕事が占め、2割程度がMVの仕事という割合でやらせてもらっています。

スタイリスト時代にカメラマンに対して感じていたのは、「なぜ、ライティングチェンジにこんなに時間がかかるんだろう?」ということでした。というのも、巨匠と呼ばれる方々が時間をかけて変えたライティングを見ても、あまり変わった感じがしなかったんです。そういったスピード感や俯瞰で物事を見られないことに対してのストレスが大きかったため、自分で撮ったほうがいいんじゃないかと思い始め、カメラマンへと転向しました。

また、僕がムービーというクリエイティブを通して何を表現したいのかというと、やはりメッセージなんです。物事に対する愛情や熱量、情熱など、そういったものを伝える手段としてはムービーもスチルも何も変わらないぞと。今やカメラマンがムービーディレクター、もしくはビデオグラファーとしても期待される時代になりました。加えて、HS(ハイスピード)撮影が容易にできるようになったことで動画と静止画の間を表現しやすくなり、写真家の持つフレームの強さがより映像にも求められる時代なんじゃないかと感じています。

今回の記事では、僕がチームで手がけた「ORβIT」というボーイズグループのMVを作例に、どのようにアーティストの魅力を引き出し、どのようにシーンを作り出していくのか、作品に”意味”と”意義”を込める撮影に対する考え方など、フォトグラファーの感性を活かしたMVの制作手法について詳しく解説していきます。






シネマティックな抽象表現に比重を置く

ディレクターズコンセプト

この楽曲をリップシンクせずに彼らが表現するとどんなものになるのか

ORβITの『PATIENCE』という楽曲を最初に聴かせていただいた時点で、パワーとエッジがあり、優しく愛情のあるメロディラインを受け取ることができたので、それらをMVに同居させることが一番のポイントなんじゃないかとまず考えました。なので、MVでは「彼らの持つエレガンスさと儚さに加え、色気を存分に表現していくこと」「リップシンクを減らし、ソロショットでのシネマティックな抽象表現に比重をおくことで重厚な世界観を演出すること」「既存のMVと差別化を図ること」の3つが重要だと思ったんです。リップシンクをもっと見たいファンの方も多いだろうとは思ったのですが、事前に他の作品を見てORβITの表現力は本当に素晴らしいと感じていたので、役者として、表現者として、この楽曲をリップシンクせずに彼らが表現するとどういうものになっていくのかということに対して、期待感が膨らんでいったんです。

メインとなるグループのダンスシーンでは水上と炎のセットでダンスを行い、欲望の開放と色気に加え、シズル感を表現しています。また、このシーンがサビに持ってくるカットでもあり、本作の大きな見せ場にもなっています。

ダンスシーンに対してソロショットでは、それぞれのメンバーが色気・欲望・狂気・儚さといった感情を剥き出しにし、それらをシネマティックに表現しています。ソロショットの中でもそれぞれロケがあったり、面白いライトワークがあったりといったバリエーションがある中での構成を組んでいます。





キーワードとリファレンスワーク

5つのキーワード




AとBのアイデアを掛け合わせどうやって自分たちなりの落としどころにするか

MVを制作するにあたり、クリエイティブを分かりやすくするための5つのキーワードをディレクターズコンセプトから抜き出しています。結局のところそれが肝になってくるので、基本的には上記のキーワードを皆の共通認識として足並みを揃えていきました。

また、いかに各メンバーの差別化をするか、色を分けるかというのも大きなポイントのひとつです。ここは、本作において助監督を務めたHIROMU FUJIWARAが考察と咀嚼をしながら、レファレンスワークで広げていきました。

リファレンスワークとは、Pinterestや海外ミュージシャンのMVなどから参考資料を集め、その中でいいエッセンスがないかを探す作業になります。もちろん、元素材に似てしまうと良くないので、サンプリングをしながらうまくミックスして今風に落とし込んでいます。何もないところからは何も生まれないので、AのアイデアとBのアイデアを掛け合わせて、どうやって自分たちなりの落としどころにするかということをやっていきます。

