映像作品の印象を大きく左右すると言っても過言ではないリリックデザイン。本記事では、Eve『廻廻奇譚』のMVやアンジュルム『ライフ イズ ビューティフル!』のMVなど、数々のエンタメ作品においてリリックデザインを手掛ける文字デザイナーのZUMAさんを講師に迎え、リリックビデオの作り方、エディターとの連携の仕方、リリックMV業界の現状など、作例解説を交えながら詳しく語ってもらった。

講師   ZUMA 

文字デザイナー。舞台とアイドルと漫画とアニメ、日本のエンタメを愛する天衣無縫のオタクデザイナー。MVのリリック&タイトルデザインや、舞台の背景演出用の文字デザイン、テレビ番組やアーティストのロゴ制作なども担当。文字ならなんでも作れる文字専門のデザイナーとして、エンタメの地産地消を目標に活動中。

X ● https://twitter.com/Z_typmoe

WEB ● https://zuma-typmoe.weebly.com/






“文字デザイナー”という仕事

日本のエンタメが大好きだから文字デザイナーという仕事ができている

文字デザイナーのZUMAと申します。経歴としては、多摩美術大学のグラフィックデザイン科を卒業し、高校も美術コースのデザイン科を選択していました。その後、VTuberの企画開発をしている会社に2年間業務委託をし、現在はフリーランスとして活動しています。

活動のきっかけになったのは嵐のライブを初めて見たときで、背景映像や演出がかっこいいなと思ったのが始まりです。嵐ファンだと『ザテレビジョン』や『non-no』などの雑誌を買う機会が多く、よく表紙のロゴを真似してノートに書いたりもしていました。また、Perfumeの『1mm』という楽曲のMVがすごく好きで、「こういうことを将来したいな」と当時から漠然と思っていました。

大学3年生のときに商業案件で初めて、EXILEの『Melo dy』という楽曲のMVに携わりました。現在はEveさんの『廻廻奇譚』やアンジュルムのMVなどに携っています。ひらがな、カタカナ、漢字がある日本語のエンタメが好きだからこそ、今の仕事ができていると思います。





リリックビデオの作り方

リリックビデオ・文字制作のパターン

●リリックビデオの内容

文字を入れる場所やシーンを指定されたVコンテをもらい、それに合わせて制作

イラストとリリックを映像上で組み合わせて制作


リリックビデオの作り方は主に2パターン。A実写の作品などは仮編集ができたタイミングで発注があり、映像を見ながらリリックデザインを進めていく。BはVTuberのMVの主流。VTuberが歌って踊る映像に合成するものもあれば、数枚のイラストとモーショングラフィックスで構成するものもある。後者は監督がエディターを兼任するケースが多く、監督がイラストレーターにイラストを発注し、イラストのラフカットや楽曲をもとにリリックデザインを進めていく。



すべての文字を自身でデザインする

既存書体をベースにデザインする


リリックデザインの方法は大きく分けて上のふたつ。ゼロから自分で文字をデザインするパターンと既存の書体を使用しつつアレンジしていくパターンがある。

楽曲を聞きながらPinterestや本を見て、イメージに合うと感じた文字をたくさん集める。

曲のイメージを感じながらiPadのアプリPro createで下書きしたり、下書きなしでPCのIllus tratorでそのままデザインするものある。

iPadで下書きした場合は、画像として書き出しIllustratorでトレースして使用する。もしくは画像をトレースする。



ロゴ制作との違い

「こういう動かし方にしよう」とエディターのイマジネーションを刺激する文字を目指す

リリックビデオの場合、ロゴ制作と違ってそもそも楽曲と歌詞があるため、クライアントのイメージから大きく外れることがないんですよね。また、そのふたつさえあれば制作への着手が可能ですし、クライアント側も同じ曲を聴いているので「なんでこんなデザインになるんだ」といった戻しも少なくて済みます。

