「物語」は視聴者にアクションを生み出す

主人公と視聴者に感情のアップダウンをもたらす



「物語」にはどんな効果があり、なぜ「物語」を書く必要があるのか

そもそも「物語」という形式は人間の脳にアクセスしてドーパミンを出すという効果があります。少し胡散臭く感じるかもしれませんが、ドーパミンとはアクション(行動)とリアクション(結果)の連続によって生まれるホルモンです。行動は何らかの感情を主人公や登場人物にもたらすものなので、その感情を視聴者と共有することになります。


『魔女の宅急便』を例に出すと、主人公のキキは初めて大きな街に行くことで、それまでに感じたことのないワクワクした感情になります。しかし、街の人の冷たい反応によって、しょんぼりとしてしまいます。そこからたまたまパン屋のお客さんにおしゃぶりの忘れ物を届けたことで、お客さんに喜ばれてすごくうれしいという感情が生まれる。


主人公(視聴者)の感情がポジティブなのかネガティブなのかを時間軸とともに表したものは感情曲線、ナラティブアーク、ドラマカーブと呼ばれます。上下するこの曲線の動きによって、「物語」がドーパミンを出すようになります。視聴者は「またこのうれしい感情を味わいたい!」と感じ、より主人公への共感性を高め、「物語」の続きを見ようと思います。この「もう一度味わいたい!」がドーパミンの力です。


ここで考えておきたいのが、「何のためにその映像を作っているか?」という根本的な問いです。たとえば観光PRの映像を作っている方はその場所へ観光に行かせたい…とか。「物語」でそういうアクションを起こすためにはドーパミンを使うのが効果的です。何か目的を持って映像を作る場合、「物語」で人に憧れや期待を抱かせ、視聴者に「映像と同じ感情を味わいたい」と思わせることが重要です。

GABA マンツーマン英会話『Excuse me』のCMを例に出します。ブランドムービーなので、英語が伝わるのってうれしいよね、ということをただただ表現しています。英語が伝わることはうれしいということに関して共感が作れれば、自分も英語を学び直してみようかなという気持ちにさせることができるかもしれない…という目的の映像でした。

僕自身、海外旅行に行った時に外国人に英語で話したら言葉が通じたという体験があって、その「話」をより強く伝えるために「物語」に置き換えた形です。中学生の英語の授業で最初の頃に習う「Excuse me」という言葉を使う機会が突然訪れて、初めて英語が伝わった時の感動をどれだけリアリティをもって伝えることができるかが鍵でした。

感情の曲線で解説すると、主人公の少年が外国人観光客と出会うことで、「自分の町で外国人を見たことがない」というワクワク感を湧き起こし、落し物を発見して「話しかけたいけど恥ずかしい…」と葛藤し、そこから「勇気を出して英語で話しかけるとお礼に抱きしめてもらえた」といううれしい結果が訪れる、と。中間に葛藤を挟むことで最後に得られるうれしさがジャンプアップするし、視聴者は誰しも英語が伝わった時の喜びは心の中に持ってるから、それが脳内で再起動されるように設計しています。

実例① 物語だけで視聴者を動かしたブランドムービーGABA『Excuse me』

誰にでもあるような「話」を感情を揺さぶる「物語」に置き換える



主人公の葛藤を挟むことで感情をジャンプアップさせる(GABA『Excuse me』の絵コンテ)


根源的な英語を話すことの楽しみにフォーカスしたため、GABAの強みである「マンツーマン」や「講師陣のクオリティ」には映像の中で言及せず、「物語」を中心に据えた。もうひとつポイントは、主人公をゴールから思いっきり遠ざけたこと。これによりクライマックスのカタルシスを最大化することができる。GABAの特徴を踏まえながら、唐津さんの中にあった「話」を田舎町の中学生の「物語」に変えた。

視聴後のアクションを設計しながら作る

実例② 視聴者に想像の余白を与えて物語を強固に装飾したMr.Children『Your Song』MV


『Your Song』MVでは“高さ”に意味を持たせた。地下鉄のホームから高層マンションまで、物理的な高さによってレベル分け。高いところと低いところにいる人を真ん中の地点で出会わせることによって「物語」が起こる…という構造になっている。かつ、バンドがいる前だと登場人物にポジティブな変化が起こると印象づけるための設計でもある。「バンド」には何かが結びつくという言葉の意味もあるため、そこで何か意味が生まれるような設計にした。

想像の余白をたくさん作ることで「物語」はさらに強固になる

次はMr.Children『Your Song』のMVを例にして話していきたいと思います。約2分ほどプロローグ的な映像が入って、全体で7分30秒ぐらいの作品になっています。22シーンで構成されれていますが、字コンテ(P.29画像)としては全部で5枚の紙、およそ2700文字です。人によってはすぐに書ける文字量だと思うので、簡単ですよね。