ただし、撮影するにあたってリファレンスとなるシチュエーションを8つ用意したとしても、その中で成功するものは大体70%くらいです。なので、「8つ試して5つうまくいけばいいな」という回り込みが大事です。大抵の人は5つ設定を用意して5つすべてを成功させようとします。現場で想定していたよりも良くならないときに、無駄にライティングをいじったり、演者さんを待たせてしまったりと時間がかかってしまいます。僕はそういった事態になるのが好きではないので、5つ成功させたいならあらかじめ7〜8つの案を用意して、それをクイックに展開していき、うまくいったものを提供していきます。人物も違えば状況も違うので、うまくいかないものもあって当然です。だからこそ、回り込んで先読みしていく能力がとても重要になるんですよね。



リファレンスワークの例







ORβIT『PATIENCE』MV解説

ダンスショット

グループ

漆黒の世界に炎を演出

足元や顔の寄りなど、水や火との絡みでパーツを切り取り、シズル感を表現





最も大事にしているものはスピードでクリエイティブはやはり鮮度が大事

メインとなるダンスシーンは、本作のプロデューサーであり照明技師でもあるKOJI YOSHINOさんがセットアップをしてくれたことで、水と炎のコントラストが表現できています。先にも伝えましたが、僕が最も大事にしているものはスピードで、クリエイティブはやはり鮮度が大事だと考えています。1時間も2時間もライティングをいじって何も変わらないのが一番格好悪いし、中にいる人間の士気を下げてしまうんですよ。いい仕事をされる方々というのは皆さん「答え」を知っているので、余計な時間を嫌うんですよね。そういった意味でもYOSHINOさんの仕事はスピード感があり、熱量、テクニック、現場での判断力を全て兼ね備えた人物ということで、僕が最も信頼させてもらっているライトマンでもあります。



ソロ

漆黒の世界に炎を演出

足元や顔の寄りなど、水や火との絡みでパーツを切り取り、シズル感を表現



モノクロのポートレートをインサート

メンバーそれぞれの感情が入った表情で色気を表現





感情を担保することによってスケール感や狂気が大きく広がりを見せていく

ソロのダンスシーンでは、炎に使用したガスの都合でひとりあたりの撮影時間が5分という制限がありました。限られた時間の中で勝負するので、やり直しがきかないんです。そういった中で全身全霊で表現していく彼らの姿勢には感動的なものがあり、自分の哲学や生き様をアーティストが表現していく姿を我々も全力で撮影させていただきました。

モノクロのポートレートを挟んでいるのは、視覚的な情報量を少なくすることによって、彼らの奥底にある感情を想起させ、色気を表現できるからです。アーティストもただやっているわけではなく、その裏側には思い悩んだり、様々な出来事を乗り越えてきた背景があります。そういった感情をモノクロ表現で担保することにより、スケール感や狂気がさらに大きく広がりを見せていくんです。そういう意味でモノクロの表現というのは、ひとつのクライマックスだったのかなとも思っています。

本作は、ORβITがこれまで走ってきたバックグラウンドや、様々なものを乗り越えながら辿り着いた姿に対して、我々が責任を持って取り組ませていただいたセッションです。そこから生まれるお互いへの信頼感や尊重の気持ちこそが物を作る上での醍醐味でもあります。






ソロショット

リファレンスワークとアーティスト側の要望を踏まえてフレームワークを決定

「七つの大罪」をテーマとした各メンバーのソロショットに関しては、メンバーごとの生き方、キャラクター、考え方に対して、どういった芝居やシチュエーションが合っているのか、必要なのかを、ORβITの事務所やメンバーそれぞれがしっかりと考えてくれて、我々にヒントを与えてくれました。それをこちら側でも咀嚼し考察することで、撮影のアイデアに行き着いています。

また、基本的にはアーティスト側とともに作り上げていくスタイルなので、用意したリファレンスワークとアーティスト側の「自分はこういう表現をしたい」という要望を踏まえてフレームワークを決めていきました。

例えば、YUGOさんの場合であれば「惰性」というテーマに加え、「バスタブ」「ザクロ」などのワード、「スポットライト」「俯瞰」などの撮影イメージをベースに、リファレンスワークを意識したライトや画角を考え、指定されたアイテムを含んだシチュエーションなどを取り入れています。その上で、現場でのライティングなどを見つつ、メンバーそれぞれと深く話し合いをしながらじっくりと撮影していきました。