また、ロゴ制作の場合は動かし難い緊張感が出るように文字のデザインを詰めますが、リリックデザインの場合はどこかしら動かしたくなるような隙を意識して作るようにしています。曲にもよりますが、基本的にはその楽曲のリズム感を表現するようにしており、「こういう動かし方にしよう」とエディターさんのイマジネーションを刺激するような文字を目指しています。


リリックを作る上でのマインド

リリックデザインは主役であるコンテンツを押し上げるための存在であるべき

文字はあくまで盛り上げ素材であり、その楽曲をMVで魅力的に見せるためのものなので、文字が主張し続ける必要はなく主役であるコンテンツを押し上げるための存在であるべきだと考えています。後ほど作例として出てくるアンジュルムのMVのリリックデザインも、「この子たちを可愛く見せるぞ」「この曲をよく見せるぞ」というマインドで作っています。ライブであれば、空間すべてを魅力的に見せたり、お客さんのテンションを上げるためのひとつの武器という捉え方がいいのかなと思います。

そのためにはリリックを作る上でコンテンツに寄り添うことが大切です。そのコンテンツのファンが見ればそこに愛があるかないかって、一発でバレてしまうんですよね。例えば、「こういう演出にしたい」が先行して文字の配置などを決めてしまうと、それも見ていてすぐに分かってしまいます。全部が全部コンテンツに準拠する必要はないんですが、エンタメが好きだからこそ「このコンテンツっぽい!」という感覚を大切にして作るよう意識しています。


依頼方法のバリエーション

監督により、すべて細かく指定したい人やある程度任せてくれる人など様々。「発注する場合は、“エモめで”など人によって解釈が異なる抽象的な言葉や、横文字の業界用語のようなニュアンスの汲めない指示よりも、お互いの方向性を探るためのリファレンスを出してもらったほうが分かりやすいですね」とZUMAさん。

全シーン指定

作ってほしい歌詞のイメージを1シーンずつリファレンス付きで指定


全体のイメージボード

全体の世界観をイメージボードで共有


雰囲気のみ

「可愛い感じで!」「ポップな感じで!」など、抽象的な指示のみ



ZUMAさんの思うメリット・デメリット

依頼のパターンとしては様々なケースが存在するが、どれも一長一短ではあるため、お互いが最も能力を発揮できる形で協力することがいい作品を作る上では大切なこと。

● 全シーン指定の場合

・どうするかを考えなくていいため着手しやすい

・早く制作ができる

慣れていないと具象的すぎる場合や、なぜそのデザインにするのか意図が読めない場合がある



● 全体のイメージボード共有の場合

・最も無難な依頼方法

・ミーティングが必須となるため擦り合わせができる

・情報が少なく、分かりにくい

・抽象的で曖昧な場合は質問のやり取りが増える



●雰囲気のみの指示の場合

・MVやアニメなど、見れば世界観が一発で伝わる(情報量が多い)ものがあれば、この方法が最適

・クライアント側とクリエイター、双方のクリエイティブに信頼がないと不可能



納期やリファレンスについて

リファレンスのどういった部分が楽曲に合うと感じたのかを考えながら作品に取り入れる

リリックビデオの納期は着手から2〜3週間が多く、1カ月もあれば余裕があります。スケジュールが空いていれば1週間で作れる場合もありますが、私の場合だと収入的な面でも同時に複数の案件を持っているのが健全な状態なので、マルチタスクができないと難しい仕事です。

ライブでのリリックを作る場合は、基本的にミーティングは必須で、最近はすべてオンラインです。MVのリリックの場合は、楽曲や歌詞、映像、イラスト、資料などがあればミーティングなしでも制作可能ですが、初めましての人とは一度喋って雰囲気を掴むことも大事です。

また、制作の際はリファレンスを多めに集めるようにしています。なぜこのリファレンスが“この曲っぽい”と感じるのか、どんなあしらいにどんな印象を受けたのか、リファレンスのどういった部分がその楽曲に合うと感じたのかなどを考えながら作品に取り入れ、パーツごとに参考にし、最終的にパーツ同士を組み合わせたり、太さや強弱を変えてみたり、楽曲に合うよう変えていきます。