MVは楽曲が「ドラマ」を作ってくれるので、「物語」は絶えず動いていくんです。だからこそ映像的にもある程度ドラマチックにしていかないと楽曲に負けてしまうということがあるので、少し過剰な「物語」にしている部分もあります。
まずは楽曲からテーマを見つけて、自分の中で何を伝えたいのかを考えました。この映像で誰かに何かを伝えるとしたら何なのか、そもそもの部分を楽曲から掘り出していく作業です。僕が『Your Song』の歌詞で気になったのは「君と僕が重ねてきた 歩んできた たくさんの日々は 今となれば この命よりも 失い難い宝物」と「そんな偶然が今日の僕には 何よりも大きな意味を持ってる」の部分です。おそらくここが一番大事なんだろうと仮説を立てました。

そこから「日常(の積み重ね)こそが奇跡なのではないか」というテーマを設定したんです。「奇跡」と言われるとすごく劇的な、たとえば宝くじが当たるみたいな奇跡を思いつきやすいんですけど、日々の選択の積み重ね、やるかやらないかの1/2をずっと積み重ねたら宝くじと同じぐらいの確率で奇跡が積み重なるんじゃないか…ということを中心に据えました。みなさんが生きている日常は奇跡の到達点のようなものなんだよということが伝えたかったし、それを映像から感じてほしかったんです。
日常こそが奇跡というテーマを据えるのであれば、毎日が輝くようなイメージを作りたいな、と。だから日々の通学や通勤のタイミングでイヤホンやカーステレオでこの楽曲を聴くと、いつもの道や光景が奇跡の上に成り立っている輝かしいものに見えてくる…そんな印象になると、この楽曲が良いブランドになっていくと思いました。

前述のGABA同様、主人公をゴールから思いっきり遠ざけようと思ったので、奇跡から遠いふたりの男女をそれぞれ登場人物として設定しました。奇跡が日常的に起こせるから奇跡を信じていない女性と、奇跡的に運が悪くて奇跡なんか絶対に起こらないと諦めている男性。そのふたりが出会って、1/2の選択を積み重ねていくことで、日常こそ奇跡だという「物語」を作ろうとしたんです。

MVは基本的にセリフは使えません。セリフが使えないからこそ舞台(ロケーション)や小道具にメタファーを込めたのもひとつのテクニックです。メタファーをガンガン詰め込んでいくことで、視聴者が何回再生しても新しい発見があるような映像にできないかな、と。想像の余白をたくさん作ることで「物語」はより強固になるかなと思いますし、この作品ではそういう余白にもこだわっています。

結局「脚本」の形式では書いていないのですが、スタッフに共有するためのシートは作成しました。テーマについて、キャラクターのバックグラウンドについて、場所や高さについて…指示しなくてもスタッフの方が想像を膨らましてくれて、みんなが楽しんで余白を作ってくれた印象があります。これも想像力が膨らむ「物語」の効果かもしれません。

Mr.Children『Your Song』MVの企画/プロット




実例③ ゴールから一番遠いところに主人公を置いた映画『ボケとツッコミ』



ゴールは介護について良いイメージを持ってもらうこと

2019年、場所は新潟市西蒲区。農家の長男・阿部一樹は漫才師を目指し、ネタを考える毎日を送っているが、ある日突然父の洋二が脳梗塞で倒れて介護が必要な状態に。さらに、漫才の相方からも解散を切り出されてしまい、思い描いていた未来に暗雲が立ち込める…。西蒲区の温かい人情と美しい情景、そして若者の夢と家族の愛が描かれる西蒲映画の第3弾『ボケとツッコミ』。一樹が夢を追いつつも介護が必要になった父の洋二や周囲の人とのかかわりを通して、人生に奮闘する姿を描かれる。唐津さんは本作の脚本を担当した。

『ボケとツッコミ』のナラティブアーク(企画書を元に作成)

とりあえず基本的な8アクトで考えています。短編映画なので、アクトをはしょったり、ごちゃっとしたりはしていますが、概ね基本の8シーケンスになっております。



ナラティブアークを意識しながら書いた映画『ボケとツッコミ』の「脚本」

最後の例として映画を出します。『ボケとツッコミ』という映画なんですけど、ボケた父親と漫才コンビを組んで、ボケている父親にツッコミを入れてひたすら笑いをとる息子の話です。最終的にはわだかまりが解けて、ふたりが仲良くなるというストーリーで、60ページぐらいの「脚本」を書いています。文字数にすると1万3,000字ぐらいですね。

この作品ではナラティブアーク(上図)を設計しながら書きました。漫才師を目指す主人公がネタがうまく書けないネガティブな状態から、父親が倒れることでさらに下がる、お金もなくなって父親もボケちゃうという…そんなところからスタートします。そこから一瞬父親の記憶が戻って、少しだけ仲良くなるというポジティブな上昇を見せます。主人公の自我も芽生えて、父親をなんとかしたいという意識になる…と。本編がYouTubeで公開されているので一度見てもらって、このナラティブアークと擦り合わせてほしいです。

この作品も僕の中の「話」がベースになっていて、父親が意識不明で何日か入院したことがあったんですが、意識が戻って面会したら「Hi! How are you?」と突然言ったんです。父親は当時のことを覚えていないんですけど、父親がボケたら自分はどうするんだろうと考えた時に、自分はツッコミをできなかった。その個人的な経験を「物語」にしました。

主人公はゴールから思いっきり遠ざけて、夢があって介護はしたくない息子、テーマは「認知症の老人と楽しく暮らすには、みんなで笑い合えば良いのかも」という仮説を含む問いになりました。この作品を見終わった後に「こんな介護だったら自分の親にもやさしくできそう」と感じてもらいたかったんです。

唐津宏治さんが考える“ショートドラマのつくりかた”とは?