1:YUGO(ユウゴ) / 惰性

「惰性」というテーマ、「バスタブ」「ザクロ」といったワードをもとに、演じるYUGOさんとも話し合いながらリファレンスを意識した撮影を行なった。




YUGOさんのリファレンスシート

撮影シーン

バスタブ、プロジェクター、ザクロ、花



世界観

黒の世界にスポットライトで演出。力が入っていないような表情を浮かべるが時に感情的になる。後半になるにつれ惰性から光を得ていく。



リファレンス

スポットライト上を向き黄昏る風呂に潜る花で装飾
俯瞰感情を出すプロジェクター口にザクロ




2:YOONDONG(ユンドン) / 嫉妬

YOONDONGさんが演じる鏡を使ったシーンは、現場のライティングを見ながら話し合い、顔の角度や動きの所作を始めアーティスト側の意見を色濃く取り入れた。




YOONDONGさんのリファレンスシート

撮影シーン

鏡、ヌード



世界観

鏡の中の自分との対峙。奥歯を噛み締めるような表情で誰かに対しての嫉妬心を表現。嫉妬からの許し、そこを演出していく。



リファレンス

鏡に向かって歩く濡れた鏡割れた鏡を覗く感情を出して自分に語りかける
万華鏡地面に割れた鏡チューブライト鏡の上に寝転ぶ




3:HEECHO(ヒチョ) / 色欲

ゴーストやフレアを表現するレンズフィルターを駆使したカット。HEECHOさんの髪の色がブロンドで衣装も白かったため、カラーライトを反射し、拾った色を活かしたフレア表現に。




HEECHOさんのリファレンスシート

撮影シーン

カラーライト、ビニール、背中にプロジェクター、ミラージュ / ぶらし



世界観

蝶になり飛び立ちたい気持ちをビニールを用いて表現。カラーライトや特殊なレンズでアーティスティックな仕立て、色欲を経て希望へ。



リファレンス

ビニール越しに手ビニール越しに顔カラーライト 前ボケミラージュ
ぶらし背中にプロジェクター特殊レンズミラーシート




4:SHUNYA(シュンヤ) / 憤怒

SHUNYAさんが拳銃を持ちながら街中を歩くシーンは、すぐ移動できるように小さなパネルライト1灯のみを用意し、人気のない場所でスピーディーな撮影が行われた。発砲シーンは別途スタジオでの撮影を行なった。




SHUNYAさんのリファレンスシート

撮影シーン

街、殺意(狂気) /拳銃、JOKER



世界観

Jokerの世界観のように狂気を全面に表現。様々な場所で喜怒哀楽を出していく感情の起伏を美しく演出。



リファレンス

街中で拳銃怪しげな表情トンネルを走るお酒を勢いよく飲む
車の中から撮影屋上 カラーライト駐車場を歩く駅のホームを歩く




5:TOMO(トモ) / 暴食

暴食のカットでは、冷蔵庫の中にカメラを仕込んだり、リンゴやケーキを貪るなど、他のテーマにはない変わったシーンが多く、演じたTOMOさんも気合の入った演技をしてくれた。




TOMOさんのリファレンスシート

撮影シーン

冷蔵庫、ベッド、ブラウン管テレビ



世界観

心の落ち着きがなく家の中をうろついたり寝転んだりしている。感傷的な表現。置き所のない不安を乗り越えていく演出。



リファレンス

床に寝そべる冷蔵庫を漁る冷蔵庫の中から撮影寝る
ベッドで考え事をするブラウン管テレビに近づくソファーに飛び込む犬をインサート




6:JUNE(ジュン) / 強欲

HIRO KIMURAさん曰く、とにかくセンスが抜群だったというJUNEさんが演じた強欲のシーン。中でも、橋の上に立つJUNEさんを遠方から狙ったカットが印象的。




JUNEさんのリファレンスシート

撮影シーン

車、ドローン、目



世界観

何かを必死に追うような表情で車を運転。目で感情を訴えるような表現。強烈な欲望、怒りと喜び。



リファレンス

運転席から撮影ミラーを覗き込む目の寄り後ろから撮影
フロントから撮影窓越し車に腰掛けドローン




7:YOUNGHOON(ヨンフン) / 傲慢

YOUNGHOONさんが手を広げて海に浮かぶシーンは、HIRO KIMURAさんの事務所に所属するドローンアーティストが撮影。波のタイミングや太陽の光、手を広げるタイミングなどが奇跡的に噛み合い生まれた渾身のカットとなった。




YOUNGHOONさんのリファレンスシート

撮影シーン

海、ヌード、発煙筒



世界観

自分の無力さに気づき海で感情を爆発させる。肉体美で色気も存分に出していく。劣等感からの解放。



リファレンス

海で走る叫ぶ髪をかき上げる発煙筒を持って走る
背中越し感情を出す肉体美ドローン







“意味”と”意義”を込めたクリエイティブとは?

アーティストの信頼を掴むMV制作

「研究してきている」という姿勢が信頼に繋がり、アーティストの心の扉を開く

クリエイティブとは抽象表現だからこそ、それがいいものなのか、悪いものなのかが分からなくなります。ただ、自分の脳内でゴールが見えなくなった時点で、それはもうダメなんですよ。そういったものをどんどんドロップしていき、いいものだけを定義していくことが大切です。

もうひとつ、アーティストの顔立ちの右側と左側、どちらのほうが綺麗に見えるかという判断が現場でできることも重要です。人間は骨格の性質上、右と左で見え方が違うため、事前にそのアーティストの他作品を見て確認しておくようにしています。アーティスト本人は自分の顔のことなので当然把握していますが、普通に考えてMVの監督がそこまで理解しているとは思っていません。そこで僕が、「あなたはこっちの顔のほうが綺麗ですよね」と伝えたら俄然信頼を得られますよね。それがセッションだと思うんです。お互いに尊重し合うことのできる状態で、「研究してきていますよ」という姿勢が信頼に繋がり、アーティストの心の扉を開くんです。



MV制作というクリエイティブはファンの気持ちになることに尽きる

僕は個人的にHS(ハイスピード)撮影が好きなんですが、うちのスタッフはどちらかというと等倍のほうが好きなんですよね。ただ、その組み合わせがマリアージュになったりもするので、ちょうどいいバランスになっているのかなと思います。例えば、等倍でもそれを早回しにしたり、可変HSから等倍に変えていくなど、そういったテクニックで緩急をつけることによって、甘いものと辛いものを混ぜて飽きの来ないようなディテールにすることができます。そのあたりの仕立ての上手さというのも、視聴者目線になるための回り込みなんです。

MV制作というクリエイティブは、アーティストの想いを代弁する仕事だからこそ、そういったファンの方々の気持ちになることに尽きると思うんです。その上で、新規の方たちにも響くような映像を作ることができれば、マーケティングとしても最高ですよね。


海辺での撮影の様子。撮影にはソニーFX3とRoninのジンバルを使用した。



ORβITのYouTubeチャンネルでは、MV撮影のメイキング映像が公開されているのでチェックしてみよう。




メイキングを見る




HIRO KIMURAの掲げるコンセプト

アーティストの人生を賭けた楽曲に対して我々はどう責任を持つのか

ただ作るだけのものほど意味のないものはないと僕は思っていて、”意味”と”意義”を混在させたものを作ることが僕の掲げるコンセプトでもあります。例えば、素晴らしい映画を見た次の日は少し元気が出たり、職場に行く足取りが軽くなったりしますよね。それはとても価値のあることだと感じていて、自分自身もそういったクリエイティブのできる人間になっていければと思っています。

MV制作とは、アーティスト側がその楽曲に人生を賭けているからこそ、こちら側も複数ある中のひとつの仕事としてこなしてしまってはダメなんです。そんな心意気なら受けないほうがいい。手数が多いからMV制作は大変だと言っているのではなく、アーティストの人生に対して、我々がどう責任を持つのかということなんですよ。だからこそ、我々も撮影している時間は叫んだり、本人たちと一緒にずぶ濡れになって、震えながらやっているわけなんです。ファンの方々に向けて自分たちの想いをどう伝えていくのかとは、そういった気迫でしかないんですよね。