日常から「話」のストックを貯めて「物語」にしてみる

ここまでお話しして、書くことは簡単そうだと思ってくれたはずです。とにかく書くこと、「話」から「物語」にすることを習慣づけてほしいです。そのためには「話」のストックをたくさん貯めていくことが重要で、別に事実だけじゃなくて事実から想像した“何か”でも構いません。そういうもののメモをひたすら溜めていくということをまずやったほうがいいかなと思います。

僕はClearというスマホアプリにいつもメモしているんですけど、本当に読み返してもワケの分からない感じなんです。たとえば「インスリンの単位は2キロのウサギを低血糖にして回復する単位」とか。どこで得た情報なのか、何に使うメモなのか分かりません(笑)。いつかどこかで「物語」になるんじゃないかという言葉や文章を貯めています。

長めの出張に行く際などは日記を書くようにしています。最近、長い文章で日記を書くことが面白いんですよね。書くというアウトプットをすると記憶が結びついていくような感覚があって、脳みその中でシナプスがつながっていって、実際に見た景色とは違うことがバンバン書けたりするんです。そういうことをやってるうちに「物語」も生まれるだろうし、ワケの分からないClearのメモがその「物語」づくりに役立ったりもします。

集めた「話」を「物語」にすると言いましたが、1週間に1本とか、1カ月に1本とか、とにかく目標を作って書いてみてください。ポイントはその書いた「物語」を誰かに読んでもらって批評を受けたり、映像が作れる方はすぐに映像化して公開すれば良いと思います。そうすれば面白い「物語」が書けているのか、それとも何か振り幅が足りないのか、そのあたりが見えてくると思います。友だちがいない方は僕にDMを送ってくれたら読みますので。とにかくルーティンを作ってたくさん書いてみてください。

経験のない「話」を「物語」にする時は取材する

ご自身に経験のない題材を書く場合はぜひ取材に行ってみてください。むしろ「脚本」を書く一番のメリットって取材に行けることだと僕は思っています。

参考になるか分からないですけど、僕が大学生の時に小説を書く学科にいて、教授に言われたのは「大学生の設定の『物語』を書くな」ということでした。小説家志望の大学生が大学生の小説を書くなんて、100人いたら100人書けるじゃないですか。そんなものは絶対的に個性が出ないし、自分の器が小さくなるから、必ず新しい職業や新しい設定を書け、と。そのためには本を読むなり、実際に取材するなりして「話」を貯めて、それをアウトプットしろと教わったので、いまだにそこはやるようにしていますね。

競合を考えても、他人より優れた「物語」を書きたいんだったら、他人が知らないことを書くのが一番強いじゃないですか。テレビドラマとかだと医療モノや学校モノはある程度パターンが決まっているのかもしれないけど、オリジナルとかCMとか、クリエイティブが求められるところでやるんだったら、もちろんターゲットに刺さる共感は必要かもしれないけども、自分にしか書けないカテゴリーやテーマがあったら、めちゃくちゃ強い気がします。

思った通りの「脚本」が書けない時の対処法

多くの場合、自分の書きたいものを書いてしまうと、うまく相手に伝わらないと思うんです。おじさんの自慢話とか昨晩見た夢の話と一緒ですね。やはり相手のことを想像して、相手にどう感じてもらうか、相手をどういうふうに動かすかというところに戦略があったほうが書きやすいと思います。書いている時は楽しいし、あれもこれも盛り込んだら絶対に面白くなると思うかもしれないけど、それを見てる側が本当に面白いと感じるかはまた別の話で…。

対処法としては誰かに読んでもらってフィードバックをもらう。書いてると自分でも何を書いてるか分からないぐらいトリップするし、それが一番楽しいところだと思うんですけど、ひとりでは気づかないことも多いです。

一回映像にしてみるのもひとつの手段だと思います。ディレクターの人と組んで映像を作ってみて、ディレクターのスキルによって50点の「脚本」が作品として100点になるかもしれません。「脚本」はあくまで中間制作物だから、それだけでアウトプットする人はあまりいないじゃないですか。それなら思い切って映像にしちゃったほうが、良さ・悪さが分かるかもしれない。演者によってめっちゃ救われる可能性もあるし、編集で120点になる可能性もあると思います。